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ハシトの章1 幼馴染

長いです。味変感覚で無理せず読んでね!




 "あの子"の笑顔を守りたいと思った。




 大都市『紫陽』は、この"西方大支島"最大の『迷宮都市』だ。


 皇都の『天子様』が慰問に訪れたこともあり、そのときに入場された大迷宮の名から別名――『天空都市』とも呼ばれる誇り高い紫陽の都。


 その衛星都市の一つに僕は生まれた。年中騒がしい雑然とした繁華街の一画にある安普請のマンションの中でだ。


 魔法やエンチャントなんて立派なものはなく、鉄筋とコンクリートで建てられた冷たい家。そこが僕の住居だった。


 小さい頃の話だ。


 ―――まだ両親が防衛任務で亡くなる前。幼馴染の女の子と一緒にやってきた公園で、僕は"運命の出会い"を果たす。



「……ぐすっ……ぐす……」


 ベンチに座る少女は人目を引くグレープ色の髪をカールさせ、仕立ての良い和服に身を包む貴人のような子だった。


 僕らとは住む世界が違う、恵まれた血筋と上等な環境で育った苦労も知らなそうな指先は――しかし現在真っ赤な目元を何度も押さえることに使われていた。


 普通なら、トラブルの種にしかならない"貴族の令嬢"に声をかけることはない。下手をすれば、その場で切り捨てられるかもしれないからだ。


「いこ」


 実際、"幼馴染の女の子"は僕の袖を引いて、関わるなと伝えている。


 しかし弱々しい少女の姿を見て、とても放ってはおけないと思ったのだ。


「どこか痛いの?」

「………っ」


 真っ白で綺麗な肌の少女はやっとこちらに気づいたようで、警戒心をあらわにし、その場から立とうとする。


「いいから。キミの名前は?」

「………?」


 キョトンとした彼女は、僕と幼馴染を何度か見てからためらいがちに答える。


「『オウ』。……そういう、あなたの名前は?」

「僕は『ハシト』。それにしても、オウ? "王様のオウ"?」

「ううん。"桜のオウ"よ。昔、お母様が教えてくれたの。桜の花びらが舞う季節にワタクシが生まれたから……。独自性を出したいからって変な響きになったの」

「へぇ〜、見た通りに頭良さそうだな。こっちは『ケイト』。人見知りだからあまり気にしないでいい」

「そう………」


 オウは後ろに隠れた"幼馴染のケイト"をじっと見つめていたが、取り合うつもりがなさそうなので、仕方ないとまた僕の方を見た。


「それでお家の人は? 最近はそうでもないけど、一人で出歩くには危険な街だぜ。紫陽の結界のおかげで魔物どもは弱まるけど、アンタみたいなヤツは、人攫いから絶対に目をつけられる」

「……はい。わかってますの。でもっ………あの人たちに捕まったらワタクシは……またっ……またッ!」

「落ち着けよ」


 そっと肩を抱くと、オウは息を荒げたまま身を寄せてきた。


 花の香りがした。小刻みに震える彼女は、守ってくれる人を探しているのだと感じた。


「何があったんだ」


 思ったより厄介な案件だとため息をついて、僕は事情を聞く。

 それがつまらないのかケイトは近くの砂場に行って遊び始めたので、その様子を眺めながら彼女の告白を聞いた。


 内容は――理解を拒むものだった。


 紫陽の『三大名家』の一つ。

 神堂家の令嬢は、日頃からおぞましい虐待を受けているのだと。

 涙ながらに語る彼女を見て、僕はどうしようもないと思った。

 だって、途方もない。子供ながらの聞き齧りの知識ですら理解できるのだ。


 すべてを話し終えたあと、オウは打って変わって、笑みを浮かべるようになった。


「長々と聞いてくださり、ありがとうございました。このようなことを話されても仕方がないと思います。……ですが、覚えておいて欲しかったのです。―――ワタクシが確かに、生きていたと」


 いまにも壊れそうな笑みだった。


 ―――そんなわけがないだろう!!


