婚約破棄するやつなんて殺されてしまえばいいのよ!……え?本当に殺されてしまったの!?
「それでね、今日アリサに来てもらったのは話したいことがあってね……」
私の正面に座っているメアリは、暗い顔をしてそう言った。
メアリから「話したいことがあるの。出来れば私の家で二人きりであわない?」と手紙をもらった時は、てっきり最近仲良くしている婚約者とのノロケ話を聞かされると思っていたのだけれど、どうもそういう雰囲気じゃなさそうね。ケンカでもしたのかしら。
私は目の前にある紅茶をすすり、メアリが再びしゃべり出すのを待った。
「……そのね、私、オスグレイさんに婚約破棄されたの」
ブッ!!
メアリの衝撃発言に、私は思わず口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。
……え!?あのメアリ大好き男が婚約破棄!?三度の食事よりもメアリが大好きなオスグレイ男爵令息が!?あり得ないわ……
「そ、その考え違いとか聞き間違いとかじゃなくって?」
私は持っていたハンカチで机に散った紅茶を拭きながら、メアリに問いかけた。
「私もそう思って何度も聞き返しましたの!でもオスグレイさんは『真実の愛を見つけてしまったのだ』と言ってらっしゃって……」
メアリはそう言いながら胸元のロケットペンダントを手でギュッと握る。
あのロケットペンダントは確か、オスグレイ……いやカスグレイからの贈り物だったわね。首元に付いているハート型の金属が横にスライドするタイプの物で、確か中には美しい宝石が入っていたとか何とか。以前メアリが嬉しそうに話していたわね……
そんなメアリに向かって、真実の愛を見つけたから婚約破棄だぁ!?そんなこと許されるわけないじゃない!真実の愛なんて、メアリの笑顔に比べたらゴミよゴミ!
「メアリ、それはきつかったわね。でもそんな奴とは別れて正解よ!そんな屑、生きてる価値もないわ!婚約破棄するやつなんて殺されてしまえばいいのよ!」
私はそう叫んだ。言い訳をするようであれだが、カスグレイに対する憎悪で心が一杯になっていたので、口が悪くなってしまったのは正直仕方がない事だと思う。というかむしろよく言ったわ、私!
でも、私はこの日の発言を少しだけ後悔することになる。
翌日騎士団が私の家にやってきてこう言ったのだ。
「オスグレイ男爵令息殺害の容疑で、アリサ・ペンドラゴン伯爵令嬢を逮捕する!!」
……いやなんで!?
牢獄って思っていた以上に汚いのね……
騎士に連れられて入った牢獄は、下は地面がむき出しになっており、そこら辺をネズミがドタドタと走り回っている。一応トイレは外から見えないように布で覆われているが、それ以外の場所は正面の鉄格子の隙間から容易に除くことが出来る。プライバシーも何もあったもんじゃないわね。
「はぁ、なんでこうなったのよ」
「そりゃお嬢ちゃんが罪を犯したからだろうよ」
「だ、誰!?」
私が大きな声を上げるとそれに応えるように正面で動く者がいた。私の鉄格子から通路を挟んでさらに向こうの牢獄。そこには三十歳ほどの、背の高い手かせをはめられた半裸の男がいた。……って半裸!?
「あ、あなた上の服は!?」
私は手で目を押さえながら正面の囚人に聞く。
チラッ、結構いい体つきをしているわね……男性の腹筋を見るのは初めてだわ。銀色の髪もなかなか艶があるじゃない。こんな劣悪な環境なのに一体どうしてなのかしら……
「そんな初々しい反応が返ってくるなんて驚きだね。まさか凶悪犯のお嬢さんが男の裸を見たことがないとか言うのか?冗談だろ?」
男が馬鹿にしたようなオーバーリアクションを取る。
「そ、そんなもの見たことありません!そ、それに私は殺しなんかしてません!冤罪なんです!」
「ほお、冤罪ね」
「そうなんです!でも騎士団の人たちはろくに確認もしないで……」
「……なるほど。嬢ちゃん、あんたの事件に少し興味が出てきた。良かったら俺に詳しく教えちゃくれねえか?」
男が顎をなでながら少し楽しそうに言う。
こいつ、私の不幸話を笑おうとしてるのかしら。……でも残念ながら今の私には頼れる者など存在しない。こうなったら犯罪者でもなんでも頼ってやろうじゃないの!
