小さな勇者
決着です!
「―――っしゃぁあっ!!! 僕の勝ち! ねっ!? そうだよね!? ………もう、ぼく、無理そうだぞ……?」
すでに、意識が朦朧としている。
テンションを高めて乗り切るのにもさすがに限度があった。
「おい、諦めろ……」
いよいよ進退極まったヤツは。けれども"アタマだけで動く妖怪"となり腹の底からタンを吐き出すようなそぶりを見せた。強酸性の液体を噴射したのだ。
「………くっシールドォオオ!!!」
必死に防御して、猛烈な速度で魔法の盾が溶かされるのを観察した僕は、これだけでは足りぬと判断してから、すぐに追加で魔力を満たす。
生クリームみたいに一気に飛び出した"魔力の塊"は、質より量と言わんばかり。大雑把な障壁群が大量の酸を浴びる。
―――急場を凌いで、強酸の圧が薄くなったころに抜け出した。
そうして躍り出ると腰だめに蓄えられた力を一気に叩きつける。
―――衝撃が、肌を揺らす。
派手な音と悲鳴を残し、"妖怪イソギンチャク"は元来た奈落に落ちていった。
「はっは、は……どうだ?」
あたりに砂煙と静寂だけが残る。
―――しかし、まだ戦いは終わってなどいなかった。
アタマを失い、のたうつモンスターのがむしゃらな暴れっぷり。標的を定めた動きではなかったが、マナが盾ごと吹き飛ばされるのが見えた。
『ウムムムム……よし! 見たところヒグレは大丈夫そうね! ………アンタはどう、ラクミヤ? 一瞬はヒヤッとしたけど、まったく戦意が失われてなくて安心したわ……』
肩に止まったミカが、自慢げに顎をツンと上向ける。
「フゥ………ま、いけるでしょ……頭がくらくらするけどね、これ治るかな」
軽い口調で独り言を漏らす。激しい運動を乗り越え、ずっしりと重い疲労を感じた。
「―――強かった。強敵だった」
この世のものとは思えない絶叫が"地の底"から響く。
まだアイツは諦めてない、というのだ。
地面をムシャムシャと掘り進めて下半身と合流するつもりだろう。
「いいぜ、とことん付き合ってやる」
急ぎ、弾力のある肉体をほじくり返す。
【ブック】に登録された新たなマジックスキル《ブースト》は、身体能力の全般的な強化を自動化してくれる。
それに上乗せして強化を重ねることにより僕は"荒ぶる剛力"を手にして存分に振るい、感覚を体に馴染ませて出力を向上させていった。
「ブースト、いいねぇ。なんにも考えなくていいらしい」
身軽になった。一度スキルを使ったらあとは適宜、インパクトの瞬間だけ魔法を使えばいい。
―――十字に交差した斬撃が、肉をブロック状にカットして落ちる。
速やかに、剣に力をめぐらせ、『白透刃』を放つ。
そして技の待機時間がやってくる。
ジュウジュウ、と傘状の障壁を溶かす恐ろしい音が聞こえる。"肉の壁"に突入したのだ。
技が完成したら、とり急ぎ、破壊を開始する。
―――僕は、目前に提示された"最高効率"で剣を振る"自動人形"と化してこのパターンを幾度も繰り返した。
そのたびに崩れ落ちる肉の天井や床に、かまいもせずに、破壊を続けた。
そして、ようやく体内の魔石のもとにたどり着いたのだった。
薄ぼんやりと発光して肉に埋まる結晶。弾力のある肉じゅうたんを楽しみながら左手を踊らせる。
今の僕の体に、最適な剣筋を探るように、なぞるようにして、剣を振るっていけば―――
ミカのアナウンスが、さらに朗報を伝える。
『スキル《スラッシュ》を習得したわ!』
とても、ありがたい話だ。
スキル《スラッシュ》は、ごくごく基本的な剣技スキル。
クラスの連中も自慢するように使っていた。このスキルは、"瞬間的に剣速が増す"だけでなく、スキル効果が発揮される時間は―――"刀身が保護される"という優れモノ。
これにより飛躍的に増した剣速を上手くコントロールして効率的な剣捌きを急場で構築していく。
