星刻学園②
評価ありがとう! (☆1って褒められてる……?)
「……ふむ。まったくわかりませんね」
精霊を通じて言葉を伝える生徒は、"窓際の一番前の席"に座る。
―――『神堂桜』。
『"一学年主席"』、『"新入生総代"』の立場を持つ類い稀な生徒で。
冒険者になる以前から、『"万能の神童"』、『"黄金の怪物"』、『"武の化身"』などと呼ばれていたらしい。
メディアでもさんざん取り上げられて、出身の『紫陽』でもなく、皇都含む主要大都市のスカウトを蹴ってまでこの学園に入学したとのこと。
「―――あなたは、わたくしのことを救ってくれますか?」
ああ、そういうタイプの人か。
『宗教関係者』は、カルト教団の狂信者の影響もあって、実際の被害でいうと強引な勧誘をされたこともあり、イメージが悪い。
―――僕の拒絶を受けて、精霊は空気に溶けるように消えていった。
「よし、出席をとるぞ」
時間ピッタリでドアを開け放った切れ目の美人は、担任の桜木先生だ。
遊びのないスーツとおおざっぱに結ばれた馬の尻尾が合理的でクールな印象を与える。
一人ずつ読み上げられる名前と返事。出席番号でいうと真ん中くらいの僕の順番が終わって。
返事が毎度上手くできずにリベンジを誓いながら―――僕は眠りに落ちた。
一時間目・二時間目と座学が続く。ほとんど寝てた。
『現代文』と『数学』の面白いところを探す努力はしたがあえなく撃沈。
魔力操作によってまぶたを開き、腰を固定したのがよかったのだろう。
快適な睡眠とリラックス効果が得られた。
―――三時間目の『魔法体技・総合』では、体育館でペア組み手をする。
魔法を駆使しての接近戦を素手で行い、魔法の脅威と対抗手段を各自が模索する授業。攻撃魔法の有無に関係なく、魔力を用いて肉体をぶつけ合えば、お互いに魔法に強くなるという、まさに"脳筋的発想"。
『魔闘術』と呼ばれる攻防一体の高度な戦闘技術、その基礎となる『受けの魔闘』を習得するのが目的だ。
「はぁーーっ!!」
「ヤァッ!!!」
意気軒昂に体をぶつけ合う生徒たち。流派や教えもバラバラ。自らがもっとも得意とする戦い方でもって、勝利を収めんと果敢に足を動かす。
「―――あらあら? よそ見をする余裕があるとは驚きました……」
突如、刈るような回し蹴りが襲う。
「いっ……!」
回避も防御も間に合わなかった。
乾いた音が鳴って―――とっさに掲げた左腕に力が入らない。
「なん…っこれは」
ジンジンと痺れて肉体の制御だけでなく、魔力の通りも悪くなった。
彼女の体育館シューズには"特注のスタンガン"でも埋めこんでるのか!
