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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

徒然掌編集 零 ~あつまれ短編作品のMemento mori~

Ever Constant LOVE ~かわらないもの~

 わたしの彼氏、桜田 結人。

 身長一八五センチ、体重七五キロ。筋骨隆々、壮観な顔つきの――一言でいえば男前なひと。まるで少女漫画のヒーロー。

 完璧でかっこいい、わたしの自慢の幼なじみであり、彼氏だった。

 ――そう、「だった」のだ。


「俺、女の子になってる……?」


 勇気を出して家に誘った日、その翌朝のことだった。

 一緒のベッド、わたしを抱き枕のように抱いて寝てくれた、翌日の朝。知らない女の子の声。

「ヒナミ……ヒナミ! 起きてっ……!」

 少女の声に起こされると、目の前には金髪の小さな女の子がいた。

 そばに愛しき人の姿はなく、かわりにその女の子がいたのだ。

 必死に「俺は結人だ」と叫ぶ少女、というか幼女。

 信じられない、と頭を抱えたが――まあ、結論から言おう。


 その女の子はまさしく結人で間違いなかった。


 ただし、TS病なる不治の病にかかってしまったのだという。


 ――性機能退行症候群。通称TS病。

 読んで字のごとく、性的な機能、要するに性器の機能が弱まったり、重症になるとそれそのものが消えてしまったりする極めて珍し……くもない病気。

 性機能の衰えに伴って体まで中性的になったり、場合によっては幼くなってしまったりする奇病なんだとか。

 結人はここのところ不調だったらしく――何が不調だったのかはあえて聞かなかったけど――それがそのTS病の前兆だったそうだ。

 ちなみに珍しくはないが、最近発見された新種の病気であるため、治療法はまだ確立されていないんだとか。つまり、彼女を彼に戻す手段はないというわけで。

 とどのつまり、そんな奇病のせいで。

 わたし――沢井 ヒナミの男前な彼氏は、か弱い小さな女の子になってしまったのだ。


 ――というのが、一か月ほど前の話。


 当初は戸惑っていた彼も、一か月も経てば落ち着いてくるというもの。天性の精神の強さもあったのだろう。

 学校に復帰してから半月くらいしか経っていないのに、もうわたしのサポートも必要ないほどには、結人――改め、ゆいは、女の子としてクラスになじんでいた。

「ゆいー、今日スイパラいこー」

「いいな。分かったぜ」

 新しく作ったゆいの友達――一言でいえばケバケバの頭が悪そうな、クラスカースト上位グループのリーダー、通称ギャル子である――と話してるゆいを横目に、わたしは教室の隅でトマトジュースをすする。

「……ゆい、口調変わってるね。なーんか男っぽいってか」

「んなこたないと思うけどな。てか変わってないはずだし」

 ――本当に、変わってない。いや、女の子としては変わってるけど。

 多分後者のことを言ってたギャル子は「やっぱ変わってるってー」なんて言って笑う。

 ――わたしのほうが、ゆいのこといっぱい知ってるのに。

 ジェラシーってやつだろうか。ぷーっと息を吐くわたしにゆいは気づいたようで。

「なぁ、あいつも――」


「そーいえばさー、沢井 ヒナミっているじゃん?」


 話をぶち切るように、その名も知らぬ友達は、へらへらと話題を変え。

「ヒナミ――沢井さんがどうした」

 低い声色で、ゆいはギャル子をにらむ。けど、ギャル子は大した脅威を感じなかったようで。

「アイツさー、一緒にいるとどーしても場がしらけるんだよねぇ。だから呼ばないほうがいいよ?」

 ――どうやら、わたしがこの場にいないと思ってるらしい。

 ゆいはあくまで転校生で、夏休み前まで同じ席にいた「桜田 結人」という人間ではないことになっている。

 名字は変わっていないから親戚ということになっているが、内部事情を知っている人間などどこにもいない。彼と彼女が同一人物だと知る人間は、少なくとも私を除いてこの場にはいやしないのである。

 ――わたしがいじめられていなかったのも、結人くんがにらみを効かせてくれたからだったのだろう。こんなわたしと付き合ってることをわざわざ公言していたのも、わたしを守るためだったに違いないと、陰口が多くなった今なら分かる。

