第一話 「犬の化け物」
普通の高校二年生である佐久間洸は、巨大な化け物と、それと闘う少女に出逢ったことをきっかけに、未知の世界へと足を踏み入れていく。善とは何か、悪とは何か。正義はどこにあるのか。迷いながら成長していく人々を描く現代バトルファンタジーです!
ある日突然、この日常が劇的に変わることなんてない。この時まではそう思っていたんだ。
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両手の指を組んで捻り、そのまま天井へと腕を伸ばした。長時間同じ体勢だった体が開放され喜んでいる。
「もうこんな時間か……。」
机の上の時計を見ると、時刻は午前二時になろうとしているところだった。
進級してから初めての大きな試験ということで少々気合を入れすぎてしまっているのかもしれない。
高校二年に上がってから急に勉強が難しくなり、俺は正直焦っていた。
「コンビニ行くか」
ペンを置くと途端に睡魔が襲って来たが、まだ寝るわけにはいかなかった。化学がこんなに強敵だったとは……。理系を選択したことをはやくも後悔しながらも、部屋の扉の横にかけてある上着を羽織って外に出る。六月も後半だというのにまだ夜はどちらかというと少し肌寒い。夏はどこに行ってしまったのだろうか。
コンビニへは歩いて十分とかからない。コーヒーとチョコレートを買ってすぐに戻る予定だ。
向かう途中にある踏切へ足を踏み入れた時だった。
終電はとっくに終わっているというのに、電車が真横を横切ったような轟音が辺りに鳴り響いた。
両手で耳を塞ぐと同時に目の前に何かが降って来た。
咄嗟に屈んだ俺に向かってソレは近づいてきた。
「なん……だ……。」
状況を知ろうと、なんとか目を開ける。
最初は樹が倒れたのかと思った。しかし、すぐに違うとわかる。ソレは生きていた。全身は黒の毛で覆われており、家の二階ほどの高さにある口からは荒く息を吐いている。大木の幹を思わせる四つの脚を一歩ずつ進めるたびに地面が揺れた。
「犬の化け物……。」
そう呟くのが精一杯だった。逃げようとしたが、身体が動かない。『俺、死ぬんだ』そう思った時、走馬灯なんかは見なかった。ただ死にたくない、その想いだけが心に落ちた。
化け物がすぐそこに迫ったその時だった。
「追いついた!」
頭上から声がしてまた何か、いや誰かが化け物と俺との間に降って来た。肩までかかる金髪が月夜に照らされている。こんな時だというのに俺は見惚れてしまった。
チラッとこちらに視線を移したその人は言った。
「ひゃっ!佐久間くん!?」
「……え?」
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