レギオンハウス:歌姫のコンサートホール
続き
倉庫を出て、最初の通路は眩しかった。
あの倉庫がほとんど真っ暗だっただけで、ここも普通に薄暗いか。
踏み心地のいい通路をゆっくりと進む。両手を鎖に繋がれて誘拐された少年――それが僕だ。
命が賭かかってるとあって、ヒエイが知恵を絞った結果でもある。
「そこの女、とまれ」
警備員らしき帯剣した冒険者が誰何する。しかし、ヒエイとは顔を合わせたことがあったのか一言二言交わす。
その内容とは―――
「アリア様は、不在のようね……」
諦めたような、心底、安心したような顔を見せるヒエイ。
開始早々、つまづいた。
「ふざけるな」
自分が、飢えた獣のような息を吐き出すのがわかる。
「キャアッ」
彼女の髪をつかみ、引きずり、歩く。
―――視点が少し、ズレ始める。
涙声で許しを乞う女の茶髪がブチブチと何本も抜けるのが"俯瞰"で見えた。
『女の子には優しくしないとダメだよ?』
僕にとって、"一番大事な少女"の言葉がよみがえる。
そのマナが、今まさに、"性的な暴行"を受けているかもしれないのだ。
こんな女、どうだっていい。
「もういい。―――うんざりだッッ!! 全員叩きのめせばいいんだろう!! そうだろう!? なぁ答えろよぉっっ!!」
早期に帰還する望みが絶えて、自暴自棄になった。
僕はここまで耐えたジリジリとした、焦燥を爆発させる。
隠密行動など気にもせずに大声を発する僕は狂気的に見えるだろうか。空気を震わせる魔力の不気味な音色がフロアに響く。
「ひっ」
下から悲鳴が漏れる。
縮こまる女は全然役に立ちそうにない。大声をあげて通路を闊歩する僕の元に、フロアの四方から急速で接近する気配があった。
―――この拠点の警備員だ。さっき会話した男性も後ろからやってくる。
最初は僕が見せ物になってステージに上がったり、その間にヒエイが暗殺を成功させるとか。同じ立場の被害者を扇動して戦わせたり、ギルド支部同士の抗争が始まったと見せかけて僕が暴れ回るとか。
色々、考えてたけどさ。
目的の女がいないんじゃ意味ないよね、マジで。
『レギオンキューブ』と呼ばれるアイテムは貴重で、金庫やら特定の場所に置くことはなく、実力者個人の《アイテムストレージ》に収納するのだとヒエイが説明していたのもある。
つまり、強そうなやつを片っ端から倒して散乱する物品の中から探し当てる。ジョブスキル《アイテムストレージ》は、【装備欄】に登録したアイテム以外は、死亡後、復活する際に中身は全部放り出されるからだ。
常駐する警備員は少なくとも"4名"。ヒエイとのコンビネーションで十秒以内に片をつける。
絶好の隙を狙って奇襲を仕掛けてもらう。
「《オーラフィールド》」
駆けつけてきた、いずれかの所属を示す制服を着た警備員に対して跳躍する。
白刃が覆う魔剣を振り抜き、背後から出現した大きな魔法陣。
―――《エネルギーバースト》が炸裂した。
ただヒエイがそうだったように、実力者には不意打ちでも対処される。
「《マジックシールド》」
おそらく、魔法に強い防御スキルをすんでのところで発動した男の左半身が大きくのけ反り、たたらを踏ませた。
それでも、好反応で武器を振るい迎撃の構えを見せた警備員を通り過ぎるようにカーブさせた―――もう一発の大気弾。
魔法は手動で、同時に二発出せる。
「ぐぁあっっっ!!!」
白透刃をもってしても、一合ぶつけるのがやっとだった男の腹を――衝撃波が襲う。
さらに僕の背中から無数のチェーンバインドが射出される。
会敵早々に怒涛の連撃をくらい、完全に後手に回った男は、床に背をつけ、後方に転じる。
刹那の機転。
広範囲を燃焼させる攻撃スキルを放った男。
拘束の鎖がバラバラに砕け散る。
「なっ、ああっ??」
けれど、一歩も引かずに接近した僕の挙動に反応が遅れた。
全身を燃やされて大火傷を負い、HPを半分以上削られたが、これで一手稼げる。男の胸に触れた魔剣の切っ先から増幅された大気弾が、一気に弾けた。
「ぐぅおっ……!! ―――重ッ、無属性かッッ!!」
僕の魔力装甲よりも数段上で洗練された"黒甲冑"を破砕させて、生身が露呈。
そこに"六発"のグリッターボールが襲来して男は壁に衝突し、呼気を漏らしたが、すぐに【ブック】から魔法を取り出した。
