炎理望"エンギ"絵巻
メンヘラ続きます。メンヘラが――試練の迷宮、燃え盛る。
「―――うるさい、って言ったよな……オレのこと?」
唐突な裏切りにパニックになりつつ、どうか静まってくれと願いを込めて彼女を見つめる。彼女の燃える瞳からは"ルビーの宝石"がポロポロと落ちて空中に溶けている。とても神秘的な現象だ。
「………まだ続けるの、そのくだり。………悪かったよ。八つ当たりするみたいになったのはごめん。炎理さんを悪く言うつもりはなかった」
ひと息に告げる。
「―――お前もなのか? オレのことをさんざん利用して捨てるつもりなのか……」
「……? なんの話をしてるの……? パーティは基本対等だよ。………報酬は可能な限り公平に分配する。………僕らはまだ、日が浅いから不都合があったら言ってほしいけど………実は出費が痛かったのに無理してたとか?」
「―――その目をやめろッ! オレに冷たくするな! おまえはもっと温かいんだ!!」
目の焦点が合っていない。
瞳孔も開いて興奮してる。彼女の激情に呼応する火焔が吹き荒れ、終いにはドロドロのマグマを垂らし始めた。
______________________________________________________________________________________
[エンリノゾミが《大霊竜脈ノ火口》を使った! 大いなる霊山が具現化される! ここは"聖域"である! ]
______________________________________________________________________________________
僕を取り囲む"炎の監獄"ができあがり、周囲は火山の火口に沈む。大自然の猛威をその身に受けて、僕の頭はカッと熱くなる!
この乱心ぶりで何者かの攻撃を受けていないだと? 彼女のステータスは"健康"だ。つまり彼女にとって、この尋常ならざる事態は"ただのコミュニケーション"だということか。
そこに大精霊という"上位存在"が後押しするから、こんなことになる。――僕は僕で、新アトラクションを体験するみたいに焦熱地獄の光景を記憶に収めようと全神経を注いでいるからいいものを……。
『―――ラクミヤエイ。落ち着いて話を聞いてほしいメラ。ノゾミのことを否定しないで。ラクミヤも冷静さを欠いてるように見えるメラ』
パーティメンバーの天使がメッセンジャーとして訴えかける。が、今まさに火山に囚われた僕にどうしろと?
視界左隅にあるマナのHPの減りからして――この現象は、広範囲を無差別に攻撃するものではなく、"対象を閉じ込める"類のものであるらしいとわかる。僕の天使はいくつもの画面を開いて状況をチェックしていたが、なんらかの確証が出たのか、勢い盛んに飛び出した。
『《大精霊の恩寵》は基本効果以外にどんな効果があるのかなにもわからない! 分類不明の《大霊竜脈ノ火口》は登録すらされていない! 効果も範囲も"壮大で自由度が高すぎる"。―――"神の名"において虜にされれば誰も助けてくれないわ!! ギルドだってどうしようもない!! 今、この現象は―――"神に供物が捧げられている"のに等しい! まさに"神隠し"の瞬間よ!!』
―――なるほど。そういうパターンもあるのか。ダンジョンで行方不明になる人の中には、こうやって理不尽な存在に食べられてしまうパターンもあって―――僕はいまピンチなのか!
『ラクミヤッ、皇都はヤバい噂ばかりよッ! こいつも"混沌のかたえに立つもの"かもしれない!』
―――疑心暗鬼が深まる。
左腕に癒しの魔力を送りながら僕は炎理さんの表情を睨んだ。
「………!!」
今すぐに殺すつもりはないらしい。
粘ついた執着心が昏い炎となって燃える双眸。元の鮮やかだったルビーの瞳がこうも「濁る」のかと驚きの心地があった。
ミカの言葉には半信半疑だが彼女が"闇の勢力"と言われても否定できないほどの異常な雰囲気を発生している。
しばらくずっと、睨み合いが続いた。
―――だけどなぁ? 相手が神だろうがなんだろうが――大精霊だろうが――相手になってやる! 火の精霊や魔力の性質を読み取り、必ず攻略してやる!! 僕の戦意は上り調子だった。
―――けれど、対面する"火の巫女"はハッと顔色を変えてあとずさる。
「………あ、ちちがくて……その、ぅぉっ、おれ、はそういうつもりじゃ……なくてッ」
「………?」
相手の出方を窺っていると何かの境界を越えたのかいつも通りの炎理さんが戻ってきた。すると、周囲の火山もたちまち陽炎のように消えていく。すべては幻だったかのように儚く……。
そして置き去りにされた女の子はいつになく弱々しく頼りない。
幼子のような彼女は、なにもない綺麗な地面で足をもつれさせて転倒する。
「ぁ、う……なッ………なんで? 足が動かなッ、なんで!?」
パニックに陥った彼女は、地面にうずくまり、溺れるようにがむしゃらに虚空を両手でかいている。
―――奇妙な光景だ。いま彼女の視界には何が見えているのか。下手なパントマイムをする人みたいに手を伸ばしたかと思えば、すぐに心折れて、へなへなと崩れる。
僕は急に、"陸上で溺れる人の演技"を始めた彼女の精神を心配した。さっきまでは感情的になっていたが。自分よりもひどい人がいると冷静になるものだ。
「―――母上。母上。母上」
幼子になった炎理さんが何度もお母さんの名前を呼んで許しを乞う。……さっと、あたりを見渡す。………もちろんどこにも、そんな人はいない。
しかし、火の大精霊の力たるや凄まじかった。迷子の少女―――というよりは虐待を受けて許しを乞うてるようにも見える―――その姿が、自制のされない大魔力が、彼女の感情に呼応してスペクタクルに動き始めたのだ。
______________________________________________________________________________________
[エンリノゾミが《炎理望"エンギ"絵巻》を使った! いま少女の壮絶な半生が明らかになる!]
