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エピローグ 10億の男

第三章エピローグです


「それじゃあ、『ランクアップ』を祝して乾杯ーっ!」

「かんぱーい」

「カンパーイ」


 暖色系の灯りが照らす室内で、グラスの音が鳴らされる。

 キンキンに冷えた炭酸ジュースが喉に染みる。目が冴えた気分になる。


 

 ―――時刻は夜の十時。



 あのあと、帰還した僕らを待っていたのは、ギルドの戦闘員『協会騎士ギルドナイト』だった。


 僕の通報で逼迫した状況は伝わっており、大規模な武力衝突に備えて準備していたらしい。


 それなら、さっさと助けて欲しいと思わないでもないが、大人には大人の事情があるのだろう。


 捕まえた犯罪者や、ヒエイを引き渡し、事情聴取を受けてから早々に解放された。


 引き続き、現場に居合わせた獅子島さんや、犯人のヒエイから話を聞いて捜査を始めるらしい。


 あの慌ただしい様子だと、おそらく手に入った情報を元に犯罪者の仲間を捕まえに行くのだろう。――大人は大変だね。


 でも僕たちは、とても危険で怖い目に遭ったのだ。同情心はちっとも湧かない。


「―――二人ともテンション低い! これで私たちもGランクの『候補生』を卒業してFランクの『新人冒険者ルーキー』だよ? もっと喜ぼーよー」


 シャワーを浴びてさっぱりしたあと。受付で正式なランクアップを済ませて新しくなったライセンスカードを見せびらかし、マナが文句を垂れる。


 しかし、あまりにも色々なことがあってまだ思考が追いつかない。


 Fランクに昇格?

 フーン、という感じだ。


「――いや。というより、僕ってまだGランクだったんだなって」

「あーそれな」


 あの戦場の様子が思い浮かぶ。

 ――善悪はともかく強者ばかりだった。


「ラクミヤ――おまえ相当な無茶やらかしたって話じゃねーか? Bランカーを含めた冒険者"数十人"の守護する敵本拠地に単身で乗りこんで――これを制圧した、だっけ?」

「――エイくん。………ホントに意味不明なことしてるよね? いまだに信じられないんだけど」

「まぁね。――無我夢中で後半は記憶が飛んでるけど……」


 僕があの戦場で本格的に戦ったのは、BランカーやCランカー。

 それ以下だと《エネルギーバースト》だけでも気絶させたりしていたし、相対的にDランカーやEランカーくらいならいけるんじゃね、と思うのだ。


 実際は――戦闘能力は必要条件であって、十分条件ではない。……意味合ってるかな?


 要は、あの魔法剣士が言ってたように、反社会的だったり人格に欠陥がある場合は昇格できないこともあるのだそう。


 何より、僕ってまだレベル5だしね。


「それもだが皇都のブラックレギオンと言えば――あの"帝王の傘下"なんだろ? おまえ、大丈夫かよ?」

「なんか、みんな言ってたけど、その帝王ってなに? 拠点のボスは帝王の直下――四天宮アリアって名前の美人さんだったけど……その直下って?」

「…………いや、改めて聞くとすごいな。帝王の直下……まぁ"最高幹部"かな? わたしも詳しくは知らないけど、Aランクになれる素質の冒険者を置くらしいし――いや本当に倒したのかよ、そいつらを全員?」


 口にすればするほど眉を顰めて首を傾げる――炎理さんの言う通り現実味の薄い話だ。帝王は――なんか皇都にいる裏社会のボス的存在で、相当に恐ろしい存在だと彼女が語った。

 "地上の魔王"みたいなやつらしい。


「僕もあんまり覚えてないんだけど、最後は交渉事になったらしいね。ヒエイが言ってた。―――これからは心を入れ替えて慈善に励むって――集団を立ち上げるとか? なんとか」