「純粋な―――魔法耐性の強化でしか防げない中規模の魔弾……いやッ、【フォムーラ】っっっ!!」
時間を与えれば与えるほど不利になる局面。
放たれた火の玉は、炎理さんのそれよりも遥かに強力だった。しかし、《オーラフィールド》に入った途端、火の玉は縮小して、大幅に減衰される――魔力装甲を半壊させるのみ。
「《エネルギーバースト》」
そうなると、先の焼き回しだ。
二発の大気弾が別角度から襲い、高レベルの防御スキルをいくつも破砕させて"人体"が転がった。
くんっと、左手のひらを下に向け、フィールド内の全魔力で圧力を加える。そこに、無数の鎖が伸びて、仰向けになった男の手足を拘束。
レベルアップした《無属性魔法》と《オーラフィールド》をもってしても、レベル差のせいか、容易く引き千切られる。
「範囲制圧……高まった出力。濃淡のある強化……異常な手数と操作性、一つ一つに込められた並外れた支配効果………これが、レベル5の見習いだと? どんなジョークだ?」
けれど、二十も三十もよこせば、男は諦観したのか無抵抗になる。
とすれば、あたりに散らばった僕の魔力で男をくるむようにコーティングしていける。
だが、ここまでしても、HPはわずかに三割減。
その代わりにMPがどんどん削られていく、ヒエイのとき同様の"MP消耗合戦"がスタートした。
武器も防具も、任意で発動できる全スキルを"魔法の抵抗"に割り振った男は――鉄壁の如く。
「……はぁ、はぁ。―――《ヒューマンドミネイト》」
あとは―――ヒエイと同じ要領だ。短期間に大量の魔力を消費して支配したのち、『ハートバインド』を使うのだ。
「―――俺はやられるだろう。だがな、お前はたった一人にここまで消耗させられた。目的は知らんが、これで終いだ」
―――ヒエイ、やれ。
「っ!?」
隠れていた彼女にお願いして首を刈ってもらう。
死にかけであれば支配は容易になる。そのあとの戦力低下は否めないが。
「…………」
ついに大人しくなった男を一瞥して、僕はヒエイに問いかける。
感想は一つ。
「ヒエイって、弱いの?」
手狭になった《オーラフィールド》。横目で見たヒエイの目は、先ほどまでは狂人を前にしたもののようであったが、そこはプライドゆえかキャンキャンと泣く。
「あれは不意打ちだったからでしょ! それにこいつと違って白兵戦用の武装じゃなかったのよ! あなたはまだ知らないでしょうけど、ジョブの補正は局面ごとにランク一つ分の差が出るものなのよ? わたしは《暗殺者》で、こいつは《守護騎士》か《前衛戦士》ってとこでしょ。耐久面に差が出るのはトーゼンでしょ?」
わかった、わかった。
「………目的はなんだ。うちのファミリーに手を出したらどうなるか分かってんだろうな」
どすの利いた声で脅す男は明らかに堅気ではない。
しかし、こいつらの事情など微塵も興味なし。
「ふ、バカなことを――ゴフっ」
「おまえっ」
男は死をものともせずに抵抗を続けたので、魔法の効果が発揮され、心臓が破裂したのだ。口から血をこぼして――男はまもなく倒れた。
「………魔法が上手く機能した。――ヒエイ、わかってるな?」
「…………わかってるわよッ」
大量に散乱するアイテムにテンタクルハンドを伸ばして、ろくに確認もせずに収納していく。
大雑把に《アイテムストレージ》の"目録"を流し見したところ、目的のアイテムはなかった。
しかし、時間がない。
「敵の増援。一、二、三、恐らく探知をすり抜けてるやつもいる」
僕は気だるげに、死体となった男を無理やり起き上がらせて進ませる。
すると突然、床が崩壊して男は奈落に消えていった。
―――ここはダンジョンだ。
罠くらいあるか。……構わない。僕はマジックポーションでMPを回復させながら、中央の大ホールの扉をぶち壊し―――待機していた警備員を魔法で大きく吹き飛ばす。
会場は大勢の悲鳴と怒号で包まれた。
ちょうど"奴隷オークション"みたいなことがやられていたらしく、悲壮な顔をした男女がステージ上で並べられている。
別の方向を向けば――"魔獣に人を襲わせる娯楽"の途中であって、そして何より目立つモニターに、逃げ惑うマナたちの映像が流されていた。
