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3 その名は処女迷宮

「くっ、殺せ」


 幾多もの手勢を討ち取ってきた姫騎士であったが、湧くが如く次々と現れるオークの群れに、ついにその剣は折れてしまった。


 虜囚の辱めを受けるぐらいなら、もはや是非もなし。よもやこいつらに武人の情けなど期待するわけじゃないが、せめて騎士として誇りを持って死にたかった。


 しかし、固く目を閉じて俯いた彼女に浴びせられた言葉は、残酷にして辛辣なものであった。


「ぶっひっひっひ。随分と手こずらせてくれたじゃねえか」


「おめぇ、まさか楽に死ねると思ってんじゃねえだろうなぁ?」


「こっちは相当な数やられちまったからなぁ」


「げっへっへっへ。その分また数を増やさなきゃならねえよなぁ?」


「だから今日からおめぇは──俺たちの孕み袋になるんだよ!」


 群がるオークの魔の手に、もはや姫騎士に抗う力は残されていなかった。

 乱暴に鎧を剥ぎ取られ、びりびりと引き裂かれる衣服。

 雪のように白い肌が露になり、汗に蒸れた肢体がほんのりと紅葉のように色づいて、かすかな牝の匂いが辺りに漂い始めた。


「やめろ! やめてくれ!」


 姫騎士の悲痛な叫びもむなしく、そして今、下着の最後の一枚がちぎり取られたのだった。

 それでもオークたちは手を緩めることはない。


 髪を掴まれ、引きずり倒され、手足を押さえつけられ、腰を高く持ち上げられた。

 誰にも見せたことのない部分を大勢の前に晒し上げられ、恥ずかしさと惨めさに目尻からは涙が溢れるのだった。


 ──ああ、姫騎士の運命や如何に!?



 次号は作者取材のため休載となります。

 もんぶらん先生の作品が読めるのはリリスマガジンだけ!!




「ここで終わるのかよ!?」

 

 ベッドに本を叩きつけた。

 おかしいだろ、いろいろと!

 エロ雑誌のくせにエロシーン前で引きを作ってんじゃねえよ!

 買った奴泣いてるぞ! 俺のように!

 しかも次号は休載とか読者舐めとんのか! 取材って何を取材すんだよ! 

 ちくしょう。一番好きな作家が──もんぶらん先生がドSすぎる件。


 ていうかこの姫騎士って、完全にエリン王女をモデルにしてるよな。

 いいのかこれ。不敬罪とかにならんか。

 改めて半裸に剥かれた姫騎士の挿絵を見ていると、あのときの記憶が少しだけ蘇ってきた。

 美しい裸体だったな。

 それが俺の身体に覆いかぶさって、鼻の触れ合う距離に彼女の顔があった。

 吸い込まれそうな、夏の海のように青い瞳は綺麗だったけど、残念ながら目の奥の光は完全にイカれていたんだ。

 本の中の姫騎士はオークに陵辱されてるわけだが、現実の姫騎士はゴブリンを陵辱する変態なのだ。


 でも可愛かったなぁ。

 おっぱい大きかったし。

 1センチぐらい入ったんだよなぁ。

 まさかリアルに「先っちょだけ」が存在したとは──。


 いや、夢だ夢。

 あくまで夢の記憶なんだ、これは。

 自分に言い聞かせて、でもやっぱり頭から離れなくて。──俺のムスコが逞しくなってきた。


「ごくり」


 と唾を飲んで、挿絵の半裸姫騎士を脳内で全裸にひん剥く。

 剥かれて現れるのは、やはりエリン王女だった。

 妄想の中であれば身分も肩書きもなくなる。好き放題に彼女を汚し、自分を慰めて眠った。




 翌日。

 今日は例の駆け出しと顔合わせの日だ。

 あれからすぐに連絡があって、二つ返事でOKを貰えたらしい。

 顔合わせの後はすぐにダンジョンへ向かう予定だ。なるべく早く終わらせて金を稼ぎたい俺としては、願ったり叶ったりだが、はてさてどうなることやら。


 思い出されるのはシェリンさんとのその後の会話。

 彼女が告げたダンジョンの名は『処女迷宮』という。ここらでは知らぬ者のない有名なダンジョンだった。

 攻略難易度は実に最低のEランク。


 熟練の冒険者であればソロでも簡単。初心者であっても二~三人でなんとかなる。

 駆け出しの冒険者が最初に挑むダンジョンのど定番。ついたあだ名が『処女迷宮』だ。

 

 だが待って欲しい。

 このダンジョンは今までたくさんの冒険者たちに攻略されてきた。それを考えると処女じゃなくてむしろ淫乱なんじゃなかろうか?

