水晶広場
続きです
入り組んだ洞窟を進んだ先の、奥まった天井で、ようやく最初のモンスターを発見した。
―――『吸血こうもり』。
暗がりに垂れ下がる逆さの巨大コウモリは不気味の一言に尽きる。
『来たわよッ。―――くらいなさい! 女神のオーラを!』
一際強く光ったミカが、吸血こうもりにつっこんだ。
「………始まった」
吸血こうもりが甲高い奇声を上げた途端に始まった戦闘BGM。
ダンダンダン、と流れる豪快なドラムロールが意識を高揚させる。
『キャーーッッッ!! 怖い怖いこわ〜いっっ!!』
実体はないくせに顔をかばってフラフラと落下するミカは置いといて―――僕とマナ、それからエイポンが構える。
『《エンジェルブレス》、だポン』
「―――《グリッターボール》」
開幕の速攻だ。
パラパラと、『禁断の魔導書』がめくられる。鎖で封印された重厚な本! かっこいい演出だ! 本から飛び出て展開された魔法陣から"光球"が出現すると一気に加速した―――
さらに僕とマナを包む"淡い光"が翼の形をして背中にちょこんと生える。
―――高速で射出された光球は、見事ヒットしたようだ。
「ギャッ……!?」
破裂音を置いて、跳ね上がった吸血こうもり。したたかに天井にぶつかり――なにかの骨がへし折れ、粉砕される鈍い音が洞窟に響き渡り――グシャッ、とまるでゴミのように落下したのだ。
「…………よしっ! 当たった」
「うえ〜!? 一発かぁ〜」
ほんの少しだけ、肩の力を抜く。
外すことだけが心配だったが、マジックスキル《グリッターボール》はスピードが速い。洞窟のような閉所では、まず回避できないと見ていいだろう。
「……ッ! 〜〜〜!!」
羽を広げれば、僕の両手と同じくらいはあるだろう吸血こうもりは、折れ曲がった羽を持ち上げてどうにか飛び立とうとする。
「行かせないッッ」
そこにマナが突撃した。あの――はぐれゴブリンを彷彿とさせる油断も隙もない、ただ相手を殺すための無慈悲な剣が何度も突き刺さった。
「フーッ! フッー! おらぁ〜っ!!」
ビチャビチャと生々しい水音がして――血と臓物が、薄暗い洞窟の地面を汚す。
真っ赤に光った刃が、引き抜かれる。
『戦闘に勝利した!』
『吸血こうもりを初めて倒したわ』
『経験値を9取得したわ』
『デイリークエスト【モンスターを一体倒そう!】を達成したわ』
『ギルドクエスト【吸血こうもりを倒そう!】を達成したわよ』
………ぶ、無事、倒しきったみたいだ。
『お疲れさま』
あ、ああ、お疲れ……?
『一応説明するけど、『ギルドクエスト』はそのダンジョンごとに用意されるわ! 討伐系クエストの報酬は"初回に限り"ボーナスが多めよ。経験値はとくに変わりないけどね』
ありがとう。
昨日のはぐれゴブリンのやつも『500G』だったが次からは『100G』に下がる。
「…………」
ズタボロの死骸は、ほろほろと崩れ、空気中に溶けるようにして消えていった。
あまりにも速い"分解現象"。
《魔力感知》では、その周囲に濃密な魔力が生じ、すぐに結晶化するのが分かった。こうして、ドロップアイテムができあがるのだ。
生々しい『綺麗な羽』をポーチに入れる。
ここらのモンスタードロップは一律『100G』。
魔石と合わせても『200G』だ。
懸命に生きる命がワイコインのジュース代になる、非情な現実にクラクラする。
―――いつか……僕も、そうなる日が来るのだろうか……?