「……………」
―――僕は大概、怒っていた。
それがこの瞬間、最高潮に達し、爆発的に高まった魔力が会場全体を重くする。バリバリと空気が震えてワイングラスが弾け、婦女子の悲鳴が上がった。
腰抜けになった人々の大半は非戦闘員。僕よりも弱い一般人のようだ。
しかし、こんな場所にくる輩に容赦する必要はない。
「"みなごろし"だ」
極限まで高まった《オーラフィールド》から無数の触手が伸び出て、手当たり次第に生物にとりつく。
「『ムゲン・テンタクル』」
会場は混沌とし、急に現れた"テロリストに怯える無辜の人々"かに思える光景が作り出された。
そこかしこで逃げ惑う人々が"魔の手"に囚われる。
とにかく、生命体に群がる触手の魔法を一本でも多く生やす。――その間も、警備員や私兵が僕を狙ってスキルを打つので、決して足を止めずに"客の懐"に潜り込む。
「『ライフドレイン』」
「『ハートバインド』」
近くのものにとりついた触手から生命力を吸い取り、代わりに僕の命令を聞かねば死ぬ魔法をよこす。
「警備は何をしてるんだ!?」
「どこのどいつよ、こんなイカれた真似をしてるのはっ!?」
「お嬢さま、こちらに!」
「まもなく、アリア様がお越しになるということだ! それまでに事態を収拾しないと面目が丸潰れだぞッ」
個人の護衛をこれで多少なりとも制限できる。
マーカーをつけた人は現時点で『20人弱』。実力者は無傷で切り抜けられているが――全員を守れるはずもない。
―――数分間の濃密な時間が過ぎた。
部屋から出ようとするものには優先的に魔法を放ったのもあって、このホールは"僕の狩場"となった。
「ラクミヤエイ、もう限界よッ」
傷だらけで僕の護衛をしてくれたヒエイは、憔悴している。
僕の《魔力感知》を抜けてくる飛び道具はヒエイの担当だ。
他にも"肉壁"はいっぱいいる。完全な支配はできずとも、僕を庇って死んでくれる"お客さん"はそれなりだ。
縦横無尽に会場を飛び回り、遅れて銃弾や魔法が破壊を生む。
時間経過とともに、流れ弾に当たった一般人が負傷し少なくない数が"死亡"した。すかさず、《アイテムストレージ》に収納して目標のアイテムを発見した瞬間―――僕の行動は決まった。
『スキル《ドレイン・テンタクル》を習得した!』
『スキル《アーマメント》を習得した!』
あとは離脱するだけだ。
「うきゃあーっ!?」
「んぎぎぎぎ……」
力なく倒れる少女を"足蹴"にして、裕福そうな老人の首を締め上げる。
スキル化された触手の強度は増したが、スキル効果はあくまで一本。
実力者に向けて飛ばす。触れたものの魔力を奪う触手は、僕たちの移動とともに置き去りにされて、時間差で気弾に変わる。
だが他人の魔力を奪い取るのは良し悪しがあるようで、今回は体内に取り込むことはせず"使い捨ての燃料"とした。
爆発音と、人体が弾ける音が多重に聞こえる中、負傷した僕らはやっとの思いで入り口に向かった。
―――あとは帰還するのだ。
あえて残したモニターに映るマナたちは死闘を演じる。
賭け試合では、勝敗ではなく、どのように死亡するのかを賭けていた。
"猟犬に食い殺される"。
"男たちに襲われる"。
"罠やダンジョンモンスターが原因で死亡する"。
"身綺麗に死ぬための自決"。
などだ。
だがどうやら、ピンチに陥ったものの、ブチギレた炎理さんが三人の下衆を焼殺したらしく、僕が入室した時点で、猟犬との戦闘が始まっていた。
「よかったよ。……やっぱ強いな、あの人」
あとは、食い殺されるかするかもしれないが、冒険者を目指す以上、"それは乗り越えるべきハードルでしかない"。
「あなたも大概でしょ……? もしかしたらホンモノの勇者って、こんなにイカれてるのかしら、ね。―――まぁ少し胸がスッとしたわ」
これ以上の長居は無用だ。
真っ赤に点滅する視界を回復魔法で癒し、投擲された『投げナイフ』を魔剣で弾き落とす。
最後に《オーラフィールド》全域をシールドに変えて結界とし、スペースの関係から抱き寄せる形になったヒエイにキューブを手渡す。
「ええ、いいひとときだったわ。―――門よ開きなさい!」
果たして、ラクミヤくんたちは無事に帰れるのか……。