「みな、真面目に授業を受けてますよ。楽宮さんにその必要はないと?」
「…………」
いったん距離をとって、こちらを眇め見る美女を観察する。
紫紺の長髪をシュシュでくくる、片目を眼帯で隠す、ナイスバディ。
体操服の生地が苦しそうに女体の丘をつくっている、スラリと長い手脚は煽情的で、先ほどの破壊が信じられない。
―――が。
「勝てないのは分かってるから。体力を温存したいんだ。神堂さん」
「嘘つきな目をして。わたくしをどうやって打ちのめし痛めつけるか、ソレばかり考えているクセに」
神堂オウ。
はっきり言って。この人は怪物だ。僕だって多少は強くなった。
体力面の難があるとはいえ、《オーラフィールド》を使えば戦闘力は飛躍的に上昇する。
高精細のビジョンが、"物質と魔力の動き"を捕捉するからだ。
この中でなら僕の魔法だって底上げされる。攻守ともに優れた戦場を支配するスキルと呼んでいい。
「なんなんだ、キミは。ちょっと普通じゃない」
目の前に映るナイスバディは極上の肉体に高密度の魔力を閉じ込める。
―――僕の《魔力感知》が言っている。
ギチギチになったヒト型の魔力が、屹立しているのだ。
とてつもない引力によって、魔力が繋ぎ止められているのだ。
「あなただって、その"領域"は異常でしょう。わたくしの操る魔法だってスルリと奪われてしまう」
そう言って、エメラルドの鱗粉を散らし螺旋状の竜巻を手づかみにして、放り投げた。
「―――風の魔術・第三階梯〈サイレント・ピラー〉」
攻撃の余波があたりに突風を生み、すぐさま僕のオーラフィールドにかじりつく。
強い指向性を持った"風のミサイル"は着弾すると爆風を解き放った。
「―――ッ!!」
目の色を変えた僕は、全身全霊で、意識のすべてをつぎ込んで防御に徹した。
「……………ほら、やっぱり。中級魔法は本来その程度で防げるものではありません。少しプライドが傷つきますね」
轟々と唸りをあげてからに、何がサイレントだ。
無防備に当たれば四肢が爆散する危険な魔法を平気で打ちやがって。
「魔法の解析と分解能力。……オマケに支配まで行うとは呆れますよ」
一つかみ残った"風槍"をなんとか両手で優しく受け止めると。
この赤ちゃんみたいな魔法は、僕のものになった。
「こっちのセリフだよ……!!」
碧光を輝かせる、今にも崩れそうな魔法をお返しに突き刺す。
風の槍を伸ばすと、不動の神堂さんのお胸に直撃したのだ。
ひらひらと体操服が波打つように揺れる。
多少鍛えたくらいの人体をつらぬく、あるいは出血を強いる攻撃だった。
「では、次はコチラから」
くそっ。
完全に打ち消された。
この人のカラダ、明らかにおかしいもんなぁ。
"鋼鉄の門"をここに置きましたって感じだ。
ダンジョンでも、地上でだって、すれ違った人の肉体性能くらいはチェックしていた。それでいうと、やはり上級ランクの冒険者や魔法使いは膨大な量の魔力をその身に宿すものだ。
だが、多かれ少なかれ体の表面から湯気のように漏れ出るオーラがあるはずなのに。この人の場合は、完全にくっきりとヒトの形を保っていて、移動するたびにズレる魔力のロスもほとんどない。
まさに達人。
どれほどの鍛錬を積めばこのような人間が生まれるのか理解を拒むレベルなのだ。
そうして僕は―――神堂さんに敗北を喫した。授業では自由にマッチングしてほぼ総当たりみたいになって、ダウンした人が抜けていく。
とうの僕も、情けなく脇で寝転がるハメに。
「やっぱりあの人、強いんだね。エイくんが手も足も出ないなんて」
そうそう、この授業は合同だ。すかさず流れるような手つきで"膝枕"をしようとしたマナから離れての見学に移る。
―――さすがにバカにされる……。
遠くでは、やはり勇敢なチャレンジャーが"怪物"に転がされているのが分かる。
無情なことに攻撃魔法すら使う必要がなく、素手で無力化される。
人を丸焦げにする火の球も―――
瞬時に相手を氷漬けにする魔法も―――恵まれた体格をさらに強化した剛腕によるどつき合いも。
すべて、正面から食い破る"最強の女"だ。
「………学年一位は間違いないよ。だって、どこから殴っても、斬っても、グリッターしても多分ノーダメージだから」
「入試のとき、試験官と引き分けたって話だしね」
それは驚きだ。
僕だって死にかけるまで戦ったが、結局たったの一撃も入れられなかったのに。
マナが解説を続ける。
「……『四大属性』だけでなく"全属性の魔法を高い水準で扱えるウィザード"にして、肉弾戦に関しても"全国大会で優勝する腕前のファイター"。『高知能団体プロヴィデンス』の会員で"IQ200以上の天才"。全国的な有名人で、ネットでも逆にできないことを探すのが難しいって言われてるよ」
そんな漫画みたいな人、本当にいるんだな。僕は改めて不思議に思った。
「そんなことより、私はみんなのレベルが高くてついていけるか心配だよ」
………うん。たしかに、なんらかの魔法を使える人だってそんなに珍しくない。
この授業でも魔法技能を体得してなければ不利だ。
少なくとも、体内の魔力を使って自衛するくらいの技術は必要だ。
「ごめん。行ってきていいよ」
僕があからさまに何度もボコられて倒れ伏したから心配させてしまったのだ。
少し欲張って、連戦させてもらい血反吐を吐いたのがいけなかった。こうなるから最低限の手合わせをするつもりだったのに。
タタっと走ったマナを見送り。
瞳を閉じる。
僕が知る限り最強の同級生を思い浮かべてトレースする。
―――まずスピードが速い。動き出しから技を繰り出すまでの一連の流れに継ぎ目がなく、無数の型を複雑に絡めて最善のパフォーマンスを発揮できる。
たった数年で体得できる代物ではなく、小さい頃からの英才教育の賜物だろう。マグレを除いての勝ち目は皆無に等しく、肉弾戦は厳しいようだ。
―――魔法ならば可能性はあるか?