 "オウを神様にあげる"ッ? そんでもって――殺されるだと!?


 あまりの怒りに僕はいますぐ、そいつらをぶちのめしに行きたくなった。


「いけません! ハシトが怒ってくれるだけでワタクシは嬉しいのです」


 冷たい手だ。握られた両手が僕の無謀を咎める。

 そして、急に震え出した。


「あっ………」

「どうした? ……なんだ、アレ」


 オウの見る方向に"高級な車"が止まっていた。荒々しく開けられたドアからは"黒尽くめの男たち"が飛び出し、鬼気迫る表情で走り寄ってくる。


「オウ、こっちだ!」

「でもっ」

「いいからっ!」


 砂場遊び中のケイトには悪いが――僕はとっさにオウを引っ張って、公園のトイレまで走った。


 さっきから、心臓の音がバクバクとうるさい。


 明らかに強そうな大人たちが道端から公園の入り口までやってきたのだ。見つかったかもしれない。


 ――僕は何をやっているんだ? いったい何に巻き込まれている?


 さっき聞いたばかりの話は現実味がなくて、正直あまり信じていなかったのかもしれない。


 可哀想な女の子に優しくして、それで終わりだろうって。



 …………そう、思ってたのに。



「お嬢様困りますよ。怒られるのは私たちなんです」

「――きゃっ!?」


 個室に隠したオウはあっけなく見つかり、僕はその間、動くこともできなかった。近所の"自称凄腕"のおっちゃんなんかとは比べものにならない大きな体だ。子供の僕に勝ち目なんかない。


 それが分かったからこそ、シラを切ってごまかすつもりだった。


 だが、大人たちは僕を無視して迷うことなくオウの方に行ってしまった。


「お父上からも許可はもらっています」


 

 ―――バシンっ!


 

 目を疑う光景だった。


 子供なんて一掴みできそうなデカい手で、オウの頭は殴られたのだ。


 死んだとすら思える、くぐもった悲鳴が上がった。


 やめろ!!


 どうしてそんなひどいことをするんだ!


 心の中で絶叫し、ゆっくりと手を伸ばした。しかし後ろからやってきた別の男に連れられて――僕はトイレから外に出た。



「――坊主。今日のことは誰にも言うなよ。お前もまだ死にたくないだろう?」


 すわった目だった。


 低い声と真剣な表情から男の言葉が冗談ではないのだと分かった。中から"何度も上がる悲鳴"を聞きたくなくて、僕は耳を塞いだ。


「お前もすぐに分かる。この世に正義なんて高尚なものはどこにもない。幼いガキを食い潰して成り立ってるのが人の世だ。だが――あの子がいなければ、大勢死ぬんだ。―――いや、都市ごとなくなってもおかしくはねぇ……」


