The 9th Ride 初めてのレース
先に補足説明
エンデューロとは決められたコースを規定時間内に何周周回できたかを競うレース形式の事です。ただ実際のレースではどう勝敗を決めているか分からなかったので、作中では上位入賞者(周回数タイ)に関しては最終周回の通過タイムによって上位を決める形式を採っています。
ユーダイが片瀬先輩に盛大な嘘をついた事からレースへエントリーする事になって1か月。
僕たちは三浦半島の内陸部、一応横須賀市内にある山の中に来ていた。
レース案内を観る限りではハイキングコースの入り口である周回コース1.7㎞を封鎖して、その中で制限時間内に周回できた周数と走行距離、最後の周でのゴール順位を競うイベントらしい。
僕たちがエントリーしたのは中学生以上から参加可能で1時間耐久となる午前最初のレース。学校の自転車競技部が出るのは高校生以上・4時間耐久のクラスでどうやらまだ会場入りしていないみたいだ。
ちなみにユーダイが雄姿を見せるハズの片瀬先輩もまだ人のまばらな観客席には見当たらない。
「あっれヤイチ、先輩もしかして時間を間違えてるんかな?」
「うーん、噓がバレなくて済むことを考えれば逆に居ない方が良いんじゃないかな」
「間もなくスタートします! 参加選手は位置に付いてください!」
2人でキョロキョロしている所を係員の人に声を掛けられ、スタートの集合地点に着くなりピストルの音と共にレースが開始される。5、60人の自転車が一斉にスタートして、あっという間に僕とユーダイは集団の中に包まれるように囲まれた。
「いくぞ、初っ端ゴッデス・ピーク! 付いてこいヤイチ!」
しばらくして密集状態が若干バラけた所でユーダイが道の左端ギリギリを通って加速する。ユーダイの加速に驚いて避けた人たちで左端のラインが空いた所を僕も続いた。
「ユーダイ、最初からそんな消耗して大丈夫かよ!?」
「大丈夫だ、先頭まで躍り出たらしばらく回復する。だからその間はヤイチの方が前な」
そう言って順調に何人もの選手の間を抜けていくユーダイ。やがて黒いサイクルジャージの一団をすり抜けた所で先頭には誰も居なくなり、ユーダイはペースを下げる。
僕は逆にもう少しだけペースアップしてユーダイの前を守るようにしながらインコースのスレスレ、左端を攻めるようにしてユーダイの作ったペースをなるべく落とさないようにペダルを回していく。
ただ順調に先頭を走れていたのは、周回を示すゲートを過ぎてすぐのカーブまでだった。
「ヤイチ、右!」
「どけよ素人ども。ルールも分からねえクセに飛び出してんじゃねえ!」
音もなく右から寄せてきた黒いジャージの一団に続けて何台もの自転車が僕たち2人を追い越していく。さっきまで誰も近付いてこなかったのに……どうしてだろう?
「お2人さん、レース出るのは初めてかな?」
そんな僕らに声を掛けてきたのは、抜き去っていった一団からしばらくして、後ろから迫ってきた集団の前方に居た1人の大柄な男性。
「あ、はい。僕たちまだ中学2年なので……」
「なんだ、同世代じゃないか」
「まあ三波がそう言っても信じてもらえないだろうけどね」
大柄な男性の斜め後ろを行く、同じチームジャージを着た小柄な男性がなかなか辛辣な言葉を投げかける。こちらは体型と声音的にもまだ少年っぽさが残っていて、同年代と言われればすんなり信じられそうだ。
「いつも通りだな、榛名。本来ならここで奴がフォローを入れてくれる筈なんだが」
「居ないものは仕方ないだろ、戦略を組み換えていくしかない」
「だな。お2人さん、良かったら協調しないか?」
大柄なほう……三波さんが提案してくるものの、その『協調』という言葉自体が分からなくてユーダイと首を傾げる。
「まさか、そこの説明からとは……仕方ない、イチから教えてやるからちょっと下がろうか」
足を止めて他の選手たちを先に行かせる三波さんとペースを合わせる。後ろには集団から離れた数人が走っているだけなのを確認して、彼はもう一度喋りだした。
「オレの名前は三波理人。3つの波に乗り、ロードバイクのロジックを知る男でスリーウェイブ・ロジックマン! 横須賀グランツリッター所属・三波理人、中学2年だ!」
「お前、おもしれー男だな! 何となく気が合いそうだぜ♪ 俺の名は城戸雄大、ビッグスター・雄大だ!」
「いや俺達はそんな大したモンじゃないから! 青嶋八一って言います。よろしく」
「……榛名章人だ。三波とは同い年だし同じチームで走ってる」
4人で名乗り合うと手短に初めてのレースである事、だからルールとかよく分かっていないことを説明する。
「なるほどな! となると、ここまでにお前ら2人は3つのミスを犯してきている! 1つ目は『レースの1週目では安全を考慮して競ったり追い越したりしない』という紳士協定を知らずに破った事。2つ目はチーム参加であれば皆が3人1組で参加しているのに2人だけで来てしまった事。3つ目は事前に試走などしてコースをちゃんと掴まないままレースに臨んでしまった事だ!」
「全部ちょっと調べれば書いてあったと思うんだけど……調べなかったのか」
どれも全く知らないまま、ユーダイの勝手に『エントリーしといたわ』という言葉だけを信じていたのがそもそものミスだったのだと思う。思い返してみればユーダイはそういう奴なんだから、僕がしっかりしないとだった。
「だがそんなお前ら2人に3つ、まだ乗れる波がある! 1つ目は千切られずにまだ後方集団の中にいる事。2つ目は優勝候補であるこのオレ達が今日に限ってはお前らと同じく、2人参加となってしまった事。3つ目はそんなオレ達が4人で協力して戦わないかと誘ってやってる事だ!」
「どうする? 乗った方が間違いなく得だと思うけど」
三波くんの言葉を補足する榛名くんに、僕は大きく頷いた。