奈落より這い出た白き怪物
心に潤いを!
「……うぅん、ちょっと不気味だなぁ……」
マナのいる隠し部屋の入り口に向かって走りながら―――僕は考える。
それにしても――大がかりで複雑な罠だった。
奈落の底で咆哮をあげるモンスターの気配をしっかりと把握して……。
黙考を続ける。
「………」
一連の罠は不可解だ。落とし穴は――まだ分かる。
頭上から降ってきた柱も、まぁギリギリ。
恐らく魔法で操作した土砂を、凝縮・加工して頑丈な杭を作り出し――真下に加速して打ち出したのだ。
難解で複雑。高度な魔法だった。
しかも一つひとつの工程が速すぎてリアルタイムでは把握できないスピードだった。今も、僕の頭の中で流れ続ける"過去の映像"がなければ、チンプンカンプンだっただろう。
魔力の動きを読み取ることに関して、僕の脳は気持ち悪いほど上手く働くから。
ただし、あの巨大ミミズはどこから出てきた?
明らかに『別の空間』から持ってきたじゃないか。――魔力の痕跡を追えない。
はたして、モンスター用のプラントがあるのか――深いフロアから連れてこられたのか。
あーーー。気になるぅ〜〜。
なんでかてって――冒険者も、モンスターだって、配置を簡単に変更されるだけで絶体絶命になるからだ。どこまでのことが許されて、逆に禁じられるのか……。また、誰がそれを決めてるのか……。
「そこんとこ―――マナはどう思う?」
「エイくん…………今度は、ちゃんと怒るからね……!!」
必死の形相で半透明の障壁/シールドを砕き割り、転げ落ちるようにして立ち上がった、埃まみれの美少女が鋭い眼光と唸り声で僕を威嚇した。
―――ああ……イヤだ……!! 怒られたくないぃ〜!
だがすでに戦闘BGMが盛んに鳴り響いており、【絶望のテーマ】の間奏中に【難敵との出会い】が始まったのだ。
これからの"険しい死闘"を予感させる名曲。
聞いてると、にわかに戦意が上昇していく……。
「〜」
鼻歌を歌って、さらに音量バーを調節してガンガンと鳴らしボルテージを引き上げる。地中を泳ぐように接近する"奈落サイズ"の体格をしたモンスターの与える威圧感に耐えるためだ。
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[トラップモンスターが現れた!]
[???????が現れた!]
[???????は《かみくだく》を使った!]
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スキル《かみくだく》の進行速度・破砕力ともに驚異的で、笑いながら冷や汗が噴き出す。
―――これは、マジで死ぬかもな……。工業用の破砕機がモンスターとなってみずから動くようなものだ。そのただならぬ気配、足元の地響きにマナも怯えるが――決して、逃げようとはしない。
僕だけなら……いや―――マナをどうすれば? 無理やり移動させるか……どうしよう? ………僕だけなら………どうなろうと………マナは………。
「っ!」
考えは―――いったん中断だ。
ごちゃごちゃと考えているうちに、斜め下からトンネルをつくった"白き怪物"が大口を開いてやってきたからだ。
「――マナっ!!」
強引に引っ張る。ふぞろいで禍々しい乱杭歯の生えた"口"がありえないほど柔軟にひらかれて光の差さない大穴が見えた。
「―――きゃっっ!! 何が起こって……」
「《グリッターボール》」
反射的に魔法を打ちこむ。
砂煙をあげて顔を出し滞空したバケモノ。その半透明の内臓むき出しみたいな巨大なカラダを"輝く気弾"が殴りつける。しかし……。
ゴムボールをデコピンで弾くようなものだった。
衝撃を吸収し受け流す体躯といい僕の魔力を中和する働きを見せた皮膚といい《グリッターボール》との相性が悪そうだ。
「マズいッ! グリッターボールの効き目が薄いっ! ……やったッ」
「…………やった?」