 眉間のシワが目立つ黒服だ。そいつは何故か僕の横に立って、独り言を吐いていた。


「……………」


 ようやく出てきたオウはぐったりしていたが、自分の足でよろよろと歩いていた。


 一度だけ合った目からわかる、オウは完全に心を閉ざしていて僕のことなんか忘れてしまったようだった。



 血の味がした。


 グシャリ、グシャリと地面の砂をかきむしった。


 誰かに肩を叩かれて、公園にケイト以外誰もいなくなるまで僕はずっと―――砂をかきむしった。


 爪がめくれて、鈍い痛みが伝わってきたくらいになって、ようやく僕は立ち上がる。


「帰ろ?」

「ああ。――帰ろう」


 今日のことは絶対忘れない。僕は弱い自分がイヤだった。

 何もできない、ただ見てるだけの自分がイヤだった。

 強くなりたかった。今度は手を繋いで、一緒に逃げ切ってやるって――


 家に帰ってからも、その気持ちは変わらなかった。

 自称でもかつて冒険者だったらしい飲んだくれのおっちゃんに稽古をつけてくれと頼んだ。


「いつもは信じてもいやしないくせに風邪でも引いたか? んん?」


 鼻で笑われた。

 だが酒場でしつこく頭を下げ続けると周りの目を気にしながら、おっちゃんらは小声で話してくれた。


 ――曰く。『君主』が冒険者を嫌っているから兵士になれ、と。


 大都市を収める三大名家のトップは紫陽家の当主。

 この方のことをみな『君主』と呼ぶ。彼の手足となって働く兵士は"無類の強さ"を発揮するのだとか。


 だから、君主のために戦う兵士になれとおっちゃんは言った。

 いつもの飄々とした態度ではない、真剣な声だった。

 僕は緊張して、コクコクと頷いた。


 それから、オウのことを話せば……。


「―――チッ。その話、誰かにしたか?」


 おっちゃんは小さく舌打ちをして、そのことは「二度と話すな」、「親にもだ」、と厳しく言いつけられた。そこで僕は、あの黒服の忠告を思い出して、ギョッとした。


 あの光景を目にしておいて、僕はまだ現実を正しく見てはいなかったのだ。


 ぼんやりと、強くなればオウを助けに行けるのだと考えていた。

 なにせ、ダンジョンに入ればレベルアップして強くなれる。


 ―――そうしたらあの黒服たちも倒せるようになるはずだ、と。


 僕はみんなには隠しているが、実は絵本に出てくる"救世主"になれるはずだと信じている。


 "この世の闇をすべて払う希望の光"。

 "勇者の中の勇者"。


 ―――"人類の救世主"に。




 それから数年の月日が経ち、再びオウに会う機会が巡り合ってきた。


 成長して女の色気を感じさせるオウは凛とした顔つきで"祭事の主役"を務める。


 だけど、主役と言っても、人形のように見せ物にされているだけだ。


「ギルドの狼藉ぶりには君主様も心を痛めております。我々"紫陽の民"は、そのけだかき心と大いなる神霊の助けによって繁栄するのだと言うのに」

「そうだそうだッ!」

「あの部外者どもを追い出せぇッ!!!」


 集まった大人たちが神官の言葉に同調し、囃し立てることで広場全体がにわかに騒がしくなる。


 俺も今年で『15』だ。来年は"成人の儀"でやっとダンジョンに入れる。


 そのために厳しい訓練と選抜試験をくぐり抜けて"神堂家の兵士"になったのだ。


 内心では吐き気すら感じても、それをおくびに出さなかった。


 紫陽圏の中核都市は頑丈な外壁で囲われていて、確かな身元の保証がなければ入ることすらできなかった。


 僕の両親も、地元からは遠い地域での防衛任務に加わって戦死したらしい。上官らしい人が事務的にそう伝えてきたが、僕の心にも大して響くことはなかった。


 いつも帰りが遅くてどんな仕事をしていたのかも分からない実の両親よりは、干した柿や漬け物をくれる近所の婆ちゃんの行方不明の方がよほどショックだったくらいだ。


 "末法の世"。いまも神官が語る現代の地獄についての持論はところどころ共感できる部分もある。


 ………まぁ、コイツらがオウを苦しめているのは分かっているので許しはしないが。


 幸いなことと言えば、幼馴染のケイトは元気だということくらいか。


 彼女は外国の血が混ざっているようでくすんだ銀髪や瞳のせいで同年代の子供達にいじめられることもあったが、存外にタフらしく、泣き言を吐くことは一度もなかった。


「どう思う。神官様の言う通りだと思うか?」


 俺は隣で"槍を持つケイト"に質問した。意外なことに彼女も"兵士志望"だったのだ。さらに意外なことに、男でも大半が落とされる試験を生き残ったのはどうしてなのか、本当に分からない。


 昔から何を考えているか分からないところがあったが。

 そう言えば、学舎の成績は確かに良かったな。運動神経も。

 休みの日だって何をしてるか不明だったが隠れてトレーニングでもしてたのか?