ゼロではない。
少なくとも身体強化の魔法のみで拳をぶつけ合って勝てる気はしない。
常に距離をとって、高火力の魔法を連射して"蜂の巣"にする。
そうなると問題なのは練度となる。はっきり言って、僕がやれることの大半は彼女もやれるだろう。
あの風魔法のような高火力の攻撃に、自身の身を守る堅牢な防御。
そもそも、生身の彼女の薄皮すら剥けるか厳しい。
きめ細かい白い肌に杭を押しつける。
―――かすり傷だって生まれる気がしない。全身を覆う極薄の魔力の層は、衝撃吸収や反発力とフィルターにかけて最適な防御を実現していた。
きっと"最新鋭の対艦ミサイル"をぶつけても颯爽と煙を裂いて現れるに違いない。
「…………ハァ」
クソ。悔しい。―――ロックイーターは強敵だった。
でも命を賭せば勝ちの目が大いにあったのも事実。
本当に勝てない相手ならすぐさま脱兎の如く逃げただろう。
もし、ダンジョンで『シンドウオウ』というモンスターが現れたら?
即座に"逃げの一択"だ。―――アレはどうしようもない。
それこそ、ボスフロアで待ち受けるようなとりわけ強大なモンスターくらいだろう。
そんなことを考えて夢想する。
今日はどんなダンジョンになるかな……。マナには無理を言って一人で先に進むのもありかな……。
***
昼休みは教室をそそくさと抜けて、人の少ない『魔の森』を見下ろせる校舎裏にやってきた。
生徒の大半は自分の教室か、競争率の高い食堂で昼休みを過ごす。
あとは、部室や武道場でトレーニングするなり、それこそ『魔の森』でハンティングする者もいる。
僕らがいるのは、鬱蒼と生い茂る緑を見下ろせる、しかし人の寄りつかない崖沿いだ。カップルや先輩後輩、冒険心あふれる生徒の目をくぐり抜けるには随分と苦労して、ついには崖っぷちどころか、ギザギザの壁面に『秘密基地』を作ってしまった。
学生が主に授業で使う校舎や体育館は、見晴らしのいい高台に建てられており、僕が見つけたスポットからは、手強いモンスターが生息する森の侵入禁止区域に飛び降りることも可能だ。
そのため、新手の自殺と勘違いしたマナもイヤな顔をして崖のくぼみに入った。
「これだけは怖くて心臓に悪い。めっちゃいい景色だけどぉ」
断崖絶壁でも魔法があれば怖くない。ほぼ垂直に固定したシールドに座れば、自分の命がかかっているのもあっていい魔法の練習になる。
けれど、大層不満なマナのためにこの花崗岩らしき石を地道に削ってセーフティスペースを作り出したのだ。
「あっちに見えるのがリクドウかー。やっぱり星都は違うなぁ」
一つの都市をすっぽり覆えるくらい広大な森林の向こうは、敷き詰められるようにして市街が広がる。
ここからだと全貌はうかがえないが、数えきれないほど大勢の人々が暮らすコンクリートジャングルは、ムダに壮大で、雑多だと感じた。
「ちょっと卵焼き焦がしちゃった」
「おいしいよ」
「ホント?」
「うん」
シュルシュルと人差し指で気流を生み出しながら会話する。
「最近、物足りないでしょ? 弁当箱もっと大きいのにしよっか」
「うん」
体を動かすようになって、あるいは魔法のせいか以前より摂取カロリーが多い。あの決闘相手の龍崎さんではないが、ちゃんと食べないと強くはなれないと思い至ったのだ。
その分だけ食費は増えるが、昨日みたいな大当たりがなくとも通常のモンスタードロップだけでも食いつなげるのでは、と期待する。
