表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

6 処女迷宮とダンジョン荒らし

 処女迷宮もいよいよ大詰め。

 もう少し歩けばボス部屋に辿り着くことだろう。


「あの魔術ってどうやるんですか!? 今度教えてください!」


 (しるべ)なき暗夜を行くが如しこのダンジョンに、畏れ多くも聖水を下賜(かし)遊ばされた幼き女神様は、このような下賤の魔術にご興味を示されたのであった。


「魔術を教えるのって難しいからな。頭ん中のイメージだから、言葉で説明できん」


「うー。でも欲しいです。とっても便利」


「金を溜めて魔術書を買え。それで勉強しろ」


「あの魔術って売ってるんですか?」


「あー。アレは売ってねえわ」


 潜伏魔術って悪用されやすいから。

 市販されてるもんじゃないしな。俺はどうやって覚えたんだっけ? 

 やっべ忘れた。


「教えてやってもいいけど、先にもっと学ぶべきもんがあるだろ」


「たとえば?」


「上手なお金の稼ぎ方」


 世知辛い。

 でも大事なことだ。一人で生きていくなら特に。


「っと、着いたぞ。ここがボス部屋だ」


 歩いて歩いて戦って、休憩はさんでまた歩いて。

 ようやく辿り着いた俺たちの目の前には、派手に装飾された巨大な門があった。


 カランとヤギ杖を壁に立て掛けて、入室前の準備を始める。

 まずは身体を適度にほぐす屈伸運動から。はい、おっちに、さっんし。


 ──なーんて。

 実を言うとちょっと前から気づいてた。


 俺たちを尾行()けてる連中がいることに。

 

 俺は大真面目に体操してるメイちゃんを後ろにして、仁王立ちでそれがやって来るのを待つ。人数は三人だろうか。


 違和感は最初からあった。


 ここ『処女迷宮』は冒険初心者の育成スポットとして有名なダンジョンだ。すでにブームは過ぎ去ったとはいえ、俺たち以外に誰もいないというのはおかしい。

 そしてユニークダンジョンにおいては、しばしばこういう現象が起こりうる。


 ──ダンジョン荒らし、だな。

 高レベルの冒険者が、特定のダンジョンを独占すること。


 ユニークダンジョンは宝箱を取っても、いつの間にか中身が補充されてるし、ボスを倒してもいつの間にか復活しているものだ。

 だから、それらを永久に独占し続けようとする者が現れる。


 そいつらはダンジョンにやってきた低レベルの冒険者を脅し、あるいは殺して、ダンジョンから遠ざけようとする。妙にモンスターが少なかったのもそれが理由だ。

 過ごしやすいように間引いているのだろう。


 当然ながら、それは違法だ。

 違法だが、ダンジョン内はそうそう目の届く場所じゃない。より強い連中に咎められない限りは、ずっと無法地帯なのである。

 

 だからって『処女迷宮』でそれをやるかね。

 大した稼ぎにならんだろ、ここ。

 リスクと見合ってないぞ、それ。


「ゴブリンさん?」


 さすがに異常に気付いたメイちゃんが、俺のそばにやってくる。


「俺のそばから離れないように」


「は、はい」


 ──こつこつと。

 遠くから誰かが歩いてくる音が聞こえる。

 足音からして、やはり三人で間違いない。

 その音は徐々に近づいてきて、どうやら隠す気はもうないらしい。

 

 とりあえず奇襲の心配はなかった。

 その三人はすぐに俺たちの前に姿を現した。


 戦士風の男が二人と、魔術師風の女が一人。三人ともヒューマン。

 装備から察するに、やはりそれなりの高レベル。処女迷宮にいるべき連中ではない。


「なんだよオイ。ゴブリン一匹とガキの女が一人じゃねえか」


「さらってきたんじゃね? ここを巣にしてるゴブリンかも」


 なんつーこと言うんだこのクソ野郎どもは。

 あとゴブリンの数え方は一匹じゃねえ! 一人って言え!


