鬼の妄執、不穏な影
ちょっと胸糞注意かも……?
「ぉおおッ!?? す、すげ〜やりやがった!」
「血、いっぱい、なくなっちゃったね」
近寄る二人の言うように、オーガは完全に致命傷だ。
「かはっ……!」
一気に大量のMPを消費した影響か。意識が朦朧とする。
ふらふらと力なく降り立てば、頭上で血の雨が降り注いだ。
「―――まだ、おわってない」
返す刀で、胸元に刺突を放つ、と。
繊細な感触を手元に残して――僕は、体ごと弾き飛ばされた。
「ゥゥゥウ……」
死に際してのオーガの抵抗を無防備に受け、あえなく戦線を離脱する。
「あとはまかせろ、ラクミヤッ!」
「私たちで時間稼ぎをする。とにかく殺されないようにね!」
「おうよ!」
―――僕らの勝ちは決まった。あとは、最後の"閃光"のようなものだ。
『ラクミヤエイ。毎度毎度ずいぶん無理をするんだポン。やはりそういう趣味なのかと疑わしいんだポンが……今は回復に専念するんだポン』
膝をついて、荒い息を吐く僕に"天使の癒し"が注がれる。
―――ァアァアアァアァアア!!!!!
そして、鬼は地の底から響く咆哮を撒き散らし始めた。
ミカ曰く、死を目前にしたオーガの荒ぶるプレッシャースキル《鬼の慟哭》は、死後に威力が高まる『カーススキル』でもあり、ごく短時間の"爆発的"な身体強化を可能とする―――置きみやげ。
禍々しい怨念が、今まさに死んだオーガの肉体を操る。
《ヒューマンドミネイト》や『ハッピーマリオネット』にも通ずる、しかし桁違いの支配力に、この場全体が重々しいプレッシャーで塗り潰されていく。恐怖空間だ。
「ピゥ……ッ!! ヒィィイッ」
「………やっ…やつもッ、死にかけ……最期の抵抗だっ油断するなよ……!!」
「―――え、えいくんっ、なにをするつもりッ」
僕は走る。
左手を突き出し、魔法の矢を散らすことで注意を引きつけ、最高潮に高まった――"強さの体現者"に会いにゆく。
ゴブリン同様に、重要器官である"真紅の尖角"ごと叩き割られて爆散したはずの頭部が、乱暴に再生されているのが見える。
「――ぼくに」
胡乱な目をした哀れなオーガは、僕の姿を確認すると同時に異常な脚力で飛び上がった。
「――――つよさをくれ」
「ガァアアアァアァアアァアァアア〜〜〜〜〜〜!!!!!」
オーガの口が大きく裂けた。"おびただしい死"を感じさせる無数の牙が、僕の命を狙っている。
砕かれた魔石を燃焼させて、爆発的な力を生み出したのだ。
「ッ!」
空中で、反射的に振り払った魔剣。厚い胸板をスライスし、振り抜いた刃先が肋骨を寸断したのが遅れて伝わる。―――が、その側面を超えるように"クビだけ"が伸びた。
反射的に切り上げる。
僕の真横で"破壊"が行われた。
魔力装甲は歯形がついてえぐり取られ、耳が齧られたのだ。
「……奇っ怪だ。―――だが強い」
あまりにも柔軟性に富む。内心の驚愕を切り捨て、崩れ落ちたオーガにトドメを差す。
「どこまで、いける」
千切れかかった極太のクビを断ち切る。
遅れて、"熱線"が体を貫いた。
それでも、ケモノじみた姿勢で着地した"首なしオーガ"は、高い凶暴性を内包した豪腕を振り抜こうとしてる。
"鬼神のごとき武技"。
"圧縮された魔力"。
いま、ハッキリと彼の技が"高み"に至ったのを感じとった。
最期の輝き。
その一片たりとも逃さず、脳裏に刻み込む。
至近にいた炎理さんが領域全体を燃やす『大火葬』で防御するも――骨の砕ける鈍い音を生じさせた。
「――ぐギュっ……きゅぅ」
一転二点、地面を転がり、野太い悲鳴と潰れる音がした。
「魔剣は――」
度重なる無茶な使用に耐えられず、ヒビ割れて砕け散る寸前だった……。
俊敏な動きで翻弄するモンスターをなんとか止めようと魔法を放つ。
けれども、常軌を逸した速度で動く彼は――なんとしたことか。僕から遠ざかるのだ。
「なぜイジワルをする……? ――二人とも自分の身を守れ!」
不規則な移動に対処するのは難しく、血まみれになった道着姿の背面を追う。
「―――ぐはぁっ!?」
『《エンジェルヒール》!』
またしてもくぐもった悲鳴を上げるマナ。天使エイポンの回復が間に合わない。
