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1 第一章プロローグ 1センチの童貞喪失

「──」


種族:ゴブリン

身長:130センチぐらい

特徴:鋭い目、尖った耳、ワシ鼻、苔色の肌、一般的なゴブリンと同じ

   たぶん主人公

 息を切らしながら草木を掻き分けて走るゴブリンが一人。

 そう、一人だ。一匹ではない。

 この国でゴブリンを一匹と数える奴は差別主義者の(そし)りを受ける。

 俺は獣ではないのだ。


「待ちなさい!」


 待てと言われて待つ奴は愚かだ。俺は愚かでもない。

 しかしなんだ、見目麗しい女性に追われるというのは、ある意味では男冥利に尽きると言えなくもないが、実際に追われてみると、この感情はなんだ。

 こわい。恐怖を感じる。

 そうだな。これは紛れもなく恐怖の感情だ。


「待てって、言ってるでしょう! ──《稲妻(ライトニング)》!」


 ぴしゃーんと、すぐ後ろで雷が落ちる。空は晴れていたはずだが。

 魔法。魔術か。

 生来の魔力はヒューマンよりもゴブリンの方が強いらしいが、鍛錬次第でその差は簡単に埋まる。

 俺もそれなりには鍛錬してるつもりだが、この威力のものをまともに喰らえばひとたまりもない。


「こん、の、いい加減に──」


 一瞬だけ、思わず振り返ってしまう。

 女の顔が見える。

 その顔には見覚えがあった。もとい、この国の誰もが知っている顔だった。


 この国、アルヴィア王国の第一王女にして王国軍を支える現役の大武官。

 その名を、エリナーデ・フォン・アルヴィアという。

 姫騎士、姫将軍、王国の戦乙女、数々の異名と共に、国民からはエリンちゃんと親しまれる、王国のアイドル的存在。


 それがなんで。

 なんで俺を追ってくるんだ? ただの善良なゴブリンだぞ、俺は。


「捉えた!」


 一瞬の隙を突かれ、瞬く間に拘束される。しまった。

 いや、実際のところ追われている理由は知っているのだ。

 ただそれが、にわかには信じられないという話で。


「離してください! なんでこんな!」


「ごめんなさい。でも、もう一度お話を聞いてください」


 魔法だか何だかわからんが、俺の足首は見たことない植物の蔦でぐるぐる巻きにされていた。

 話を聞けと言われても。そんな馬鹿な話、信じられる訳ないじゃないか。


「私は覚者(かくしゃ)です。前世の記憶があるんです」


 そうだな。さっきも聞いた。

 覚者というのは前世の記憶を持つ者のこと。

 これは眉唾でもなんでもなく、事実として存在する。

 なんかの拍子にふっと前世の記憶が蘇るのだそうな。

 

 その数は案外に多く、百人に一人ぐらいは覚者だというのだから驚きだ。

 彼らは決まってニホンとかいう、えらく機械文明の発達した国の生まれだったと語り、この世界に珍妙な知識なんぞをもたらしたりしている。


 オーケイ、そこまでは信じよう。覚者は確かに存在するし、君は覚者なのかもしれない。

 しかし、しかしだな。

 

「前世で、私と貴方は夫婦でした」


 それはない。ないだろ、さすがに。

 信じられねえよ。

 この姫様はきっと善良なゴブリンをからかって遊ぶ趣味があるんだろう。


 大体なんで俺がその夫だってわかるんだよ? 

