彼女の知らない秘密を、しかし僕だけは知っている。
「ごめん、待った?」
「ううん、わたしも今来たとこ」
彼女の名前は木更津渚。ぼくがお付き合いしている人だ。
「それじゃあ行こっか。わたし楽しみにしてたんだー!」
そう言って彼女はいつもより楽しそうに笑った。
今日ぼくは彼女と遊園地にデートしにきていた。ごくごく一般的な変わり映えのしない普通のデート。しかしぼくにとっては大事なデートだ。
ぼくは彼女の秘密を知っている。それは、彼女が今日、死んでしまうということだ。
◆
「ねえ何乗りたい? わたしはジェットコースターがいいな!」
「ジェットコースターかぁ……。怖いから嫌だなあ……」
(彼女を危険から遠ざけなければ……)
ぼくには他人に秘密にしている不思議な力があった。それは、ぼくが誰かを見た時、その人の寿命を数字として見ることができるという能力だ。
彼女と会ったのは約一年前。よく晴れた春の日のことだった――。
「皆さん初めまして。わたしの名前は木更津渚と言います。趣味は料理。好きな動物は猫です」
教卓の前で、彼女はにこやかな笑顔を作った。
「皆さんと仲良くなりたいです。なので気軽に声をかけてくれると嬉しいです。これから三年間よろしくおねがいします」
高校生になって初めてのクラスでのこと。
自己紹介で初めて彼女のことを知った。
彼女と出会ったばかりのぼくは、彼女から見えるその数字の方ばかりを気になっていた。
あまりにも少なすぎる数字を目の当たりにしたぼくは、どうしたらいいのかと悩み続けた。
一週間、二週間と過ぎていく中で出した結論。それは、彼女の恋人になることだった。
彼女は、ぼくの告白に二つ返事でOKしてくれた。
「い、いいの? その言っちゃあなんだけどぼくなんかで……」
「あなたから告白してきたんでしょう。うふふ。変な人ね」
その時見せた屈託のない笑顔に、どうにもぼくの心は締め付けられた。その時の彼女の寿命はすでに一年を切っていた。
「こんなわたしでよければよろしくお願いします。わたしを幸せにしてね、誠くん」
そしてぼくは、彼女の恋人になった。
「誠くん、わたしちょっとトイレ行ってくるね」
「え、じゃあぼくも付いていくよ」
(彼女を一人にさせるわけにはいかない……)
「いいって。ちょっと待ってて」
「でも……ほら……」
「いいよ、ほんとすぐだから。そこのベンチで待ってて。すぐ戻ってくるから」
(あ……)
彼女は小走りで行ってしまった。
本当の理由を言えないぼくは、彼女がそう言うので仕方なくベンチで待つことにした。
ぼくが彼女と恋人になったのは、彼女のそばに居続けるためだった。
死ぬと分かっていても、もしかしたら助けられるかもしれない。何かできるのはぼくだけで、それがぼくの使命だと思った。
何もしないで見過ごすよりも、足掻いてやろうというのが付き合い始めた理由で、正直に言って彼女には人助け以上の感情はなかった。
彼女の事は可愛らしいとは思うけれど、ぼくの好みではなかった。
だからこんなことでもなければ付き合うなんて考えられなかった。
(喉が乾いたな……イチゴ・オレが飲みたい気分……。)
「お待たせ。はい誠くん」
「え、あ、ありがとう……」
(すごい……ちょうど飲みたかったイチゴ・オレだ……。)
「どうしたの? 浮かない顔して」
どうしたらいいのだろう。
ぼくは悩んだ。本当のことを打ち明けるべきなのか。
「あ、あのさ……」
いや、やっぱりダメだ。彼女を救えるのはぼくだけで、ぼくが救えば何も問題はない。無闇に不安にさせる必要もない。
「ねえ誠くん。観覧車に乗らない?」
「え、あ……うん。そうだね」
ぼくたちは観覧車に乗ることにした。
「うわぁ……見て、街が全部見えるよ! ほら、誠くんも見てよ」
「う、うん……」
夕陽が町全体をオレンジ色に染め上げていた。
「誠くん……?」
「……」
「誠くん!」
「……!」
いつの間にか下がっていた顔を上げると、彼女の顔がすぐそばまで近くにあった。
「あのね、誠くん。わたしね、今まで誠くんに秘密にしていたことがあるの」
「え……?」
「実はわたしね、人の心の中が読めちゃうんだ」
向かいに座る彼女がまっすぐな目でぼくを見ていた。
「その……今まで黙っててごめんね」
ぼくはなにも言えなかった。
彼女は、口端をキュッと結んだかと思うと、小さく話し始めた。
「その、だからね、誠くんがわたしと付き合ってくれた本当の理由も知ってたの。本当はわたしのこと、好きじゃないってことも」
何もかもがバレていた。
ぼくは途端に恥ずかしくなった。
恥ずかしくて悔しくて、無力な自分が許せなかった。
しかし彼女は、そんなぼくにこう言った。
「でもわたしはそれが嬉しかったの。好きでもないのに助けてくれるんだって」
心が読めないぼくでも分かった、彼女の心は透き通るように綺麗だった。
「今日一日、誠くん楽しそうにしてない。それはわたし嫌だなぁ……」
「でも、でも君は……今日……」
「知ってるよ。わたしが今日死ぬって。でもそれは誠くんのせいじゃない。誠くんと過ごせたからわたし全然悔いなんてないよ?」
ぼくの隣へと彼女が移動した。
「だからさ、最後は楽しく笑ってようよ」
うすく柔らかな笑みで、彼女はいう。
「それにさ、今日はまだ終わってない。もしかしたら案外助かるかもよ?」
「ごめん……ごめんね……」
彼女はその後、ぼくのことをそっと抱きしめた。ぼくは理由のわからない涙が止まらなくて、彼女の胸の中で泣き続けた。
◆
結局のところ、その日、ぼくは彼女を救えなかった。
二人で帰っていた道中、通り魔が背後からやってきて彼女のことを刺していった。
それはあまりにも一瞬のことで、ぼくにはどうすることもできなかった。
抗えない運命なのだとしたら、ぼくはもっと早くに伝えるべきだったのかもしれない。そうしたら彼女はもっと有意義な人生を送ることができただろう。
彼女は最期に、ぼくにいった。
「わたしと付き合ってくれてありがとう」
ぼくはその時、初めて自分の気持ちに気がついた。
本当は彼女のことが心の底から好きだったってことに――。