生み出された流麗な軌跡がつなぎ合わされ、やがて複雑な軌跡を網膜上に置き去りにし、それも――すぐに散っていく。
無心になり斬撃を量産する。"剣の閃き"と"刃の鋭さ"を追い求めて――"会心の出来"を次々と更新していく。極上の体験。
その攻勢に、とうとう、肉厚の巨体も動きが鈍った。逆さまになる天地。
見境なく暴れ回るミミズ野郎の体内で、僕の体はカクテルよろしく振り回される。
手当たり次第に重要部位を潰していったのが原因だろう。
お互い、消耗を覚悟した上での削り合いだ。
ボロボロになった衣服と皮膚がただれて全身が高温にさらされる。――視界が真っ黄色に染まる。
おおざっぱに身体中から放出した僕の魔力では完全に防げなかったのだ。侵入者をジワジワと溶かすように内部の構造がうごめいた。
エイポンのスキルも、とっくの昔に消えている。
大活躍の《暗視》スキルにより"蠕動する肉洞穴"を快適に探索中。
―――アレはもしや獲物を溶かしてすりつぶす袋状の器官だろうか? やはりズタズタに引き裂いて突破し、進み、進み、進み続けて遮二無二、剣を振るう。――ただ、それだけの時間だ。
四方八方。
天地のすべてが敵の一部という空間は―――
《オーラフィールド》の処理能力を超過する排除機構だった。
超高温・高圧。オマケに消化液のシャワー浴び放題の"極限的な環境下"で、迎撃せねば押し潰されて死ぬという過酷な"剣術訓練"がスタートした。
「おおおおおォオオォオオ!!!」
このような、めったに味わえない刺激の中で、強引に身を動かせるのは――すごく幸福なことなのだ。
生存欲求に根差した本気の集中力は、あらゆる雑念を排除して、排除して――ただ闘争にのみ自己の肉体を費やす。
"生命の灯火"。
いま僕は、これまで倒してきたモンスターたち同様に死力を振り絞っている。……あぁ、そうだ。―――これが生きてるって言うんだろう。
僕らはみんな生きてる。そして、とても残酷なことに、どちらかが―――死ぬ運命だ。
「負けてはやらない」
――――ンンンンギュぁアああああああアぁイイイ……………………!!!
最期の大絶叫が、モンスターの魂の叫びが、地に伏したぐずぐずの残骸越しに伝える深い"無念と絶望"をこだまさせた。
―――こうして、とても、とても楽しい時間はあっという間に――閃光のように過ぎていき、瞬く間に、終わったのだった。
―――ン……マ………オウ……さ………まバンザイ…………
「………? まおう? ……なんか言ったか……? まさか……コイツが……?」
三つ目の魔石を両断すると幻聴が聞こえた気がする。モンスターはみな、魔王に忠誠心があるのだろうか……。
だが最後の抵抗として、"殺人的なおしくらまんじゅう"を喰らい―――僕は、全方位から"生物の肉布団"に抱かれて沈む。
この最大攻撃にさらされたアバラが、ベッキベキ、バッキバキと悲鳴のコーラスをあげて持ち主を強く批判した。視界が真っ赤に染まる。
「よぉ、おおおっっ………!!!」
腹の底から力を絞り出す。
少しして――しぶきを撒き散らして飛び上がった僕の体は、"竹とんぼ"みたいだった。
高速回転して脱出した"ボロ雑巾"こと僕がべちゃりと落ちる。
―――やることやったぞ、と満足度は高い。
「キャァァアィッ」
「ハァァッ!!!」
最後に、このタイミングをこそ狙っていた"妖怪イソギンチャク"のエイリアンの口を―――迎撃して叩き落とすと……。
両者ともに動きがなくなった。
―――ギリギリのところで………僕の、勝利だろう………。
「つぅ……」
周囲の状況をクリアリングする。
『………………』
沈黙したモンスターの頭部と、スライムみたく床に染み出す巨大な死体が異様な臭気を撒き散らす。両目は開かない。
魔力感知"だけ"で、周囲を調べ上げる。
………さ、次はどんなだ?
