6 処女迷宮とダンジョン荒らし
処女迷宮もいよいよ大詰め。
もう少し歩けばボス部屋に辿り着くことだろう。
「あの魔術ってどうやるんですか!? 今度教えてください!」
標なき暗夜を行くが如しこのダンジョンに、畏れ多くも聖水を下賜遊ばされた幼き女神様は、このような下賤の魔術にご興味を示されたのであった。
「魔術を教えるのって難しいからな。頭ん中のイメージだから、言葉で説明できん」
「うー。でも欲しいです。とっても便利」
「金を溜めて魔術書を買え。それで勉強しろ」
「あの魔術って売ってるんですか?」
「あー。アレは売ってねえわ」
潜伏魔術って悪用されやすいから。
市販されてるもんじゃないしな。俺はどうやって覚えたんだっけ?
やっべ忘れた。
「教えてやってもいいけど、先にもっと学ぶべきもんがあるだろ」
「たとえば?」
「上手なお金の稼ぎ方」
世知辛い。
でも大事なことだ。一人で生きていくなら特に。
「っと、着いたぞ。ここがボス部屋だ」
歩いて歩いて戦って、休憩はさんでまた歩いて。
ようやく辿り着いた俺たちの目の前には、派手に装飾された巨大な門があった。
カランとヤギ杖を壁に立て掛けて、入室前の準備を始める。
まずは身体を適度にほぐす屈伸運動から。はい、おっちに、さっんし。
──なーんて。
実を言うとちょっと前から気づいてた。
俺たちを尾行けてる連中がいることに。
俺は大真面目に体操してるメイちゃんを後ろにして、仁王立ちでそれがやって来るのを待つ。人数は三人だろうか。
違和感は最初からあった。
ここ『処女迷宮』は冒険初心者の育成スポットとして有名なダンジョンだ。すでにブームは過ぎ去ったとはいえ、俺たち以外に誰もいないというのはおかしい。
そしてユニークダンジョンにおいては、しばしばこういう現象が起こりうる。
──ダンジョン荒らし、だな。
高レベルの冒険者が、特定のダンジョンを独占すること。
ユニークダンジョンは宝箱を取っても、いつの間にか中身が補充されてるし、ボスを倒してもいつの間にか復活しているものだ。
だから、それらを永久に独占し続けようとする者が現れる。
そいつらはダンジョンにやってきた低レベルの冒険者を脅し、あるいは殺して、ダンジョンから遠ざけようとする。妙にモンスターが少なかったのもそれが理由だ。
過ごしやすいように間引いているのだろう。
当然ながら、それは違法だ。
違法だが、ダンジョン内はそうそう目の届く場所じゃない。より強い連中に咎められない限りは、ずっと無法地帯なのである。
だからって『処女迷宮』でそれをやるかね。
大した稼ぎにならんだろ、ここ。
リスクと見合ってないぞ、それ。
「ゴブリンさん?」
さすがに異常に気付いたメイちゃんが、俺のそばにやってくる。
「俺のそばから離れないように」
「は、はい」
──こつこつと。
遠くから誰かが歩いてくる音が聞こえる。
足音からして、やはり三人で間違いない。
その音は徐々に近づいてきて、どうやら隠す気はもうないらしい。
とりあえず奇襲の心配はなかった。
その三人はすぐに俺たちの前に姿を現した。
戦士風の男が二人と、魔術師風の女が一人。三人ともヒューマン。
装備から察するに、やはりそれなりの高レベル。処女迷宮にいるべき連中ではない。
「なんだよオイ。ゴブリン一匹とガキの女が一人じゃねえか」
「さらってきたんじゃね? ここを巣にしてるゴブリンかも」
なんつーこと言うんだこのクソ野郎どもは。
あとゴブリンの数え方は一匹じゃねえ! 一人って言え!