「これ、うちのクラスってか学年の女子のジョーシキね」

 ゆえに、ギャル子のバレバレの陰口を止める人間も誰一人としていなかった。

「――んなこと」

 言うな、と「ゆい」が叫んだところで。

 笑顔の重圧で押し殺されるのがオチなのだ。


 ――次のターゲットはお前だからな、と。


「分かったらさ、とっととスイーツ食べにいこーよ。……あんなやつ、放っておいて。さっ」

 わたしにニヤついた視線を送るギャル子。なんだ、最初から気づいていてあんなこと言ってたのか。

「ゆいちゃん可愛いから奢っちゃう!」

 ――なんて、小動物を撫でるような手つきでゆいの髪をぐしゃぐしゃにしたギャル子に、ゆいは。

「……具合が悪いから今日は帰る」

「なにー? せーり?」

「んなとこ。じゃーな」

 イライラしているのを隠さず――とは言っても、きっとギャル子は何にも気づいちゃいないんだろうけど――ゆいは教室を後にする。そして教室を出る前に、教室の隅にいるわたしの肩を軽く叩く。

 ――肩を叩くのは「行くぞ」の合図。

 怪しまれないように数秒ほど時間を置いてから、わたしもささっと教室を出た。


    *


 外は雨模様。

「ゆい」

 校舎を出るところで、ようやくわたしはゆいに追いつく。

「ンだよ、ヒナミ」

「……えっと」

 ぶっきらぼうでどこか優し気な問いかけに、なんて返せばいいか分からなくて。

「生理を逃げる言い訳にすると、のちのち大変なことになるよ?」

 キョトンとするゆい。

「そーゆーもんなのか?」

「そーゆーもんなの」

 たぶん性機能が退行、つまり、子供が産めない幼い身体になっちゃったから、きっと生理とかには縁もゆかりもないんだろうけど。

 いや、だからこそ、こういう嘘をつくと後々大変なことになりそうなんだよね。嘘を吐いたってバレたら、集団で囲んで棒で叩いたりとか平気でするし。

 女は。特にギャルという人種は。

 あの手の連中って変に仲間意識は強いから、信用されてるうちは楽しいんだけどね。


 閑話休題。

 ググっと背伸びしたゆい。その手に傘がないことに気づく。

「ゆい、傘は?」

「忘れた」

 あっけらかんと言い放つ彼女。

「朝はこんなに降るなんて思ってなかったからさ。まー濡れて帰るのも悪くねぇし」

 そんなことを言うゆいに、わたしは傘をばっと開いて。

「入って」

「えー、悪いよ」

「女の子の身体は繊細なんだから。濡れるとすぐ風邪ひいちゃうの。だから」

「あー、分かった分かった」

 折れたのはゆいのほうだった。

「こうなるとお前、絶対折れねぇもんな」

 苦笑するゆいに、わたしは少しだけ、ほんの少しだけ――安心していた。

「でも、代わりに」

 軽い安心感のせいで緩んだ唇を見て、ゆいは歯を出し笑って。

「一緒に帰ろうぜ、ヒナミ」

 そう告げ、わたしに身を寄せた。


 雨はなおも、ざーざーと降りしきっている。

 帰り道。バス通り。無言で並び歩くわたしたちは、他の人にはどう見えたのだろう。

 カップルだろうか。姉妹だろうか。それともただの友達か――。

 上に向かって息を吐く。白い息を、ほうっと。

 すると、車道側を歩いていたゆいは、傘を持つ私を見上げて。

「……ヒナミ」

「何? ゆい」

「一体どうしたんだ?」

「どうした……って?」

「いいや、なーんか顔が暗く見えてさ」

「えー……そう?」

 自分ではそうは思わなかったんだけどな。

「ああ。気のせいだったらいいが……話なら聞くぜ?」

 ――心当たりがないかと言われれば、間違いなくあって。


 わたしは立ち止まって、話を切り出した。

「ねぇ、ゆいって前から色々変わったよね」

「前って……病気の前、からか」

「そう。ほんと、周りの子と溶け込めるように、色々がんばって……ちょっとずつ変わっていって」

「そりゃ、人は変わっていくものだからな。身体も何もかも変わったのに、前と同じように過ごすなんてできやしないさ」

「分かってるよ。分かってる、つもりだけど……」

 言いよどみ、視線を落とすわたし。けれど、察しのいい彼は――それだけで、理解してしまう。


「……寂しかったのか」

「ん……」


 甘えた声で、ゆっくりと首を縦に振るわたし。

 雨に混じって、頬に雫が垂れる。


「ああ、わたし……そう、寂しかったの。どんどん変わって、色んな人と絡んで、ゆいがわたしから離れていくのが……」


 そこまで自分で語ると――ゆいは肩にちょこんと手を乗せていた。

「かがんで」

「……」

