難易度:ナイトメア
開門!
―――ヒエイがアイテムを使って、しばらく経った。
周囲で猛烈な破壊が行われる。なので、順次シールドを大量生産して、雪崩のように外側まで押し出す。
敵方は、僕らの消耗を誘っているようで、利害が一致しているこの時間に退散させてもらう。
あと"数秒"は保つ。
しかし『天楼魔剣』レベルの大技を向けられたら、この『シールド要塞』ですら突破されかねない。……どうした? はやくしてくれヒエイ?
「………ラクミヤ」
「……なに? いまさら使い方をミスるくらいで怒らないって」
僕らは一緒に、乾いた笑みを浮かべた。
「………ふふっ。アリア様に"退出制限"されちゃったみたいね」
―――その時。大砲のごとき破壊が行われた。
多層のシールドはあまりにも堅牢で、中級魔法でも一発じゃ壊せない、なのに卵の殻を割るみたいにあっけなく上部がめくれ上がる。
正体を現したのは―――"握り拳"だ。
人体の一部でしかない、しかし巌の如く圧迫感のある握り拳が天に生えていた。
「っ!」
すんでのところで下部に引きずらねば、今ごろは二人ともバラバラに砕け散っていただろう。
―――類似の現象として、"エネルギーバーストを拳に蓄えた一撃"と理解できる。
「ひっ、あれは……!」
耳元で、もう終わりよ、と涙をこぼすヒエイ。
―――つまり、こいつが……!?
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『ダイゲンのソウジュウロウ Lv.50』
【HP】 2674/2674
【MP】 593/593
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―――違った。
名前は自分でいじれる。が、この人は"アリア"ではない可能性が高い。
―――次いで、繰り出される横蹴りを避けるため、ヒエイを引っ張り回避すると、攻撃した男が大層驚いたようなリアクションをとった。
「――ほう。今のをかわすか。―――ありえん強さだな」
………いや、ツッコミ待ちかな? 全方位を"十以上の多層シールド"で構成される要塞が、単なるパンチやキックで吹き飛ぶなんて―――まるで"悪い夢"みたいだ。
人差し指を差す。――不意打ちの極小気弾を放った。彼の首元を通った気弾は……しかし、難なく引きつけてから回避される。
"奇策"や"騙し討ち"が通じる相手ではない。
「もしや、小僧。―――戦が望みか? そこな女は巻き込まれた手合いと見る」
「そーそー! そうなんです!」
青髪の美丈夫は、簡素な衣服のみを身につけて武装が見当たらない。
その後ろから、豪奢なドレスを身にまとったこれまた青髪の女が現れる。
――ふぅ、と吐息を漏らす。陰鬱そうな女性の登場に、僕のテンションは爆発した。
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『四天宮アリア Lv.55』
【HP】 606/606
【MP】 2633/2633
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「―――やっとか。……遅かったじゃねーかよ?」
どこか芝居がかったふうに、僕が呼びかける女は、不快げに眉を顰めるだけで手元を見つめている。
「……"ネズミ"はその一匹だけ? ……あーあ、大損害よ。―――器物の損害……は、まぁいいとして顧客の信用から商品に傷までつけてくれて……。この落とし前は、どうつけてくれるのかしら」
めちゃくちゃになった会場をじっくりと眺めて頭の中でそろばんを弾いた女は、独り言をつぶやく。
僕という賊を捕らえたあとの算段に、もう意識は向かっているようだ。
さもありなん。
パッパと両の手で。"女ボス"が手を叩けば、一斉に攻撃が開始される。
「……ッ!!」
銃弾が何発も僕の足元を跳ねるので、ところ構わず、気弾と光矢を乱射。
標的はとくに決めていない。
「キャアー!?」
「ぐぉっ!」
「…………」
2階にいる狙撃手の位置を大雑把に把握して左端から順に会場を破壊していき――老若男女関係なく、防御が間に合うものもいれば、直撃して気絶するものもいる。
《魔力感知》でテキトーに周囲の状況を把握するのみの、ただひたすら、MPにモノを言わせる戦法。
「戦ってやるからやめんか」
「くっ……!!」
空中で真横にいきなり現れた男。
進路上に置いたシールドを"瓦割り"でもするみたいに砕いている手刀が、スローモーションで見え始める視界。
その手のひらに優しく剣を添えて上方に受け流せば――遅れて、周囲の雑音が聞こえる。
「皆様、こちらにお集まりになって」
四天宮アリアは、大規模な防御魔法を展開して客を守ろうとしている。
彼女を中心に水族館の"アクアリウム"に似た範囲制圧が行われ、外界と隔てた。