今度は盾もなく生身に受けた一撃によって血反吐を漏らして宙を吹っ飛び、ろくに受け身も取れずに転がった。
パーティメンバーのHPが"レッド"に転じたとき―――
僕の怒りが頂点に達した。
「いい加減にしろ……!! ―――ぼくから逃げるなァアァアア!!!」
背中を袈裟懸けにする。
間髪入れずに横薙ぎをお見舞いし、極太の背骨を叩き割った。
そうすると――魔剣がバラバラに砕け散り、彼――もしくは彼女が悲鳴をあげる姿を幻視した。
「いいから僕を見ろ……」
死にものぐるいの抵抗は、その身体ポテンシャルを最大まで発揮し、ついに"肉の器を超える暴虐"を生む。
「……いっ……イイね……っ!! それでこそだッ!!!」
赤黒い蒸気を噴き出し、伸ばされた巨腕は―――二重三重の防御を千切り捨て、僕の生身を貫く。
そんな、理不尽なケモノ相手に真っ向からぶつかり、こちらも"持てる手"で、挑ませてもらう。
打ち砕かれた魔剣を手放し、身体強化にすべての意識を注ぐ。
《オーラフィールド》の"圧"が過去最高に高まり、赤い稲妻が落ち、僕の躯体を強固に支配する土壌ができあがる。
「《ヒューマンドミネイト》」
放出された莫大な魔力が肉体にとぐろを巻く蛇のように不可思議な"紋様"を生み出し、これで身体強化の上限も突破できると確信した。
―――やはり死闘。――死闘だ。これが一番強くなれる。
「はぁあっ!!!」
呼気を短く、両の手を突き出す。
"フィジカル対フィジカル"。
怒涛の拳が高速で、やりとりされるだけの――肉弾戦。
初撃を受け切り、だがしかし、次の手で間に合わず。―――周回遅れになった拳が……届かない!!
―――容赦なく肉を叩かれてるのにィ!?
瀕死の重体である彼に比べて、なお枯れ木のような強度の自身の体に失望した。
肉を穿たれ、骨に亀裂が生じ、それでも諦めずにつき出した拳が"鉄壁"とぶつかる。
―――べきぃ
僕の細腕は――小枝を折るように粉砕された。
「アアアアァァアアアアア!!!?!?」
だがっ構わないッ! それでいいんだよグッジョブっ!! 激烈な痛みをアドレナリンで上書きし、向かいくる"剛腕剛撃"を捌き続ける。
大地と一体化した踏み込みと、破壊の拳にとうとう押し倒される体を強引に操り、上半身を持ち上げれば……!?
気が利くな、とばかりに彼は、両腕を天に掲げてから……。
「………あっ」
《砲弾のラッシュ》という必殺技を放った。
浴びせた。
―――怒涛の連撃。
「おぉぉンッ……ォオオオオォオオオ〜〜〜!!?!?」
浮き上がったカラダをミンチになるまで叩かれ、ぐちゃぐちゃにされた。
最後の一撃は、全魔力を片腕に圧縮しての"必殺拳"だった。
「――ご、ぉおおっ!?」
脇腹を穿たれ、鋼のような腕回りをした鬼の手が僕を白道の壁に叩きつけた。背後の石材が蜘蛛の巣状に亀裂をつくり、一気に崩壊した。
―――がくん、と。
全身の力が抜けて、アタマがぐらつき、視界が"真っ赤"に染まる。
「…………」
ほとんど、魔法で動かしているだけの、左手首にさらなる魔力を集める。"輝く気弾"をさらに圧縮して打ち出すための"予備動作"。
―――いまなら、やれる。
間欠泉のごとく噴き出すクビは、どのような原理かは知らないが、虚空に"憤怒の鬼"を誕生させると大口を開いた。
その奥には―――"深淵"がある。
血涙を流す。眼窩の炎は恨めしそうにこちらを喰らわんと欲している。
「―――おまえだって、たっぷり、たのしんだろう?」
傷だらけでグチャグチャの左手から"光"があふれる。
"新たな地平"に到達した。
グリッターボール"十数発分"を一つに圧縮した超絶的威力が期待できる気弾。
その名は―――
「―――『真空気弾』」
蓄えられたエネルギーが、鬼の怨念と触れ合ったとき。
目も開けていられないほどの"閃光"がしたその後、凄まじい破裂音が聞こえ、生温かい液体が顔を染め上げた。
一瞬にして伝わった衝撃波が余すことなくオーガを包み込んで、構成する血肉の一片すらも残さずに、その悉くを破壊したのだった。
オーガは、ついに死んだ。
生前と死後を合わせた"死力"を賭して僕に挑み、そして―――敗北したのだった。
