The 4th Ride 逆風アゲインスト
「ウチの名前は由比ヶ浜茜! 4年生からロード乗っとる大先輩や!」
「じゃあもう3年やってるって事? すげぇ」
「そうやろそうやろ、つまりヤイチが中学卒業するまで今のウチには敵わんっちゅうことや!」
いきなり呼び捨てかよ、と思ったけど変に気を遣われるよりはそれぐらいが丁度良い。
「それで、茜ちゃんはいつ関西からこっちに引っ越してきたの?」
「イヤやわぁ~『ちゃん』付けなんてかたっ苦しい! 茜でええよ♪ ウチは元々こっちの生まれやで」
「へ? でもその関西弁……親が関西出身だったりとか?」
「ちゃうちゃう! コレな、監督が四国出身で大阪に長い事おった人で、話す時だいたい関西弁やねん。だから真似してるうちにうつってもーた」
そんなに関西弁使うのに関西人じゃないのかよ、と思ったケドそれ以上に【監督】という聞き慣れない役職の人が気になった。
「監督、って?」
「あぁウチが所属してるユースチームの監督や」
なんでも茜は一昨年から小・中学生の所属するロードバイクのチームに所属しており、『次代のエース候補』として期待されているのだという。ここまでずっと自信満々な口調なのも頷ける話だ。
「にしても、風ヤバいな~。帰り大丈夫やろか?」
そういえば、という感じで空中に手をかざしながら茜が海の方を見る。確かに到着した時と比べると、海から吹き抜けて顔に当たる風はより強くなっているように感じる。
「ウチにとってはいい練習やけど……ヤイチが風で飛ばされんか心配や」
「いや、大丈夫に決まってるよ!」
体格や体力的には下なハズの『女子』に心配された、という事に反発を覚えて強く言い返してしまう。しかもこうしてちゃんと並んでみると、151センチと男子の中では低めの僕よりも茜は恐らく5センチ近くも小さいチビだ。
そんな子でも大丈夫なんだから僕が風で飛ばされるワケが無い。
と思っていたのは、スピードに乗った状態で強い向かい風に煽られるまでの実際走り始めてから数分間だけだった。何だコレ、必死でペダルを漕いでいるのにめちゃくちゃ押し返される。まるで見えない壁にでもぶつかっているみたいな進まなさだ。
「ヤイチ、大丈夫? スピードもうちょっと落とそか?」
「大丈夫、このままでいい」
そう言い返しながらも脚はもう悲鳴を上げそうだ。ここまで来るときの速度計だと普段じゃ出せないような時速35キロで進んでいたのに、今は時速15キロを保つのも精一杯。
見覚えのある島にかかった桟橋もまだまだ遠くに見えて、そこまでたどり着けるイメージも出来ない。
「なぁ、やっぱスピード……」
「いい! 大丈夫!」
振り返った茜に思わず叫び気味で返答する。ただでさえ気を遣われて足手まといで全然敵わなくて恥ずかしいのに、さらに足を緩めたりなんてされたくない。ただの意地だった。
「……そないか。分かった」
茜は小さくそう呟くと、振り返る事なくそのままのスピードで進む。そしてそれに付いていけなくなった僕は徐々に茜との距離が開いていった。
そうして逆風の中ペダルを漕ぎ続けて10分以上経っただろうか。もう茜の後ろ姿は見えないし、目の前の景色も全然変わらず前に進めている実感もない。
そんな中で脳裏に浮かんできたのは、あの入院した後での教室の出来事。誰も口をきいてくれなくて、身体も上手く動かせなくて、落とした消しゴムすら取れずに椅子から転げ落ちて。
男女問わず嘲笑が聴こえる中で、担任は感情の籠もってない声で義務だから仕方ないとでも言うように「青嶋はケガしてるからなぁ周りのヤツ、助けてやれよ」と声を掛けた。けれど、誰も僕の肩を掴んで起こそうとしてくれるようなクラスメイトは居なかった。
あの学校から出て違う中学にも受かって、ロードバイクを始めて少しずつ変われた気がしていたケド……僕は今もあの時のまま、弱いままだ。
その現実を、突き付けられているような気がしていた……けど。
「ヤイチ、もうヘトヘトやろ? ここは任せてや!」
「茜! なんで!?」
僕よりも遥か前に居なくなったはずの茜が、僕の斜め後ろから声を掛けてくる。
「ドッキリ大成功やね! バックミラー見てたら居らんくなったからUターンして反対車線回って戻ってきたんやけど、全っ然気付かれんかったわ」
そうして僕の背中に手を掛けて、優しい声で言う。
「何があったんかは知らんし、ウチが女の子でチビだからって変な意地張ってるだけなんかもしれんけど。ロードっちゅう競技は一緒に走るヤツは仲間なんや! だから意地なんて張らんでええ」
その言葉が僕の胸の中の、一番柔らかいところに響いた気がした。
「ギアを下から4番目まで落として、このスピードなら無理せんと漕ぎ続けられる?」
「うん、大丈夫」
「じゃあそのままペダル回し続けて。いくで!!」
僕の背中に置かれた手のひらが、前に押し上げる強さが増す。それは僕に吹いていた逆風も全部押し返してくれるみたいで、凄く心強かった。
茜が押してくれてたおかげで体力切れを起こす事なく、無事に藤塚市の自宅近くまで着いた時には外は暗くなり始めていた。3月の曇り空の日、日没まであっという間だ。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「いやぁ、ヤイチの体力考えんと無理やり連れだしたのはウチやしな……」
ヘルメットを取って後ろ頭を搔きながら呟く茜。一緒に走ってるときは凄く頼もしく感じたけど、こうして話してるとやっぱり普通に同い年の女の子だ。
「ロードっちゅう乗り物は乗れば乗っただけ早くなれるし強くなれるんや。これからも頑張りや!」
そう言って僕の肩を叩くとヘルメットを被り直して自転車に跨る。
「また一緒に走れる? かな……」
「ま~この辺りを走ってれば会う事もあるやろ。それまでにちゃんと練習して早くなってな! ただしウチを超えん程度に、やけど」
そう振り向いて笑った茜の後ろで途切れた雲間から一瞬だけ夕陽が差す。照らし出された彼女の笑顔はとてもキレイに見えた。
いかがでしたでしょうか。次回からいよいよ中学生編へと入っていきます!
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