撤退後のそれぞれについて
姉妹の逃亡後、それぞれの視点にて。
誰の視点なのかはsideにて確認ください。
side 失踪姉妹 ルーシー
「そっち行ったわよ!頼んだわルシ!」
「任せて、姉さん!」
私は急カーブで突撃してきた魔物を得意の氷魔法で足元を凍らせ、動きを止めたのちバッサリと切り捨てた。
「やるう〜さすがルシ〜これで今日の依頼達成ね!さてもう終わりにしよー?何だかお腹減っちゃった!もう今すぐ帰って熊の手亭で冷たいビールとソーセージ食べたい!」
「はいはい、わかったわ姉さん。帰りましょ」
こと切れた魔物から必要な素材を切り取りカバンへ入れる。
余った肉は綺麗に処理して肉屋へ。
皮は加工品を取り扱う店に。
細々とした事だが人任せにしないでこちらで処理してから納品すると値があがるのだ。
後ろで「早くぅ〜」と叫んでいる者がいるが無視無視。
この手間が生活向上の肝なのだから。
家を出て早1年と少し。
私たち姉妹はラゼルとルーシーと名前を変えて、とある国で新進気鋭の新米冒険者として暮らしている。
最低ランクで登録し1ヶ月で3ランクも駆け上がり、所属のギルドをザワつかせたのは、いい思い出だ。
他国民かつ低ランクからのスタートという事で最初は色眼鏡で見られ、からかわれたり、意地悪もされたが、力こそ全て!な姉が文字通りチカラでねじ伏せたお陰で今は不自由は無い。
姉の、力こそ全てーーどこぞの覇王かな?
とも思う思考だけど、当の姉がこの言葉を存外気に入っており、あの凛とすました淑女な姉はどこへやら…逞しく美しい脳筋な姉へと変貌を遂げた。ほんと人間は変わるものである。
私はそんな姉のパーティーメンバーの付属品として目立っている。
魔法士と騎士の女2人パーティーだが魔法では右に出るものが居ない姉と、魔法と剣を使いこなしてトリッキーに戦う妹…向かうところ敵無しで依頼達成率100%!な我が姉妹は臨時パーティーとして加入してくれ!と希望が後を絶たない。
高収入になりそうな大規模迷宮探索などの依頼時には仲良いパーティーと組んで挑んだりもしている。
日々が忙しなくスリリングで楽しく…あの苦痛な4年間は何だったのだろうと思う限りだ。
命を懸けて暮らしているというリスクはあるけれど、あの家にいた時だっていつ罪を捏造されて何処ぞのブタ親父に売られるかと思うリスクを考えたら、こっちの生活の方が何万倍もマシである。
ギルドによって依頼達成の処理をしてもらいながら、私は定期的に入手している隣国…もとい祖国の貴族新聞を手に取った。
手を切ったと言ってるのに何故祖国の貴族新聞?と思うかもしれないが…「わぁお!予想通り…」思わず声が出てしまった。
「どうしました、ルーシーさん?あ、手続き終わりましたよ!本日もスピーディな依頼達成ありがとうございました。」
受付のお姉さんが不思議そうな顔の後、笑顔で現金を渡してくれた。
「なんでもないです。ちょっと懐かしい人の名前を見つけまして。姉が喜ぶと思います。今日はもう熊の手亭で晩酌スタートしてるので…もりあがりますよ今日は。他の人たちにもお伝えください。今日は我がパーティー宵の逃亡者は明け方までいくと宣言します!」
「わぁ!ほんとですかー?!じゃあ私も業務終わったら顔出しさせてもらいます。ラゼルさんもルーシーさんも酔うと面白いんだもん!」
手にした新聞を握りしめ、軽く受付のお姉さんに手を振ると私は足取り軽くギルドを出ると我慢できずに大声で叫んだ!
「いっっ!いゃったーーーー!ざまぁみろ!クソ女ーーー!あははははは!!」
姉さん!予想通りだよ!
