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22 張り込みと潜入

『中層』に入ると途端に王都のイメージは変わる。


 普段俺たちがいる『下層』は、亡命者や路上生活者、その日暮らしの亜人たちでごった返しており、さらには鉄道が走り馬車が走りで、そこかしこに砂煙が立って埃っぽい。

 

 ところがここ中層に来ると、道はしっかりと舗装され、行き交う人々もそう多くなく、誰も彼もどこか余裕を持った上品さがある。

 そして何より違うのは、一気にヒューマンの割合が増えるということ。


 下層では亜人が六割ヒューマン四割といった感じだったのが、ここではヒューマンが八割以上を占めている。

 それもこれも亡命者の99%が亜人なもんだから、こういう言い方はアレだが、下層に亜人が吹き溜まりのように増えていくのだ。

 それだけ西側諸国の人種差別問題が深刻とも言える。



 そんなふうに社会問題について考えていると、さあ着きました、エンドラのアパートがこちら。

 中層では珍しくもない五階建てほどの安アパート。

 安いと言っても、あくまで「中層においては比較的」という枕詞がつく。下層に住む者にとってはとても手が出ない高級住宅であるのは間違いない。


 だが逆に言えば、王都トップクラスの娼婦でこの程度の住まいに落ち着く。

 王都においてセックスワーカーの地位はだいぶ低いと言わざるを得ないだろう。──その理由は恐らく、彼女らのほとんどがサキュバスだからか。


「──んで、このへんにあるという話だったな。ベラッカ組合の事務所とやらは」


 奇異の目で見られつつも道行く人に尋ねると、場所はあっさりと判明した。

 エンドラのアパートから通りを二つほど跨ぐと、遠慮気味に看板をこさえた何かの工房のような施設が現れる。

 看板には『ベラッカ組合』とだけ書かれてはいるが、これだと一見して何の建物なのかさっぱりわからない。

 

「めちゃくちゃ怪しいな、おい」


 誰に言うでもなく呟くと、俺は物陰に隠れつつ様子を窺うことにする。

 つまり、張り込みってやつだ。


 こういうときこそ俺の潜伏魔術が光る場面なんだが、節約できるうちは節約した方がいい。メイちゃんみたいにいくらでも使えるわけではないのだ。 

 

 そうしてしばらく張り込みを続けていると、急に肩を叩かれた。

 誰かを見張ってるときは自身の周りについて無警戒になりやすい。

 なので俺は超びびった。スカウト失格である。


「何やってんの?」


「──っ!? って、エンドラか。脅かすな」


 肩を叩いたのはエンドラだった。

 大声を上げなかったのは褒めて欲しい。


「おまえこそ、今は寝てる時間なんじゃねえのか?」


「あたしはお昼ちゃんと食べてから出勤するの。今はレストランの帰りだよ」


 こいつ、中層で外食ができるレベルなのか。

 さっき地位が低いとか言ったが、それなりに儲かってるのかもしれない。

 なんか紙袋抱えて買い物してるっぽいし。


「そうかい。俺は張り込み中だ。さらわれた人間が運び込まれるかもしれんだろ」


 そう言うとエンドラは「んー?」と唸った。

 なんだ。何かおかしいか?


「でも連中の手口って、『雇ってやるからついて来い』ってさらうんでしょ? さらわれる人がさらわれてる自覚なかったら、捕まえられないんじゃない?」


「──おまえ頭いいな」


 思わず感心すると、エンドラは呆れたようにため息をついた。


「ナナシってけっこう抜けてるよな。探偵には向いてねーわ」


「うるせえな。わかってるよ」


 頭を使うのは苦手だ。

 こういうシティアドベンチャーは勘弁して欲しい。

 情けないことを考えていると、腹まで「ぐぅ~」と情けない音を出しやがる。そういや起きてから何も食べてなかった。


「なんだ昼食ってねえのか。──ほら」


 エンドラは紙袋から、薄紙に包まれた何やら丸っこいパンを取り出す。

 何か言おうとした口に、無理やり突っ込まれた。


「むぐ。──あ、甘っ、柔らかっ」


「シュークリームだよ。食ったことねえのか?」


 ない。

 初めて食った。

 多分、下層の住民には縁のない食い物だろう。


「い、いいのかこれ。高級なやつだろ」


「いいよ。仕事仲間のお土産に買ったやつだし、全部食え」


 そう言って紙袋からどんどんお菓子を取り出すエンドラ。

 半端に餌をもらった俺の胃袋は、急速にぐるぐると唸り出すのだった。


「ほ、本当にいいんだな? 後で請求されても困るぞ?」


「いいっつーの。──ほら、あーん」


「いや、自分で食。──むぐ」


 駄目だ。口を開けると突っ込まれる。

 このシチュエーションは仲睦まじい恋人同士のそれというより、身長差も相まって親鳥が雛に餌付けしてるそれに近い。

 俺が仏頂面でもぐもぐ口を動かしていると、彼女はケラケラと笑い転げた。


「おいナナシ、ほっぺにクリームがついてるぞ」


「あん?」


 とっさに頬を拭おうとして、がっとその腕を掴まれた。

 ん、何の真似だ?


「あ、あたしが取ってやるよ」


 彼女はそう言って顔を近づけ、れろんと唇から舌を出す。


「お、おいコラ。ちょ、──あ!」


 ──そのときである。

 ベラッカ組合の事務所に、何者かがやって来るのが見えた。


「おい! 誰か来たぞ、見ろ!」


 俺は強引にエンドラの手を振りほどき、事務所を指さす。

 胡散臭そうな人相の男に連れられて、亡命者らしきドワーフの女性が、きょろきょろしながら歩いているのが見えた。

 

 すわ(かどわ)かしの現場か! と胸が鳴ったが、エンドラの言う通り、ここを押さえても何にもならない。

 どうにかして中の様子を探らなくては。


 これから中に潜入するぞ、そう言おうとしてエンドラを振り返ると、なぜかめっちゃ不機嫌そうな顔をしていた。こわい。


「え、エンドラさん? これから俺、中に潜入しようと思うのですが」


「あ、ああ。──しっかりやれよ!」


 ばしーん、と背中を叩かれる。痛い。

 だがこれで、あのドワーフの彼女がどういう目に遭うのか確かめられれば、ミッションの第一段階はクリアとなる。

 だが行く前に、万が一に備えて保険を掛けておくか。


「エンドラ。悪いんだが、ここで一時間ぐらい待っててくれないか?」


「ん、別に構わないけど?」


「それじゃ、三時になっても俺が戻らなかったら、官憲に通報してくれ。知り合いのヒューマンが無理やり連れてかれて、出てこないとでも言えばいい」


「ゴブリンじゃなくてか?」


「ああ。ゴブリンじゃ動いてくれんだろ、あいつら」


 これは偏見かもしれんが、少なくともヒューマンと言った方が官憲も動きやすいだろう。一応この国じゃゴブリンにも人権はあるが、亜人差別というのは根深い問題だからな。


 さあ、これで準備はOKだ。

 エンドラのお陰で腹も膨れたし、これなら最高のパフォーマンスを発揮できる。


「──それじゃ、行きますか」


 お得意の潜伏魔術をかける。──《透化(インビジブル)》──《消音(サイレンス)》──《無臭(オードレス)

 やっと本来の使い方ができるな。

 汎用性が高過ぎるのも考え物だ。

 

 姿を消した俺は、件の亡命者に混じって、中へ潜入するのだった。


「エンドラ」


性格:意外と優しい

趣味:外食、ショッピング、ナナシをからかうこと

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