戦略的撤退ですよ!姉様!
悲劇のヒロインちゃんぶる悪い子が墜落する話が好きです。良い子には活路を、悪い子には…
ガチャーーーン
あーあ、あの茶器お気に入りだったのに…
そんな事をボーッと考えていたら、目の前にあらせられる我が家の姫がシクシクと泣き始めた。
「ルシア姉様……ごっごめんな…さぃ…わっ私ワザとじゃ…あっっ…」
はいはい、わかっていますよ。
ワザとじゃないんですよね?はいはい。
あと知ってますよ?この後ーー
「どうした、マルチェラ!またルシアに虐められたのか!」
ほーらね、予想通り。
実兄であるフェルナンドの登場ですよ。
やけに時計を気にしながらお茶飲んでるなぁ〜なんて思ってたんだけど、やっぱり罠だったか…
兄様の到着時刻、計算してたの?
「フェル兄様…ちがっ…わたっ私がいけないの…私がいけないから…だからルシア姉様が…」
は?私がいけないから?
だからなんだって?
その謎の…を止めてもらえます?
まるで私が茶器を貴女に投げつけたみたいな空気つくらないでもらえますか?
ただ肘が茶器に不自然に当たって落ちただけですよね?
そこを詳しく言ってもらえませんかねー??
「ルシア!!お前はなんど言ったらマルチェラに優しくできるんだ!今日のお茶会も前回マルチェラのドレスを破いたお前が彼女に謝るためのものだろうが!!」
あのですね?言わせてもらえるなら言いたい。
アナタの姫は、非常にドン臭くてですね?
ドレスを庭木に引っ掛けたのに気が付かずに、そのまま帰ってきた兄様に駆け寄ったせいでビリっといっただけなんですよ?
それをお決まりの
「あっ…姉様…ごめんなさい!!」
で何故か私が破いたみたいな空気になって、そのせいで謎の謝罪お茶会になったんですよ?
あのですね?
追加で言わせていただけるなら、私はほんと、なーんにも謝罪する必要ないわけで??
私が目の前の茶番劇を半目で眺めていたら、何も言わないことに業を煮やした兄は、震える姫の手を取って「行こう!マルチェラ!こんな妹と一緒に居るべきでない。私が…私が君を守るから!」と言い、ひと睨みしたのちに、乱暴に出ていった。
※※※※※※※
「あんたもバカよねークソ女と関わるとロクな事起きないってわかっているでしょ?なのにさー?必要もない謝罪お茶会なんてするから〜あーほんとバカ!」
寝しなに開かれたお茶会…
ー通称クソ女被害者の会ー
私をバカ連呼するのは実姉のラゼリア。
深い藍色の髪を綺麗にたなびかせる美女だ。
出るとこは出て凹むところは凹む、見事なスタイルを持つ艶やかな宝石のような彼女は、、クソ女もといマルチェラに婚約をめちゃくちゃにされた、被害者その2である。
マルチェラは父であるライモンド・ゴート伯爵の親友であった、コルトン子爵の忘れ形見だ。
不幸な事故で亡くなられたコルトン夫妻の一人娘であるマルチェラは6歳にして天涯孤独の身となった。
コルトン子爵の親戚一同から引き取り拒否の姿勢を取られたマルチェラは、あわや孤児院行きになる寸前で我が家に引き取られたのだ。
それ以来10年、彼女は我が家で暮らしている。引き取って数年、彼女と私たち家族はそれなりに仲良くしてきたのだがーー4年前母が流行病で亡くなってから、段々とその片鱗を見せ始めた。
一番最初の被害者は私だった。
私が近隣領の男爵の嫡男とお見合いをした事に遡る。
2つ年上の男爵家の嫡男とお見合いが決まった時、母の死で暗くなった我が家は、お見合いを成功させてこの空気を払拭させよう!と意気込んでいた。
当事者の私は緊張でガチガチ!なのに…
「あっ…お姉様…ごっごめんなさい!今日がお顔合わせの日でしたのね…私また…お願い姉様……!叱らないでっっ!!」