「………ではないけど……ちゃんと戦おう!! きっと手強いよ!」
離れた位置に追いやったマナから――視線を戻し、向かいくる巨体をどのように対処するか思案する。
地面から顔を出したミミズの頭部には、無数の鉤爪が密集して生える。
もし掠りでもしたら肉体を抉られること間違いなし。……だがやっぱり、マナが心配だ。―――そのせいで、さっきから気が散って戦闘になかなか集中できない。
「―――にょォオオォオオオ〜〜〜!!!」
「っ!!」
けれど、僕を喰らおうとするモンスターにそんなことは関係ないようで、柔軟な首をニュルっと動かし―――グロテスクな口が接近した。それがゆっくりと見えたので、身を低くして僕はヤツの懐に潜った。
―――交差する瞬間。
すれ違いざまに剣を切り上げる、手応えあった。
巨大ミミズの肉厚な胴体を切り裂いたのだ。
やはり、ホワイトソードの切れ味は飛躍的だ。
軽い――豆腐を裂くような感触だった。そのまま噴射させた魔力が尾を引き、僕の体は勢いをつけたブランコから飛び降りるようにして着地する。
「フーッ、僕の調子はいいぞ〜!」
全力の《オーラフィールド》は、真っ赤な血潮の膜のような、絶好調の輝きを見せる。
高まった反応と、驚異的な動作性能を両足で踏みしめた大地への圧力で感じる。
「…………よし。いけそうだ」
自分の認識を超えた害意のある攻撃に対しても―――最短・最速で迎撃できる。
普段はできないことも、この範囲内でならおこなえる。
魔法『マリオネット』や『身体強化』といった《無属性魔法》の出力・スピードも向上しているからだ。まだどちらもスキル化はしてないが理想的な動きを実現でき、圧倒的に強くなれる……!!
「ミカ……敵のダメージは……?」
『………ほとんど効いてないみたいね……。薄皮剥かれたくらいかしら、ね。………ラクミヤは逃げないの?』
地響きを鳴らし、今も派手に跳ね上がってる姿から少しは期待したのだが。
「ふふっ――」
やはり、根本的な体格差が大きいな。
シンプルにでかいので、テキトーに寝転がり駄々をこねるだけでも脅威的だ。
それから、場所も悪い。
あの大顎で、足場をバリバリ噛み砕いて進撃する戦い方を続けられたら、まともに戦闘が成立しなくなる。
「エイくんっ私だって戦えるよッ! なんのために今まで努力したのか――このバケモノに見せてやるっ!!」
「……ぅ、おい、やめ……っ! ………いやどっちなんだ……」
天使の羽を光らせる――マナの後ろ姿を眺めた。
戦えるのか。
そうでないのか。
《魔力感知》から推定する敵の強さは―――あの"ゴブリン十数匹分"。
【ログ】でも『???????』表記で―――なんて名前のモンスターかは知らないが―――少なくとも"Eランク相当の大質量タイプ"のモンスターだろう。
それはつまり―――HPや耐久面に大きなアドバンテージを持つ。もしかしたらそのポテンシャルは『ボスモンスター』に匹敵するやもしれなかった。
「ハァーッ!!」
盾を突き出してダッシュするマナは頼もしい足取りで僕よりも肉体的に強く――動きのキレも抜群だ。こっちも危機的な事態に直面したことで、むしろ燃え上がるタイプ。
「《アロー》」
ならば、と僕は……。
牽制の魔法を三つ飛ばす。
オーラフィールドの中でなら魔力を円滑に操作でき、【ブック】でさらに手数を増やして"波状攻撃"にする。
しかし尖った杭状の歯が金属音を多数打ち鳴らして容易に弾くし、体表への刺突も人体に画鋲を刺したくらい。
それでもきちゃない液体が――ブシュゥッ、ブシュゥ〜〜ッ、と飛沫をあげるが……つまり、すぐに倒せる相手ではない。
「ぁあぁああああ!!」
なのに、マナは気合いをみなぎらせて突っ込むんだ。
それは勇気か――はたまた蛮勇か。
彼女も分かっているはずだ。
今はまだ、僕らの勝てる相手ではない。
「―――はぁぁあああッッッ!!!!」