「イヤぁーっ! わたっ……わたくしが狙われてますわ〜!」
「おいっ! ……この壁は大丈夫なんだろうなオイッ!!」
しかし、マジックスキル《エネルギーバースト》の威力は、アクアリウムに局所的とはいえ穴を開けるくらいの成果を出しているため、単純な二対一ではない。
―――そうは言っても。
敵の増援は止まる気配がなく、まもなく、この場所に"最高戦力"が結集した形となる。
「《四色円陣》」
これまで矛をぶつけた中で、"過去最高"の強者は、"四大属性全てを同時に操る魔法剣士"。
当たり前のように範囲制圧スキルを高度に扱い、僕のアドバンテージは僅かばかりしかなかった。
「『天楼魔剣』」
大きな溜めのいる技も盾役のヒエイを使えば時間を稼げる、僕は圧倒的な破壊力を有する大剣を横薙ぎに振るい――人的・物的被害"最優先"の一撃を放つ。
これにて、蓄えていた僕の血は一斉に消費されることとなり、打ち止めだ。
―――だが大斬撃の進路上にいた冒険者を含めて、実力者をすべて即死させるに至らず、いよいよ進退極まったと言える。
「…………イカれてやがる。シャブでも決めてんのかテメェ」
対戦相手を無視した、非戦闘員狙いの攻撃は予想通り、意表を付けたようだ。
「もう付き合ってられないッ! こんなの命がいくつあっても足りないわ……!」
《オーラフィールド》に侵入してくる"炎の魔剣"を打ち消し、残った刀身と剣戟を重ねる。
「ここはダンジョンだろう!? 死んでも復活する!」
「だからと言ってッ」
こんなふうに思い切って暴れられるのは、ここにいる奴の大半が悪人だからと言うのもあるが、殺害しても復活するのが大きい。
四方八方を襲いくる武器、射撃、魔法を、たっぷり満たした《オーラフィールド》で先見し、最小限の動作で回避―――あるいは迎撃する。
「……んッ……グぅッ」
しかし達人級の剣士の武技を前にすれば、僕の実力なんて高が知れている。
ぶちぶち、と嫌な音を立てて体の各部から損傷が伝わってくる。
それくらいはしないとロクに打ち合いにならないし、"思考の圧縮"にも限度がある。また、マジックポーションは一回飲み干すごとに効果が減少するのだ。超人的な反応速度も、切り札的な使い方にせざるをえない。
「―――ぐゥあァっっっ!!?」
"前方の剣士"。
"後方の武闘家"。
僕の強みは時間とともに薄れていく。対策をとられていくのだ。持ちうる経験も――武器も防具も、何から何まで届かない。
「しまっ――」
殺人的な拳の回避に気を取られ、上手く力が伝えられなかった魔剣が弾かれる。
「それは、もう見た」
手元から離れても自在に動く魔剣は、一回きりの不意打ちにしか使えない。
そして、根本的に、この人たちを倒すには火力不足。
決定力のある技はいくらか思いつくが、まともに受けてはくれないだろう。
「―――終わりだ」
ここは―――"人工のモンスターハウス"のようだった。
嵐のような攻勢を回避し、迎撃することにすべてのリソースを注いでなお、手傷が増えていく。
「―――まだだ」
口内で噛み砕く高ランクの『キュアポーション』で、状態異常の解除を行うが、隠しようのない硬直が生まれて、手元に刃が襲い掛かかった。
『スキル《オーラフィールド》のレベルが上がったわ!』
「まだだぁっ!!」
「――っ?」
途端になめらかになる《魔力操作》。轟々と唸りをあげて魔力が導かれる。
そして、これまでの動きがなんだったのかというほどに効率化された"場の支配"。
飛躍的に高まった―――"空間の認識力"と"人体の操作力"。
"目の前の剣士"を再現する。
先ほどまでの僕では決して追いつけなかった致命的な一撃を―――するりと抜け出し、受け流す。
「なにっ……?」
『スキル《剣術》を習得したわ!!』
予感はあった。
マナの剣の扱いを見ていて、文句を言いたいときが多くあった。
自分だったら、もっと上手く操れるのに、と。
そして、目の前にはこれ以上ない"お手本"がいた。
"絶好の学習"の機会、逃す手はなかった。
「―――は、オイ。……テメェ、なんか覚えやがったな? 行動パターンが変化した。いや……単にキレが増しただけ……?」
「まったく………いい顔で笑うやつじゃな。こやつは手のつけようがない、狂犬に違いあるまい。ここからは"調伏"の時間となるかの」
「あなたたち! いい加減にしなさい。いつまで遊んでるつもり!? 二人がかりで倒せないはずないでしょう!」
遠方にいる女に片手を差し出す。
これまでにない速さで練り上げられた魔力――気弾となってアクアリウム内を揺らす。
「〜〜〜!!?」
―――そのとき。
もう一発の誘導気弾で縫い止めた剣士が飛翔する斬撃をお見舞いして誘爆させた。その後、すぐさまこちらに体勢を向ける。
「おいおいどこに行くつもりだぁ?」
「くっ……」
―――女ボスをっ! ………いやムリかっ!!
