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ハシトの章2 星都

紫陽からピューン



 あれから一年にも満たない期間が過ぎた。俺とケイトは神堂家"御息女"の護衛という名目で何とか『入学試験』を受けることができた。


 しかし、街の雰囲気があまりにも違いすぎて思考がストップしたくらいだ。


 荒廃して人の住んでいない"旧市街"を眼下に、整備された立体道路を走るは、神堂家の自家用車――あの黒塗りの高級車だ。


 この道を利用するのは、観光のできる"特権階級者"か"役職のある者"だけ。


 いくつもの巨大な関門を通過した先で顔を出したのは、近代的な高層建築物が無数に生えて発展した"文明都市"の姿だった。


 星刻都市の圏内に入ってからは、まるで世界が一変する。



 戦火の気配を微塵も感じない和やかな雰囲気。

 厳重なセキリュティの魔法門をくぐったあとに、街の入り口から見えるのは賑やかでモダンな都市。


 カジノや高級ホテル、複合型のレジャー施設らしい巨大な邸宅、飲食店が所狭しと並ぶ都会的な場所だった。


「フフっ、まるで"お上りさん"みたい」


 意味はよく分からなかったが、恐らくからかわれているのだろう。

 そう言えば、出身の街を除いては軍事施設くらいしか俺は知らない。世界には、こんな豊かな都市があるのに、どうして俺たちの住んでいた街は貧相だったのだろう……。


 見る限り、老朽化して壊れそうな建物が一つもない。

 アスファルトの舗装が剥き出しになってその亀裂から魔物が現れることもなさそうだ。害虫被害や空き巣も住人が対処していた"あの街"とは何もかもが違う。


「紫陽の"中核都市"に来たことはありませんでしたわね。あそこはもっと巨大で繁栄しています。最近だと――貴族街のほうで上流階級者ばかりを狙った連続殺人犯が世間を騒がせてますが……」

「テレビの映像は本物ということですか。てっきりセットか何かだとばかり……」

「フフフっ、確かにプロパガンダではありますけど、繁栄はしてますよ。貧富の差が激しいだけで」

「……ハシトは休暇も鍛錬しかしてないもん。わたしは普通に楽しみにしてたよ。パンフレットも、何度も見て脳に刻んだ」


 隣の席に座ってはしゃぐケイトも、いつになくテンションが上がっている様子だ。


 今日の朝なんて徹夜したみたいな顔つきだったからな。

 よっぽど楽しみだったのだろう。


「ま、確かにお前は少し遊びが足りないかもな。剣の腕もそこらの『正規兵』じゃ相手にならん。『隊長格』でもいい勝負ができるだろう」


 今回の留学に際しての責任者となった『アキラ』さんだ。

 幼少の折、トイレでオウに暴行を加えた黒服とは別の部隊に所属している"近衛"の一人だ。

 何かと世話を焼いてくれる。


「そうは言ってもアキラさんには簡単にのされちゃいますけどね!」

「馬鹿野郎。成人前のガキにやられちゃ一発でクビになるわ」

「でもお嬢様との戦い見ましたよ。ギリギリだったじゃないですか」

「そーだそーだ! まだ成人の儀もしてないお嬢さまとタイマンでいい勝負になった、"レベル詐欺の男"」

「テメェ、ケイト。マジでぶっ飛ばすぞ」」


 上官に対する態度としては最悪だが、アキラさんはこんな感じで気安く接しても本気にはしない。


 ちなみに、オウに手を上げた"あのクソ野郎"は懲罰や拷問を専門とする、オウの父親である大神官の命令でしか動かない暗部の一員だ。

 アイツに冗談は通じないだろう。


「まぁ、お嬢は特別だからな。超存在に愛された"ギフテッド"。俺ら一般庶民とはモノが違うのよ、モノが」

「あらひどい。仲間外れは寂しいですわ〜」


 オホホ、と冗談を言う彼女は本当に"特別な女の子"だ。

 周りからは何かと持ち上げられるし、妬まれることもある。

 だが、決して彼らが思うような生易しい境遇ではないのを"俺だけ"はちゃんと知っている。


 活気あふれる歓楽街を抜けると、あたりは一段静かになった。

 あそこは観光客向けという感じだった。俺としてはこっちの落ち着いた街並みの方が好きだな。

 無理して作り上げた虚像ではなく、実際に住んでいる人の顔を見れる。


 ………やはり、俺のいたところとは別物だ。その土地を収めている人が違うだけで、こうも差が出るものなのか。


 試験当日までは観光をするのかと思えば、有力者や議員への挨拶回りで忙しくなりそうだ。


 まずは、こちらに滞在する現地協力者との顔合わせや予定の確認などから始まる。




 ―――数日が経って、いよいよ試験当日となった。


 住居に関しては神堂家の別邸があるので何不自由することはなかったが、度重なる退屈な仕事によってケイトはふてくされている。学園では、常にどちらか一人を護衛につけることになっている。


