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まだまだ満たされない欲求

まだまだぁ!


 それはさておき、親に褒めてもらいたい子供が逆に叱られたみたいな表情にしか見えない逆ギレした彼女は強い。


「うぉらあああッッ」


 もう片方の手が花開くように発生させた『火炎放射』によってオークは焼却された。

 前衛タイプで耐久力のあるモンスターを一気に削る威力だ。炭化してもなお、突進するオークを僕はグリッターボールでわずかに後退させ、その間に彼女が燃やし尽くす。


 このように、精霊に愛された特別な彼女がちゃんと戦闘に参加するなら負ける気はしなかった。


 オークが、火葬に処される。


「ッ!!」


 いよいよ、追い詰められたコボルトは、全速力で逃走を開始した。


 その姿からは、ある種の"決断力"を感じた。モンスターは基本的に死ぬまで戦う戦士だが、ダンジョンのルールによって絶対に逃げられないということもない。


 そのようなモンスターは、魔力などを短期間失って生き延び、その代わりに『落とし物』と呼ばれるドロップの一種を残す。


 甲冑の擦過する金属音だけを残し、かき消えるようにして、おやぶんコボルトは逃走したのだった。その足元に『犬の肉球がついた杖』が落ちる。


「…………行ったか」


 目視できる通路の向こう側に走り去った。探知魔法でその後を追うが、一向に止まる気配がない。


 まるで瞬間移動でもするように、マップの光点が離れた位置に現れてはまた消える。


「アレを、追うのは危険かな」

「近くにはいなさそうか? 確かに、なんか落としてるな」


 速度では敵わず、魔法だって回避に専念されたら当たらない。結局、あいつはこの戦闘でもほとんど無傷だった。

 逃走手段を封じた場合も命懸けの抵抗で誰か一人くらい落とされる怖さがある。


「いちおう"マーキング"はした。マップ上で常に追えるよ」

「ま、オレもだ。一発当たったときの火傷から追撃だってできる」

「……ノゾミちゃん、確実に仕留められるの?」


 当たったと言っても、毛皮が燃えたようにしか見えなかったが……。


「………いや、ムリだ。あいつは死なない気がする………。また襲ってきたときの不意打ちに使う方がいいだろ」

「だね! そうしよう。……それよりどうする?」


 冷たい目でマナが見るのは、瀕死のサキュバスだ。


 体表の殻が煽情的なドレスにも見える尖った耳の小悪魔。

 その真っ黒に染まった瞳は弱々しく、目端に涙を浮かべて、僕に助命を訴えかける。キーキーと甲高い声の意味は分からなくてもおおよそは察せる。


「みならいサキュバスは、死ぬ間際まで油断してはいけない、男はすぐに操られる、だったよね? ……エイくんは下がってて。―――私たちがトドメをさすから」


 状態異常《魅了》が、どんな感覚なのかは気になるけど。


「うん、お願い。マナはフィールドから出ないでよ」

「わかってる」


 オークは、完全な焼死体となった。


 そして、残りHPが二割を切ったボロボロのサキュバスが憐憫を誘う悲鳴で僕に助けを求める。にわかに心がザワザワした。


 そうは言っても、当たりどころによっては即死の石化を放ち続けるサキュバスに油断はしない。容赦なく火炎弾を浴び火だるまになった彼女は、鋭利な爪を差し向け、マナの盾とぶつかった。


