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7 処女迷宮とヴァンパイア

 ボスが倒されると、ズゴゴゴゴ・・・・・・とボス部屋の中央に円柱状の台座がせり上がってきて、その上には無駄に豪奢な装飾の宝箱が載せられていた。

 これが今回のボス報酬である。中身がなんであるかは運次第。


 メイちゃんはさっきの出来事が嘘だったみたいに、興奮した面持ちで宝箱に触れる。

 どうやらストレスも発散できたようで良かった。ありがとうスライムさん。君は実に素晴らしいサンドバッグだったよ。

 

「開けても良いですか?」


「もちろん」


 これは正当な報酬だ。初ダンジョン攻略おめでとう。

 色々あったが終わり良ければすべて良し。彼女にとっても良い勉強になっただろう。ああいうことがまま起こるのが冒険者界隈だ。

 一歩足を違えればその人生は簡単に幕を閉じる。


 思えばシェリンの采配は見事だった。

 もしメイちゃん一人でこのダンジョンに来ていたと思うと、その結末にぞっとする。『マナ枯らし』だからといって、無茶をさせなかったシェリンは偉い。

 

 ──ただし、()()()()()()()()()()()()()、だけど。


「ゴブリンさん!」


「──ん?」


「こんなのが入ってました!」


 気が付くと、すでに宝箱を開けていたメイちゃんが金色の指輪を手にしていた。

 金ピカにしては装飾に乏しいその指輪は、表にも裏にもびっしりと魔術文字が細密に彫られている。こりゃ間違いなくマジックアイテムだろう。


「良かったな。たぶん当たりだよ、それ」


「どんなアイテムなんですか?」


「ちょい貸してみ」


 指輪を受け取ってじっくりと鑑定する。

 あー、これはいい仕事してますねー。


「──『火精の指輪』だな。これを嵌めると火炎魔術が強化されるぞ」


「おおっ!」


 どうしようこれ。売るにはちょっと勿体ないのが出てしまった。

 おあつらえ向きというか、火炎魔術が得意っぽいメイちゃんとの相性は抜群だし、この手のマジックアイテムってなかなか市場に出回らないから、このまま冒険者を続けるなら絶対に手放すべきではない代物だろう。

 

「どのぐらいになりそうですか?」


「値段か? あー、10000Gぐらいかな」


「い、いちま──!?」


 質素に生活して、一日の生活費が大体20Gってところだから、路上生活をしていたメイちゃんにとっては、目の回るような金額だろう。


「売るのか?」


「売りましょう! すごいです! 一生遊んで暮らせます!」


 暮らせねえよ。

 ホームレス基準で考えんな。

 

「あー、ちょっと聞くが、これを売らなかったとして、俺に払える金ってあるか?」


「ぎりぎりありますけど、そうすると私、三日ぐらいご飯食べられないです」


 人はそれを払えないというのだ。

 でも、うん。どういう状況なのかは理解した。


「これは提案なんだが、支払いを分割にしないか?」


「分割、ですか?」


「そうだ。冒険者として生きて行くなら、この指輪は売らない方が良い。だから今回俺に支払う額は半分にして、残りは後で働いて返すんだ」


「ゴブリンさんはそれで大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ。なんとかなる。──だから、ほら」