 だから今のうちから慣れる必要があるのだが、そもそも彼女は任務を受けて遂行するという軍人の気質に合わない性格だ。気づけばいなくなっているときもあるくらいだった。隠密行動の才能は確実にあると言えるが……。


 初日の時点で一度下見に訪れたので新鮮味はないが、改めて不思議な体験をしていると感じる。


 軍学校や学舎ともまた違う、先進的だが平和的な学園は、大型の魔導砲どころか銃器の類すら見当たらなかった。

 その代わり、冒険者が対応することになっているのだろう。

 アキラさんによると、この都市の平和ぶりはギルドの勢力下にあることが大きいらしい。有事の際は即座に武装できる冒険者は平時だと単なる私服で見分けがつかないのも驚異的だ。


 紫陽だとまずあり得ない。住民のもつ個人戦力をこそ、"お上"は最も恐れるからだ。


 そんなことを考えながら、敷地の門が開けられるのを待っているときだった。


「わーお!」


 白雪のような繊細な見た目の少女がやってきて、感嘆の声を上げる。


 真っ白なワイシャツ、学園のスカートは黒の下地に蒼白いラインがストライプ状に刻まれたもの。ネクタイの色から上級生だろう。


「おはようございます。朝早いですね、待ちきれませんでしたか?」

「おはようございます。はい、今か今かと焦ってしまいましたね。この子たちにも無理を言ってしまって」


 先頭で話をするオウの後ろで、俺たちは会釈だけを返す。


「……しっかし、スゴイ新入生だ。プロでもなかなかお目にかかれない魔力だよね。ホントに実戦経験ナシ? 普通に驚愕なんだけど……」

「見られてしまいましたか、残念です。ところで貴方は二年の方ですか?」

「そだよー」


 カチャカチャ、と南京錠の鍵を開けながら先輩は、話を続ける。


「"二年生徒会長"『氷雨サシャ』。よろしくねー」

「あら。生徒会長と言えば、学園随一の資質をもつ生徒が選ばれるのだとか」


 確かに。すでに面通りを済ませた学園長や先生方の話ではそうだった。


 生徒会のメンバーとは顔を突き合わせたが、この人はいなかったはずだ。……会長だろ?


「まぁね〜。対抗馬の先輩方を全員倒して勝ち取ったわけだし、それなりには強いけど。"紫陽の神童"には敵わないかなぁ? ――私ってば、せいぜい学園でも"年に一人くらい"の才能だからね。キミってば"数十年に一人"レベルじゃん。…………それか――"1000万人に一人"の全国トップレベル。キミには全然敵わないよー」


 そうは言うが、振り返った彼女の目はまったく笑っていなかった。

 氷雨さんは続けて、勢いよく両手を左右に開く。

 そうすれば、横に長いゲートが一人でに開閉されて両端まで押し付けられる。


「フフっ……お手柔らかにお願いしますね」


 それを"挑戦"と見たのか、オウが微笑しながら敷地をくぐる。


 たったいま、この二人の間に何かしらの"因縁"ができたのだろうか、俺は隣のケイトと顔を見合わせて首を傾げた。


「はぁ」


 彼女はバカバカしいとばかりに、そっとため息をついた。



 午前中のうちに筆記試験が行われて、午後から実技試験がある予定だ。

 配点からして実技に重きを置いているようだが、過去の試験問題は入手済み。筆記試験も抜かりはない。


 俺が過去に経験した入隊試験に比べるとダンジョンに比重が偏っており、設問や出題意図もポップな印象を受けた。


 ………なんというか大衆向けゲームの攻略本を読み解くような感じだ。ダンジョン内でも本当にHPの"数値"や"耐性値"、"威力"などが適用されるのだろうか?