 このモンスターはフィジカルではなく魔法技能や弱体化に特化している。それゆえに、こうなったら手立てはない。


 断末魔の絶叫を残して、また一つの"焼死体"が転がった。




「もうすぐ私たち、Fランクだねー」

「つっても、まだ三日目だぜ?」


 クエストの報酬に『冒険者の証』というバッジがあった。

 これを提出すれば、正式に『ランクアップ』ができる。

 『Gランク』は"候補生"みたいな扱いで、次からが本格的に冒険者の『新人』扱いとなる。


「ラクミヤ、ヒグレ。さっきはすまなかった」


 ひとまずの安全は確保してから、彼女は謝罪した。

 ヤケにしおらしい表情だった。

 たしかに独断専行はいけないことだけど、僕は楽しかったから別に気にしてない。


「……オレは、クビか?」


 その言葉に、マナと目を見合わせる。


「だとしても、まだ探索中だよ? この人たちを治療院まで連れて行く義務もある」


 男は意識不明の重体だが、安静にしていれば目を覚ますだろう。

 あとの二人の回復にもポーションを使用した。


 今回は、一旦帰還すべきだろう。


「すまん。変に喚かれるくらいは覚悟してたんだが、分かんなくなってきやがった」


 戦利品と負傷者を手分けして持ち運ぶ。こういうとき、直に触れたら高温にさらされる炎理さんは、ほとほと人付き合いが難しそうだ。

 けれど、アイテム類はすべて炎理さんに預けて。

 仕方なく、手足の欠損があって体重の軽い女性をマナが、残りは僕が魔法で動かすことにした。


 魔力の糸を絡めさせ、意識がなくても自力で歩かせるのだ。

 今はごく近い範囲でしか動かせないが、【ブック】に登録されれば遠くでも操縦できるかもしれない。


「『ハッピーマリオネット』」


 意識のない生体を操る魔法『ハッピーマリオネット』の完成だ。


「…………」

「…………」


 男二人が僕の左右をのろのろと歩く。首の固定が上手くいかず、だらんと項垂れる姿勢でゾンビのように着いてくる。

 

 マナのときとは違う。掌握は、大雑把な低コスト重視だ。


「なんか、邪悪だな」

「だよね。"悪の魔術師"って感じがするよー」

「そうかな?」


 当初の予定通り、5Fの過酷さはよく分かった。

 懸念していたおやぶんコボルトの襲撃はなく、一度だけ召喚陣からモンスターが複数出現したことを除いて、平和に4Fに戻ってきた。


 先の失態を取り戻すように果敢に、突撃して燃え上がる彼女はかなり便利だった。パーティでの役割は少し離れた位置での『遊撃役』だろうか。


 一箇所に固まって陣形を組むより、敵陣で爆発した方が、攻守ともに優れる彼女の長所を活かせる。


「さすがにこの人たちを戦わせるのは無理かー」


 せいぜいが『肉壁』だろう。


『あんたは何を目指してんの? モンスターテイマーならいざ知らず、"人使い"ってイメージ悪すぎでしょ!?』


 スキル化されればまた別なのだろうが自ら戦わせるとなると、ちょっと桁違いの難易度だ。マナのときは僕の意識がそっちにとられる。"完全自動化"は先が長そうだ。


「ラクミヤの魔法って便利でいいな〜。あたしなんて燃やすことしかできんのに……汎用性高くないか? 無魔法ってもっと地味なイメージだった」

「逆に燃やすだけでほとんど突破できるのはズルいよ。さっきも召喚湧き潰しで終わったし」


 火に強い耐性がある骨製の盾と剣を扱うモンスター『スカルナイト』以外は無抵抗に燃えていった。


 それですら、灰になりかけてたし……。このモンスターの動く仕組みを利用すれば『マリオネット軍団』を作れるかもしれない。


 『頭蓋骨スカル』が本体のモンスターでニョキニョキと人骨を生やすのだ。ハッキリ言って意味不明だが、何かしらのヒントにはなりそう。


「二人とも贅沢な悩みっ! せめて魔力の感知だけでも教えてくだせー」


 てな感じで。

 冗談っぽくマナが話すが、焦りはホンモノだろう。


「つってもなー? 感じ方なんて個人差があるじゃんか。あたしも"燃やせそう"って予感が生まれるだけだし」

「えーと……もっと具体的には?」

「空気中の"燃やせそうなやつ"と自分の中の"燃料"を使って発火させる。あたしは生まれからそうだったから真似すんのはムズイと思うけど……あのほら? なんてゆーの? 『瞑想』ってやつをすりゃーいいんじゃね?」

