声
「やっぱさぁ、うちは声だと思うんだよねぇ」
学校で弁当を貪っている昼休み、私に向かい合うように座っている加賀がいきなりそんなことを言った。
「何、なんの話」
「うちの性癖の話」
キモ。さっきまで黙ってご飯を食べてたと思ったら急に性癖とか。やっぱこいつ友達にするの間違いだったな。
加賀が言うには、声、特に異性の低い声を聞くと胸が高鳴るらしい。その声で「ほらここがいいんでしょ」とか、「いけない子だね」とか言われるとすぐにでも自慰に移行してしまうとかなんとか。ガチでキモい。
ASMRとやらも勧められたが、興味がない。大体なんで声なんかで感情が昂るのか。
「私はそういう俗っぽい話無理」
「お高くとまんなよ岸本ぉ。高校生だって俗の一員でしょ?」
一般的に見れば、そうなのだろう。そう一般的に見れば。だけど私はその『一般的』とはどうしてもかけ離れている。だって私――殺し屋だし。
物心ついた時から、私は銃刀法違反を犯していた。親に捨てられ、拾われた先が不運にも殺人を生業とする組織で、そして不運にも私には殺しの才能があった。幾人も殺してきた。吐き気も忘れるほど血や内臓を見てきた。そんなことをこの歳まで繰り返してきたからか、ついた二つ名は「デスサイズ」。ダサい。
せめてもの救いだったのは、この組織が悪を悪で制す義賊的な振る舞いをしていることだが、その一環で同業者を殺したりもするので他の殺し屋組織からはひどく恨まれてるし、正直デメリットの方が多い。
今こうして高校生しているのも、女子生徒を凌辱した校長を殺して欲しいと依頼があったからだ。まぁそういうわけで私は、社会の暗部にしかいたことがないので好きとか興奮みたいな普通の人間が持ち合わせる感情に馴染みがないのだ。
「岸本も声の良さがいつか分かると思うぞぉ。救われる気がするっていうかさぁ。……あぁやばいムラついてきた、ちょっとトイレ行ってくる」
「キモい死ね」
私の返答も聞かず加賀は教室から消えていった。ったく、一般人に擬態するため加賀と絡んだというのに、あいつ私の組織の奴らより奇人なんだけど。
加賀に呆れつつ、ふと教室全体を見渡す。賑々しく数多の笑顔が散らばっていた。
和やかなものだ。これから、この学校の統括者が殺されるというのに。
『聞こえるかデスサイズ、ターゲットは今校長室で優雅にティータイムだ。例によって殺しの方法は君に一任するが、くれぐれも油断はするなよ。では、健闘を祈る』
放課後。私以外全員が帰った教室で、リーダーからの指令を受け取る。加賀の性癖を聞いたからか、声の方に気を取られて僅かに返答が遅れた。
校長殺しの手順は既に決まっている。女のこの身体を最大限駆使し上手く取り込んで、油断し切ったところを暗殺する。要はハニートラップ。他の手段として狙撃や毒殺も考えたが、女子生徒を犯すような外道なのだ。この方法の方が皮肉が効いて面白いし、何より確実だ。
校長室に辿り着き、扉の前で声と雰囲気をビッチな感じに変えてから侵入する。
「ねぇー校長せんせぇ? ちょっとぉ、相談してもいーい?」
無駄に豪奢な椅子に座るだらしない体型のおっさんが、舐め回すように私を見る。キモっ。
「なんでも相談してごらん? 私が力になろう!」
身の毛がよだつ優しい声を出す下衆に近づき、突き合わせるように奴の首に腕を回す。
「実はぁ、あたし行きたい大学あるんだけどぉ、成績足りないんだぁ。……校長せんせぇ? あたしの身体、欲しくなぁい?」
鼻息を荒くする下郎。今だな。
懐からナイフを取り出す。今校長は私の身体に夢中だ。背中に鋭利な鋒が向けられていることなど知る由もない。
そうして、愚漢の心臓目掛けてナイフを振り下ろすと――。
「君、デスサイズだろう?」
校長が、ぞっとするほど冷静な声で、そう言った。
刃を振り下ろす腕が止まった。……どういうことだ? その二つ名は暗部でのみ広まっているもの。一介の校長ごときが知るはずはないのに。
当惑する私など歯牙にもかけず、男は私の腹を殴った。たまらず男から距離を取るが、的確に溝を狙われた。痛みで思うように身体が動かない。これは明らかに、素人の殴りじゃない。
「ダメじゃないか。ちゃんと依頼主の出所は確認しなくちゃ。君は我が同胞を殺したんだ、報いを受けてもらうため、少々罠を張らせてもらったよ」
くそっ、そういうことか。こいつは私に恨みある別の組織の奴で、依頼主とグルってかよ。
騙すつもりが騙されていた。未だ呼吸が上手く出来ない私の眼前に、男は銃を突き付ける。躱すほど俊敏な動きは、出来そうにない。
……これは、まずいな。
「最期に言い残すことは?」
「死ね、よ。クソ野郎」
よろしい、と男は不快に笑って引き金を引いた。
パン。
私の脳天は――貫かれなかった。代わりに銃弾は、男の心臓を貫いていた。
「おまたせ、待った?」
呆然としていると、後ろから馬鹿みたいにカッコいい声がして、振り返ると加賀がいた。
拳銃を、携えて。
「コードネームボイス、リーダーの指令に応じ仲間の危機を救いましたってね」
仲間。ってことはこいつも裏社会の人間なのかよ。
私の同胞は、惚れてしまいそうな屈託ない笑顔を浮かべた。
あれ、何故だろう。今さっきこいつに助けられてから、こいつの所作やそれこそ声にやけに思考を持っていかれる。
あぁなるほど、これが。
「どーよデスサイズ、うちの言っている意味分かった?」
「すっげー分かった!」