「なんだっていいでしょ。はやく始末しちゃってよ」


 男の背後から性悪っぽい女の声が聞こえる。

 んー、こいつらの声、西の訛りがあるな。この国の人間じゃないのか。

 まあ、どうでもいいか。


「おまえらダンジョン荒らしか? よくやるよ、こんなとこで」


 言いながら、ヤギ杖を手に取る。角灯(ランタン)を外して、メイちゃんに持たせた。彼女も短杖を身構えていたが、君はやらなくていいよ。人間相手は嫌なもんだろ。


「ダンジョン荒らし? それもあるけど、俺たちはちょっと違うな」


「違うとは?」


「ここにいたらマヌケな初心者どもがわんさか来るからな。ちょくちょくここに来て、俺たちが教育してやってるんだ。身ぐるみ剥いで男は殺す。女は売り飛ばす。いい教育だろ?」


 なるほど。

 よりクズな方だったか。

 ごめんなダンジョン荒らし。こんな奴らと一緒にしちまって。


「最近はもう誰も寄り付かなくなっちまって、退屈してたんだよ。そろそろ潮時だろうし、おまえらが最後の獲物だな。最後の最後に高く売れそうなガキが来るとは、ツイてるぜ」


 ツイてる、ね。

 これを最後に、ここからは撤退しようってわけか。小悪党のくせになかなか悪くない危機管理能力だ。

 だが残念。やめるなら前回の時点でやめておくべきだったな。

 さすがにこんなの見過ごせないわ。


「──」


 もはや何も言わず踏み込んだ。

 まずはヤギ杖の底を不愉快なことを宣うその口に突っ込んでやる。

 綺麗に前歯が四本はじけ飛んで、男はビリヤードの手玉みたいに飛んでった。


「てめえっ!」

 

 もうひとりの男がとっさに剣を抜く。

 いま抜いたのか。こいつは危機管理能力ゼロだな。

 ヤギ杖をぐるっと回して、襟に引っ掛ける。そのまま力いっぱい地面に引きずり倒して、踏みやすい位置にきた顔を容赦なくスタンプする。


「うそっ!? ちょっとみんな──」


 最後は女か。

 女は殺したくないな。

 少なくとも、メイちゃんには見せたくなかった。

 ああ、そうだ。


「──《透化(インビジブル)》」


 こういう使い方もある。

 女の顔があった場所に、ヤギ杖をねじり込む。

 手ごたえはあったが、汚い断末魔が聞こえてしまった。《消音(サイレンス)》もしておくべきだったな。

 

 ああ、嫌なもんだよ、まったく。

 十二歳の女の子に見せるもんじゃねえ。

 ごめんな。せっかく初めてのダンジョン探索だったのに。

 もっといい思い出にしてやりたかった。


 でも、冒険者ってこんなもんだぞ?

 こういうことの連続で、目ん玉の腐ったようなベテランになっていくんだ。

 メイちゃんにはなって欲しくないな。

 いつまでも君は、キラッキラの目をしていて欲しい。





 ボスバトルは消化試合だった。

 メイちゃん一人で問題なし。


 ボスは大量のブルースライムが集まったみたいな巨大なゼリーの塊。どんな名前だったか思い出せないが、メイジにとってはやりやすい相手だろう。動きは鈍いし無駄にでかいし良い的だ。


 逆に魔法職でなかったら割とどうしようもない相手だ。高い物理耐性でもって接近戦を強いられれば、この巨体だ。あっという間に圧し潰される。


 相性による差が激しいピーキーなボスだった。

 こういうのがあるから、ソロはきついんよな。


「──《火の玉(ファイヤーボール)》!」


 短杖から火球が放たれる。

 直撃したゼリーは弾け飛んでブルースライムに分裂する。

 だがメイちゃんは攻撃の手を緩めない。


 ──《炎の壁(ファイヤーウォール)》!

 

 ──《燃え広がる海(スプレッドシー)》!


 ──《硫黄の嵐(サルファーストーム)》!


 ボス部屋は地獄みたいな光景に包まれた。

 凄まじいものだな。これが『マナ枯らし』か。


 ちょっとやり過ぎてる感じもするが、さっきのアレで精神的なダメージを負ったのかもしれない。ショッキングな出来事を払拭するための、言わばこれは八つ当たりに近い。

 

 メイジのストレス発散はこんな感じだ。

 なんか、マナが溜まり過ぎると暴力的な気分になるのだそうな。

 この子の場合はそれが顕著なのかもしれない。『マナ枯らし』ゆえか、それとも単純にそういう性質なのか。


 ──《燃え広がる海(スプレッドシー)》!


 ──《燃え広がる海(スプレッドシー)》!

 

 ──《燃え広がる海(スプレッドシー)》!


 もうやめて! スライムのライフはとっくにゼロよ!

 部屋の酸素がやばいことになってるって!


「きゅぅ~・・・・・・」


 目をバッテンにしてメイちゃんがぶっ倒れる。

 魔力切れじゃないな。酸素不足だろう。


「やりすぎだ馬鹿」


 魔術で生まれた炎は、延焼しない限りは長いこと燃え続けない。

 燃え移るものもなかったボス部屋は、やがて静寂に包まれるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