我が家の庭園を散歩しましょうと、令息を連れ出し歩いていたその先に突如現れたマルチェラは、何も言ってもないのにシクシクと泣き始めたのだ。
白銀に近い金糸の髪を風で揺らし、庭園で摘んだ花を手に持ちポロリと涙をこぼし許しを乞う彼女はそらもう可憐で…我が家に見合いにきた彼は私に目もくれず彼女にゾッコンとなった。
人が恋に落ちる瞬間を真横で見ていた私は緊張が取れ一気にシラケてバカらしくなった記憶がある。
もちろん見合いが上手くいく訳もなく、婚約先をマルチェラに変更出来ないかと要望が入った。
なのに当事者になったマルチェラは
「そんなつもり…なかったのに…姉様ごめんなさい」
とのこと。
その時の彼女を見て(あ…この子ヤバい子かも?)と一抹の不安が過ぎったのだが、予想は的中する。
次の被害者は姉であるラゼリア姉様。
姉様の被害は私より酷い。
5年も連れ添った婚約者を横取りされた挙句、またもポイ捨てされたのだ。
マルチェラ曰く第2のお兄様として親しくしていただけでそんな気はなかった。
惚れられると思わなかったから驚いている。
姉には申し訳ない事をした…怒ってるよね?虐めないで怖いっっ!!とのことだ。
惚れられると思わなかった?その割には婚約者が家に来る度に顔を見せに行き長々と談笑していた。
姉の【いい加減空気読めよボケカス!】な絶対零度の視線もサラリと躱して何処吹く風。そんな彼女を傍観していた私は、姉の敗北を早期に感じており…案の定の結果になった時は「だから言ったでしょう?家に婚約者呼ぶなって…」と慰めにもならない言葉しか掛けられなかった。
あれからずっとマルチェラから謎に敵対され、私と姉様は家に居ても居場所がない。
この家の男性陣はすでにマルチェラに骨抜きにされており、その筆頭は父と兄である。
やっても無い虐めを叱責され、可憐なマルチェラに嫉妬しいびる極悪姉妹としての名を欲しいがままにしていた。
その名は事もあろうに、血を分けた父と兄から社交界にも流され私たち姉妹は自身の貰い手を探すことも出来ない状況へと陥っている。
それならば、いっそのこと……
「ルシ?そういえば、調査結果でたわよ。」
さっきまでバカ連呼していたラゼリア姉様が不敵に笑いながらそう告げた。
「調査結果って…あの子の親族の?」
「そう。あのクソ女の親族が何故あのクソ女を引き取らなかったのかの調査結果。いやー大枚はたいて調べた甲斐があったわ。見てよこれ。そりゃ引き取りたくないわよね?だってあのクソ女の母親、同じよ?全く同じ。血の力を感じるわ〜そりゃこれだけ引っ掻き回されてたら関わりたくないって思うわよね?」
私は報告書を受け取ると中身を確認し思わず目が点となり「なにこれ…」と呟いてしまった。
そこに記された…まあ見た事聞いた事、体験したような事の数々!
やれどこぞの夫婦を破綻させたとか、どこぞの家庭を崩壊寸前まで掻き回したとかそんなエピソードのてんこ盛りだ。
わかる、わかるぞ姉よ。
血の力をすごーく感じる。
「これは、、すごい。触るな危険、触ったら最後ってヤツね…」
「そうよ。関わったが最後、破滅まで一直線よ。我が家はもう破滅の道上ね。」
なるほど…姉がやけにご機嫌に見えたのは、やけっぱちになっていたからか。
「このままいけば、いずれ私かルシのどちらかが、やっても無い罪で捕まったり破門されたりしそうね〜」
「罪を捏造されると?」
「さぁどうかしら。でも今日のお茶会事件の話を聞く限り、近い未来な気がするわ。さてさて破門され家から蹴り出される前に自責の念でも綴っておきましょうか?マルチェラ様〜今までの御無礼許してくださいぃ〜って。はっっバカらしい!!」
姉はそう言ってどこから取り出したのか酒を飲み始めた。
そのお酒、父様の秘蔵のお酒では?