「なるほど。つまりお嬢ちゃんの親友としゃべっていた内容が何故か騎士団に知られていて、それだけで何故か騎士団に捕まってしまった、と」
「そうなんです!おかしいところだらけでしょう!!」
「まあ確かにな。でもしゃべっていた内容が騎士団に漏れていた理由は普通に考えたら一つしかないだろう?お嬢ちゃんの親友が密告したんだよ」
「で、でも……」
確かにこの男の言うことは的を射ている。冷静に考えれば騎士団に密告したのはメアリしかありえない。そんなことは分かっている。それ以外の可能性を模索するのが馬鹿らしいぐらい、メアリが密告したとしか思えない。
でも……
「私の親友はそんなことする人じゃありません!!」
私の発言に、男は驚いたように目を丸くする。
「カッカッカッ!偉いお人好しだね!あんたそんなんじゃ損ばっかりしちまうぜ?」
「親友を疑って利益を得るぐらいなら、信じて地獄に落ちますよ!」
「カッカッカッ!こりゃあいい」
男は私の発言がツボに入ったのか、目の前の牢獄内で笑い転げている。
……なにかしらこの男。やっぱり話さない方が良かったかしら。
「カッカッカッ!ああ、すまねぇ。ずいぶん笑っちまったようだ。あまりの甘い考えがおかしくてよ!」
「甘くてすいませんね!」
「まあお嬢ちゃん、そうカッカすんなよ。……それに今回の件に関してはもしかしたらお嬢ちゃんの言うとおりかもしれないしな」
……え?
「そう驚くなよ。てれるじゃねえか」
「ど、どうしてメアリが密告したんじゃないと思うんですか?」
「そりゃあよお、俺は貴族についてあんまり詳しかねえが、貴族ってのは自分で茶をいれるものなのか?」
お茶?確かにメアリと話していたときに紅茶を飲んでいたけど。
……って、あのお茶誰が入れたの!?
「なるほど。その反応、さてはお茶を入れた奴のことが思い出せねえな?だったら話は早いぜ……お嬢ちゃん、さてはサキュバスに魅了されたんだろうよ」
「……サキュバス?」
「そう、魔眼を持った悪魔のことだ。戦闘能力自体はたいしたことねえが、一睨みするだけで簡単に人間の体を操っちまうばけもんさ。お嬢ちゃんはその瞳で記憶を改ざんされたんだろうよ」
サキュバス……物語で名前を聞いたことはあったけど、あれって空想上の産物じゃないの!?本当に存在するの!?
「おおかた殺された男が、サキュバスの大好きな美しい宝石でも持ってたんだろうよ。だから周りから怪しまれることのないよう親密な間柄の者と関係を断ち切らせ、その上で宝石を奪って殺したんだ。お嬢ちゃんは逃げ切るまでの一時的な目くらましってとこだろうね。運が悪かったな、お嬢ちゃん」
それってオスグレイさんはサキュバスに操られてただけで何も悪くなかったってこと!?……散々罵っちゃってごめんなさい、オスグレイさん。
しかしサキュバスの大好きな美しい宝石ね。美しい宝石、最近どこかで聞いた気がするんだけど。宝石、ほうせ……
「あ~~~~~!!!!」
「おお、どうしたお嬢ちゃん。とうとう頭が壊れちまったか!?」
「た、大変なの!!ど、どうしよう!!」
「おい、落ち着け、お嬢ちゃん。何が一体どうしたんだ」
「その、サキュバスが好きな宝石、オスグレイさんは持ってないの!」
「そんなことはねえだろ。サキュバスは理由もなく人を襲ったりはしねえぜ」
「そうじゃないの!確かについ最近まではオスグレイさんが持ってたかもだけど、彼はその宝石を人にあげたのよ!……私の親友のメアリに!!」
「な、なんだって!!」
ど、どうしよう!このままだとメアリが死んじゃう!ここから出ないと!ここから出ないと!!