取るに足らない冒険者の、遠距離攻撃を空中に移動して回避し、それを見越して置いたガラス瓶に自ら当たって、発生した爆発に呑まれて――進路を変える。
「………グゥっ! ヒエイっ!! もういいっ確実に殺せるやつだけ順にやってくれっ……」
「イヤっ……もうイヤよぉっ」
駄々っ子のように泣くヒエイは――なんのかんのと言って、この攻防に着いてきている。《オーラフィールド》を出たら、死ぬと脅しているので、彼女は移動できる範囲で散発的に襲いくる攻撃の数々を凌ぐ。――いい訓練になっているはずだ。
「これは命令だ。―――許可するからさっさと行け!」
「……………くそぉ、クソクソクソォ……!! 覚えていなさいよっラクミヤエイィ〜〜〜!!!」
恨めしげに武器を構えて、外套の中に消えたヒエイ。
彼女を狙う斬撃と向かい合う。魔剣と重ねられた刃。――瞬間、跳ねる。いくつもの思惑が交錯した。火花が咲いて網膜に散る。
「させるかよ、と言いたかったんだが……テメェは油断できねぇな。どんな初見殺しが飛び出すか楽しみな"びっくり箱"ってところだ」
「………………ど、同感、ですよっ」
「さすがに体力が厳しいだろ? テメェはまだまだ伸びる。―――が、今回はここまでだ。本当によくやった、褒めてやる」
「――それじゃ、ダメなんですよね………」
全員倒して帰る。
なんとしてでも、この場の人間を"皆殺し"にする決意を再度強く持った。
僕の体は自由に空を跳ね回り、敵陣を翻弄。
ヒエイと言う余計な"しがらみ"がなくなったことで、今の僕が持ちうるすべてを使い尽くす―――
『―――スキル《即応反射》を習得したわ!』
『―――スキル《回避跳躍》を習得したわ!』
《オーラフィールド》内限定で扱える"超反応"と極小の時間発生する"無敵回避"を得た。手傷は減らなかったが。
『―――スキル《エンチャント》を習得したわ!』
そして、ついに『白透刃』がスキル化されて、これ以上ない鋭さの魔法の刃が形成される。
こめるべきは――あらゆる"魔法を断ち切る刃"。魔力打ち消しの『オーラブレイク』を刀身の形状にして魔法剣士の技を大きく減衰させる。
『スキル《魔断の太刀》を習得したわ!』
『スキル《スーパースラッシュ》を習得したわ!』
激突。
打ち合い。
「ァアァアアァアァアア!!!!」
足りない。
足りない。まだ足りない。
極限の集中のさなか。僕の視界に、幾筋もの剣線が描かれてチカチカと瞬いた。
仮想上に生える無数の刃は、敵の侵入を防ぐ致命の罠であり、自身を守る"結界"と化す。
超高速で処理される情報の数々を、僕は満点の夜空に浮かんだ星々を眺めるような心境で、ぼうっと俯瞰していた。
『―――スキル《剣閃界》を習得したわ!』
僕は戦いの中で、いくつもの技を編み出し昇華させ、それでもやはり――死にかけていた。
圧倒的な強者に胸を借り武器を交わすたび、"ある確信"が深まる。
それは僕がここにやってきた理由だ。
あのとき、マナを忘れてまで暗殺者を追って飛び込んだのは、その先に見知らぬ強敵がひしめくことを期待したからで。
つまるところ―――
「―――僕はピンチに陥りたかったんだ」
脳内で、シミュレートしたあらゆる回避・迎撃の動作が無慈悲に摘み取られた完全な行き止まりを悟ったとき――僕はため息を吐いた。
「はぁ、でもここまでは来れた」
体力の限りを超えて、気力を振り絞り、もう僕には何も残されてはいなかった。――まもなく、負荷をかけ続けた魔剣が砕ける。
そして、胸元を――十字斬りが深々と食いこんだ。
"達人の武技"。
ものすごい勢いで成長する僕を脅威と見たのか、稽古をつけてやる雰囲気がなくなり、高位の剣技スキルが肢体に打ちつけられる。
新たなスキルを駆使してもどうにもならなかった。
それほどに"地力の差"があった。
「どこまで進化するのか興味はあるが、遊んでばかりはいられない。――とりあえず一回死んどけや」
目にも止まらぬ速さの斬撃が、稲光を発して襲いくる。
初めての明確な剣技スキルだった。これまでは巧みな"通常攻撃"だけだったから、それはもう飛躍的に映る。
―――間に合わないッ!!