魔法で加速する―――僕の視界を一筋の銀光が閃いた。マナの裂帛の気合いで、業物の振り下ろしが放たれたのだ。
―――ッ! 会心の出来……だった………。
「ゔゔゅぅ〜ん」
軽かった。巨大な怪物は、こともなげに首を振った。たったそれだけだ。そして―――たったそれだけの動作で、マナの渾身の一撃はむなしく弾かれた。武器が宙を舞う。
いくつも折り重なった歯列に剣先が捉えられ、巻き込むようにして打ち上げられたのだ。
―――その一瞬の動作でも分かることがある。こいつにとって脅威となるのは確かに、"業物の武器"のみだった。
「もういいだろうマナ? こいつには勝てない。いつでもマナを殺せるんだ……」
ヨダレを垂れ流して僕らを見下ろすモンスターはどこか愉快げだ。
これから――抵抗を削いだ獲物を美味しくいただく想像でも巡らせているのだろうか。鎌首をもたげて湿った息を吐く。
「…………っ、そんな目で見ないでっ!!」
合理的に判断をすれば、マナは足手まとい以外の何者でもない。
さっきの攻防だって――敵が捕食に動けばすぐに介入するつもりだった。
肩を並べ合わせた。
僕は、マナを突き飛ばし遠くに追いやる。その際にくっきりと見えた、唖然とした彼女の顔が脳裏に刻まれる。
「エイポン―――マナを頼む!」
まるで裏切られた、と言わんばかりの絶望的な表情だった。
「チッ……」
視界に張り付く。
―――今、必要なのはコレではないのに。
崩れ落ちたマナから視線を切って。
―――切って………。
………受け身も取らずに何をしてるんだ? ―――なかなか意識をモンスターに向けられずイライラする。
―――キシャっキシャっっキシャーーーッッッッ!!!
おぞましい鳴き声とプレッシャーがあった。口内から放出される"暴風の如く吹き荒れる魔力"を中和して目標を見定める。
―――白濁の体液が、地面を汚す。
ほんの僅かな間。静寂が生まれた。その後に、恐るべき初速で飛び上がる。
凶悪な"顔面の襲来"。
それを察知した時点で、バックステップの動作に移り――滞空状態から剣を斜めに切り上げる。それはちょうど――"高速道路"に己の身一つで飛び出すようなものだろう。
"輸送用の大型トラック"を一刀の元に斬り伏せて、側面を滑るようにして回避する。
「はっ!」
それでも、追従してくる大顎に――振り向きつつ即座に《シールド》を張って砕かれた破片を見送ると右肩を鋭い牙が通り抜けた。
「フゥッ」
こうして勢いをそらせば、回避はできる。――さらに、空中で魔力を噴射させることで無理やり身をひねり、僕は"ひとつの刃"となってモンスターに襲いかかる。
「っっらぁ!!!」
荒い呼気と同時だった。武器に込めた全魔力を使い捨てにした"渾身の斬撃"が、頭部のカバーできない横腹を叩き斬る。
今の僕が打てる"最大の攻撃"だった。――それにより、巨体は沈む。
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[???????は 56 のダメージを受けた!]
[《自動HP回復》で 13 回復した!]
[《自己再生》で 20 回復した!]
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―――キュ〜〜〜キャゥッグゥオオ………。
『やったッ! いいのが入ったッ!! やっぱりラクミヤならッ! この戦い……勝てる勝てる! 勝てるわッッ!! ―――いいえ勝ったわ!!』
視界の隅で、追撃のパンチを連打するミカの反応を見て……。
―――僕も、勝機を悟った。
お役立ち情報
七面倒なトラップ
とにかく複雑かつ殺傷性があります。《オーラフィールド》や《魔力感知》無しだと、気付いた時には"奈落落ち"からの"高速餅つき"でお陀仏。
白き怪物
大型トラックが複数連結したデカさのミミズが爆速で動きます。一般的なレベル2のパーティでは、一人どころか"六人パーティ総出"であっけなく全滅します。