______________________________________________________________________________________
――それは、孤独に苛まれる不幸な少女のトラウマの具現化。
鬼のように恐ろしい"地獄の夜叉"として描かれる人が"母上"か。
絶対的な存在として "少女ノゾミ"を上から押しつけて……湖だろうか? きめ細かな水泡や海底の藻が魔法で表現される。
赤ん坊のように丸まって浮かぶ少女の涙が湖面に上がっていく様がことさら繊細に描写される。悲劇のワンシーン。
僕は、魔法とは、もっと攻撃的なものかと思っていて、その代表格が火属性なのだと理解していた。しかし思い違いをしていたのだ。
少女ノゾミを取り巻く環境と、その悲痛さが絵巻の体裁で描かれていくのだ。だがその絵巻はモダンでもある。
安らかな寝顔を浮かべる彼女の頭上でさながら漫画の吹き出しみたいに誰が見てもこれは"ノゾミの回想"ですと意図したモクモクが筆先でいくつも描かれる。超一流の絵師がリアルタイムで絵巻を描き表す贅沢な時間。
アートに詳しい方じゃないが、最新のAR技術を使ったそれ以上のきめ細やかさと情感に訴えかける迫力で全方位を少女ノゾミで埋め尽くす。
―――ノゾミの人生は、その初めから悲劇的だった。
水魔法使いの母親は生まれたばかりのノゾミにプライドを傷つけられたのか。周囲に見せた母性的な笑顔や真実、出産まで敢行した献身とは打って変わり、虐待をする。
それを周りの人々は、あの寛大な奥様が豹変するほどに恐ろしい"忌み子"だと噂して嘲笑う。次のページに進むとき"竜の尾"が一瞬だけ映って視線誘導するが、これが大精霊だろうか?
『透視』すると、竜の尾も絵画の一つで、その奥は骨格標本みたいにスケルトンだった。さらに『凝視』すると……その骨が砕かれ、遺灰に……。
『ああ! これでは炎理家によこしたほうがマシでしょうに! お館様はどうして……』
『………滅多なことを言うものではありませんよ……。野蛮な"魔炎"とはいえ、格別なる精霊様の恩寵を賜った子ですよ』
『……でも気味が悪いですわ。なにかの凶兆でなければいいのですが……』
武家屋敷というのだろうか。大きな豪邸に住まう侍女たちが噂話をしている。なんと声つきだ。あまりの生々しさに鳥肌が立つ。
『……………』
そこに通りかかったおかっぱ頭の少女。ノゾミは水色を基調とした和装に身を包む。そういえば、髪留めも水玉模様だったような……。死んだ目をして歩くノゾミに侍女たちは頭を下げてそれらしく振る舞い、いなくなってはヒソヒソ話を再開する。
『おばあちゃん。みんな、あたしのこといらないんだ………』
ノゾミは小さな竜を飛ばして情報収集しているようだ。だからすべて筒抜けなのだろう。――ああ、この声は実際にノゾミが聞いた声なのだろう。単に映画を見るよりも生々しく、主役のノゾミに感情移入してしまう。
『ぅ……ぐすっ……やらぁ〜!! いきたくなぁい!!』
そうだ、あの湖に沈められる折檻は、たまにノゾミが荒ぶって家財を燃やしたり一門の生徒に怪我を負わせたりするときの仕置きという建前らしい。
『―――母上。母上。母上。………おいて、いかないで」
―――ドボォン……!!
