11 毎年の恒例行事
「くっ、殺せ!」
馬乗りにされて、もはや身動きの取れないシェリンは吠える。
なんかどっかで聞いたようなセリフだな。
「殺さねえよ。こんなとこで殺してみろ。国中のお尋ね者にされるわ」
「では、どうする気・・・・・・どうなさる気ですか?」
あ、いつものシェリンに戻った。
完全に諦めたな。狂戦士モードは解除されたか。
「そうだな。ちょっとお仕置きをしようか」
「──え、えっちなことをする気ですか?」
しねえよ。
それも魅力的ではあるが、俺の目的は違う。
「最近彼氏ができたんだろ? そんなひどいことはしない」
「では、何を──?」
「その前にちょっと確認したいことがある。おまえ、俺の正体については誰かに喋ったか?」
「いえ。これは個人的な問題でしたので、誰にも」
「ギルドマスターにも?」
「言うわけがありません。あの人は真面目な方です。こんな私的な理由で職権乱用しているのがバレたら、クビにされてしまいます」
「だが人を使って調べさせていたんだろう?」
「私が探らせていたのは周辺人物についてのみです。それ以上のことは、私が独自に調べ上げて推理した結果ですから」
「それじゃ、書類などに記録を残したりは?」
「してません。マスターに見つかったら事ですので」
ふーん。
それだけ聞ければ十分か。
あとはいつものアレをやるだけだ。
俺はふところから、変態兄妹から受け取ったものを取り出す。
「──それは?」
それは婚約指輪でも入っていそうな、べっちんの小箱だった。
しかし中に入っているのは、彼女が全く想像だにしていない代物だ。
小箱を開けてシェリンに見せると、彼女は悲鳴を上げて顔を引きつらせた。
「ひっ! なんですかその気色わるいものは!?」
それは青白く半透明で、無数の節足を持ったムカデに似た魔法生物だった。針金ほどの細い身体をとぐろ巻きに丸めて、小箱の中に納まっている。
「可愛いだろう? 今からこいつをおまえの耳の穴に入れる」
「はっ!? じょ、冗談ですよね!?」
「冗談でも嘘でもない。入れるったら入れる」
俺は無慈悲に言い放った。
シェリンの身体ががたがたと震えだす。
蟲をつまんで取り出すと、眠りを起こされて機嫌を悪くしたのか、夥しい数の節足をせわしなく動かしながら、激しく身をよじり始めた。
それを見たシェリンの顔が絶望に色を落として、蠟のように白くなる。
「嫌っ! 近づけないで! お願い!」
「何をカマトトぶってんだ。おまえは処女じゃない。これはもう五回目だ」
「何を言って──!?」
「こいつは記憶を食べる蟲でな。覚えてないかもしれないが、もう五回目なんだよ。──まったく、いい加減にして欲しいね」
本当に、心底うんざりする。
この女は、何度記憶を消しても同じことを繰り返す。
何度も何度も何度も何度も、俺の正体に辿り着く。そのたびに理解しがたい理由で喧嘩を売って来る。もう今回ばかりは本気で殺そうかとも思った。でもやめた。
おまえのことは大嫌いだけど、曲がりなりにも、本当に曲がりなりにもだけど、俺を慕ってくれている人間を殺すのは、忍びないからだ。
「うそ、でしょ──?」
「嘘じゃない。おまえは0勝5敗なんだよ。毎度毎度ギリギリだがな」
シェリンは呆然としていた。
もう何が何だかわからない、そんな顔だった。
「さあ、もうお喋りは終わりだ」
俺はシェリンの顔を押さえつけて、その耳にポトリと蟲を落とした。
瞬間的に彼女の身体が大きく跳ねる。押さえつけた首筋から腕に至るまで、びっしりと鳥肌が立っていくのが見えた。
「嫌ああああああああああああああああああああああああああ!」