私は鉄格子の下の地面を手で掘り始めた。地面はとても硬い。鉄格子をつけるためにしっかりと固められているのかもしれない。でも、そんなこと構っている暇じゃない。一刻も早くここからでないと。手が痛くなろうとも、血が出ようとも、爪がはげようとも、私はここから出ないといけない!
「……い、嬢ちゃん!おい、嬢ちゃんってば!」
男の声が聞こえて、私はようやく我に返った。ふと手を見てみると何個か爪がはげ、血だらけになっているのが分かった。不思議と痛みはなく、しびれるような感覚が手を包み込んでいた。
「わかったから、お嬢ちゃん。だから掘るのを止めな」
「で、でもメアリが!」
「大丈夫。俺がここから出してやるからよ!」
男がそう言って手かせをはめたまま胸を張った。
「で、でもどうやって?」
「ああ、それでちと頼みがあるんだが……お嬢ちゃんの血をこっちの牢獄まで届けてくれないか?」
「……血?」
「そう、血だ。一滴でいいんだ。こっちの牢獄に届きさえすればいいんだ。親友を助けたいんだろう?」
……そうだ。私はメアリを助けに行くんだ!悩んでる暇はない!
「そう、腕を大きく振って指先の血を飛ばすんだ。そうだ!」
男の誘導に従って飛ばした私の血は、向こうの牢獄の鉄格子に一滴ぽつりと張り付いた。
「そうだ!よくやった、お嬢ちゃん!それじゃあいただきま~す!!」
男は舌を伸ばして鉄格子についた血をなめる。
するとその瞬間、男の銀色の髪の毛が背中を伝って全身を伝うように伸び、男の爪が動物のように鋭くとがり、男の目は瞳孔が縦に伸びた。
「ワオオオオオオン!!」
男は叫んだ。人間の声と言うよりもどちらかと言えばオオカミの遠吠えに近いような気がした。
「はあ、ほんと馬鹿で助かったぜ!」
男は軽々とつけられていた手かせを粉砕すると、鉄格子に手をかけ、これまた紙でも折り曲げるかのように簡単にひん曲げた。
「ありがとよ、お嬢ちゃん!」
「……すごいわね。私の檻も壊してくれるの?」
「カッカッカッ!お嬢ちゃんは筋金入りの馬鹿だ!そんなことするわけないだろ!!」
男は牢獄から出るとゆっくりと肩を回した。
「そうですか。では私は掘って出ることにしますね」
「掘って出れたら監獄じゃねーだろ!ほんと頭が悪いんだな!」
「……そうかもですね。でも私この方法しか思いつきませんから」
「俺に頼めばいいじゃねえか!」
「……さっき私の檻は壊さないって言ってませんでした?」
この人馬鹿なのかしら……
「違うだろ!お前が懇願して頼んでも、それを鼻で笑って断るのが真の悪党なんだよ!!もっと焦れよ!もっと恐がれよ!もっと人を疑えよ!!」
「まあ確かにカチンとは来ましたけど、今回の事件の真相について教えてくださったのはあなたですし……それになんだかあなたのことは嫌いじゃありませんから」
なぜなのでしょうね。犯罪者の事を嫌いになれないなんて、すごく不思議な感覚ね。
「……甘いな、嬢ちゃん。いつか痛い目みるぜ?」
「そうかもしれません。でもそういう生き方しか知りません」
私は男の目をジッと見つめる。彼の目は銀色にランランと輝いており、とても力強く感じる。でも、なんだか同時に、さみしいようにも感じた。
彼は私の目を少しの間睨み続けていたが、すぐ目をそらしてこう言った。
「……チッ。分かったよ。俺の負けだ」
バコン!と大きな音と共に私の牢獄の鉄格子に大きな隙間が出来る。
「お嬢ちゃん、その親友のおうちに案内しろよ。連れて行ってやるからよ!」
「さて、オスグレイからもらった宝石はどこにあるのですかぁ?」
「……」
「はぁ~、魔眼も困りものねぇ。人の行動を操るのは簡単なのだけど、何かを聞き出そうとするのはすごく難しいわねぇ……もう、殺しちゃおうかしらぁ」
「カッカッカッ!それは困るね!」
パリーン
部屋の窓ガラスが割れると同時に、銀色の髪の毛に包まれた男と女の子、つまり私が部屋に飛び込んだ。
「って、三階まで飛ぶんだったら先に言ってください!」
「振り落とされないようにって忠告したろ?」
「あの台詞の後に五メートル近く跳躍されるとは思わないじゃないですか!!」
「あらあら、入ってくるなり騒々しいわねぇ」
声のした方を向くと、きわどい服を着たすらりとしたお姉さんが立っていた。……なんて服着てるのよ!!