「それこそ意味不明だろう。――プッ、何の冗談だよ」


 思わずといった感じで吹き出す。


「どうせ、からかわれたんだろって思うけども……あの人の真剣さは怖いくらいだった。少なくとも、ラクミヤに怯えてたのは事実だもんな」

「ギルドからも護衛をつけてくれるって話だし、危なくなったら駆け込も? さすがに"星都のど真ん中"に攻めてはこないでしょ」


 グラスの氷が、からんとなる。


 そうだな……。僕が逆の立場だったら――と考えてみる。


 ――今回のレギオンハウスは、とても恐ろしかったけど、さすがにギルドほどではないだろう。


 規模感は正確なところ分からないけど、緊急招集ですぐに集まる人数でさえ、あの拠点以上だろう。


 時間が経てば、ダンジョンや地上の魔境にいる冒険者が勢揃いし、さらに"英雄"と呼ばれる最高位の冒険者だっている。


 ゆえに――もっとも安全な場所はギルドだろう。

 そして次に、厳しい入場制限のある学園。教師陣や警備を除いた学生だけでも二、三年生はDランク以上の実力者ばかり。

 今回みたいに少数で潜入するのは非常に厳しく無理がある。


 そうなると――


「気をつけるべきは、ギルドと学園以外の場所だね。家も怖くなってきた」

「そうだね。……………でも、背に腹はかえられないかー。そんなヤバいやつらに襲われたらひとたまりもないし……」

「"学生寮"に住めばいいじゃん。あそこならあたしも駆けつけられるし!」


 今さらだが――ここは貸し切りの個室だ。

 Fランクの権利を使いさっそく予約したのだ。

 

 防音もバッチリ。なので机を叩いて大声を出す彼女の行動もうなずける。カラオケではしゃぐみたいなノリだ。


「そういえば――ノゾミちゃん。皇都出身だったよね、今回の件も関係ありそうだったし、なにか説明とかある?」

「………あっ、いや」


 そこで流れが変わった。ランクアップのお祝いは建前で、彼女の逃げ場を奪うのが本命だったのかな?


 マナの冷たい声に、炎理さんは目をつむって下を向く。


「し、しらねーよ。ほんとに」


 あぁ、なるほど。だから暗かったのか。僕もヒエイからメインターゲットは『炎理さん』だと聞いている。


 あの猟犬は彼女対策で、そのとき僕は眠ってたけど、ヒエイが倒してくれたらしい。


 仲間割れってやつだね。


 あと、時間の話なんだけど、どうやらアリアさんたちと戦ったあたりから『時間倍率』という、地上より何倍の速さで時間が進むかを表す数字が極端に高くなっていたそう。

 僕も【メニュー】から確認できるけど、入ったときは等倍の『1』だったはずだ。


 だから、とっくの昔に戦いは終わってるものだとばかり思っていて――そこにギャップを感じたのだ。


 確認したら、【メニュー】のダンジョン滞在時間が、『十時間弱』――マナの二倍近くなっていたので間違いない。

 そこまでの倍率は中層以降でも珍しいとギルドマスターが言っていた。


 それはともかく、そろそろ涙目の炎理さんを助けてあげるべきか。


「――つまり、私たちは炎理さんの巻き添えだったってこと?」

「いや、そうかは……わから、ないと思う」

「―――なんで今、嘘をついたの? 犯人の自供で確定してることだよね。炎理さんを目的とした誘拐。皇都の炎理流本家に対する見せしめだってさ。――エイくんは、そのついでみたいな口ぶりだったし」

「………ご、ごめん……なさい。……ほんとにごめん……」

「謝れば済むと思ってるの? エイくんが飛び抜けておかしいからどうにかなっただけで!! ――普通だったら、私たちどうなってたと思う?」

「ぅぅ………ひっく、ぅぐ、ぐす………っっ!!」

「あー、あの」

「泣いて被害者ヅラして誤魔化そうとしてるよね? 『モンスタートレイン』よりひどい悪質行為だよ。もしかしたら、私たちに矛先をそらす目的でパーティを組もうとしたのかも?」