「テキトーだっ……!」

「才能なくても体育でいつかは使えるだろ。センコーも"焦らず着実に魔法を受け流すことだけを考えろ"、って言ってたじゃねーか」

「そうなんだけど……この人が、ね。全然待ってくれそうにない」

「あー………ご愁傷様」


 二人の魔法談義を聞き流し、『ハッピーマリオネット』の精度向上に努める。そもそも物体操作は燃費が悪く、重量に比例してコストが大きくなる。


 『ハッピーマリオネット』は、生物の筋肉や電気信号を利用して動かしてる側面もあるので、ややマシだが。


「…………」

「…………」


 いまだに目を覚まさない、ほぼ下着姿の成人男性二名は、ともに体重60キロ程度か。彼らを最低限歩行させるだけでも数秒ごとに減っていく勢いだ。


 1分間あたりの消費量を小まめにチェックして、効率を上げていくしかないだろう。とにかく練度上昇だ。


「『ニョロニョロヘビ』」

「………ラクミヤ。その技名で決まりなのか? 探知魔法、めっちゃ便利だけど」

「私は可愛いと思うよ〜?」

「この全肯定ママ」


 敵の数は2匹か3匹が多い。このフロアのモンスターはグループで行動する傾向にあり、決して油断できない。

 だから僕の探知魔法『ニョロニョロヘビ』で敵の位置を把握してから"奇襲"を仕掛ける。


 滞空させたグリッターボールをいくつか撒き、その隙間から炎理さんの銃口が火を噴く。


 遠方から一方的に攻撃を浴びせるのだ。いかに精強なモンスターでも無傷とはいかない。しかし今回は人を届けるのが先決。


 深追いはせずに4Fの広場を目指す。


 何戦も繰り返すとパターンができた。

 最前衛の盾役としては打たれ強くガッツのあるマナは適役で、僕らは後衛から魔法をバカスカ打つだけでもいい。


 さすがに一戦ごとにMPを50も60も使うわけにはいかないので、《トラップジャマー》の分も必要なことだしね。

 パーティで最も運動量が多いのは、確実にマナだが、バテるのが早いのは、僕ら二人だった。


「一時期は自信喪失してたけども……。このパーティは戦力が高すぎる! けど、二人とも体力ないし、集中力が低いし、感情のコントロールや方針決定なんかで私も全然、役立てるね!」