 何で、と思いながらも膝を曲げていくと――彼女は、わたしにぎゅっと抱きついた。

 傘の落ちる音。周囲の視線。濡れるブレザー。

「確かに変わらなければいけないところも多かった」

 そして、雨音に負けないささやき声。


「けど……決して変わらないものも、きっとあるんじゃないかな」


 言葉と一緒に耳元にかかる吐息。それとともに、首元にあたたかい感覚。

「マフラー……あったかいだろ?」

「え、何で……」

「今日朝から寒かったからさ。女の子の身体は繊細、なんだろ?」

 自分で使いなよ。

 呆れ笑いつつ、そのマフラーに手を当てた。

「……あったかい」

 わたしの口からこぼれた言葉。目の前の少女は歯を出して笑った。


「なら、よかった」


 その笑みは、かわいらしく――けど、凛々しくて。

 かつての結人の笑顔が重なった。


 どきどき。心臓が強く拍動する。

 その鼓動の正体が「恋」であることは、わたしが一番よく知っている。

「……ゆい」

 どんなに姿が変わっても――。

「――好きだよ」

 再確認したこの感情に、彼は――。

「んだよ、今更」

 笑ったまま、わたしの頭を撫でた。


「当たり前じゃねぇか。俺も好きだぜ、ヒナミ……」


    *


「ゆい」

 翌日。ギャル子はゆいを低い声色で呼ぶ。

「……今日は行けるよね?」

「どこに、だっけ」

「ス・イ・パ・ラ……ゆいちゃんが奢りね?」

 うっへぇ……。

 渋い顔をするわたし。昨日同様、隅っこの席でトマトジュースをすする。

 放課後、夕日がさす教室。淡々と帰る準備を済ませるわたし。すると突然、ギャル子の大声が耳に入る。

「はァ!? 沢井を連れてけェ?」

「そうだ……連れてかねぇんなら行かねぇぜ」

 なにいってんの、ゆい。

 目を見開いて驚いたわたしのそばに、ゆいが寄ってくる。

 そして、わたしの腕を抱くように掴んで。


「ヒナミは俺の、カノジョだからな!」


 真剣な顔で、カミングアウトした。

 しーん、と静まり返る教室。取り落とすトマトジュース。

 男子も女子も、全員がわたしたちを見つめて。

 数秒の沈黙のあと。

「はははははっ!!」

 ギャル子は大笑いした。

「いいねー! あの強面から寝取ったのー!?」

「茶化すな。あと本人だ」

「わーお、生命のシンピ」

 そして少しのやり取りの後、再び沈黙と緊張が辺りを包む。

「え、じゃあ……あーゆーサクラダ ユイト?」

「いえす。あいあむサクラダ ユイト」

 真顔で答えたゆい――というか結人。

 三秒。沈黙。

 そして、教室は大爆笑に包まれた。

「マジか! 結人のやつこんなにちっこくなったのか!」

「うそうそうそ! 桜田くん転校してなかったんだ!?」

「なーる。だからあんな男口調だったわけね。ウケる」

 結人の友達、ファンだった女子、冷静に分析しつつウケてる男子。色んな形で驚きつつ笑うクラスメイトたち。

 その中で、ただ一人、ギャル子だけは。

「……ちっ、ハメられた」

 苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 そんなギャル子に、ゆいは近づく。

「……何、桜田。こんなあたしを笑うのかい?」

 低い声で毒づくギャル子に。

「いいや、友達を笑う気はないさ」

 ゆいは、それでも優しく手を差し伸べた。

「……そんなやつ、助けなくてもいいのに」

 つい本音が出てしまう。けど、さも当たり前のようにゆいは言う。


「友達を助けるってかさ、一緒に遊びに誘うのがそんなに変か?」


 ああ、そうか。わたしは心のどこかで悟った。

 男前っていうのは、こういう人のことを言うんだ。この優しさが、彼の男前たる由縁(ゆえん)なんだ。そして。

 わたしは、彼のその「男前」に惚れたんだ、と。

「まー、ヒナミのこと悪く言ったのは許せねーけど……」

 そして、あの時の優しい笑顔をギャル子に向けて。

「スイパラ奢ってくれたら許してやる」

 冗談めかした口調で告げた。

「……もー、ひどいってー!」

 ギャル子は差し伸べた手を取って、冗談めかした口調で返す。

 そして、わたしのほうを向いて、口を動かした。

「……今までごめん。よろしく、沢井」

 聞こえるか聞こえないかくらいの、蚊の鳴くような声。

 微かなそれに、わたしは「こちらこそよろしく」と告げ、ニコッと笑ってやったのだった。


Fin.


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