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2 仕事をください 

「ユーリ」


種族:人間×エルフ

身長:150センチぐらい

特徴:わずかに長い耳、ウェイトレス、看板娘

 吾輩はゴブリンである。

 名前はもうない。


 あれからのことはよく覚えていない。

 どうやってこの宿に戻って来れたのか定かではない。


 ユーリちゃん(半分の林檎亭(ハーフアップル)の看板娘・種族ハーフエルフ)の話によれば、引き裂かれたボロボロの服で虚ろな目をして帰ってきたそうだが、思い出せない。

 そのまま全部忘れてしまえれば良かったのに。

 

 宿に帰ってから三日が経ったが、あれから特に音沙汰はなかった。

 諦めてくれたのだろうか。

 というか、夢だったんじゃないかとさえ思えてきた。


 国民的アイドルのお姫様に逆レイプされたとか、ないない。我ながら愉快な夢を見たもんだ。

 ははっ、ワロス。ち○こが痛いのは気のせい気のせい。服が破れていたのは、森の獣にでも襲われたんだろう。

 最近溜まってたからなー。適度に抜いとかんと変な夢を見るもんだ。


 そういや今日は『リリスマガジン』の発売日だ。先週は休刊していたから、今週は合併号のはず。──ははあ、だからあんな夢見たんだな。新鮮なオカズがなければ抜けんのだ、俺は。

 仕事帰りに買ってこ。


 部屋を出て階段を降りると、昼間っからエールを飲んだくれる根無し草どもが俺を迎える。半分の林檎亭(ハーフアップル)は今日も繁盛しているようで何よりだ。


「あ、ゴブリンさん。おはようございます。といってももうお昼ですけどね」


 ユーリちゃんがエールを運びながら挨拶をしてくる。


「おはよう。昨日の仕事は夜からだったからな。帰ってくるの朝だったんだよ」


「それは大変でしたね。よく眠れましたか?」


「まだちょっと眠い。──なんかオファーきてる?」


「なーんにも。今日はお休みになるかもしれませんね」


「そっか。まいったね」


 テーブルにつくと、行儀悪く足をテーブルに乗せて椅子を傾ける。

 俺の仕事。レンタルゴブリンは不定期かつ歩合制という安定感の欠片もないヤクザな商売だ。


 半分の林檎亭(ハーフアップル)のような冒険者向けの酒場宿には、冒険者に依頼する仕事が掲示板に張り出されている。


 依頼を受けたい冒険者はそれを見てあれこれ思案するわけだが、現状のパーティでは不安がある場合、新たな冒険者をパーティに迎えなければならない。

 しかしそれには時間がかかるし、報酬の配分で揉めるかもしれない。パーティを探している間に依頼が他に取られることもある。なんとも悩ましい問題である。


 だが、そんなときこそレンタルゴブリンの出番だ。


 一時間いくらの定額システムだから、依頼報酬を受け取ることはないし、面倒臭い雑用や荷物持ちを任せたっていい。さほど戦闘で役立つわけではないが、まったく戦えないわけでもない。


 ダンジョンであれば索敵や罠感知も請け負う便利機能つき。

 オプションで帰還石や回復ポーションの類もついてくる。

 料理に装備品のメンテナンス、果ては肩まで揉んでくれる。

 言わば冒険者(なんでも屋)が依頼する冒険者(なんでも屋)。それがレンタルゴブリンだ。


 この仕事、別にゴブリンである必要はないが、不思議とゴブリンが多いからそう呼ばれている。

 生まれつき魔力が高めで、ちょこまか小回りが利くからだろうか。

 とにかく、そんな至れり尽くせりなサービスだというのに、オファーが全くないとはどういうことだ。これじゃ来月の家賃が払えないかもしれん。


「ユーリちゃん、相談があるんだけど」


「お家賃は待ちませんよ? お金も貸しませんからね?」


「・・・・・・」


 釘を刺されてしまった。

 これはもう駄目かもしれん。

 