ほら見た事か!クソ女とクソ親父もクソ兄も皆まとめて地獄行きだ!!!
「姉さんみて!みてよこれ!!!」
転がるように駆け込んだ店の中で、私の異様なテンションに少し引き気味な姉が訝しげにこちらを見る。
「なによルシ、珍しいわね?あんたがそんなにテンション高いなんて。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ!これこれ!これみて!ほらここ!」
興奮が冷めない!私は焦る手で新聞のとある記事を指さした。そこにはーーー
「ぎゃはははは!!!ざまぁみろクソ女!」
とても愉快な記事が乗っていたのだ。
※※※※※
sideマルチェラ
大好きだった2人の姉が突然消えてから早半年。
私たちゴート伯爵家は暗く落ち込んでいた。
ある日突然、大好きだった2人の姉たちが家から居なくなった。
本当になんと前触れもなく…義父は泣き、義兄は暗く俯いた。
姉たちの手紙には不思議な事が書いてあり…私には身に覚えもないんだけどな…
手紙にはこんなことが書いてあった。
…私が居ると姉たちが何らかの罪を背負うことになるから私と一緒には暮らせない。
自分たちは消えるから達者で暮らして欲しい。
伯爵家からは破門で構わない。
死んだと思って欲しい。
遠いどこかで2人で暮らすから決して探そうとはしないで欲しい。
当面の生活の為貴金属を持っていく。
消える我が子への餞別と思ってほしいーー
え!やだ貴金属持って行ったの!?
姉様達ズルい!
もしかしてアレも?
気になって宝物庫を見に行ったら、お義父様におねだりしていた大粒のダイアのネックレスが消えていた。
あれはこのゴート伯爵家に代々伝わる家宝のネックレス。
お義母様が着けてたのがとても素敵で、欲しかったのに。
そういえばと姉たちから譲ってもらった形見分けの品も確認したら消えていた。
ほとんど使ったことないけど、やっぱり大粒の宝石が付いてて…大きいのいいなぁって兄様に呟いたら姉達に交渉してくれて譲ってもらったの…。
やだ、必要なら言ってくれたら返したのに…。
ドレスなんかもあらかた消えてて…居なくなるならせっかくだし貰おうと思ったのに何にもなかった。
ほんと姉達は意地悪なのよ?
悲しみに包まれた家にずっと居たくなくて、私はパーティーに1人で参加していた。
お義兄様も気晴らしに行っておいでとおっしゃったの。
お姉様達と一緒じゃないから参加するのは緊張したのだけど、見知らぬ男性達がとても優しくしてくださったわ。
お姉様達の失踪について嘆く私を慰めてくださったの。
中でも公爵家の次男であるマーカス様は泣く私の涙をハンカチで拭って下さって…
「君の涙はとても澄んでいて可憐だ…美しくて息が止まるほど…」
なんて言ってくださったのよ。
今度公爵家のバラ園にご招待してくださるってお約束もくれて…私舞い上がるくらい嬉しかったの!
あぁ…でも予定を調整しないとね。
今度、お義兄様の婚約者であるコートニー伯爵令嬢が傷心の兄様を慰めにくるというの。
私も同席しないといけないから。
…え?同席の必要はないって?
やだ…必要だわ!
お義兄様は嘆き悲しんでいらっしゃるのよ?
コートニー様と私と2人で慰めてあげた方が元気がでるじゃない?
1人より2人のほうが良いに決まっているもの。
だから…えぇ、決して2人の仲を邪魔しているわけではないのよ?
そうなのよ?
誤解しないでね…ふふふっ。
※※※※※※※
sideフェルナンド
妹達が消えてしまった。
ある日突然なんのまえぶれもなく。
残された手紙を読んだが…まるで自分達は何も悪くないような書き方をしていた。
自分達にこそ非があるくせに謝ることもせずに逃げ出すとは何事だ!
それに貴金属も盗むなんて…貴族の子女として何を考えているのかと問いただしたい!