「飲まなきゃやってらんないわ!」
そんな姉を横目で見つつ、私はずっと…ずっと考えてた事を口にした。
「ラゼリア姉様、家をでましょう。」
家を出る。
それは今しがた思いついたことでは無い。
ずっと考えていたことだ。
被害者ムーブで私たちを攻め立てるマルチェラ。
そしてそれを擁護する実の父と兄。
一部のメイド達はマルチェラの事を憤慨しているが、言うても雇用主である父の意向には逆らえず申し立てるわけにも行かない…
つまりこの家には私たちの味方がいないのである。
そんな四面楚歌な家にいつまでも住んでいられるか?
明日にも背後から刺されるような、そんな気持ちで寛げると言うのか!とそう考えていたのだ。それにーー
「姉様、私たちにはあの子には持ちえないものがあるわ。」
「はあ?何かあったっけ?地位も名誉も失墜気味で未来も希望もないし、なんなら罰だとか言われてお小遣いすら削られて?その削られたお金はクソ女に取られている哀れな私たちになんの力があるって?」
いい感じに酔い始めたラゼリア姉様は愚痴っぽく管を巻く。
「姉様、我が家はこの国きっての魔法士輩出の家系ですね?」
「そーね、一応ね。」
「姉様は、父様や兄様より対魔法戦に於いては負け無しですよね?私も剣を用いての複合戦だとそれなりに戦えます。」
「それなり〜?はぁ?断トツで強いじゃない。私だって勝てないわ。ルシア、魔法と剣を使用しての実戦様式に於いてアナタの右に出るものはいないのよ?王宮の魔法士団長にスカウトされてたじゃない?」
「そうですね、あの時は謙遜してお断りしてしまいましたが…よく考えたらそういった道もあったわけです。」
「そういった道…魔法士団に入って魔法剣士となるってこと?」
「はい。でももう王宮騎士になりたいとは思いません。試験に合格して騎士になったとして騎士伯にでもなったら、結局社交界に繋がってあの子から攻撃されかねませんから。悪逆騎士なーんて言われたらたまったもんじゃありません。でもね、姉様?この家に縛られなくたって私たちには力があります。1人で生きていける力が。父様達に頼らなくったって、この力さえあれば何だってできると思うのです。」
「力…力こそ全て…」
「そうですよ、姉様。力そこ全てです。手に職ある私たちはこの家を出ても生きていけます。姉様、私はもうこんな家、嫌です。やってもないことで父様や兄様に叱られて、下げたくもない頭をあの子にさげる。屈辱しか生まれないこんな場所から逃げてしまいたいのです。」
「ルシア…」
「姉様…ラゼリア姉様。お願いです、私と一緒に逃げませんか?」
「ルシア…」
姉様は黙り込むと俯き黙り込んでしまった。
やっぱりダメかな…?
貴族の身分を捨てて生きていこうなんて。
生粋の貴族である姉様。
凛として佇む姿は社交界で青薔薇の淑女と…
あの子が騒ぐまではそう言われていた。
そんな姉様に身分を捨てて逃げないかと、そんな事をお願いしてもーー
「ルシア…ルシア!ルシア!ルシア!なんてこと!あなたって子は天才なの?!そうよそうよ!逃げちゃえばいいのよ〜!そうすれば煩わしい我が家からもマナーだルールだに縛られる社交界からもおさらばできるじゃない!え、名案すぎない?なんで思いつかなかったの私は!もう、ルシア〜天才!私の妹、可愛くて強くて天才とか隙が無さすぎるーー!!」
姉様はガバリと顔をあげたかと思うと、満面の笑みで私をぎゅぎゅうに抱きしめた。
「こうしちゃいられないわ!思い立ったら吉日というわよね!今日出ましょう、今すぐ出ましょう!ルシ!最低限の動きやすい服と、売ったら金になりそうな貴金属をかき集めてきなさい!装備の整備も忘れずに。持ってく剣は嵩張るから2つまでね!あ、私の取っておきのマジックバッグあげるから必要なものと金目のものを詰め込んでおいで!」
さっ、、さすが姉様!行動力の鬼!!