「ち、ちがう!! それは――ほんとに違う。ちがうんだ」

「それは――ね? やっぱりウソをついて保身しようとしたんだよね」


 めった打ちだった。


 ポタポタと涙を垂らして目元を隠す炎理さんは弱々しい。さっさと出て行かないのも、言い返さないのも自分に非があると思っているからか。


 僕も止めようとは思った。でも、マナの言い分はかなり正当に感じられて、炎理さん本人はともかく、家の人あたりは押し付けてもおかしくないよね。


 結局、こういうシチュエーションだと僕は役立たず。

 どちらの味方もしたいけど、中途半端になってしまうのだ。


 大勢の意思が入り乱れる今回の事件は、問題が大きすぎるのもあって思考がうまく働かない。偉い大人たちが「あーでもない」「こーでもない」遠くで言ってるつまらないイメージが浮かぶ。


「――あっ! でも、僕。これからは立場が逆転しない?」


 僕に関係することで言うと、帝王とまで恐れられる"悪の組織"その手足を一つ潰したんだ。

 今後は彼女以上に標的とされやすいだろう……かも?

 僕に巻き込まれる形になるやもしれない。そのときに助けてくれるなら嬉しいよね。


「……」


 マナを見れば――彼女はわざとらしく口角をあげていた。


「誠意という話だったら。プライベートでも私たちの仲間でいてくれる?」

「………うん! 仲間、だからトーゼンだ。任せてくれ」


 もともと、こういう流れにするつもりだったのだろう。

 ――マナは、人をコントロールするんだよね。怖い。


 そのことを思い出していると。


『…………あんたも共犯でしょ? エンリノゾミの心根を知ってて見過ごしてるんだから』


 この一件で仲が悪くなるのはイヤかなって思うだけだよ。


『……フーン。ていうか、何も言わないのね』


 たらふく焼肉を食べたあと――僕はトイレに入った。その個室で、ミカが構って欲しそうにする。


『べ、別にっ! そういうんじゃないわよ……。たださ、結局、私ってなんの"存在意義"があるんだろうって思ったのよ』


 ふわり、と軽い感じで、とても重いことを言う彼女は――僕の右肩に腰を下ろして深い息を吐く。


「………っ」


 洋式トイレの便座に座る僕は――若干以上に気まずい心地になる。


 いつもはプライバシーを気にして隠れてくれるのに。それほどに余裕がないのかと思った。


 ―――天使は頭に住んでるが、お互いが知られたくないことは隠せるし、感覚的な話になるが脳内で会話をするのも"共有空間"に出るか、呼びかける必要があるのだ。


『せっかく、あんたがランクアップしたのに私は何もできないままっておかしいでしょ……? あいつらはまたスキルが増えたのに……!!』


 そうなんだよね……。


 個人的には、ミカがギャーギャー喚くのは好きなんだけど、確かに格差があってかわいそうだ。


 エイポンは《天使の口笛》というモンスターを引き寄せる"探索補助"のスキルを手にして、これは戦闘中も囮になれる便利なスキルらしい。


 マエンは、《天使のラッパ》で"単体のバフ"をこなせるようになった。

 一方で、ミカは共通の報酬として頭上にピカピカ"光る輪っか"が現れただけ。


 見た目なら一番、といった感じで三人の誰よりも女神っぽい。

 しかし、いつもどこか陰鬱そうに見えるのは劣等感によるものか。背中の羽も――眉根も下がっていることが多い。


 でもミカ? 天使の戦闘技能はそもそも効果が低くて冒険者個人に比べたら誤差みたいなものだってよく聞くよ。


『そんな慰めなんていらないわ! ……あのブラックレギオンの拠点でもあんたが何回も死ぬところを見せられて、私どうにかなりそうだったのよ。たぶんだけど、"調整"も入ってる……』


 ……調整?