 俺は覚者じゃないぞ。当然ながらそんな記憶は一切ないんだ。


「本当なんです! そんな顔しないでください!」


「信じられません。あんまり担がないでくださいよ、姫様。そもそもなんで俺、いや私がその夫だってわかるんですか?」


「それは──でも本当なんです! 私にはわかるんです! 一目見た瞬間、わかったんです!」


 そう叫ぶ姫様の顔はあまりにも本気だった。本気すぎた。

 これが演技なら王国の将来は安泰だ。どんな腹芸だって出来るだろう。


 ていうか顔が近いな。

 人形のように整った顔、そこへ確かに血の通った赤みを帯びて、妖艶と少女らしさの狭間にその美しさがあった。

 子供と大人が同居しているような魅力。これが覚者の纏う雰囲気なのだろうか。


 その真剣な表情に不覚にも赤面してしまう。

 ゴブリンは借腹族(かりばらぞく)だ。男しか生まれないため、他種族の腹を借りて繁殖を行う。つまりヒューマン相手にも欲情してしまうのだ。


「ま、まあ話はわかりました。わかりましたから落ち着いてください。それと、もう逃げませんから拘束を解いてくれませんかね?」


「あ、すいません。でも、もう少しそのままで私の話を聞いてください」


 いや、拘束は解いてくれよ。

 もう逃げないって。逃げきれないってわかったし。


 やはりいきなり逃げたのは心証的に良くなかったのだろうか。

 でもいきなり目があった途端ダッシュで追いかけられたら逃げるって。

 剣とか持ってるんだしさ。


「──前世で、ニホンという国で私たちは夫婦でした」


 姫様はお構いなしに語り始めた。心なしかうっとりとした表情で。


「結婚をしたのは互いに二十六歳の頃で、貴方と私は大学生の頃からのお付き合いでした。ああ──大学生というのはこちらでいうアカデミアの書生のようなものですね──そこで出会い、数年間の大恋愛の末に、私たちは結婚したのです。ちなみにプロポーズは貴方からでした」


 長い睫毛(まつげ)を伏せて、楽しかったことを思い出すように姫様は言う。

 まったく思い出せないのが何だか悔しい。

 もっとも、未だに俺は信じきれていないが。


「私たちは幸運にも家族や友人に祝福され、お金にも幾分かの余裕があり、家を買って幸せに暮らしていたのです」


 へえ、としか言えない。

 冒険者ギルドの雑用レンタルゴブリンの俺が一国一城の主だったと。

 明日の宿代も危うい今の生活からは考えられん。


「でも私たちにはひとつだけ不満がありました。いつまで経っても子供が出来なかったんです」


 子供が出来ない。まあそういうこともあるだろう。

 ヒューマンはゴブリンに比べるといくらか子供が出来にくいらしいからな。

 ゴブリンの場合は繁殖力が高いせいか、何年も子供が出来ないという状況はまずない。しかも一度に三人ぐらい産ませる。三匹じゃなくて三人。ここ大事。


「やがて十年が経ち、二十年が経ち、とうとう子を産める年は過ぎて、私たちにも老いがやって来ました。もともと身体の強い方じゃなかった私は、病に伏せってとうとう死んでしまいました」


 はあ、と。

 相変わらずため息みたいな相槌しか出来ない。

 なんというか、やっぱり現実感がない。他人事にしか聞こえない。


「でも貴方は言ってくれたんです!」


 ぎゅっと、急に両手を握られる。

 柔らかで温かい手の感触に、再び赤面しそうになる。

 そしてやはり顔が近い。俺の尖った鼻に姫様の熱い息がかかる。


「死の間際に、私の手を握って、『いずれ俺もそっちに行く。生まれ変わっても絶対に君と出会って見せる。そのときはまた結婚して、今度はいっぱい子供を作ろう』。そう言ってくれたんです!」

 

 熱の入った語り口だった。

 しかし俺と姫様には拭いきれない温度差がある。

 これだけ聞いても俺の感想は、イイハナシダナーで終わってしまうのだ。

 なのに姫様はそんな温度差にも気づかず、ますます興奮した感じで強く手を握ってくる。


「あの、姫様、痛いです」


「だから! だから私たちはこうして出会えたんです! だから、だから!」


 鼻息が荒い。

 すごいヒートアップしてる。


 それにこの流れは、なんだか変な方向に行っちゃってないか。

 足を拘束されてる俺は、尻で後ずさることしか出来ない。


 それを逃がすまいと、姫様が後ろの木に張り手をかます。バン! と音がして俺は横にも逃げられなくなってしまった。


「だから、結婚をしましょう!」


 ひらひらと木の葉が舞い落ちてくる中、姫様の眼は獣のそれに変わっていた。

 俺の眼の方は点になる。


 この人は何を言ってるんだろう。

 ゴブリンが一国の姫君と結婚か。いいね、夢があるね。


 それが実現したら、いや、しそうになったら俺は多分消されるだろう。

 いくら色々と緩いところのあるアルヴィア王家といえど、そんなこと許されるわけがない。王国の何かしらの組織が動いて俺は殺されるわ!


