婚姻届と魔法薬の正しい用法
「え〜と、効き目は……口にしてから約4分15秒で四肢が硬直、6分目で発声不能、9分で涙目……」
ガラスのフラスコを覗き込みながら、クレア・ルグランは淡々とメモを取った。横には婚姻届。と、その上に置かれた指紋スタンプ。
「ふふ……これで、ユリウスも私の夫……ついに“観察対象”から“所有物”になるのね……!」
彼女の瞳はまるで論文完成目前の研究者のそれだ。
その時——研究室の扉が、ノックもなく爆発四散した。
「よう、毒姫。今日のランチに呼ばれてる気がして来ちゃった♡」
粉塵の中から現れたのは、ユリウス・アルメル。通称:魔法学科の狂犬。爆破術が得意で、勝手に他人の研究室を「爆発式ドア開閉」で出入りする困った男である。
「またドア吹き飛ばしたのね……」
「ドアって、壊れてるほうが風通し良くない? ていうか今日なに作ってんの? やけに香ばしいね?」
「人体感情遮断用・半永久性麻痺毒、ver4.8(改良試作型β)」
「長いな!? ていうかそれ、俺に飲ませるつもりでしょ?」
「ええ。ええ、もちろんよ。これが成功すれば、あなたは静かに拇印を押すだけの、ただの可愛いマリッジ人形……♡」
「うわあ〜〜愛されてるなあ俺! ちょっと感動してきた!」
そう言いながら、ユリウスは自らそのフラスコを手に取った。
「よし、じゃあ実験開始だ!」
「え?」
「愛ってさ、効き目があるか試さなきゃ分からないだろ?」
そう言って彼は、毒薬をゴクリと一口。クレアの顔が本当に「!?!?!?」って感じの顔になる。
「ちょっ……な、何して……!」
「安心して? 前に君が作ったやつで練習済み。耐性あるんだよね、俺」
「耐性!? 私の禁忌薬に!?」
「うん。あとさ、その婚姻届、押すならちゃんと名前も書こうぜ?」
「…………へ?」
「せっかくだし、俺も“同意の上で”地獄のような新婚生活を味わいたいし?」
クレアの脳内で「理論的思考回路」がショートした。
彼女は照れと混乱と戦いながら、しばらく黙り込み——やがてぽつりと呟いた。
「じゃあ……次の毒薬は、もっと強いのを用意するわ……」
「最高だな、クレア」
こうして、危険な毒と歪んだ愛、倫理観が無事に吹き飛んだ二人の共同研究は幕を開けた——。