「なんだっていいでしょ。はやく始末しちゃってよ」
男の背後から性悪っぽい女の声が聞こえる。
んー、こいつらの声、西の訛りがあるな。この国の人間じゃないのか。
まあ、どうでもいいか。
「おまえらダンジョン荒らしか? よくやるよ、こんなとこで」
言いながら、ヤギ杖を手に取る。角灯を外して、メイちゃんに持たせた。彼女も短杖を身構えていたが、君はやらなくていいよ。人間相手は嫌なもんだろ。
「ダンジョン荒らし? それもあるけど、俺たちはちょっと違うな」
「違うとは?」
「ここにいたらマヌケな初心者どもがわんさか来るからな。ちょくちょくここに来て、俺たちが教育してやってるんだ。身ぐるみ剥いで男は殺す。女は売り飛ばす。いい教育だろ?」
なるほど。
よりクズな方だったか。
ごめんなダンジョン荒らし。こんな奴らと一緒にしちまって。
「最近はもう誰も寄り付かなくなっちまって、退屈してたんだよ。そろそろ潮時だろうし、おまえらが最後の獲物だな。最後の最後に高く売れそうなガキが来るとは、ツイてるぜ」
ツイてる、ね。
これを最後に、ここからは撤退しようってわけか。小悪党のくせになかなか悪くない危機管理能力だ。
だが残念。やめるなら前回の時点でやめておくべきだったな。
さすがにこんなの見過ごせないわ。
「──」
もはや何も言わず踏み込んだ。
まずはヤギ杖の底を不愉快なことを宣うその口に突っ込んでやる。
綺麗に前歯が四本はじけ飛んで、男はビリヤードの手玉みたいに飛んでった。
「てめえっ!」
もうひとりの男がとっさに剣を抜く。
いま抜いたのか。こいつは危機管理能力ゼロだな。
ヤギ杖をぐるっと回して、襟に引っ掛ける。そのまま力いっぱい地面に引きずり倒して、踏みやすい位置にきた顔を容赦なくスタンプする。
「うそっ!? ちょっとみんな──」
最後は女か。
女は殺したくないな。
少なくとも、メイちゃんには見せたくなかった。
ああ、そうだ。
「──《透化》」
こういう使い方もある。
女の顔があった場所に、ヤギ杖をねじり込む。
手ごたえはあったが、汚い断末魔が聞こえてしまった。《消音》もしておくべきだったな。
ああ、嫌なもんだよ、まったく。
十二歳の女の子に見せるもんじゃねえ。
ごめんな。せっかく初めてのダンジョン探索だったのに。
もっといい思い出にしてやりたかった。
でも、冒険者ってこんなもんだぞ?
こういうことの連続で、目ん玉の腐ったようなベテランになっていくんだ。
メイちゃんにはなって欲しくないな。
いつまでも君は、キラッキラの目をしていて欲しい。
◇
ボスバトルは消化試合だった。
メイちゃん一人で問題なし。
ボスは大量のブルースライムが集まったみたいな巨大なゼリーの塊。どんな名前だったか思い出せないが、メイジにとってはやりやすい相手だろう。動きは鈍いし無駄にでかいし良い的だ。
逆に魔法職でなかったら割とどうしようもない相手だ。高い物理耐性でもって接近戦を強いられれば、この巨体だ。あっという間に圧し潰される。
相性による差が激しいピーキーなボスだった。
こういうのがあるから、ソロはきついんよな。
「──《火の玉》!」
短杖から火球が放たれる。
直撃したゼリーは弾け飛んでブルースライムに分裂する。
だがメイちゃんは攻撃の手を緩めない。
──《炎の壁》!
──《燃え広がる海》!
──《硫黄の嵐》!
ボス部屋は地獄みたいな光景に包まれた。
凄まじいものだな。これが『マナ枯らし』か。
ちょっとやり過ぎてる感じもするが、さっきのアレで精神的なダメージを負ったのかもしれない。ショッキングな出来事を払拭するための、言わばこれは八つ当たりに近い。
メイジのストレス発散はこんな感じだ。
なんか、マナが溜まり過ぎると暴力的な気分になるのだそうな。
この子の場合はそれが顕著なのかもしれない。『マナ枯らし』ゆえか、それとも単純にそういう性質なのか。
──《燃え広がる海》!
──《燃え広がる海》!
──《燃え広がる海》!
もうやめて! スライムのライフはとっくにゼロよ!
部屋の酸素がやばいことになってるって!
「きゅぅ~・・・・・・」
目をバッテンにしてメイちゃんがぶっ倒れる。
魔力切れじゃないな。酸素不足だろう。
「やりすぎだ馬鹿」
魔術で生まれた炎は、延焼しない限りは長いこと燃え続けない。
燃え移るものもなかったボス部屋は、やがて静寂に包まれるのだった。