「わかったわ姉様!そうね今すぐ出ましょう!」
「私は今からクソ女の寝室に行って泣き喚いて取られた貴金属を回収してくるわ。ドレスとかも…クソ女の手元に残すとか言語道断。引きちぎるか売っぱらうかしないと気が済まないから!ふふん〜超強力な睡眠魔法かけてやる!3日は昏倒してるがいいわ!あ、父様と兄様にも!絶対に逃げ切ってやるんだから!この恨み晴らさでおくべきか!あはははは〜」
酒の力も相まってか姉様はとってもご機嫌だ。
こんなに機嫌のいい姉を見たのは、数年ぶりである。
「姉様、私のもお願いね。腹立つから残しておきたくない。母様から貰ったエメラルドのブローチ…あれほんと悔しかったの。回収してきて!」
「わかった!覚えてるから任せといて!私も形見分けのサファイアのペンダントは絶対に見つけ出して回収する!」
姉様も取られてたものね…母様の形見のペンダント…止めてと言ってるのに、兄様を味方につけてぶんどっていったのよ。
ほんと、あの子ってばろくでもないわ。
「じゃあ、解散!2時間後にまたここで!」
姉は素早くチェストからマジックバッグを取り出すとあの子の部屋の方へと消えて行った。
さて私も動こうか、金目のものをかき集めてこよう。
売りさばいて旅費の足しにするんだ。
そしてこの地から離れよう。
大好きな姉と共に。
私たちを知らない所に行って新たな人生を始めるのだ。
しっぽ巻いて逃げるわけだけど、これでいい。
戦略的撤退ってことで!
いつまでもこの家にいて、父様や兄様っていう、味方でなければいけない人たちからも疎まれて、あの子に怯えて生きるくらいなら離れて生きる方が精神衛生的にも健やかだ。
それにこのままこの家にいたらあらぬ罪を着せられて破門…ならまだいいが、どこぞの金持ちのブタ野郎の妾に売りに出される可能性すらある。
そしてその売られた金はマルチェラ…あの子のドレスになったりするのだ…考えただけで寒気がする!
考えながらも手は動く。
マジックバッグいっぱいに、金目のものを詰めた。
宝物庫に置いてあった母のお気に入りの大粒ダイヤのネックレスも拝借しておいた。
このままいくとあの子の胸に輝くことになる。そんなこと、父達が許しても私達が許せない!
2時間後、姉の部屋に集まった私たちは
誘拐などではなく自主的に姿をくらます旨を手紙にしたためて長年暮らした屋敷を出た。
数時間は誰も起きてこない様に睡眠の魔法を私と姉で重ねてかけた。
姉曰く「クソ女と父様と兄様は超超強力な睡眠魔法もかけてきたから1週間は眠りっぱなしよ!」
とのことだ。何にせよ追っ手が掛かるのはだいぶ遅くなるだろう。
探し始めた頃には、私たちはもうこの地にはいない。
この国にさえも居ないかもしれない。
さよなら皆さん、もう二度と会いませんように。
妹、ルシアちゃん視点でお送りしました。
ラゼリアお姉様21歳
妹ルシア16歳
悲劇のヒロイン、マルチェラちゃん15歳
フェルナンド兄23歳
でお送りしてます。
飲酒は15からOKなふんわり異世界としてください。。