願い虚しくノゾミは"処刑される罪人"のように背中を蹴り飛ばされる。醜い笑顔を浮かべるノゾミの実母には殺意を抱く。
そのような仕組みだ。
魔力封じの魔道具でものものしく手足を奪われて寒い冬の湖に落とされる。実母や家の人はたぶん死んでもいいと考えているが、ユニークスキル《大精霊の恩寵》の元となった体質の持つ"不死性"により何日かしたら復活する。
『あ……あ…………ッ!! もういやっ! ……イヤイヤイヤぁぁぁぁァッッ!!!』
その姿は灰になっても再生するという"伝説の不死鳥"を想起させる。分厚い氷を溶かして舞い上がる"鳳凰"が、一門の魔法使いたちに撃ち落とされるところで、場面は転回する。
『ぐっふふっ』
ずる賢くいやらしい顔をしたノゾミの実父と、紅蓮の頭髪をした"初老の男"とが、なにやら密談をするシーン。
月明かりの下、薄暗い座敷で酒盛りしながら二人が会話する。
『我ら長年の遺恨を濯ぐ友好の証として娘を差し出しましょう』
『炎理と水和の因縁は根深いですからなぁ。私としては特段、思うところはないのですよ。……それで、事業に噛ませろと。……構いませんよ。あの子はうちにこそ来るべきですから』
『―――生まれるところを間違えたのやもしれませんなぁ』
青い頭髪を指でつまみ実の娘の存在を揶揄する。それを遠くから見る暗い顔をしたノゾミの表情は、人形のようにピクリとも動かない。
もう誰のことも信じられない、と固く誓ったようにも見える。
そして、やはりその才を買った炎理家に引き取られるという流れらしいが―――この絵巻を見てると時間を忘れてしまうな。
だが今日は、博物館に来たわけじゃない。僕もそろそろマナを助けないと……。
『………!?』
出口を探した。そのタイミングで案内役の竜が不自然に硬直する。僕も最初は面白いと感心していたけど"裏側"がわかった時点で冷めたのだ。
大精霊は――どうして助けなかった?
本気で手を貸しているようには見えなかった。あくまでノゾミの意思を尊重したのかもしれないが不信感は募る。
そして、このスキル自体が"精神に干渉する類の魔法"だろう。
だって……。
「炎理さん。―――いつまで寝たフリしてるの?」
「っ」
この壮大で幻想的な『神秘体験』をすれば、何もかもが有耶無耶になると期待したのだろう。自分の意思とは無関係に進行される自然現象の発露かと錯覚させて――先の殺傷行為をごまかし、あわよくば、自分の可哀想な人生をアピールするといったところか。
どこまでが本当かはわからないがそう思わせることが目的なのだとしたら、僕は断固として拒否する。
―――僕にこれ以上関わるな! 侵食するな!
そう強く念じると、絵巻はバラバラに朽ちて灰となる。
残ったのは、スキルの使用者である炎理さんのみだった。
『…………さ、さすがね!! 私の声が届かなかったから、もしやと不安だったけど……。今までもこうやって人々を虜にしてきたのでしょうね』
前科があるということだ。なにより、この絵巻は大きく主観に歪められている。客観的な事実として描いているが、そもそも作者がノゾミの"後援者"だろう。都合の悪い部分はカットしてるに違いない。
『……エンリノゾミに熱烈なファンや信者の存在、そして多数の"自称許嫁"がいることはわかっていたわ……。それを私は、際立った人物の宿命、有名税みたいなものかと思ってたけど……。これは確信犯ね、きっと。"パーティの姫"、"サバサバ系と見せかけたメンヘラちゃん"。―――こういうのを"地雷"って言うんでしょう?』
……い、いろんなことを学んでらっしゃる。敬意を表して――"ミカ女史"の説明を聞きつつ、大人しくなった炎理さんのもとへ向かう。
乱れた赤髪。
白い手が顔を隠して内心を見られないようにしている。――だが小刻みに肩が震えている。だってさっきまであんなに赤裸々に語っていたのにね? あまりの羞恥に悶えているようだ。
あの技が成功して"傀儡"となった僕ならいくらでもごまかせたのだろう。―――が、現実は現実だ。どれほど神秘的な体験をしようが魔法ならば振り払える。―――神さまなんて、僕は信じていないからだ。
「スッキリした?」
「……………………………………こ」
「……こ?」
「―――ころせっっっ……もうごろじでぐれぇえええ……!!」
床に染みついて自分の存在を消したいのだろう。硬い石材に何度も頭を突っ込んでる。何もかもを知らんぷりできたのかもしれないが、それも意識があるなら厳しいか。
そもそも彼女は素直な性格だ。権謀術数をするタイプとは思えない。
「ま、それはもういいよ。それよりマナ頑張ってるなぁ」
「………………どうにかしてくれっ………お前の好きに―――煮るなり焼くなり、なんでも……」
「やだよ。てか、そういうのを回避したって話でしょ? 神さまの魔法まで使ってさ。―――僕はなんでか平気だけど炎理さんひどいよ? バッドステータスにも表示されない洗脳状態を作る魔法……? 怖すぎるよ」
「ちがっ…………ほんとにちがうっあやまるから、ゆるして」
そう言って、ガバッと起き上がり、上半身ごと僕に絡みついてくる。
「……あッ、だからダルいって。……ホント、めんどい。……わっそこ触んな……あと触り方が気持ち悪い。コミュニケーション下手か! ―――なんで僕……こんなことしてんだろ」
湿った息を吐いて、ニヤけるだらしない顔の炎理さんは自分が美人だから、どんなことをしてもいいと思っているのかもしれない。が、この場で"情事"にもつれこむ意図を持った接触をするなど"得体の知れない怖気"を感じる。
――だがなぁ? 他人のオモチャになんて、絶対なってやるかバーカ!