「無駄話すると隊長に怒られる。……でも、"ギルドアレルギー"なだけで言ってることはそんなに間違ってない」

「やっぱそう思うか。アイツらがオウにやってること、お前も知ってるだろ。許されると思うか、そんなことが」


 魔法で治すことができるからと言って……。


「許すも何も――裁判官と君主が認めてるでしょ。ついでに神様もね。あの子に肩入れするのはいいけど本気で助けるつもり? どういう立場なのか分かってるでしょ。――わたしは"やしろの実態"を知れば、ハシトが諦めてくれると思ってたのに……」

「諦めるわけないだろ……何を言ってるんだ」

「そっちこそ何を言ってるの。惚れたにしても異常だよ。"洗脳"されてるんだよ、あの子に」

「ふざけんな。二度と言うなよ」

「……ごめん」


 俺が怒気を放てばケイトは大人しくなった。コイツ、珍しく饒舌になったかと思えばくだらないことを言う。


 いまも、神に捧げるとかいう舞を踊らされてるオウを取り巻く環境が、どんなものであれ――不可能なわけがあるか。


 きっと、連れ出してやる。今度は絶対守りきってみせる!!



 長丁場の神事が終わり、後片付けに移るとき、人目を忍んでやってきたオウと久方ぶりの再会を果たす。


 「どうせ忘れてる」とのケイトの予想は外れ、彼女は"あの日のこと"をしっかりと覚えていた。


 和装の袖で口元を隠し、涙ぐんで感謝を伝えてきたのだ。

 これには、ケイトも驚いて悔しそうに俯いた。


「あなた達であれば、他の道を志すこともできたでしょうに………。生半な努力では神堂本家の一門に加えられるはずがありませんから。………………どうして、そこまで……っ」


 理解ができない、と顔を振る。


「キミを助けるために決まってるだろう!?」


 だから、安心させるようにオレが"真実"を告げる。

 オウは周囲の目を気にしたように視線を彷徨わせたあとで、瞳を潤ませた。少しだけ迷惑だったか、と頭をよぎったが、あのときのように俺の手を握って小さく感謝の言葉を述べたのだ。


 どうだ、ケイト。


 やっぱり、俺は間違っていなかったんだ!


「ですが、あなたの身を危険に晒してしまいます………」


 目を伏せて語る彼女のなんと美しいことだろうか。


 "アメジストの瞳"が俺のことだけを見てくれる。彼女の人生をオレが救うんだ。


 そうやって確信を深めていると、彼女は驚きの言葉を放った。


「私は来年から圏外の学校に通うつもりです。あなたもご一緒しませんか?」


 それはつまり、"紫陽の影響範囲"から出るという意味だろうか。


「っ………そんなことが可能なのか?」


 ありえない。彼女の父親も――紫陽の君主だって「奇跡の子」だと謳われるオウのことを手放すはずがない。


 オウの置かれてる立場はそういうものだ。神に愛されて生まれ、人々に求められ、その土地で死ぬ。


 そういう類の不自由だ。俺たち平民ですら家畜扱いされはしても"職業選択の自由"くらいはある。


 御三家の影響が強いため、冒険者は不遇だろうがそれでも目指せはするし、都市運営を担う要職も地縁・血縁で固められてはいても学校で類稀な成果を出せば決して不可能ではない。


 しかし――彼女の場合は無理だ、とそのような理解だった。


「少し前に"お告げ"が下りました。とある学園に行き、そこで"残り少ない生を謳歌せよ"、と」

「………なんてことをッ!」


 つまり、遅くとも卒業と同時に召し抱えられるということではないか。神の都合とやらで勝手に"人生のタイムリミット"を設定される。


 学園であれば――あと三年ほどか。


 理不尽に過ぎる。

 まさしく"邪神"ではないか。魔物と大差ない!