怒り狂う俺を他所に父さんは
「あぁ…ラゼリア、ルシア…なんてことだ…シルフィーになんて言えばいいんだ…」
と死んだ母へ詫びるばかりで役に立たなかった。
違うだろ父さん!
アイツらは窃盗犯に落ちぶれたんだ!
母さんの思い出のペンダントなんかもあらかた盗んで行きやがった!
あのペンダントはマルチェラが欲しいとねだっていた我が家の家宝。
伯爵家に嫁ぐ者に引き継がれてきた物だったのに!!
もう二度とあれを身につけたマルチェラが見られないかと思うと悔しくて可哀想で胸が張り裂けそうだ。
え?なんでマルチェラが伯爵家に伝わる家宝を貰えるのかって?
それは…この伯爵家を継ぐであろう私が…いや、この思いはまだ秘めたるものだ。
私には婚約者がいる。
婚約者であるコートニー伯爵令嬢とは、今度会う予定だ。
その時に…この私の逸る気持ちを伝えなければならない。
男としてケジメをつけなければ。
彼女には悪いが、俺は真実の愛を見つけてしまった。
昔から事ある毎に虐められていたマルチェラ…
それなのにあの心が綺麗な子は、性悪姉妹の失踪に涙し悲しんでいた。
その涙は清く美しくて…時が止まるようなそんな姿であった。
あの涙を見た時から、俺は隠していた気持ちを封じるのを止めた。
俺は傷つけられたマルチェラを守っていきたい。
二度と我が姉妹たちのような悪辣な者に傷つけられることのないように。
あぁ…マルチェラ…この思いを受け止めてくれるよな?
※※※※※※
sideコートニー・エバンス伯爵令嬢
私はコートニー・エバンスと申します。
伯爵家の長女ですが家督を継ぐわけではありません。
長男であるリアムお兄様が家を継ぎます…なので私は…他家に嫁がねばなりません。
私の婚約者はフェルナンド・ゴート伯爵令息です。
お兄様のお友達でもあるフェルナンド様はとてもお優しくて、いつも私を気付かってくださる紳士でありました。
ですが…ここ2年くらいからでしょうか…フェルナンド様とお会いする時に、結構な頻度で義理の妹君であるマルチェラ様がご同席なさるのです。
緊張しいであるフェルナンド兄様を励ましたいの!と仰っておりましたが…正直言いますと緊張してても良いのです。
私はフェルナンド様と2人きりでお話ししたいのですが…マルチェラ様にそう遠回しでお伝えしても
「気にしないでくださいね!」
と言われて…寧ろ気にして遠慮して欲しいとも言えず私は常にモヤモヤしておりました。
時折、屋敷の中で他の妹君であるラゼリア様とルシア様に謎の
「クソ女に気をつけて」
「あの子に会わぬよう家に来てはダメです」
とご忠告を受けて…私は更に胸がモヤモヤとしていたのでございます。
そんな折の事でした。あの家の姉妹が失踪したと連絡を受けたのは。
貴族令嬢の失踪なんてとんでもないことです。
誘拐かと思ったのですが…何やらご事情がある様子。
詳しく聞かせてもらえないかとゴート伯にもフェルナンド様にもお願いしたのですが、他家の事なので遠慮頂きたいとのお返事があり、居なくなった原因は分からずじまいでございました。
落ち込む伯爵と、何やら憤慨するフェルナンド様、特に気にすることもなく家宝の宝石まで盗んだのよ?とカラリと笑うマルチェラ様。
三者三様でーーなにやら空恐ろしいものでありました。
そんなゴート家を見守っていた私にある日突然謎の手紙が届きました。
内容はとても口には出せません…
これが本当になるのなら…私は…。
怖くなった私は手紙をお兄様へ託しました。
私を可愛がって下さっているお兄様なら決してこの手紙を悪く扱わないでしょう。
神様、審判の日は近いのでしょうか?
私は今度、あの家に行きます。
あぁ、嫌な予感が拭えないのです。
あの手紙に書いてあった未来が、現実になる様な気がしてなりません……