The 7th Ride 唸れ神脚! ゴッデスクライムッ!
ここまでのあらすじ
高校自転車競技部のある『鳴子坂学園』中等部に入学し、意気揚々と部員の練習コースになっている裏門坂へ向かう主人公・ヤイチと相棒・ユーダイ。だがあっという間に競技部の部員たちに抜き去られてしまう。果たしてその後、彼らはどうしたのか?
注釈:タイトルになっている「クライム」はカタカナ表記だと「Crime=犯罪」と見分けがつかないですが「climb=登る」の意味です。
「くっそ、あんな奴ら絶対に追いついてやるからな! 今日も行くぞヤイチ!」
それから僕たちは来る日も来る日も、放課後になると自転車置き場から裏門坂に挑戦した。
学校にたどり着くまでの坂道と比べると、本当に自転車で進むことが可能なのか? って思ってしまうような激坂だったけど少しずつ登れる距離は増えていって、昨日まではそこで足がついてしまって引き返していた地点を更新は出来ていた。
だけど、自転車競技部の人達には毎日、難無くあっという間に抜き去られてしまっていて、とても追いつけるようになるとは思っていなかった。
……少なくとも、僕は。
そうして初挑戦から2週間近くが過ぎ、ゴールデンウイーク前最後の登校日。いつもの如く裏門坂へ向かう前に、ユーダイはいきなりこんな事を言い出した。
「よっし! 今日こそあの自転車競技部の連中、鼻を明かしてやる。今日の俺はこれまでと違う! ネオ山神・城戸雄大だ!」
聞くとどうやら以前、ユーダイの家へ遊びに行った時観たロードバイクアニメの【山神】と【頂上の雲】と呼ばれたライバルの対決シーンを徹夜で研究してきたのだという。
……ってそんなことぐらいで、どうにかなるんだろうか?
裏門坂を登り始めてしばらくすると、今となっては聴き慣れた複数の息遣いとホイールの回転音が後ろから迫ってきているのが分かる。僕は道の左側へ進路を寄せ、前を進んでいたユーダイも脚を緩めて僕のすぐ前へと進路を取る。
「今日もご苦労だな、通るぞ」
先頭を引く主将と思われる人の一言のあと、自転車競技部の人達が僕らの横を通り過ぎる。一番後ろの人が僕たちの横を通過したと思った、その瞬間だった。
「唸れ神脚! ゴッデスクライムッ!」
ユーダイがイキナリ中二病全開な台詞を放ったかと思うと、ダンシング(立ち漕ぎ)で身体を左右に振りながら一気にギアを挙げて自転車競技部の車列を抜き去った。
先頭の人に振り返って親指をグッと上げるポーズをしたかと思うと、また前を向いてダンシングを再開する。
ユーダイ……イキナリ何かましてるんだアイツ!?
「面白いな。ユーセイ、行け」
「はいっ!」
先頭の人が片手を挙げて指示すると、列の後方から2番目、真っ赤な自転車に乗った人が同じようにダンシングでユーダイを追い上げていく。アレは確か、この坂に挑んだ最初の日、僕らへ声を掛けてきてくれた人だ。
「君の友達、なかなかやるな。君は登りは、あまり得意じゃない方かな?」
列の一番後ろに付いていた人が自転車を並べ、僕に話しかけてくる。さすが高校生だけあって、体格も自転車も僕より2回りぐらい大きくてこんな坂でも余裕そうだ。
「はいっ。僕は、さすがに……」
あんな風には漕げません、と言い切る前に息が切れる。その様子を見てか、察して彼は言葉を継いだ。
「わかるよ、俺もあまり坂は得意じゃないからな。なんとか練習のペースには付いていけているが、あんな風には無理だ」
そうして彼が視線を上げた先では、カーブした登り坂の途中でユーダイが真っ赤な自転車の人に追いつかれ、前の進路を完全に塞がれているのが見える。
真っ赤な自転車の人は全力を出し尽くしてうなだれたユーダイとは対照的に、ペダルの回転数は維持したまま背筋を伸ばして乗っていて、その後ろ姿は誰から見ても余裕が伺えた。
「……だが、それでいい。苦手と得意があるのは、この競技においては悪い事じゃない」
そう呟いた彼の方を向き直すと、白い歯を見せて微笑んでいた。何故だろう、大柄な体格が影響しているのか、安心感を与える笑顔だ。
「たまに坂も平坦も何でもこなす奴は居るが、そんな奴はごく稀だ。坂道でペースが落ちないヤツ、君の友達のように登りでも瞬発的な力を出せるヤツも居る分、平坦でなら速いペースを維持できるヤツ、平坦で爆発的な加速が出来るヤツもいる。自分の得意な分野を極めていけばいいんだ」
僕の得意な分野……って、何だろうか? まだ乗り始めて1か月半の僕には、思い当たるものは何も無いけど。
「そうだな……今はまだ見つかって無くても、絶対に見つかるさ。だからそれまで、漕ぎ続けろ」
「ユーセイ、緑川、戻れ」
「すみませんッ! ……じゃあ、またな」
緑川と呼ばれた彼は、主将らしき人の声にペースを上げて競技部の列に戻っていく。その後に残ったのは全力を出し切ってもはや倒れそうな状態で減速してきたユーダイと、いつもより少し早いペースに息が切れている僕だけだった。
「ククク……あっはははははは!」
段々と減速し続け、ついに地面に足が着いたユーダイは顔を伏せたまま、イキナリ笑い出した。なんだろう、圧倒的すぎる敗北で心が折れておかしくなってしまったんだろうか?
「20%で走ってりゃ追いつけるけど、60%出されたら敵わねえ。まして100%出されりゃ余裕で負ける。何だよコレ、完全に勝ち目0%、ゲームなら負け確定イベントじゃねえか!」
僕に言わせれば最初から分かっている事だと思ったのだけど、ユーダイは今更やっとそれに気付いたらしい。でも実際、ユーダイが掛けたアタックは僕にはとても真似できないし、それを何倍も上回る速度で止めてきた真っ赤な自転車の人にも確かに驚いた。
短い時間とはいえ、こんな坂であれだけの急加速が使えれば「イケる!」って思ったのかもしれないし、せっかくのソレを上回るスピードで簡単に止められたら、心が折れるものなのかもしれない。
「ヤイチ、俺はこの勝負で気付いた事がある」
「ん、何?」
「俺達に足りないもの、それはフィジカルだ!」
いや正直、『高校生』と『この前まで小学生だった僕たち』じゃどうやったって比べるまでもない事だと思うんだけど。
「考えてみりゃあの真っ赤なバイクのいけ好かねぇ野郎も他の部員たちも、俺らよりチビの奴なんて1人も居なかった。となれば今の俺達に出来るのはよく食ってよく遊んで、足りねえ身長と体格を補う事、それっきゃねえ! それが分かっただけで良しとしよう!」
何故かよく分からないけど自信満々にそう言い放つとユーダイは自転車を反転させ、僕にもそうするように促した。
「帰るぞ! 今日のところは戦略的撤退だ!」