 彼女の手を取って、指輪を嵌めてやる。

 すこし迷ったが右手の中指とかでいいだろう。ここがサイズぴったりだし。

 間違っても左手薬指とかいうボケはしない。


「ありがとうございます!」


 いいってことよ。

 さーて、これでミッションは終了だ。

 彼女の「ありがとうございます!」もこれで聞き納めか。まあ同じ宿で暮らすようになれば、いつでも聞けそうな気はするが。


「それじゃ戻るけど、俺はちょっと用事があるから、先に帰っててくれ」


「え?」


「帰還石があるだろ。──ダンジョンの入り口にあった石碑を覚えてるか?」


「はい。心構えとか書いてあったやつですか?」


「それの隣にもう一個、古い石碑があっただろ?」


「そういえばあったような」


「あれは帰還石のチェックポイントなんだ。ユニークダンジョンの入り口には大体置かれている。だからここで帰還石を使えば、あそこへ飛ぶことが出来る」


「なるほど!」


 合点がいったようにメイちゃんは手を叩く。

 帰還石はダンジョンから即座に脱出できる便利アイテムだ。そんな高いもんじゃないし、メイちゃんも確か持っていたはず。


「使い方はわかるよな?」


「えっと、確か叩きつけて割るんですよね?」


「そうだ。割ったら自動的に帰還魔術が発動する」


「はい!」


「それから一人だと危険だから、これも渡しておく」


 そういって渡したのは、共鳴の鈴と呼ばれるマジックアイテムだ。

 二つで一組のこのアイテムは、片方の鈴が鳴るともう片方の鈴も鳴る仕組みになっている。適用範囲はかなり広く、山を三つ挟んでもしっかり使える優れものだ。


「なんかあったらこれを鳴らせ。すぐに飛んでく」


「はい! ありがとうございます!」


 意外と早く聞けたな。もはや口癖なのかもしれん。


「んじゃ、三十分ぐらいで戻ると思うから、ダンジョンの外で待っててくれ」


「わかりました!」


 そう言うとメイちゃんは恐る恐るという具合に、帰還石を叩きつけた。

 思い切りが足りなくて何度か失敗したが、三回目で成功。

 青い光と共に彼女の身体は消失したのだった。


 よし、一人になれたな。

 一応、索敵を行ってみるが誰の気配もしない。


 ──《透化(インビジブル)


 ──《消音(サイレンス)


 ──《無臭(オードレス)》 


 ──《浮遊(フロート)


 ──《反・魔力検知(アンチ・センスマギ)


 ──《反・気配検知(アンチ・センスオーラ)


 準備完了。

 俺はボス部屋の奥、すり抜ける幻覚の壁を越えて、さらに奥へと進む。

 目指すは『処女迷宮』の()()()へ。





 ここを知っているのは冒険者ギルドの幹部と、王国に出仕する一部の高官。そして、ごくごく限られた俺を含む一部の冒険者だけ。

 ここにあるのは心優しき処女の裏の顔だ。何も知らない童貞を嘲笑う、真実の表情(かお)がある。


 細い通路を抜けると、異常なマナの奔流がその身を貫いてきた。

 ある程度マナを感じることのできる者であれば、マナ酔いで気分が悪くなることだろう。ここはダンジョン内のマナを循環させるための心臓部みたいなもので、ダンジョン周辺のマナはすべてここに集められるのだ。


 吐き気をこらえながら進んでいくと、やがてひとつの扉に行きつく。

 装飾も何もない、牢獄みたいな鉄扉だ。

 ()()()()()()()()()()()


 本来であればここに来るのはもう少し先の予定だったが。

 今回はたまたま処女迷宮に用事が出来てしまった。ついでではあるが、これに怒る主ではあるまい。

 

 俺は潜伏魔術をすべて解いた。


「入るぞ」


 そう言って扉を開ける。

 扉はいとも簡単に、あっさりと開くのだった。




 中に入ると、そこは本やらボードゲームの玩具やらで散らかった、だらしない汚部屋が目に入ってきた。ここに来るのは一年ぶりぐらいだろうか。


「おや、これはゴブリン殿ではないか。約束の時までは今しばし遠いと思っていたが、さてはワガハイ、刻限を勘違いしていたかのう?」


 やってきたのは素っ裸の妙な喋り口調の男だった。

 見た目はそのへんの若い兄ちゃんだが、見るものが見れば卒倒するような魔力を放つこの男は、軽く千年以上は生きている吸血鬼だ。

 その言葉遣いは古めかしく威厳に満ちて、というよりはどこか胡散臭い香りがするのは気のせいだろうか。


「いや、俺が早く来たんだよ。──ていうか何やってたんだ?」


 その名をオーレン・グリンガンドという吸血鬼は、最初の吸血鬼たる真祖の直系に当たる由緒正しき吸血鬼だ。それが服も着ないでいるとはどういうわけだ。


「知れたことよ。可愛い妹と愛を育んでおったのだ」


 見れば、奥のベッドにもう一人誰かが寝ていた。

 恐らくはこいつの妹、プリシネラ・グリンガンドであろうそれは、シーツで前を隠しながら起き上がり、寝ぼけた目でこちらを一瞥してきた。


「にーたん、誰かきたの?」


「うむ。ゴブリン殿が訪ねて来られたぞ」


 おまえらなあ。

 客を出迎えるならまず服を着ろ。目のやり場に困るだろ。

 辟易しているとオーレンが察したように言う。


「この恰好では客人に失礼であるな。しばし待たれよ」


 クローゼットから漆黒のローブを取り出し、羽織る。

 いや、まず下着をつけろと。

 そのまま椅子に座んな。


「──ていうか、妹だろ。吸血鬼ってそういうの気にしないのか?」


「うん? 何の話であるか?」


「いや、妹とそういう関係であってもいいのかと」


「まさか。勘違いをするでないぞ。我らは裸で共寝をしておっただけだ。ワガハイは性欲などすでに失われておるからな」


「はあ。そういうものなのか」


「それよりも先ほどの少女は何者であるか? あの者が物凄い勢いで我がダンジョンのマナを吸い込んでいくゆえ、ワガハイ少し冷や冷やしたぞ」


「なんだ、見ていたのか」


 このダンジョンに限ったことじゃないが、多くのダンジョンはマナの循環によって成り立っている。そこに『マナ枯らし』が入り込めば、循環機能に支障が出るのは想像に難くない。