『いわゆる――"闇堕ち"しないように精神状態をリセットされるのよ。冒険者が過酷な目に遭ったり強い心的外傷を受けたり、悪い思想に染まったりしたときに影響をカットされる仕組みがあるのよ』


 なんかゴメン。自分のことばっかりで全然気にしてなかったよ。


『あんたは何も悪くないわよ。正しいことをしてるって胸を張れる。――あんなに絶望的な戦力差で最後まで戦える冒険者がどれほどいるのか知らないでしょう? ――ラクミヤ、あんたは誰にも真似できないすごいことをしたのよ。――なのに、実感がないでしょ?』


 そうだね。


「落ち着いて考える時間とかなかったし………あとは、痛みと苦しみと―――"快楽と高揚"で塗りつぶされてる」


 意識して口を開いた。そうすれば、言葉が耳を通して脳が受け止める。


 その手応えからして自分の認識に間違いはない。


 残ったのは――戦場における自己の肉体を通して得られた刺激的な体験と鋭敏な感覚を有していた記憶だけ。細かいことは何も残っていない。


 善意ではない。

 勇気でもない。

 ただひたすらに、"本能と欲得"に従っただけだ。


 手を抜かれていたとはいえ、超人と真剣を交える緊張感は最高だったし、理不尽なスピードで強くなって、見える景色が一変するのは――何物にも代えがたい幸福感があった。


「ヒエイが言ってたけど、勇者ってたぶんイカれてるんだと思うよ。周りが思い描く理想の勇者像とはかけ離れた狂人が――勇者って周りにもてはやされてるだけなんじゃないかな……?」


 事情を話せば――驚嘆した大人たちが目を輝かせて過剰なほど期待と労いの言葉をかけてきた。ただのお世辞や定型句と捉えてスルーしてたが、もしかすると本気だったのかもしれない。


「もし――僕が誰かに褒められたり尊敬されたりしたら、それはきっと勘違いだよ」


 大きな事件が起きた。

 あっという間に解決した。でも、ピンとこない。

 だって、僕が理解できるのは――僕を中心にした狭い範囲でしかないからだ。


 大勢の人が住まう都市。

 そのまた別の――大きな都市。今回、僕は皇都のダンジョンに飛ばされてヒエイが連れ帰ってくれたわけだけど、正確なことは何一つ理解できていないんだ。


 額面上のこととか――大人の事情とか――頭では理解できるが実感に欠ける。


 微塵も、興味がないからだ。


「だから、感謝してるんだ」


 僕の独白を黙って聞いてくれたミカに目を向ける。


『感謝……?』

「ミカがいてくれると……。声をかけてくれると僕も立ち止まれる。――自分の立ってる場所が思い出せるんだ」


 真剣な顔で見つめ合う。


『それは――あのスキル《オーバーロード》のこと?』

「それもある」


 ――スキル《オーバーロード》は、絶大な威力を誇る身体強化のバフスキルだ。


 本来なら、バフは後遺症が残らない"上限"が決まっているし、それはレベルに伴って上昇していく。


 ほかにも、バフポーションや短期的に発動できる装備スキルだったり、個人を強化する手段は無数に存在している。それらは"相乗効果"で高まるが、決してその上限を超えるわけじゃない。


 僕のレベル5なら――全アビリティ"1.5倍"が上限となる。

 その程度で上級ランカーを殴り飛ばせるわけがない。

 有名な勇者系スキルの《オーバーリミット》よりも自己強化の"威力"自体は遥かに上。機械系モンスターの持つ使用後に躯体が全壊する決戦的なスキルに同名のものがあるらしいが――少なくともウェブ検索では所有者はいなかった。


 つまり、ユニークスキル扱い、ということだ。

 常人ではとても習得できないし、自分の体を容赦なく"ゴミのように捨てられる人間"だからこそ、手に入ったと解釈してる。

 

 記憶が抜け落ちているのだって、どこか遠いところに視点が離れてしまったからだ。


 そして、きっとこれは――"夢遊病"や"心的外傷"によるものではない、もっと恐るべき"魔"が関係してるのではないかと思う。


「だから――怖いだろうに。嫌な気持ちになるだろうに。ミカは自分の存在意義がわからないと言ってたけど、それは僕だって同じことだ。―――ガイドエンジェルは奴隷でも道具でもない。自由になったら、僕のとこから離れてしまうんじゃないの」


