ベランダと、みどり色の宇宙
朝起きると、世界が全て同じ色になってた。
何色かは分からなかった。
色が全部同じと言っても、全部一緒の色で逆に何も見えない、というわけではなかった。少し濃淡はあったから、文字も時計も読めたし、見つけにくかったけど髪の毛も拾えた。
色々困る人も居るだろうけど、少なくとも、私の生活レベルであれば、単色で充分なんだなーと思った。
私はベッドから抜け出して、部屋中をぐるっと見渡してみた。
「……いーじゃん」
目を覚ましてから、約5分。
極端に色の付いたこの世界を、私は既に受け入れ始めていた。
そのあと、私は財布をポケットに入れて、ベランダに出てみた。
「うわぁ……」
ふと空を見上げると、そこにあったのは、宇宙だった。
神秘的、という言葉ですら、言い表すには到底足りない。そんな濃縮された宇宙の色が、視界の全てを埋め尽くしていた。
「あぁ……」
どのぐらいの時間が経ったのだろう。
気がつけば、私はぽろぽろと涙を流していた。
「新鮮ですよね」
「わぁ!」
そんな時、突然、誰かに声を掛けられた。
驚きすぎて、涙も引っ込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
隣のベランダにいた彼は、心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫、です」
喋り方を思い出しながら、やっとの思いで返答する。
彼は動揺する私を気遣ってか、目を逸らして、空を眺め始めた。彼に合わせるように、私も街をボーッと見つめた。
「緑色の空、見てるだけで体調崩しそう」
多分独り言だったんだろうけど、沈黙が怖くて、私は思わず口を開いてしまった。
「この色、みどり、って言うんですね……」
「ん?」
「……いや、何でも……ない…………」
彼は多分、気づかなかったフリをしてくれたのだろう。
気づかないはずがない。
だって、私は話している途中からずっと、泣いていたのだから。
「パトカーがそこら中で鳴ってますね。信号が同じ色だからかな?」
馬鹿な話だった。
「うぅ……」
私は、今更になって、これが現実だということに気づいたのだから。
私はその後も、緑色の空を見るたびに涙を流し、泣き止んでを繰り返した。
そして、涙が枯れる頃には、隣のお兄さんはいなくなって、パトカーの音も街から消えていた。
私はふと、ポケットに何か入っていることに気がついた。
取り出してみると、それは財布だった。
「そっか、もういらないじゃん」
私は中から手帳を取り出し、二階のベランダから投げ捨てた。
障害者手帳。
私はこの世界を、受け入れることにしたのだ。