 見ろよこのボス部屋、ガバガバじゃねえか。順番待ちが出来てるぜ。


 そんなことを得意げにユーリちゃんに披露したらビンタを食らった。

 ユーリちゃんはきっと本当の処女なんだろう。


 まあでも丁度よかった。処女迷宮には毎年のことながら、ちょっとした野暮用がある。本来なら少し早いが、今いっても問題はあるまい。


「さーて、それじゃ行きますか」


 荷造りを終えた俺は、意気揚々と半分の林檎亭(ハーフアップル)を後にするのだった。





 集合場所は駅前に置かれたコボルト像前。

 その昔、冒険に出かけて帰らぬ人となったとある冒険者がいて、その古い友人だったコボルトの戦士が、いつまでも友の帰りを駅で待ち続けたという美談から、この像は建立されたのだという。


 泣かせる話だが、今じゃ待ち合わせ場所の定番と化しており、たくさんの人間がここらへんをウロウロしていて、情緒も風情もあったもんじゃない。


「いったいどんな連中が来るのかね」


 俺はといえば少々早く来すぎてしまって、今しばらく暇を持て余すことになりそうだった。

 何か面白そうなものはないかと辺りを見回すと、丁度からかい甲斐のありそうな集団が目に付く。


 それは手に手に『フリーハグ♥ 一回0G♥』の立札を持ったサキュバスの軍団。王都名物フリーハグサキュバスの連中だ。

 俺はその中の、見覚えのない顔の子に狙いを定め、むぎゅーっと抱きつきに行く。


 あー癒されるわー。

 抱擁という行為には心を落ち着かせる力があると思う。他者の体温を肌で感じることには、エッチなことは別にして、精神的な栄養素があるのだ。

 人それを、愛という。


「わ、わ、あ、ありがとうございまふ」


 お礼を言って抱き返してくるこの子は、少し初心(うぶ)な感じがした。

 角も羽もまだ小さくて、お尻からにょろんと出た黒い尻尾も細くて頼りない。


 見ない顔だし、やっぱり最近になって王都に来た子っぽい。身長がゴブリンの俺よりちょっと高いくらいで、だいぶ幼く見える。

 彼女は俺の精気をほんの少しだけ奪うと、なにやら唸り始めた。


「うにゅにゅにゅ・・・・・・」


 ほう。フェロモンを出したな。

 だが残念。俺にそれは効かない。

 覚えておくがいい。俺はサキュバスのフェロモン程度はレジストするのだ。


「おいナナシ! おまえ何やってんだよ」


 ウブちゃんを抱きしめたままでいると、後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、ばいんばいんのこれぞサキュバスって感じの妖艶な女性が立っていた。浅黒いチョコレートスキンのボディからは、本当に甘い香りが漂っている。


 なんだエンドラ(悪魔の林檎亭(サタンアップル)の娼婦・種族サキュバス)か。こいつとは古い付き合いだ。昔、店の用心棒なんかをやってた時期もあった。

 悪魔の林檎亭(サタンアップル)は我らが半分の林檎亭(ハーフアップル)の姉妹店。オーナーは同じだが、コンセプトは全然違う。


 健全な酒場宿と蠱惑的な娼館宿。林檎亭には二つの顔があるのだ。


無料(タダ)だったから」


無料(タダ)だけどおまえは駄目だ。営業妨害だこの野郎!」


 いつの間にかウブちゃんは俺の手を離れ、エンドラの後ろに隠れている。

 くそ、大事な栄養素が。


「何が営業妨害だよ。そもそも街中でフェロモン放出すんのは条例違反だろうが」


「へっ、そんなのどこの店だってやってることさ。──おまえ半分の林檎亭(ハーフアップル)を寝床にしてるんだろ? オーナーに言いつけて追い出してもらうぞ? うちのオーナーは元は凄腕の魔術師だったらしいからな。知ってるだろ?」