 想像したら、突然泣けてきた。


 水っぽい鼻を啜る。トイレットペーパーをガラガラと引いて落涙に備える。


『………ぅぐ、そんなことないわよ。私のほうこそ、誤解してたわ。あんたっていっつも頭の中でも私に意地悪なことばかり考えるから。―――笑いながら別の子に乗り換えるんじゃないかって…‥思って………!』


 僕らはいっしょに泣いた。


 初めて心が通じ合えた気がした。誰だって心の柔らかい部分は人に触れられないようにするものだ。……傷つきたくないから。


 僕らは手と手で触れ合うことができない。でも、お互いがお互いの手を合わせようと空中で境界線を測り合う、この瞬間は"つながってる"気がした。


「―――ンンッ。よそでやってくれ」


 すると隣の個室から。不機嫌そうな声が文句が聞こえた。それまでは熱に浸っていられたのに……。


「………」


 一気に冷めた僕は、"通り抜けるホログラムに過ぎないミカ"を見て、なんだか急にバカバカしくなった。


 トイレットペーパーを股から落とす。


『――きょ、極端すぎない!? さっきまでの感動のシーンはなんだったのよ!』


 目を最大まで開いたミカがポカポカと殴ってくる。

 電飾の輝きがひときわ強くなった。

 感情表現には使えるらしい。


『サイコ、サイコ! 血も涙もない悪魔! 鬼! 冷血漢! ………べーだべーだっ! あんたなんか、もう知らない』


 プイ、と消えてしまったミカ。


 まぁ元気になってくれたのならよかったよ。


「ごめんなさい。すぐ出ます」


 きっと、この人も―――"大きい方"をしようとしたのに、僕らに中断されて苛立っているのだろう。


 だが、この声は聞いたことがある。


「――"龍崎さん"。お久しぶりですね」

「………リトル・ブレイバー。なんかヤバい案件に関わったんだってな? 界隈じゃその噂で持ちきりだぞ」


 道場で戦って決闘の約束までした"あの"龍崎さんだ。

 遠い昔のように感じるが――昨日のことだ。


「あと、"出る"ってどの意味だよ。フツー、こういうとき話続くか? ………変なヤツだな、おまえ」

「"どっち"もですよ。話が終わったらすぐに……ああ、音は消しますので安心してください」

「……そんなピンポイントなスキルを持ってやがんのか。……いや、魔法か? そんで答えてねーよ、どうなんだ。―――"抗争"が始まんのか?」


 やけに真剣そうな声音。改めてこの件は、大きな影響があるのだと気づかされる。


「どうですかね。あっちの組織の上層部が本格的にやり合うのかどうか次第、でしょうかね。――実情はあっちで内紛が起きて、こっちまで飛び火するって感じですかね。今なら僕って―――『"10億円"』で売れるらしいですよ……?」