連鎖的な罠や、おかわりに警戒しながら―――僕は仰向けに寝転がり静かに首だけを起こした。
『も、もうじきのはずよ! 待ってなさい。ラクミヤ、あんたの勝ちよ……!!』
健闘を讃える天使の祝福にようやく実感が湧いてくる。
「………ハハ、勝った、みたいか……」
薄れゆく意識が夢現の気分にさせる。
―――ひとまずは勝利か。
「…………僕さ、死にかけてるけど、楽しかったよ。もう、このまま……死んでも、いいくらい………だけど」
誰かの気配がしたので、独り言のように呟く。
「だっ、ダメだよッ! ポーション、ほら。ポーションあるからぁっっ!」
「…………ふ、今までのじんせいでいちばん楽しかったかも……? ………ン、これ、めっちゃイイよ………マナも一緒に、戦えたらよかったのに………」
「戦うよッ! 戦う……!! ………わたしだっていっしょに戦うから」
戦闘は終わった。
見事、"僕らの勝利"だ。
そして、ポーションの治癒効果が発揮される。
溶かされて、中身が"こんにちは"する顔面の皮膚と全身の骨が、ペキペキとコミカルな音を鳴らして再生を始めた。
思いつきでの防御魔法は、まだ未熟であっさり破られてしまった。モンスターの体内は、僕の"《オーラフィールド》と似たような空間"にあるのか、まったく歯が立たなかった。
それにしても―――最後の"おしくらまんじゅう"はよかったな……。
ミシミシ、ミシミシと、出しちゃいけない不協和音を体が奏でて―――"次回"の改善点となり浮かび上がる。現状の最適化をいち早く済ませたい。
「あ〜〜〜もう痛すぎる。………フー……フー」
しかし、こちらも負けてはいない。
「うぐぅあっ………っ!! ハァ、ハァ……痛い、イタイイタイ痛い、いたすぎるぅっ……」
これまでの人生で感じた「痛み」を、今日だけで何度も更新した。
ヨダレがボトボトとだらしなく垂れて、頭が真っ白になった。
意外も意外だ。
まさか戦闘後の方がツラいなんて。
けれど、この「痛み」こそが生を保っている証拠だ。
頭の中は、もうぐちゃぐちゃで、とても気持ちがいい。
たぶん、いま懸命に、快楽物質がドバドバと出てるのだろう。
「エイくん眠っていいからね。無理して起きようとしてるでしょ?」
最大限の苦痛から逃れるべく、昏睡するのもアリだろうか。
うっすらと現実感がなくなって他人事のように感じられる頃合い。
―――ついに、モンスターは完全に息絶えたようだ。
そのことを、ミカが教えてくれる。
『戦闘に勝利した!』
『初めてロックイーターを倒したわ!』
『経験値を173取得した』
『おめでとう! レベルが3に上がったわよ!』
『HP+6、MP+89、ちから+5、かしこさ+9、まもり+3、せいしん+11、きよう+8、びんしょう+7』
『おめでとう! ジョブレベルが3に上がったわ!』
『スキル《鑑定》を獲得した!』
『サウンドが追加された!』
『クエスト【とっても強いモンスターを倒そう】を達成した!』
『ギルドクエスト【ロックイーターを倒そう】を達成した!』
『グランドクエスト【困難を切り開け!】を達成した!』
『称号《小さな勇者/リトル・ブレイバー》を獲得した!』
『スキル《ホーリー》を獲得した!』
お、おお〜〜? 気持ちいい〜!
レベルアップの増加分だけHPとMPが回復した。カラカラの砂漠に見つけたオアシスのようだ。
―――――――――――――――――――――
『ラクミヤエイ Lv.3』
【HP】 24/59
【MP】 382/805
【状態】 《消耗》《欠損》
―――――――――――――――――――――
うわっ! 今にも死にそう……。
『"イエローランプ"が点滅してる! あんたの視界も黄色に染まってるでしょう?』
言われてみれば―――戦っているときは赤色に染まっていた気がする。……いや、アレは《オーラフィールド》の色?
それでも――本能的な闘争を止める力はなかったみたいだが、冷静になれば、これ以上に危機感を煽るものもない。
「エイくん。……なんでポーション飲んでくれないの?」
口元によこされたポーション瓶が障壁にぶつかる。
「………ポーションの回復は………よく経験したからね……アレは魔法で再現可能なんだよ……だから敵の増援がないなら……練習させてほしい……」
「………そんなこと、しなくても」
マナの心配は嬉しいが今も「ぺっ」と吐き出された骨のカケラがズブズブと体内でうごめき、適切な位置に戻るか――あるいは排除されるかしている。
HPの回復と同時に起こる"再生現象"。
これに追従する形で魔法を使う。――自分の体のことは自分が一番知ってなきゃいけないよね?