『スキル《魔力感知》のレベルが上がったわ!』
『スキル《魔力操作》のレベルが上がったわ!』
『スキル《グリッターボール》のレベルが上がったわ!』
『スキル《無属性魔法》のレベルが上がったわ!』
『スキル《"エネルギーバースト"》を習得したわ!』
おびただしい量の血が白道を汚し、かろうじて残った鬼のトゲトゲしい角ばった骨格が虚しく床に崩れ落ちる。
「…………」
すべてを出し切って満足そうな、安らかな、鬼の寝顔を幻視した。
―――彼は……解放されたのだ。僕の目には、そう映った。
僕の戦いは、まだ終わらない。
***
「目標は"赤の娘"。それ以外は排除する。……いいな?」
人の寄りつかない、白道から離れた暗がりに"不気味な仮面"があった。
仮面の数は"四つ"。
おぞましいプレッシャーがあたりに充満するが、しかし彼らの存在に気づくものは誰もいない。外界と隔絶されたその空間で、男の下卑た笑い声が発せられる。
「ヘッヘッヘ! 堪ンねェなオイッ! "炎理家のSSRギフテッド"かァ〜! 大手レギオンも水面下で引き抜き合戦の最中とかいう話じゃねェかよォ〜。いいご身分だねェ〜」
仮面越しでも透けて見える粗野な人格。男たちは獣欲を隠そうともせず、これから行う"犯罪の相談"をする。
「これからその将来を奪いとりにいくんだリョ! わざわざ言わせんなリョォ〜〜。………ァァァァアアアアぃィイッ……!!! ………………………………………まっててね。ノゾミちゃぁん、かわいいお洋服着せてペロペロしてあげるからリョォ〜〜〜」
小太りの男が至極、"現実的な夢想"をしながら腰をカクカクと突き出す。
少し先の将来で自分がどのような行為を愉しむのか、湧き上がる欲望を燃料にしたイメージが高速で脳内を埋め尽くす。
高レベル相応のアビリティが不健全に発揮された結果として、男は歪んだ形相をつくった。ステータスシステムは人間の肥大する欲望をも"後押し"するのだ。
「バカかよコイツら。……下っ端の俺らが手ェ出せるわけネェだろうが………と言いたかったがヨォ!! 今回はマジでヤれそうだなァァ。へへ、俺は三人ともイケるぜェ」
彼ら三人は、決して小悪党などではない。獲物の横取りやモンスターを押しつけるマナーの悪い冒険者でもない。
―――多くの罪で穢れた"極悪人"だ。
「ホモォオオ! ホモォオオ!!! ……イィやァ、ぁアリだねぇ。ラクミヤくぅん……!! イッいま流行りの『"勇者去勢の刑"』に処そうリョ! ナカマがオカサレルところを特等席で見セルんだリョッ」
「今週だけでギフテッドを"五人"も潰せたからなァ。アッハッハ……!! この世は悪人のもので決まりだなァァ〜。"世界最高峰の才能"、いっちょ潰しに行きますかッ!」
彼らはこれまで、巨大な"悪の組織"の下級構成員として、武力を好き放題に扱い――前途有望な若者の将来を尊厳を摘み取り、弄び、そして、大勢を売り払ってきた。
その風体や言動から取るに足らない相手に見えるが未熟なビギナーを蹂躙するだけの"武力と経験"を持ち合わせている。
「―――その薄汚い口を閉じろ。全員、火の耐性・吸収・阻害系の防具で固めたな? ……よし、猟犬を出せ」
「ヘーイヘーイ」
「リョリョりょ」
「…………そのマスクの下のお顔が気になるなァ」
―――彼らは"勧善懲悪の世界"からやってきたわけではない。
悪徳が蔓延る、強者だけが自由を謳歌できる"皇都"から、逃がされた紅蓮の少女を追ってやってきたのだ。
「今回もミスなく終わらせる。―――どれだけの才能を持っていようが『帝王』にとってはオモチャでしかないのだから」
リーダー格の仮面"女"は一人つぶやき、遠くに見える白道の淡い光を見つめる。
実際にこれから作戦通りになるだろう。それはつまり巨悪たちの娯楽を満たすため、三人の少年少女の人生が終わるということだ。
奇跡も逆転も起きはしない。それを引き起こせるハズの勇者ですら、悪人どもに貪られる"慰み者"に過ぎないからだ。
信じられるものは何もなくて、自らの保身に回るしかない。
"星刻支部所属Cランク冒険者"『タイラヒエイ』は心を無にして悪人どもを従える。
その後ろで、灼熱の猟犬が牙を光らせた。