 冷たい目で視線を横に向ける。

 職員やギルドマスターの言ってたことをそれらしく口に出す。


「馬鹿言え。そんな賞金首と決闘することになった我が身が一番可愛いわ」


 あとから入ってきたのもあって、若干警戒していたが存外本気らしい。


「今からキャンセルします? というか、ちゃんと行われるんですかね」

「注目度が高い試合になる。あのクソジジイが大々的に仕切ってやがるからな、まず行なわれると見ていい。ハァ……こんなつもりじゃなかったんだがな……」

「――じゃあ、また試合で」


 用も足したので、そそくさと立ち去る。洗面台の鏡に映る自分の姿を確かめて――安心し、フワッフワの泡を楽しんでいると。


「はぁ〜っ」


 後ろから哀愁を感じさせるため息が何度も聞こえたが、僕はそのまま――廊下に出た。



『あんたって、ドライよね………』


 そうかもしれないが壁越しの会話だったから上手く続けられたのだ。


 これ以上は"ボロが出る"に違いない。



 そのあと僕らは、ギルドショップで買い物をした。

 今夜は、別館のホテルの一室に泊まることになったからだ。


 本来ならタクシーで送迎してくれる手筈になっていたのだが、打ち上げ中に事情が変わり、安全確保のための措置がとられたのだ。


 裏の組織が活発化すると予測され、しかも『懸賞金』とかいう、"連れてきたら大金をもらえるシステム"で僕が名指しで挙げられたせいだ。


 相場は不明だが、10億円の値札が張られたと聞いて、さすがに僕はショックを受けた。


 専門家である『黒羽さん』というDランク冒険者が言うには、僕は相当なカモらしく、ライセンスを失効した実力者が群がること請け合い。


 外に出る際は、彼が可能な限り護衛してくれるそうだ。


 ギルドのエントランスで、いつもの調子を取り戻した炎理さんと別れる。


「そんじゃあなァ! また明日〜」

「またねー」

「また明日。ノゾミちゃん」


 彼女は興味本位で買い物に付き合ってくれた。

 この騒動がいつまで続くか未定なので日用品を買い揃えるためだ。レシートをとっておけば"タダ"にしてくれる。

 今日の分の成果はすでに売却済みで素材をもとに武具も製作してもらう。明日にはできるそうだ。


「――学校休みになるかな」

「たぶんねー。明日はダンジョンもお休みかなぁ?」

「なんで嬉しそうなの? 僕も一日、自分の力を確かめたいからね」

「私にも、ちゃんと聞かせてね」


 話しながらホテルに向かう。



 ―――そうして、長い一日が終わる。


 

 ダンジョンに入ってからの流れを一つずつ思い出して、印象に残った光景やイメージを鮮明に思い浮かべる。


 そして残ったものが――自分にとって"必要なこと"だと思うから。


 ホテルの柔らかいベッドに沈むと、途端に眠気に襲われた。


 脳裏をかすめるのは――戦場の匂い。

 鮮烈な痛みと新たな境地。

 莫大な経験が僕の血肉に刻まれたのだ。


「………もう寝た?」


 隣のマナが手を握る。

 手のひらから感じられるのは―――"敗北の味"だった。


 僕が一番強い空間で、まったく歯が立たなかったのだ。

 強さが足りない。

 練度が低い。経験が浅い。――だが、焦る必要はない。


 少しずつ、確実に、強くなれる環境があるのだ。

 僕は、何も心配することなく前だけを見て進めばいい。



 あとは――悪い敵も………。



 強くて強くて――勝てそうにない、悪い敵も…………。




 

 ―――いっぱい欲しいなぁ。





___________________________________________

5Fの探索結果

 滞在時間 60分

 戦闘:8回

 休憩:2回

 罠:32回(解除20)

 宝箱:0個

 採取:0回

 イベント:1回

 重症:3回

 死亡:0回

 逃走:0回

 全滅:0回

 主な討伐モンスター:オーガ、かしらゴブリン、まどうゴーレム、スカルナイトなど

 探索評価:B+

 トレジャー総額:32800G

 〈素材〉

 鬼の腕(5500G)、ドクロ(3200G)、高級豚肉(3000G)、ほか(18200G) 合計29900G

 〈装備〉

 ブロンズボウ(1000G)、ウッドスピア(600G)、ウッドロッド(600G)、ウッドシールド(400G)、ウッドアミュレット(300G) 合計2900G

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 お疲れさまです! 第三章「"新たな仲間"」編はどうでしたか? 大変しんどかったですね。なにせ、基本ず〜〜〜っとダンジョンにいましたからね! ここまで読めたあなたは立派な冒険者だ。(そろそろ脱落しそう)


 新たな仲間ノゾミちゃんが加わり、エイくんとマナちゃんの閉じた関係は抜け出せましたかね! 大迷宮の攻略も順調で冒険者として着実に成長してます。


 次回から始まる「外伝」はマナのクラスにいる男子生徒が主人公です。よその都市圏から来て星刻学園に入学するまでの話。味変です。エイくん以外は興味ないって人は読み飛ばしても大丈夫です。(彼も出てくるよ〜)


 そして、第四章「畏怖との遭遇」編は、裏社会の"懸賞金10億"の男となった主人公のダンジョンライフですが色々と描写が重かった三章ほど長くはないです! そして、なんと……つ、ついに主人公の正体が明らかになるかも! (別に隠されてはいない)

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