「よく知ってるよ。世話になったからな」


「てゆーか、こんなトコで何してんのさ? 女に飢えてんならウチに来ればいいじゃん。元同僚のよしみで半額サービスぐらいしてくれるかもよ?」


「俺の財布事情なめんなよ。八割引でも厳しいわ」


「ぷぷ。そんなんだから童貞なんだよ」


「ふっ──」


 不敵に笑ってやった。

 今までの俺と思ったら大間違いだ。

 今この瞬間だけ、あれは現実の出来事にしておこう。馬鹿にされないために。


「え、おまえ、まさかやったのか。卒業したのか?」


「ふっふっふ──」


「なんだよもぉー♥ 土下座してくれたらアタシが奪ってあげるつもりだったのにぃー♥」


 衝撃の事実。

 今から土下座しても遅いのだろうか。


「それじゃ今日は赤飯だ赤飯。みんな集めて卒業記念パーティーやろうぜ」


「やらねえよ! そんな恥ずいパーティーできるか!」


「えー、じゃあ今夜ウチ来いよ。酒は奢ってやるから、どうだったか聞かせろよー」


 豊満ボディを押し付けてくるそれは、だる絡みする酔っ払いの如く絶妙にウザい。


「それもパス。これから仕事だから、いつ帰れるかわからん」


 というか初体験の内容なんか言えるわけがない。

 俺が信じられないことを、どうして他人が信じられようか。


「ちっ、そーかよ。人がせっかく奢るって言ってるのに」


「ああ、悪いな、また今度」


「わかったよ。んじゃ、アタシらはもう行くから。──あ、それと」


 ん、と振り返ると、エンドラはしゃがみこんで俺を抱きしめた。

 ふわりと舞い上がる彼女の細やかな髪の毛からは、なんだかすごく良い匂いがした。


「改めて、お・め・で・と♥」


 ぽんぽん、と背中を叩かれる。

 くっ。

 これが、これがナンバーワンの技か。

 危うく惚れてしまうところだった。

 ひょっとすると、フェロモンが俺のレジスト防御を貫通したのかもしれない。

 エンドラ、恐ろしい子・・・・・・!


「あ、あの、すいません!」


 白目を剥いて雷に打たれていると、別の女の子から声をかけられた。

 なんだ、これまた見ない顔だな。

 人違いでもされてるのか、とここまで考えて、ようやく気が付いた。


「あ、ああ。えーと、もしかして依頼主の」


「はい! シェリンさんに言われて来ました!」


 なるほど。この子が例のメイジの子か。

 装備品、というか服装も野暮ったくメイジメイジしてる中、目だけはキラッキラに輝いている。いかにも駆け出しですって感じ。


「今日はよろしくお願いします!」


 元気いっぱいで大変よろしい。

 ぺこりと丁寧にお辞儀をするのもグッド。

 やや固くなっているが、全体的に礼儀正しい佇まいで好印象だ。

 ただひとつ、気になることがあるとすれば──


「君、歳はいくつかな?」


「じゅ、十六? 歳です」


 嘘つけコラ。

 設定を思い出すような間があったぞ、今。

 仕事上、これまで様々なパーティを目にしてきたが、ここまで小さい奴は初めてだ。

 俺の見立てだとこいつ、恐らく成人(十五歳)してない。

 未成年の冒険者ギルドへの登録は基本的に断っている。


 この子は俺とほとんど身長が変わらんし、見た目はヒューマンに見えるが、ハーフリンクだったとしてもかなり幼く見える。

 下の毛だって生えてるか怪しいもんだ。

 これはちょっと問い詰める必要があるな。


「本当に十六歳か?」


「は、はいっ」


「──いいか? 冒険者ギルドってのは、あんなんでも一応の公的な支援を受けている組織だ。そこに年齢詐称で登録をしてるってことは、何らかの罪でしょっぴかれてもおかしくない」


「・・・・・・」


「俺も法律に詳しいわけじゃないが、ギルド自体にも迷惑が掛かるかもしれないし、当然俺だって何がしかのお咎めを受ける可能性もある。それでも十六歳だと言い張るのかい?」


 子供に諭すように──というか本当に子供なんだろうけど──俺は問いかける。

 なんだか頭が痛くなってきた。

 せっかくのお仕事だってのに、こりゃ全部ご破算だな。

 だがそのとき──


「十六歳です!」


 お?

 まだ言うかこのじゃりんこは。


「シェリンさんが言ってました! 年齢のことで何か言われたら私の名前を出せって!」


「なっ」


「シェリンさん言ってました! ギルドで十六歳として登録している以上、絶対に十六歳なんだって! それを疑うことは、ひいては冒険者ギルドに対する背信行為と見なし、今後一切の仕事を融通しないって!」


「お、おお、ええ・・・・・・?」


「文句があるならかかってこい、って言ってました!」


 シェリン・・・・・・!

 俺は天を仰いだ。



「エンドラ」


種族:サキュバス

身長:170センチぐらい

特徴:立派な二本の巻き角、悪魔の尻尾、褐色の肌、娼婦

   ばいんばいん

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