「あら、お出かけですか?」


「散歩」


 言葉少なに俺は席を立った。

 冒険者ギルドの方に行ってみよう。依頼内容はどこも同じだが、直接売り込めば仕事にありつけるかもしれない。

 ついでに『リリスマガジン』も。





 行き交う人の群れは黒アリの行進の如し。

 眠りを知らぬ王都の冒険者通りは、人いきれを孕むままに多種多様な亜人たちの坩堝となっている。

 三歩進めばエルフの旅人が、六歩進めばハーフリンクの乞食が、九歩進めばドワーフの手押し屋台とすれ違う。

 この国ではゴブリンやオークが街を歩いていても石を投げる奴はいない。


 大陸の東西に敷かれた長大な大陸鉄道。

 東の終点である王都駅前は、今日も亜人たちの亡命者でごった返している。

 西方の国々では亜人たちの人権を認めていない。


 ヒューマンを人種カーストの頂点とし、次席にエルフやドワーフ、その次にハーフリンクといった具合で、人間扱いされるのはここまでだ。

 リカント、ヴァンパイア、サキュバスあたりは迫害対象で。

 ゴブリン、オーク、コボルト、リザードマンなんかはほとんどモンスター扱い。


 特に借腹族(かりばらぞく)の筆頭たるゴブリンとオークは嫌われやすい。

 まったく狭量な国もあったもんだ。もっとも、世界的にみればこの国が異常なのだが。


 歩きながら駅を眺めていると、列車を降りた亡命者たちが、王都名物フリーハグサキュバスの一団に面食らっているのが見えた。

 彼女らの目当ては観光客だ。無邪気に抱きついてきたおのぼりさんをフェロモンで誘惑し、夜の店に案内してぼったくる。我が国のサキュバスどもは精気よりもお金にご執心なのだ。


 金の無さそうな亡命者には塩対応だから、彼らがぼられることはないだろう。早々に仕事でも見つけて、この国に慣れたら安心してぼられてくるといい。洗礼みたいなもんだ。


 駅前を背にして冒険者通りをひとつ曲がると、すぐに目当ての建物があった。

 ここに出入りする連中のガラの悪さが一際目立つ。

 冒険者って奴は独特の雰囲気があるからな。どいつもこいつもギラギラした目で人を見る。そうやって値踏みして、どちらが上かをまず測る。


「いよう兄弟。調子はどうだ?」


 うわ、さっそく知らない奴に絡まれた。ゴブリンにヒューマンの兄弟なんていねえよ。

 扉のすぐ横で座り込んで、酒瓶を呷りながら俺を値踏みしてくる。面倒臭い。

 

「さっぱりだな。俺はレンタルゴブリンなんだが、なんか仕事ねえか?」


「──いや、ねえよ」


 ちょっとだけ間があって、ぷいっと顔をそらされる。


「あ、そう」

 

 話の通じる奴で助かった。冒険者の中には、目が合ったら取り敢えず喧嘩するっていうアホもいるからな。野良猫かよと。

 そんなアホどもの予備軍であるところの俺にも、どうか仕事がありますように。

 祈りながらギルドの門をくぐるのだった。


 

 

 

 中に入ると、大して音なんか立ててないのに、一斉にして俺は視線を集めた。

 カウンターに立つ受付嬢。

 それと会話していた鎧の男。

 テーブルで軽食を楽しんでいた男女。

 壁を背に腕を組んでいたシーフ風の男。

 二階に続く階段から、こちらを振り返った高ランクと思しき冒険者パーティ。

 それぞれがそれぞれに警戒と緊張を孕んだ視線を送ってくる。

 