さぞ怖気の走る感覚を味わっているのだろう。
彼女は暴れに暴れた。
それでも俺は拘束を弛めない。
「ひぎぃいいいいいい!! 気持ち悪い気持ち悪いいいいいいい!!」
「暴れんなよ。大丈夫だ、蟲は役目を果たしたら溶けて消える。マナに還るんだ」
餌の匂いを感じ取った蟲は、するすると耳の奥へと入っていく。
「嫌っ! 嫌ぁっ! あひぃぃぃっ!」
「悪いな。忘却の魔術もできるんだが、おまえレジストするからさ」
「ひいぃ、うひぃっ!」
「こうするしかなかったんだよ。抵抗せずに受け入れれば楽になるぞ」
「あひっ・・・・・・ひっ・・・・・・」
やがて、激しく暴れていた身体は徐々に緩慢になり、眠るようにその力は抜けていった。そして、時折ぴくんと痙攣する以外は、ついに動かなくなった。
大きく見開かれていた目は光を失い、口はよだれを垂らしてだらしなく弛緩している。
もう拘束を解いても問題ないだろう。
彼女の意識が戻るまでの間に、部屋の掃除を行う。
散らばったものは元に戻し、壊れたテーブルなどは修復の魔術で直す。ちょっと継ぎ目が残ったが、まあ誤魔化せる範囲だろう。
最後に彼女を椅子に座らせて、俺は向かいのソファーに腰かける。
蟲は俺にとって都合の良い部分だけを的確に食べてくれる。すると上手い具合に、彼女自身によって納得のいく記憶の埋め合わせが行われるのだ。
しかしもう、これで五回目。
正体を突き止めるまでの間隔もだいぶ短くなってきた。
いい加減、俺としてはしんどい。
王都を離れることができれば、こんな苦労もしなくて済むんだが、どうしても離れられない理由がある。
この国でどうしてもやらなきゃいけないことがあるのだ。
そのためなら俺は──
「あぇ・・・・・・?」
シェリンの目に光が宿る。気が付いたか。
「あ、あれ、私、どうして──?」
混乱している彼女に、声を掛ける。
記憶を誘導してやる。
「もう、どうしたんですかシェリンさん? 応接室に入るなり、うたた寝しちゃって。疲れてるんですか?」
「え? 私、眠って・・・・・・ゴブリン様、ですよね?」
「寝ぼけてるんですか? ダンジョン荒らしの件で話があるって俺が言ったら、あなたがここに案内したんでしょう?」
「あ、ああ。──そうですね。そうでしたね、ええ」
彼女は居住まいを正し、俺にしっかりと向き直った。
もういつものシェリンに戻っている。
「まったく勘弁してください。救援要請が遅れたからって、代わりに俺を使うとか職権乱用ですよ。ぎりぎり何とかなったから良いものの、こっちは例のメイリーちゃんも一緒だったんですからね」
「よろしいじゃありませんか。たまにはまともに戦っておかないと、腕が錆びついてしまいますよ?」
探りつつ当たり障りのなさそうな受け答えをしておく。
どうやら完全に忘れている。今年も問題はなかった。
あるとすれば年々のドタバタが体力的にきつくなってきていることだろうか。
竜を喰ったこの身体は、二十代後半ぐらいのピーク時の肉体を維持しているつもりでも、実際はもう五十近いのである。
ゴブリンの年齢は他の種族からは良くわからないらしい。シェリンの目では、三十路のゴブリンも五十路のゴブリンも区別がつかんだろう。
俺もエルフの年齢については良くわからんしな。まああれは特別かもしれんが。
よっこらせっくす。
竜骨のヤギ杖をついて、ソファーから立ち上がる。
じゃあな、シェリン。
俺のことなんか忘れて、彼氏さんと仲良くしててくれ。マジで。
「アーダン・アインホール」
性格:主人公気取り、ハードボイルド気取り
称号:竜殺し
過去:いろいろあった