「場所は――隣の都市圏・"星刻学園"。あの圏内は『星の意思が現れる』という言い伝えもあります。どこぞの気まぐれな『超越者』が拾ってくれるやもしれません」

「………ハハっ、冗談を」


 "救国の勇者"や"英雄"も、武勇だけは鳴り響くが、とうとう御三家に刃向かうものは現れなかった。


 いまさら、"神頼み"とは何の冗談かと思う。


「ケイトさんもどうですか、一筆認めることができますが……」

「わかった。誘いには乗ります。便利な駒とでも思えばいい」

「おいケイト」

「嬉しいです。きっと素晴らしい学園生活になるでしょう」


 悟った瞳を見ていられず、俺は目を逸らした。

 彼女との語らいはそう長く続くこともなく、無愛想な隊長が声をかけるまでだった。


 あのときの話しかけた男は、オウの近衛を任されるくらいには名うての兵士だった。要人警護の黒スーツ姿とは違って、純白のマントに身を包む"神官戦士"の出立ちだ。


 俺は"この後"のことを考えたくもなくて、設営されたテントから足早に離れる。



「くっふふっ……」

「はぁ……はぁ……」


 偉そうな態度の男達と多数すれ違ったが、どいつもこいつも血走った目にだらしない口元だった。

 舌なめずりをし、小刻みに手指を動かしながら荒い息を吐く。

 己の欲求を満たすことしか頭にないらしい。


「――ぁぁンっ」


 遅れて、オウのくぐもった悲鳴が上がり、あのときの"トラウマ"が蘇る。


 どうやら、またしても身動きが取れないで口を開けた俺は間抜けに突っ立ってたらしい。あのテントの中で"ナニ"が始まるのかは知っている。


 だが直接見たわけでもない。――まだ信じられないという僅かな期待も残る。



「アッ、アッ、アッ」


 だがその期待を打ち砕くように女の犯されるような喘ぎ声が聞こえた。

 

 淑やかな彼女からは想像もつかない、淫靡で湿っぽい嬌声だ。


 じきに、口の中で鉄の味がする。これは彼女のお勤めらしく、徳を積んだものに与えられる"神からの褒美"なのだそう。


 まるで、絶品料理に舌鼓を打つようなゆったりとした幸福感に溢れる、獣達の声がする。


「極上の美味とはまさにこの事。どうですか、"御剣"の方」

「ええ、これは素晴らしい。まさに"天上の供物"でしょうな。"天女の肉"とはこれほどの甘味であったのか。このようなものを独占して『大神官様』にも困ったものですよ」

「それは言わないお約束でしょう。お目溢しがなくなるのは困りますからなぁ」

「ハハっ、違いない」


 彼らは実に愉快そうで、すれ違ったときの余裕のなさとは打って変わって滑らかな舌を動かす。


 俺は、無意識のうちに"腰に佩いた軍刀の柄"から勢いよく刀を引き抜こうとするが――いつの間にやら懐にいたケイトが手首を押さえていて動かせない。


 

 幼い頃からの知り合いが――いまはひどく憎い。



 結局、すべてが終わるまでオレたちは豪奢なテントの正面に立ち尽くしていた。


「ご苦労。さぁ、どいたどいた。気持ちは分かるが、これから一層励みなさい。そうすれば恩恵にあずかることもあろう」

「左様ですな。―――どれ、"そっちの娘"はまた珍しい風情だ」


 そう言って続々と出てくる外道どもの中からケイトに歩み寄るものが出てきた。


 でっぷりと肥えた狸のような男は、彼女の髪を一房掴んで、さも当然のように「スーッ」と匂いを嗅ぎ始める。


 あまりにも迷いのない行動だった。"突然の品評"は、上流階級者の嗜み。


 ここに呼ばれる立場の人間なら日常的なことだったのに。


 完全に俺のミスだ。


「……うむ。ギリギリ"及第点"といったところか。今夜あたりに――"儂の子種"を恵んでやろう。使いのものを送るから、あとで儂の邸宅に来なさい」


 ―――ッ!