 さすがにダンジョンが崩壊するようなことはないだろうが、ダンジョンの主としては狼狽するに足る出来事なのかもしれない。


「あれは『マナ枯らし』であろう? しかも並のそれではなかった」


「『マナ枯らし』にも個人差があるのか?」


「当然である。あれはもはや怪物の類であるよ。マナの流れだけ感知していたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような錯覚を覚えたのである」


 そこまでか。

 千年を生きるエルダーヴァンパイアにそこまで言わせるとは、メイちゃんは本当に才能があるんだろう。もっとも、その才能が活きるか死ぬかはこれからにかかっているんだろうけど。

 まだ十二歳だもんなー。伸びしろ凄いんだろうな。


「あれな、ゲイリーとメルルの子供」


 がたっ、とオーレンは座っていた椅子を立ち上がった。


「ついにやったか!」


「ああ。らしいな」


「やっとか。そうか、ついにやったのだな」


 しみじみとオーレンは呟く。

 気持ちはわかるぞ。あいつら歯がゆいったらなかったもんな。

 典型的なラブコメ主人公とヒロインだったもん。毎日毎日、喧嘩してんだかイチャついてんだかわからん感じで、誰が見ても付き合っているようにしか見えなくて、それでも一線だけはずっと越えなくて。

 みんなヤキモキしてたよなー。俺は爆発しろって呪ってたけど。

 

 ちなみにオーレンは元あいつらのパーティメンバーだった。

 パーティが解散してからは、こうして処女迷宮に引きこもって、ダンジョンの管理を行っている。

 まあ、管理なんて言えば聞こえはいいが、ようするに勝手に住み着いて自分の城にしてしまったようなもので、大したことは何もしていない。

 実際、あのダンジョン荒らしも放置してたみたいだしな。


「そうかそうか。ゲイリーとメルルの子か。ならば、ワガハイも奮発した甲斐があったというものだ」


「あの指輪はやっぱり仕込みか?」


「モチのロンであるよ。このダンジョンであんなものが出るはずなかろう」


 これが処女迷宮の裏の顔。

 ボスドロップの宝箱はこいつによって管理されている。

 気に入った冒険者には良い物を、気に入らない奴にはゴミを宝箱に仕込む。

 遠隔操作はんたーい。


「あの指輪、わたしがつくったんだよ?」


 はっと振り返ると、全裸ローブの女の子が立っていた。 

 だから下着を着けろと!

 

「プリシネラよ、はしたないぞ」


「おまえもな?」


「男同士ゆえ気にするでない」


「にーたん、ずるい」


 妹のプリシネラは兄のローブの中にすっぽり納まると、兄の顔の下からにょっきり顔だけ出して、楽しそうに微笑んだ。

 本当に仲いいなおまえら。

 裸でくっつくと子供ができるぞ。

 メイちゃんならそういうふうに考えてるかもしれん。


「ところで、用件はなんだったのかね?」


「ああ、そうだ。危うく忘れるところだった。──いつものやつだ」


 俺はいつも頼んでいるものが出来ているか尋ねた。


「一応できておるぞ。だが受け取りはもうしばし先なのではなかったか?」


「たまたま立ち寄ることになったからな。ついでに受け取っておこうと思ってな」


「そうか。──しかし、あまり趣味の良いものではないと思うのだが」


「仕方ねえよ。これじゃなきゃ駄目なんだ」


「ふむ」


 しばし間があって、頼んでいたものを受け取ると俺は言った。


「──じゃあ、俺はもう帰るよ」


「なに? もう帰ってしまうのか? もうしばらく遊んで行けばよかろう」


「悪いが、あの子を待たせてるからな」


 女待たせてるんだ、悪いな。

 言ってみたい台詞が言えたぜ。


「むうううう。三人でないと出来ないボードゲームがあるのだ。せめてもう一時間」


「だめだ、そんな時間はない」


 こいつはよっぽど暇なんだろう。

 妹以外の奴と会話するのは、たぶん一年ぶりだろうしな。

 なんだってこんなとこに引き籠ってんだか。


「ワガハイの妹をファックしてもいいのだ。だから──」


「何言ってんだコラ」


「ファック、する?」


「しねえよ!」


 吸血鬼と致すと血を吸われそうで怖い。

 二頭を持つローブの怪人はどうしても帰したくないようだったが、俺は涙を呑んで辞退する。ここにいたらマナ酔いで咽そうになるし。


 それじゃ、またな変態兄妹。

 次はまた一年後。




「オーレン・グリンガンド」


種族:ヴァンパイア

身長:170センチぐらい

特徴:ものすごく長生き、喋り方にクセあり、剣術は達人級

   シスコン



「プリシネラ・グリンガンド」


 種族:ヴァンパイア

 身長:150センチぐらい

 特徴:ものすごく長生き、マイペース、マジックアイテム職人

    ややブラコン

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