「はい、僕は未熟です」

「右に同じく。あたしとラクミヤだけだったらたぶん、全滅してると思った」


 メンバーの課題はそれぞれだ。


 マナは"実力"。僕は"注意力"。炎理さんは"不安定さ"が課題だ。


 あれから炎理さんは適度な距離感を保つようになった。

 が、まだ様子見だ。いざとなれば武力行使に近いやり方で迫る人を、簡単に信じることはできない。


 そうこうしてると、水晶広場に戻ってきた。人助け系のクエスト達成をミカが教えてくれる。


 困ってる人がいるなら極力、助ける義務がある。どうしてもパーティの力量を超えるようであれば、放置してもいいのだが……。


 今回は、わりあい余裕があったのと、まだ5Fの序盤だったのもあって連れてきたが、このあたりは実に悩ましい問題だ。


『だから事前に報酬の提示をしない場合は無視してもいいのよね。モンスターの押し付けは悪質行為、彼らのやったことはグレーよ。切羽詰まってたんでしょうけど……』


 難しいよね。

 助けたこの人たちもプライドを傷つけられたと逆ギレしてくる可能性もある。だから僕は、なるべくスルーしたかったのだ。


 レンガの道を軽快に歩く。

 隣のマナはゴテゴテした切り株を脱ぎ捨て、脇に固定し、手のひらからチョロチョロと水を出す。……自然を感じる……。


「《生活魔法》は、攻撃には使えそうにないねー。私、ちょっと期待したんだけどなぁ〜。便利ではあるけども」


 マナの場合、MPがもったいなかったからね。

 これからは、戦闘後の休憩中に《生活魔法》が活躍するだろう。


「いや、あたし普通に感動したんだけど! だって水が出てきたし」

「そうだね。浄化魔法もあるし、これでいつでも清潔に保てるよ。何気に一番ありがたいかも」

「エイくん"潔癖"っぽいとこあるからねー」



 《生活魔法》。ダンジョン内外問わず、お役立ち間違いなしの魔法群。


 小さな火を起こす《マッチ》。

 豆電球くらいの光を浮かべる《ライト》。

 手で掬うくらいの水を出す《ウォーター》

 そよ風を生じさせる《ブリーズ》。

 スコップで掘るくらいの穴が作れる《アースピット》。

 そして、浄化の魔法ピュリヒケイト。汗や血といった汚れを一瞬にして綺麗にしてくれる"革命的魔法"だ。

 実際は、皮脂汚れなどを魔力に分解しているようで、軽くシャワーを浴びたようなスッキリ感を味わえる。


 このように生活魔法はどれも規模は小さくて怪我を負わせることは難しい。

 けれど改めて、道具なしで便利な効果を得られる破格のスキルだと感じた。


 【ブック】にも専用のページが作られた。

 しかも、エレメントを出せるので、ほかの魔法の練習にも使える。


「ヒグレ。どうしても使いたいなら派閥に入るか、それか、『スクロール』を買うしかないだろうぜ?」


 雑談しながら治療院を目指す。襲われていた冒険者は命に別状こそないが、自力で歩けるほど回復してもいない。

 『ハッピーマリオネット』の練度が上昇する、たしかな実感がある。


 さて、『スクロール』は、魔法使いが作成したアイテムのことだ。

 一度切りの使い捨てとはいえ、使い方を学べば誰でも魔法を使えるのは大きい。


「エイくんの魔法とか、ノゾミちゃんの大火力は"いくら"で買えるんだろうね……」

「目が死んでる」

「あたしのはともかく、ラクミヤのは"非売品"だろ」

「―――やっぱ珍しいんだ?」

「ああ。無属性は身体強化か、生産系スキルくらいしか聞かねーな。シールドだってグリッターボールだってそんなポンポン作れるのはおかしい。何より、範囲制圧スキルの効果が強すぎる。ほとんど万能に見えるがな? スキルレベルが上がれば、出力も跳ね上がるんだろうし……」


 ワクワクだね! スキルは数多く使えばレベルアップして成長するので、暇さえあれば、積極的に使っていきたい所存。



『―――スキル《ヒューマンドミネイト》を習得したわ!』


 ……えぇ?


 『ハッピーマリオネット』じゃないの?


___________________________________________

 《ヒューマンドミネイト》

 無属性魔法。人体を支配する。

 対象に応じた魔力を消費して操れる。

 また、亜人型モンスターにも効果がある。

___________________________________________



『これはどうなのかしら。名前は物騒だけど、救助用?』


 うーん。それかゴブリンやオークを操って"同士討ち"させるとかね。元々自分の体を操ってたのが活かされた形なので、さらに筋肉のリミッターを外して身体強化を施すとか……マナを超強い剣士にして動かすのも緊急時なら、アリかな。


『あんたね……発想がいちいち物騒なのよ。それに、自分を自分で操作するってよく考えたら意味不明よね』


 あー早く試したい試したいっ!



 冒険者たちを治療院に預けて、ベンチに座る。

 ようやく義務から解放されてスッキリだ。背もたれに深々と首をつけて弛緩しているとかなりの疲れを感じた。


 心地よい疲労感にあくびを噛み殺し、この後のことを考える。


 あと一時間ほどの余裕がある。気力も十分だ。

 個人的にはフィジカル強めのモンスターと一対一で殴り合いたい気分かな……。


 おやぶんコボルト戦はどうだった? 魔剣の性能、防御魔法の耐久力を徐々に削られて苦しくなる緊迫した時間だった。


 ―――あの場に自分しかいなかったら続きが見れただろうか?


 遠くに、みならいサキュバス、すぐ手前にオーク、奇襲を狙うあいつ。

 彼らの表情がありありと思い浮かべられる。どいつもこいつも、僕のことを食べたいと願っていた。


「あーー」


 てか、誰かに倒されていないだろうな? 階層を移動したら魔法も届かない。他の冒険者にあっさりと倒されでもしたらガッカリだ。


 そう考えると、今すぐにでも向かいたい欲が湧いてくる。


「………いくのか?」


 僕らは飲み物だけを買って先に休憩していた。

 マナは状況の説明と報告をパトロールにしており、今なら抜け出せるだろう。


「……いや、さすがに怒られるか」


 天秤が揺れる。

 横目で、炎理さんの反応を確かめる。彼女が批判的であれば踏みとどまれるだろう。


「別に止めやしねーけど、あいつも追いかけてくるだろ。そうなりゃあ、事故るかもしんない」

「…………それはダメだ」


 そもそも、マナを一人にするのが心配だ。モンスターもそうだし、僕かあるいは、僕たちに敵意を持った観察者もチラホラといる。


 ストーカーってやつだろう。本当にめんどくさいなぁ。

 赤の他人に、どうしてそこまで労力を割けるのだろう? しかも、探知魔法に引っ掛からない実力者っぽいのもいる。


『早く強くなって……そうしたら解決よっ。正式にランクアップしたらガイドエンジェルも強化されるみたいだし。―――私だって、少しくらいは役に立つんだから……!』


 うん!



 結局、合流したマナに正直な考えを伝えたところ―――三人揃っておやぶんコボルト退治に行くことになった。



 しかし、僕のやりたかった"死に物狂い"で戦うことはできそうになく……。


 微妙な心地のまま、向かった―――


まだ帰りたくないの(チラッチラッ)


 が、がんばれ……! ―――おやぶんコボルト!! 負けるな―――おやぶんコボルト! 


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