「ハシト、下がれ。――困ります。うちのケイトは大変優秀です。それでも彼女を身重にされたいのであれば、大神官様に直々に交渉していただかねばなりません」

「……………ふん、分かっとるわ……。ただ将来のことを考えれば悪い話ではないと個人的に話をしただけじゃわい。……それではな、先を急ぐゆえ」


 好奇の目が気になったのだろう。彼らはひどく外聞を気にする。

 プライドを守ることだけは一流と言える。それよりも――


「すみません、助かりました」

「ありがとうございます」


 ほかの兵士もこの場に近づかず、職務放棄とならないギリギリのラインを見定めて微動だにしていない。


 余計なトラブルに巻き込まれないために必要な"処世術"だ。


「いやなに、構わんが。お嬢様も"大袈裟"に反応して、お勤めが早く終わるようにしているのだ。気にするなとまでは言わんが、これからも同様のことはあるのだ。身が保たんぞ?」

「………ハイ」


 なんの慰めにもならない事実だった。


 テントに最後まで残った、麗らかな巫女は、垂らされた幕を裂くように乱暴にどかして出てきた。


 憔悴の彼女と目が合う。


 とっさにサッと着衣の乱れを直すそぶりを見せた。


 ………別にどこも乱れてはいなかったが、そういった所作から滲み出る悲痛さにオレは歯噛みした。


「……あ、アハハ………見苦しいところをお見せしてすみません。今日は随分と優しかったですからね、心配しないでください。ホントですよ?」


 見ていられない。


「ほら、ちゃんと元通りに綺麗でしょう?」


 幅広の袖をぐっと押し上げて、艶かしい肌を露わにする。

 結われた髪のうなじ部分が汗ばんでいて、ドキッとさせられて、オレは思わず生唾を飲む。


「は、ハイ。それは……よかった? いえ、よかったですっ……」

「フフっ、どうして敬語なんですの。以前と同じように気安く話しかけてもらいたいですわ………ダメ、でしょうか?」


 恐る恐るといった感じで、上目遣いをされると断れるはずがない。


「わっ、分かった。……そうする。今日はもういいのか?」

「はい! 久しぶりに"お爺さま"に会えるので楽しみです」

「よかったな」


 本当に楽しみなようだ。


 オウの年相応の表情を見られてよかったよ。もしかすれば、社から距離を取っているお方なのがいいのかもしれない。


「では、お嬢様。そろそろ参りましょうか」

「はい。二人とも機会があれば是非またお会いしましょう」


 下っ端の俺たちが会える機会はそうそうない。

 普段は割り当てられた仕事、ほとんど雑用だが個人的に使える時間も限られている。学園に行けばもっと自由が手に入るのだろうか、そう考えれば俺も入学に前向きな気持ちになってきた。


 兵舎のパソコンじゃネットにも繋がらないし、国営の図書館にでも行くか。嫌味くらいは言われるだろうが……。


長いので切ります! なんかそれっぽい! ちゃんと小説っぽい!? 気がする! よね! エイくん視点はわりと苦行だから他者視点は回復かも……。でもハシトくんというよりは、実質"オウちゃん"の話でしたね。


 この世界は魔物が闊歩してるので、それなりの人間が集まってる"人類生存圏"には独自色があります。紫陽は身分の格差がすごそう。


 紫陽の御三家についての補足は以下の通り


紫陽家・・・高位のウィザードが興した家。知略に長け、乱立する御家の中で勝ち残り、西方支島の梟雄となった。

直斬家/ひたぎ・・・紫陽家と手を組んだ剣士の集団。強い剣士どうしが結ばれてより強い剣士が生まれるという思想をもつ紫陽の暴力装置。国軍に強い影響がある。

神堂家・・・二者に比べると新興の勢力。ここ最近で飛躍的に成長したのは神の力だとされる。もちろんオウちゃんの……。


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