最初こそギャーギャー言ってたマナも足場の安定性と魔法のおかげで大人しい。いつものスマホだ。
シールドをチェーン状につなぎ合わせるのも上手くいったが、常時魔力を注ぎこまねばすぐに脆くなるのは課題だろう。
「『チェーンバインド』」
指先から伸びる繊細な魔法が、空を飛ぶカラスに巻きついて空中で固定した。
グッと操作に集中すると、握りつぶすように圧力を加えられた。
けれども、《オーラフィールド》の先からは、著しく強度や操作性が落ちる。
たとえば神堂さんなら難なく引き千切るだろう。
あの人は至近でも同じことか。
今度はそんな、比較対象としては不適切な神堂さんにも耐えうる防御魔法を模索しよう。毎日、カリキュラム通りに授業をちゃんと受ければ次第に強くなれるのは分かっているけれど。
予習にもなっていいよね。僕はロックイーターの《かみくだく》を思い出しつつ『魔力の鎧』を体にまとう。
簡単にいえば、全身からシールドをニョキニョキと生やすだけ。
それでも、重量や追尾性、そして当然ながら耐久性能がなければ意味がない。低燃費で、戦闘中つねに展開できる鎧かつさらに特化的な防御専用の形態があれば尚いい。
自分の肉体と魔力だけで強くなれる。
明確なイメージと反映速度でもって、みるみるうちに改良は続く。
《グリッターボール》は、何だかんだと言って傑作だった。
それに続く、新たな魔法の習得が期待できる。
「うぅん、エイくんの体がピカピカ光ってる? ………また、強くなるの?」
魔力を感じられずとも、シールドは半透明のガラスに近い見た目として現れる。物理的に意味のある効果を付加すればするほど実体を持つので隠すのが難しくなる。
教室で神堂さんがやった風の精霊なんかは、他の人には見えてなかったっぽいけども。
『属性』は、また別の法則があるのだろう。
風魔法の奪い取りはできたが、アレは僕が生み出したわけじゃない。
『精霊』と呼ばれる"魔力生命体"を体内に飼うか、大気中にときおり見られる彼らを手懐けて働かせるか。
とにかく今は、無属性でイケるとこまで行きたい。
そして、あっという間に放課後になった。
ダンジョンに向けての省エネで午後の授業をごまかし、『大災厄』以後の世界の動乱や国の事情などのつまらない『歴史』よりも、早く行って試したいのと気持ちばかりが募る。
「言い忘れていたが、楽宮。しっかりと頑張ったそうだな」
ホームルームで脈絡なく、そう告げた先生に驚き―――
「みなもよく聞け。楽宮の快挙は確かに喜ばしいことだが、危険を見極めて安全に探索するのもまた同じくらい価値のあることだ。それを忘れるな」
ありがたい言葉だが。
クラスの空気からして―――若干、逆効果気味かな。
僕が言うのもなんだけど。この先生、ちょっと口下手かも?
「以上、解散。―――それと五階層に挑戦するものは『地固め』をしっかりしてから、先へ進むように。まぁ、一度行けば分かると思うが……」
必要事項のみを伝達して先生は去っていく。
瞬間、わっと弾かれたように教室を出ていく男子たち。
彼らは競争でもするように、ダンジョンへ向かった。
かくいう僕もそんなに大差ない。帰り支度はすでに整えている。
「あっ、あのさー」
―――そんなとき。突然振り向いた炎理さんが声をかけてきたので、僕は大層ビックリしたのだった。
ともかくダンジョンライフをお送りします