「すいませんが謹んでお断りを──」


「──ゴブリンは、一度に何人も子供を産ませるそうですね」


 話を聞いてくれない!

 そればかりか馬乗りになってさらに顔を近づけてくる。

 

「姫様、その、お(たわむ)れを」


「好都合です。これはきっと、たくさん子供を産めるように、神様が仕組んで下さったんですね。私、もう我慢が出来ません! 自重するには、あまりにこの身体は若すぎる!」


 べりっと俺の服がむしり取られる。

 は?

 おい、やめろばか。

 マジでやめろ! 服を脱ぐな!

 こんなの誰かに見られたら俺は死ぬ! 消される!

 やばい。

 目の奥がハートマークだ。話が通じない!

 拘束したままだったのはこれが理由か!


「わ、私、こちらの世界では初めてなので、優しくして下さいね」


 拘束しておいて優しくもクソもあるか!

 おまえの腰使いひとつじゃねえか! 

 無駄に大事にしてきた童貞がこんなふうに奪われるというのか!

 うおおおおおおおおおお! 


「そんなに暴れないで! すぐに済みますから!」


「ちょ、ちょっと、本当にまずいって!」


「心配しないで。ここにはお忍びで来ましたし、ここまで深い森の中までは誰も来ませんわ」


「だからと言ってこんなの許されるわけが、あ──」


「まあ。そんなこと言って、下の方は正直ではありませんか。嬉しい!」


「やめて! 触らないで!」


 叫喚がこだまする森の中で、俺の意識は遥か遠い先祖に想いを馳せていた。

 大昔のゴブリンは人里から女をさらい、手篭めにしてその数を増やしていたという。借腹族(かりばらぞく)の宿命とはいえ、なんと酷いことをしたものか。


 これはその天罰なのか。先祖の業が今、子孫に罰として降りかかっているのか。

 無理矢理というものがこんなに怖いだなんて知らなかった。


「こうして既成事実を作り妊娠さえしてしまえば、父上の説得もしやすくなるはずです。どうか拒まないで下さい!」


「拒みます! 全力で拒みます!」


「駄目です! 前世の約束は果たされなければならないのです! ──入ります、入りますよ!」


「や、やめ、痛っ!」


 姫様の腰が下ろされた瞬間、激痛が走った。

 こういうのって、男の側も痛いものなのか?

 いや、なんだか妙だ。電気が走ったような感覚だった。


「あ、あれ? おかしいですね。よっ、ほっ」


「痛っ! 痛いっ!」


 姫様が腰を落とそうとするたび、鋭い痛みが先っぽを襲い、腰が弾かれてしまう。

 こ、これはひょっとして、何か結界みたいなのが張られているんじゃなかろうか。

 そういえばどっかで聞いたことがある。貴族や王族といった身分の高い女性は、暴漢対策としてこのようなバリアを張る魔術が施されることがあると。


「そんな、これでは生殺しではないですか!」


 電流処女膜女が叫ぶ。

 俺は普通に死にそうなんだが!


 もう頼むから諦めてくれ!

 1センチ! 1センチは入っただろ! 十分じゃないか!

 それ以上は俺のイチモツが灰になってしまう!


「も、もう、死ぬ──」


 これは新手の拷問道具かもしれない。雷の処女(サンダーメイデン)とかそんな名前の。

 薄れゆく意識の中で、俺は前世よりも来世のことが気になり始めた。




「エリナーデ・フォン・アルヴィア」 愛称エリン


種族:ヒューマン

身長:160センチぐらい

特徴:青い目、金髪、お姫さま

   処女


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