しばらくして、肋骨や頭蓋骨など主だった骨組みの大部分は治ったようで、残るは一部の臓器と複雑に砕けた骨片を取り除く段階だろう。
けれど、《魔力感知》で見た限りだと完全に元通りとも言えない。
専門知識のある治療者に見せるべきだろう。魔法習得もアリだが、自分の体でこれ以上の実験をする気にはならなかった。
近いうちにスキル化するかも、という手応えはある。
「もう大丈夫そう? 隠さなくていいからね」
「いや、ほんとだよ。残ってるのは気だるさと、なんだろう。骨盤のズレ? あと今さらだけど、片腕なのが違和感ありすぎるんだよね。それ以外だと問題ないよ」
「そっか。………よかった」
さて。
体の調子を確かめがてら報酬をチェックしてみようか。
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クエスト【探検の第一歩】
隠された道を探す。
報酬:500G
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クエスト【とっても強いモンスターを倒そう】
Eランクモンスターを倒す。
報酬:5000G パワーリング
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ギルドクエスト【ロックイーターを倒そう】
報酬:12000G
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グランドクエスト【困難を切り開け!】
全滅の危機を正面から乗り越える。
報酬:100000G 女神のしずく
ボーナス:メモリアルウェポン 小さな勇者
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さっきは朦朧とする意識の中で、心なしか嬉しそうなミカの声が脳内に響いたことを覚えている。
一皮剥けたのは確かだろう。
だけど、まだ続きがあるかもしれない!
『ラクミヤ――あんたねぇ、今日はもう十分でしょう?』
罠の中には段階的に、敵の強さが上がっていく部屋などもある。
次はさっきの……えーと、『ロックイーター』が"群れ"でやってくるとか?
そんな、僕の消えることのない戦意を見抜かれたのか。
「―――もう大丈夫。――大丈夫だよ。私がなんとしても広場に連れてくから。エイくんは休んでてっ」
切迫した顔でマナが告げるが、そういうわけにもいかない。
「―――僕の冒険は、まだ始まったばかりなんだっ」
気力と魔力の続く限り、たたかえる。
ウルフだって――ゴブリンだって――
ロックイーターだって――ドンと来い! たった今終わったばかりの戦闘の光景が、目に焼きついて離れない。
脳細胞の一片すら無駄なく投じて、敵に打ち勝つ。
ずっと、ずっとそんな状態だったわけじゃない。だけど、ほんの一瞬だけ、雑念やしがらみから解放されたときがあった。
「楽しかったんだ。――止められないんだ。想いが――溢れるんだ」
だって………!!
「僕は、まだまだ、動けるんだ」
体の状態や意識。
欠損があろうが、武器がなくなろうが――
まだ、一度だって魔力を使い切ったことがない。
いまだって、MPはまだ300以上も残っているんだ!!
「―――たとえ、手足がすべて千切れ落ちても……脳と心臓が食べられて失くなっても……何度でも、何度だって、たたかうんだ。………僕は戦えるんだ! ―――――たぶんそういうふうにできてるんだ。……誰かが――そういうふうに作ったんだ………」
「エイくん………」
きっと僕は、そういう人間で―――ダンジョンはそういう場所で―――だからこそ、強くなれる!!
多くの人々が、富や名声を求めてダンジョンに挑むように。
僕も、何かに「おいで、おいで」と手招きされているんだ。
「うん、そうだね。――でも休憩も、体調管理も仕事のうちだよ」
―――"天を睨む"。どこかにいる僕の敵を。
そのような、意味深な態度がお気に召さなかったようだ。
「………ほら、さぁ? 今だけでいいから、"なんの役にも立たない"仲間を頼ってよ」
「っ……」
近くにある"がらんどうの瞳"を見て――こぼれ落ちる涙に――少しだけ冷静になった。
さっきまであった胸の奥から燃え上がるような闘志が一気に鎮火したようだ。
「……………うん。―――頼むよ」
やっぱりマナはすごいや……。
大金星!