 それこそ、オウにプレイさせてもらったスマートフォン向けのアプリなんかは、ギルドが開発したダンジョン・シミュレーションなのだそうだが……。


 むしろ苦戦したのは『主要五科目』と言っていい。

 俺の通った元教師が無料で開く学舎や入隊試験の対策では不足で、恥ずかしながらケイトと一緒に学ぶしかなかった。先生役はオウかアキラさんの手が空いた方に頼む形だ。

 教え方が上手かったのは意外にもアキラさんだ。

 オウはなんというか……「こんなことも分からないのか?」という失望の目が心にクるんだよな。「教材を読めば終わるんじゃ?」「そもそも教材が必要か?」という顔をする。


 そんなことを思い出す。入学が決まってからはオウのお勤めの頻度も減ったからか、明るいときが多かった。


 その代わり"血液や皮膚のストック"を用意する必要があるそうだが………。


 受験番号が近く、同じ教室にいた三人で集まって昼食をとる。


「……どうだった?」

「俺はバッチリだな。満点は無理でも九割はいけたろう」

「万事抜かりありませんわ。そういうケイトさんはどうですの」

「………ばっちぐー」

「本当かよ。お前、勉強苦手だもんな」


 試験会場はいくつもあって、受験人数はざっと数百人いる模様。

 実際に窓際から見える校庭にも会場が設営されているのが分かる。

 身分や資質によって上から割り振りされていき、あぶれたものがああやって校舎外で受けるのだろう。


 そう考えれば、この教室にいる者たちの合格は確実のようなものだ。

 その中でも『ダンジョン科』となると"篩い"にかけられるだろうけど。

 この教室は、ダンジョン科の一年『Aクラス』で隣の『Bクラス』と合わせて、ダンジョン科は二クラスだけだ。

 定員は約80名とあったので、倍率は"十倍"を超えるかもな。


「なかなか粒揃いのようで。みなさん張り合いがあって、胸が高鳴りますわ」

「そうなのか?」


 屋敷のシェフが作った自慢の弁当を、保温機能つきのトートバッグから取り出した彼女はキョロキョロとぶしつけに教室内を見渡す。すでに"瞳の色"が赤みががっている。


 複雑で重層的な幾何学模様がうっすらと浮かび上がり小刻みにカクカクと動いているのだ。


「学内でのスキル使用は厳禁じゃなかったか」


 と。俺が思わず口にすれば。


 ノンノンノン、と過剰なリアクションを返す。


「これはわたくしの"生来の魔眼"であってスキルではありませんもの」


 あ、そっか。


「バカなの?」

「くっ、ケイトにだけは言われたくねぇ……」


 俺はヤケクソになって、握り飯を頬張る。……シャケか。

 こっちはシェフがチャチャっと作ったものだが、うめぇ。


「まぁ、マナー違反なのはそうですけどね。しかしおかげで、だいたい分かりました。………今年は"何か"ありますわね」

「何かって?」


 声をひそめたオウに問いかける。


「"神さま"がらみなのは間違いないでしょうけど、ほかにもありそうな予感です。魔力量だけが不自然に多い人もいるようですし、まったく読み取れない"高次元のギフト"か……体質に対しての感応性が異常に過ぎる」

「おいおい、一人の世界に入ってるって。―――で、どいつだ?」


 彼女の向けた視線の先に座る男は、青い顔をしてフラフラと立ち上がる。


 とても大丈夫じゃなさそうだ。

 次は、実技試験だぞ? 体調不良だとキツそうだ。

 一緒に席を囲んでいた陽性の少女が、付き添うようにして教室を出ていった。


 女子に背中をさすられる"病弱そうな男"だった。

 オウの求める希望が、果たしてどこにあるかは分からない。


 しかし"アイツ"はないだろう。素直にそう直感した。



 

 ―――俺なら一瞬で、終わるからだ。





 実技試験は、学園の目玉でもある大型スタジアムで行われる。

 ここでは外部から客を招いて観覧する用途も満たすらしく、圧巻だ。

 数万人規模を収容できる巨大なスタジアムの天井は開け放たれており、直射日光が厳しく肌を焦がす。


 赤塗りにされた地面を軽く踏みしめて、更衣室で別れた二人の姿を探すが見当たらない。ま、ケイトがついているだろうし、そこまで心配することでもないか。


 俺は、チラホラと集まる受験生をあらためながら準備運動を始めた。


星都はかなり先進的な街です。入街審査とか厳しめ。主人公視点だと……とりあえずダンジョン! 戦闘戦闘&戦闘! なので落ち着いた話を全然書けない……。


 次でラストです!


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