「……エイくん? 大丈夫? 次は私一人でやるからねっ!」
はいはい。
手出し無用、と。
一旦、人の気配のするホワイトロードに戻り、未探索の道を突き進む。
ヘビのように曲がりくねる、洞窟の分岐をすべて踏破していく感じだ。
ダンジョンは、閉塞感を生むと聞いていたが、僕にとっては心地よい場所だった。
やはり、魔力が澄んでいるからだろうか……。
「たぁーっ!」
宣言通り、マナは一人で、はぐれゴブリンを倒した。
【モンスターリスト】によると、最下級の『Gランク』。名前の通り未熟児の出来損ない。最弱のゴブリンだ。しかし、軽い気持ちで冒険者となった人は、ここで"リタイア"するそう。
生き物に本気で命を狙われる体験と本能的な恐怖によって、どうしても先に進めなくなるのだとか。闘争本能を引き出す曲にも限界があるのだろう。
だが、マナは一切臆さず、苛烈な攻めでゴブリンをズタボロの無惨な死体に変えていた。一気に致命傷を狙わずに、手足の肉を削いでいくやり方で抵抗力を奪っていったのだ。
僕が言えることではないが――容赦ない。ホワイトソードの刃先は、ちょっとやそっとで欠けたりしないようだが、硬質な部位を何度も切断すればすぐに使えなくなるだろう。そのための『砥石』だって持ってきてるが……。
「エイくんの魔法と違って私は倒すのに時間がかかるのが課題かな。―――いっそ、心臓や頭部を狙うべきか……」
「ちょっとだけ怖いよ、マナ」
「ええーーっ! そんなことないよ〜? ちょっと、モンスターの殺害方法を検討していただけであります!」
「野蛮で過激だ……」
けれど―――それが冒険者のあるべき姿なのかな?
「それにしても―――エイポンはすごいね」
かすり傷を負ったマナをスキル《エンジェルヒール》で回復してくれた。
パーティメンバーのHPを一挙に『10』だけ回復する。しかもノーコスト!
たしかに、これは――ミカがふてくされるわけだ。
冒険者に才能の優劣があるのと同じく、ガイドエンジェルにも"才能の差"がある。ミカはミカでレアらしく―――普通はデフォルメされたご当地マスコットみたいなタイプが多いとのことで―――エイポンいわく高ランクの冒険者が欲しがるのは確実らしい。
『フ、フン! 捨てたければご自由にどうぞ〜!』
捨てたければって……ンー? でもさぁミカ? そんな機能どこにもないよね?
『………………フンっ!』
なんで、そんなこと言ったの?
『うるさい。どうせ役立たずだって思ってるんでしょ……』
心が読めるなら分かると思うけど、僕はミカのこと好きだよ。
『ッッ………!?』
そうやって、親愛の情をあらわにしたら、突然顔を真っ赤にしたミカが背中を向けてピューッと飛び立った後、視線に引き寄せられて戻ってくる……。
……あれ? 戦闘技能はそこまで必須とも思わないし、どちらかと言うと『話し相手』としての価値が大きいと思ったのだが……。
へぇ……。ミカは案外ポジティブな接し方をするほうがいいのかもな。……僕のメンタル的にも……。
「…………ふーん。…………へぇ? ……そんな感じなんだ」
すぐ真横から――とても低く恐ろしい声が聞こえた気がするけど……。
気のせい気のせい。
このフロア最後のモンスターは、何度も見かけたが、順番が回ってこずじまいだった『スライム』だった。
"アメーバみたいな粘体"が地面を舐めるようにうごめくのだ。
「うぅ〜キモい」
「………だね」
デフォルメされたスライムはもっと可愛かったけど。
目の前のスライムは、クラゲにも似たおぞましい生物。
発声器官が無いので鳴くこともせず、近くまでやってきて―――突然ガバァッと、大口を開くように獲物に襲いかかってきたのだ。
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[スライムを初めて倒した!]
[1Fのモンスターをすべて倒した!]