「目え見んなよ。お嬢ちゃんが向こうの傀儡になるのは面倒だかんな」
「はい!」
私は女性から目をそらし、私とメアリがいつも話をする机と椅子を見る。
あれ?あそこに誰か座ってる……ってメアリじゃない!
「メアリ!」
「おい!」
私は男の静止を無視してメアリに近づく。
「メアリ!メアリ!大丈夫なの!?返事をして!!」
一生懸命揺すってもメアリは返事をしない。目がうつろで焦点が全く合っていない。
「お嬢ちゃん!離れろ!」
男の声が聞こえた瞬間、メアリが動いた。私の右手を左手で押さえ、右手で机の上にあったナイフを私の首元に当てたのだ。
「な、なに!?メアリ、どうしたの!?」
「馬鹿な女ねぇ。その子はもう私の傀儡。私の目が届く範囲なら私の思い通りに動くただの人形なのよぉ」
「クッ、おいてめえ、さっさとお嬢ちゃんを離しやがれ。さもないと」
「さもないとぉ?あなたが一歩でも動いたらその女の子を殺すわぁ。あなたがどんなに素早く動いてもその距離じゃ間に合わないわよぉ、半人間さん?」
私のせいだ……私が何も考えずに動いちゃったから……ごめんなさい
サキュバスはメアリと男を視界に入れながら、じりじりとこちらに近寄ってくる。
このままだとメアリの命も私の命もそれに宝石まで奪われちゃう!どうしよう!
……宝石?そういえばあいつ宝石がどこにあるか分からないって言ってなかった!?
私は空いている左手で、メアリの胸元にあるロケットペンダントを触る。ハート型の金属をスライドさせると、左手に何やら硬い物が転がり込んでくる感触がある。
「サキュバス!あんたが欲しいのはこれでしょ!受け取りなさい!!」
私は左手にある物を大きく振りかぶって投げた。
一瞬でそれが何かを理解したのか、サキュバスは私が投げた物に視線を移す。移してしまった。
「お嬢ちゃん、やるじゃねえか!」
サキュバスがメアリから視線を外したことで、メアリの体が糸の切れた人形のように力なく崩れる。
それと同時に、男がサキュバスの首元を爪で切り裂くのが見えた。
それから騎士団が到着して、私たちは取り調べを受けた。
取り調べの最中に、私を捕まえた騎士団団員がサキュバスによって魅了されていた事が分かり、さらに回復したメアリの丁寧な説明によって、私は晴れて無罪放免となった。
男は結局また牢獄に入ることとなった。彼は私に「摂取した血液が少なすぎて逃げれねえと判断しただけだ。お嬢ちゃんが凶悪犯を脱獄させた罪を犯さないようにするためじゃねーからな!」と言っていた。やっぱり憎めない人だ。
その後、彼が一体何の罪を犯して投獄されているのか調べようとしたが、伯爵家の者では知ることの出来ないレベルで情報規制されていることが分かっただけだった。……あの人は一体何をしたのやら。
まあ、もう関わる事は二度とないのだろう。そう考えると少しさみしいような気持ちがした。
「で、お嬢ちゃんは今度は何をやらかしたってんだい?」
「冤罪なんです!」
「ほお、冤罪ね。まあ、今回も話ぐらいは聞いてやろうかね」
向かいの牢獄にいる彼は、口についた金属のマスクをもごもごしながら、カッカッカッ!と笑った。
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