ピクリとも動けない世界で、なめらかに、だが確実に、近づいてくる刃先――
「―――んひィぎッ」
利き腕が、落ちた。
「……………だけどォッ! まだっ……まだだァ……!!」
空中で固定した片腕が――出血とともに逆再生されるみたいに戻ってくる。
―――両断。
視界がパッカリと割れる。
刹那のうちに身体を、頭上から真っ二つに叩き斬られたのが理解できた。
本気を出した、Bランクの剣士に容赦はなかった。
"血液操作"。
"目くらまし"。
"僕の片腕が独自に動いて剣技を放っても"―――構うことなく……。
―――続けて、胸を切り刻まれた。"背骨を両断された感触"だけが引き延ばされて――世界が止まり、脳みそを蹂躙する。
―――だが、まだ………。
「………いや、倒れとけ」
心底から吐かれたツッコミのその先にいる僕は、滞空してロボットもののアニメみたいに半身がくっついて"回復"した。
キラキラと光の粒子が散る。
「……………」
垂れ下がる視線は―――虚空を見つめて、ぶつぶつと独り言を発せられる。
「………オーラフィールド……人体操作……剣閃界……ブースト、そうだ……ブーストブーストブーストブーストブーストこれが足りない」
基礎身体能力の向上、これだ。
―――たった"三秒"でいい。
そのあとで"壊れて"しまっても、一向に構わない。
"限界を超えたブースト"。
"過負荷のブースト"。
"可能性の果て"。
認知が新しく書き変わる。
ひときわ強く僕の体が輝いた。
そのための魔力はある。
―――もともとあったんだ。でも使い方がわからなかった。
「《エンチャント》」
それがいま、見つかったのだ。
―――ばきり、と音がした。
悲しそうな、天使の声がする。
『スキル《オーバーリミット》を習得した!』
『スキル《オーバーロード》を習得した!』
―――ありがとう、ミカ。
発動した魔法は確かに"限界を超えていた"。少し動くだけで体がバラバラになる予感がする。カラダが鉄のように赤熱して溶ける。
―――やはりレベル不足なのだ。とても実用に耐えうる魔法ではない。
だが次の瞬間―――
「んべェ……っ?」
剣士が床を跳ねて、壁に激突した。
超スピードで移動した僕の放った拳に―――まったく反応できなかったのだ。
「!?」
そのことに瞠目した武闘家。――即座に距離を詰めてくる。
「………あぁ、やっぱり……」
手元を見る。
「…………」
たった一撃で"弾け飛んだ右腕"に対して、攻撃を受けた剣士は軽傷だ。――すぐに立ち上がることだろう。
「ハァアッ!!」
「―――うォオオオオォオオオ!!!」
残された左腕に、こめた最大威力の拳が―――武闘家とぶつかった。
―――パァンッ
拳から伝わる振動。それが一気に肩まで伝わり攻撃の結果を物語る。
僕の左腕もまた、一瞬で"ミンチ肉"になったのだ。それでもかなりの威力はあったようで、武闘家は弾かれて、体勢を崩した。
「あ……ッギィッッ……! ………ハハ、やっぱ勝てっこないか」
使い物にならなくなったグズグズの両腕を振り回し、やたらめったら攻撃魔法を打ちまくる。
―――ヒエイの成果は上々。もう少しすれば、実力者は軒並み、消え失せるだろう。
「《セルフヒール》」
「《ヒューマンドミネイト》」
「《エンチャント》」
グチュグチュと急速に再生する二の腕に魔法を付与して、人体を操作。
両足に置いた"超加速グリッター"で武闘家に突っ込んだ。
―――赤黒く発光する"球体"が空中で武闘家と何度も衝突し、急旋回しながら、肉を叩く音を何度も何度も響かせた。
たった一秒にも満たない、凄まじい攻防が終わり―――
「……………」
無惨に転がる僕の体はグチャグチャで、その大半が自滅によるものだった。
「………ハァハァ…………」
口を切り、血を吐き出す武闘家が、険しい顔でその体を睨む。
___________________________________________
『ラクミヤエイ Lv.5』
【HP】 "0"/89
【MP】 250/1196
【状態】 《"死亡"》
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肉体に多大なる負荷をかけた代償として――僕は――閃光のようにあっさりと死んだのだった。
『…………………………………』