「―――ねぇさっきからずぅぅぅぅっとなにしてるの!!? 二人ともぉ〜〜〜っ……!! ―――気でも狂った……?」
遠くでブチギレたマナに―――僕は肯定する。【ログ】を見ても、マナと、まどうゴーレムの攻防がほとんどだ。
ノイズとなる僕の《魔力操作》や、あの絵巻などを披露した《大精霊の恩寵》の一スキル《炎理望エンギ絵巻》は目につくが……。
まどうゴーレムさんも思わず意識を奪われてたじゃないか。
「あーくだらない! 僕は真面目にやってたのに! 凄すぎる能力をそんな無駄遣いして……!」
自分のペースを崩されて僕自身変なテンションになってる。"腰にひっついた荷物"を引きずって戦線に復帰する。マナに強化魔法をかけよう。
「二人とも。―――あとで説教するから」
反論を許す気のない断定した口調に、僕は肩を揺らした。
切れそうなほど鋭い目をしたマナが勢いよく地を蹴って大剣を振るい、ゴーレムの躯体に切創を生む。
「………」
武器である青銅の大剣は間違いなく有効だ。だが相手が多数のスキルを使用するのに対して、マナはアクティブスキルの一つも持っていない。
基本剣技があるだけでも違うだろうが、そうは言っても、相手は5F"最硬のモンスター"だ。
伸縮自在の《ロケットパンチ》やチュインと鳴って放たれるレーザービームにマナは燃やされてる。火属性はポピュラーすぎて刺さりやすいのだ。
「ほら炎理さん、挽回の機会をあげるから」
「………ノゾミ」
ちっ。
ぐずるように首を振って、ほしいものが手に入るまで"駄々をこねる子供"がいる。
「…………ノゾミ、さん、魔法を打って」
正直かなり抵抗がある。僕はこの人のカラダに興味はあっても――その中身、心や性格に興味はないからだ。だから、一定以上の距離に入られると不快感が強い。
「はぁ〜〜〜。しっかし、あの"火山領域"なんだったんだ……? アレさえ使えば、どんなモンスターも一瞬で殺せるとかだと萎えるぞ〜」
僕は少しの葛藤を経て、"めんどくさい女"ノゾミに言うことを聞かせる。
懐に入られる不快感を飲み下して背中をさすると彼女は恍惚としながら魔法を使った。
―――ゴォオオオオッ!!!
太陽の如く輝く火球が生まれる。何度見てもデタラメな出力だ。なんとなしに思いついた僕は、その大火球に手を突っ込む。
「―――んっ」
すると、内股になった"炎理さん"がいかがわしい嬌声を漏らすが無視して強化した。
大火球を縁取る"白い円環"が生じて、ただでさえ大きかった火球がさらに巨大化したのだ。明らかに初級魔法を超えた"上級魔法並み"の攻撃魔法に変貌する。やればできるもんである。
「わっわわーっ!! あふれるあふれるむ!! ―――オレらが組めばサイキョーだぜぇ!!」
なんとか決め台詞をして、放たれた"巨大火球"が、俊敏さはそれほどでもない、まどうゴーレムに命中した。
―――ジュワァァァア………
豪豪と極太の火柱を上げる。頑丈な外殻をまるでバターのように溶かし、鋼鉄の中身が露わになったのだ。ゴーレムの上半身が一瞬にして蒸発し残ったスリムな脚と腰のパーツがむなしく転げ落ちる。
「―――――あ………」
そのさまを認めたマナの目から、しだいに光が失われる過程がありありと目撃できた。ヒステリーの予感。人は理不尽を前にしたとき、心を殺すのであろう。
「…………ぁ」
乱痴気騒ぎをしていただけの仲間と、真面目に戦っていたはずの自分。それなのに、そんな仲間が加勢するだけで戦闘が終わる不毛さ。無力感。想像してあまりある。
しかし僕がなにを言っても追撃にしかならないだろう。炎理さんはムチャクチャな存在だとわかったがそれを素知らぬ顔で切り抜ける僕も―――大概だろうから。……これからどうなってしまうのか。
僕は思考を放棄した。