 一瞬の間を経て、なんだあいつかと、知った顔から視線がそらされる。

 怖いんだよおまえら。一般人だったらちびってるぞ。

 これだから冒険者って奴は。


「これはゴブリン様。本日はどのようなご要件でしょう?」


 受付のお姉さん(シェリン・マクローレン@ヒューマン28歳独身)がニッコリと微笑んでくれる。

 だがその優しげな雰囲気に騙されてはいけない。この国で喧嘩を売ってはいけない人のトップ10には入るお方である。


 カウンターの裏側では愛刀の真字正宗(マジマサムネ)が油断なく立て掛けられ、有事の際には容赦なく振るわれることになる。

 つい先日できたという新しい彼氏とは順調なのか聞きたいが我慢しよう。今日の目的はそんなことではない。


「あー、大したことじゃないんです。ちょっと仕事がなくて」


 俺の言葉を聞くや否や、シェリンさんはぱっと目を輝かせた。


「まあ! とうとうパーティを募集する気になったのですね!」


「違います。レンタルゴブリンの仕事を探しに来たんです」


「なんだ、そうですか」


 あからさまに肩を落とすシェリンさん。

 この人はやたらと俺に冒険者をしろと勧めてくる。


 昨今、王国内での冒険者の数は減ってきていた。

 本来は未開の地であった大陸の東側の開拓が、アルヴィア王国の建国によって爆速で行われた。その結果、未開地域のほとんどが失われた現在では冒険をする必要がなくなってしまった。


 今や冒険者の仕事は、突発的に出現したダンジョンの探索や、どこどこで○○を採取して欲しいといったお遣い、隊商の護衛任務などがほとんどで、昔に比べ夢のない職業に成り下がってしまったのだ。

 

 彼女は冒険者ギルドの主要構成員の一人として、この現状を憂いているのだろう。少しでもこの業界を盛り上げて行きたい。そんな健気な想いがある。

 あくまで建前は、な。


「ご期待に添えず、すいませんね」


「いえいえ、無理強いは出来ませんから。仕方ありません。──でもどうしてそんなに嫌がるのですか? お金が目的ならレンタルゴブリンなんかより稼ぎは良いと思いますよ?」


「人間関係が面倒臭いんですよ」


 報酬で揉めたり、男女関係で揉めたり、いろいろ見てきた。

 そうならないために信頼関係を構築すること。それ自体すら俺には面倒臭かった。


「ではソロでの仕事をすれば良いのでは?」


「ソロは危険ですから。行動不能に陥ったらアウトです。仲間がいないと駄目だ」


「・・・・・・」


 黙ってしまった。

 あなたが一番面倒臭いのでは? とその目が言っている気がする。

 仕方ないじゃないか。今のやり方が一番性に合ってるんだ。

 人間関係をあまり気にせずパーティに混じって仕事ができる。そのためなら薄給の雑用係で構わない。


「本当に変わった人ですね、貴方は。高レベルのスカウト技能持ちは結構な需要があるんですが、ああ勿体ない」


「需要があるなら仕事くださいよ」


「需要はあるんですが、仲良しパーティは部外者が入るのを嫌いますからね」


 言いながらシェリンさんはごそごそと書類をいじくり回し、お目当ての名簿を手に取ってカウンターに広げた。


「これなんかどうでしょう。駆け出しのメイジなんですが、なかなかパーティが集まらずに困っているみたいでして」


「俺はいいけど、そいつが欲しいのはパーティなんでしょう? レンタルゴブリンは恒久的な仲間ってわけじゃない」


「そうですけど、彼女──女の子なんですけどね──が挑戦したいと言っているダンジョンがありまして、二人以上で入ることを条件に許可したいと思っているんですよ。彼女の口ぶりから察するに、レンタルゴブリンでもきっと構わないはずです。それで今回そこに貴方をねじ込んでみようかと考えております」


「そ、そうなのか」


 ええー。

 でもいいのか、それ。

 気持ちは嬉しいが、なんだか嫌な仕事の取り方だな。弱みにつけ込むというか、足元を見てるというか。

 そんなやり方で入っても歓迎されないのでは。


「というか女の子一人って言いました? ゴブリンと二人きりとかまずいんじゃ」


「大丈夫ですよ。私から、信頼できる人物だから安心するよう言っておきます」


「むぅ。──まあ、わかりました。それではお願いします」


「はい。承りました」


 商談成立、といった具合にシェリンさんは微笑む。

 それにしてもダンジョンか。ダンジョン探索は久しぶりだな。最近は薬草採取とかの荷物持ちばっかりで少し食傷気味だった。


「ところでそのダンジョンってのは?」


「ああ、それはもちろん──」



 


「シェリン・マクローレン」


種族:ヒューマン

身長:160センチぐらい

特徴:つよい、冒険者ギルドの受付、冒険者

   彼氏持ち

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