井上慎司の場合
!○○○「パート2:井上慎司」○○○!
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僕は井上慎司。
今年でいくつになっただろう。もう覚えていない。それくらい長く、僕は刑務所の中にいる。
あの規制が入る前、僕はバトルあり笑いありお色気ありのファンタジーを書くライトノベルの小説家だった。
本もそこそこ売れていて、印税が入るのもそりゃ嬉しかったけど、何より売れた分だけ皆に楽しんでもらえているんだと思うと僕はそれだけで幸せだったんだ。
だけどあの年、あれだけの反対の中その全てを「オタクの妄言」と一蹴してあの規制は可決された。そして、僕を含めた多く人間が職を失ってしまった。
僕達はもちろん声高に撤回を叫んだ。ネットの世界では10万単位で反対の声が飛びまわったし、実際に大御所の漫画家たちが一斉に政府に交渉に行ったこともあった。
けれど、その全てが無意味に終わってしまったのだ。
あれから何年経つだろう。多くの声は聞き流され、改正案が撤回されることもなく、時間だけがいたずらに過ぎていく。
それまであれだけ自由であった創造の世界は壊され、僕達創作家はその存在すらも否定された。
多くの人々が悲しみながらも諦める中、それでも創造を、創作を、忘れることの出来ない、離れることの出来ない人々はアンダーグラウンドでその活動を続けた。
僕も、その1人。
だけどある時、どこから聞きつけてきたのか警官達が訪ねてきた。彼らの告げるたった一言で、僕は犯罪者となり拘置所に入れられた。
「公共良俗に反するものを作成している」
何のことだそれは。僕はただ普通に冒険の小説を書いているだけじゃないか。
「未成年の少年が剣を振るって生き物を殺害するなどもってのほか」
ファンタジーだ。あくまで生きるための戦いを描いているのであってこれは殺し方の教本ではない。
「――――反省が見られないな」
反省する必要なんてどこにあるんだ。僕達は規制されなくてはいけない理由なんてない。表現の自由を奪うな。
「………………連れて行け」
そうして僕は刑務所に入れられた。理由は公共良俗に反する作品を作り規制に違反した、というもの。
刑務所に入れられてからも僕は物語を作った。紙とペンが支給される間はそれで。それが駄目になったら自分の指を切ってその血で壁に。腕を封じられたら声で。
そんなことを続けていたら、僕は「現実と二次元を区別出来ない重度のオタク」と断定された。彼らにとってオタクはイコール狂人らしい。僕は拘束具を付けられ猿ぐつわをはめられ目隠しをされた状態で独房に入れられた。
――――――――――――何故? 何故? 何故?
何故この目を封じるのだろうか。何故この耳を封じるのだろうか。何故この声を封じるのだろうか。何故この思考を封じるのだろうか。何故この想像を封じるのだろうか。何故この心を封じるのだろうか。
書かせろ書かせろ書かせろ書かせろ書かせろ書かせろ書かせろ。僕に作品を創らせろ。想像させろ。世界を見せろ。
音を聞かせてくれ。歌声はどんなものだった? 人の話す声は? 雑踏は? 鳥のさえずりは? 犬の吠える声は? 笑い声は? 世界にはどんな音が溢れているんだ?
色を見せてくれ。草の色は何色だ? 花の色は? 空の色は? 雲の色は? 自分の目の色は? 髪の色は? 笑顔は? 世界にはどんな色が溢れているんだ?
匂いを嗅がせてくれ。食欲をそそる料理の匂いはどんなものだった? 草の匂いは? 木の匂いは? 布の匂いは? 世界にはどんな匂いが溢れているんだ?
味あわせてくれ。母が作る料理はどんな味だった? お気に入りのファミレスのハンバーグの味は? 食べなれたスナックの味は? めったに食べない高級寿司の味は? 世界にはどんな味が溢れているんだ?
感じさせてくれ。吹き抜ける風はどんな感じだった? 両手に抱く子供の温度は? 手をつないだあたたかさは? 真夏の焼けるような日差しは? 真冬の凍りつくような寒気は? 世界にはどんな感覚が溢れているんだ?
「ヴゥゥゥゥゥ」
僕は唸る。低く低く、涙なんてもう枯れ果てた。
「――――――――――――――――ッッッッ!!!!」
人の声とも思えない叫び声。気付くと僕が上げてる奇声。