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はい。
グリッターグリッターと。
もしも、接近されたら危ないかもだが……。あいにくとこちらは『遠距離攻撃持ち』だ。
こどもくらいなら丸呑みしそう粘体のクリーチャーも、破裂した水風船みたいに飛び散った。体内にある魔石が砕けてね。あそこが弱点らしい。
すると、【ライブラリ】に変化があった! 星刻の大迷宮1F『ノーマルモンスター』の文字列の横に……!!
"星マーク"が現れたのだ。
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▶︎【1F】
ノーマルモンスター★
-はぐれゴブリン★
-吸血こうもり★
-スライム★
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おお〜〜!!
「コンプリィィイトッ」
「遠足気分だよね……。エイくんの魔法だけで余裕すぎて」
この星は――ドロップアイテムのコンプ率・討伐数によって、"二つ星"、"三つ星"と進化するらしい。……くっ、完全攻略には程遠いな!
すべてを埋めるのはどれくらいの時間がかかるのだろうか。
みんなに"どいてもらって"貸し切るのが一番早いはずだが。
「―――てか、人が多いっ!!」
僕の言いたいことをマナが代弁してくれた。満員電車ほどではないにせよ、ぼさっとしてたら迷惑になるレベルだ。
「ふぅ……。私たちの適正階層は『3F』みたいだし、そこ目指そっか」
「そうだね」
僕はうなずいた。多少引っかかる部分はあるけれど。
『マップの空白地帯』や『未発見ドロップ』の『?』マーク、とか。
本を飛ばし読みするみたいで、モヤっとする感じだ。
だけど。
一度乗った白道/ホワイトロードはスイスイと進める。それはもう観光気分の人と同じくらいのノリでね。"らくらく便利"な街道です。
景観が少し寂しいから、お洒落な街灯でも設置すれば、もっとよさそうだと思う。
……いや、メンテナンスが大変か。
なにせあのスライムが何でも溶かして食べるのだから。
毎度をジャブ感覚で打つだけで倒せてしまうが。
「レベル上がらんねー」
「ねー」
歩調を合わせて、気の抜けるやりとりをする。
未整備の洞窟から現れるモンスターを軽くなぎ倒すが一向にレベルの上がる気配はしない。
やっぱここって効率悪いんだよね。……ぬっ、と現れたはぐれゴブリンを、後ろから走り寄ってきたパーティが「やぁぁっ!」と叫んで武器で切り込み僕たちから横取りした。
「フッ……」と別のメンバーが嘲笑う。故意だろう。
「………なんだかなぁ」
ドロップを奪うのは明確に「窃盗扱い」になる。けれど標的との戦闘は「早い者勝ち」がルールだからこのように勢いでごまかされるのだ。
「よ〜し! 不満顔のエイくん! ――『水晶広場』まで、よーいドン!」
そんなイライラをごまかすためか、マナが急に駆け足になったので、慌てて追いかける。授業中に倒れたトラウマが脳裏をよぎる。
「――あっ、ちょ、待ってっ!」
ちゃんと着いてきてるかどうかを横目で確認しながらいじわるするように。
マナとの追いかけっこは始まった。
もしかすると戦闘で無双するのが生意気だからなのか。
マナは僕の体力の無さを突きつける意図で段階的にペースを上げていった。
「…………ゲホッ、ゴホッ」
喉がカラカラだ。……く、苦しい……。
「はいっ水筒」
「………ありがとう」
自分のもあるけど……差し出された水筒で喉を潤す。
保冷機能のおかげでキンキンに冷えたスポーツドリンクは最高だ。
ごくごくと喉を鳴らせば、幾分か落ち着いてきた。これから、毎日走り込みでもするか……。
この一連のやりとりで満足したのだろうか。
クリーム色の短髪を後ろにまとめ上げた、おでこがまぶしい美少女は、ご満悦の様子だった。
『レンガと木組みの街』が見えてきた。
やっとこさ、1Fコンプリィト!!
―――す、進みが遅すぎる!? 誰得だったからゴメンよ〜。




