【3】
小部屋から出て、本来なら案内人なしではたちまち迷子になる入り組んだ通路を、真っすぐ前だけ見据え、迷うことなく進んでゆく。
途中で一度だけ足を止め、中庭に面した引き戸をガラリと開けた。
抜けるような青空が目に染みる。
待ち構えていたように私の耳元でバサバサと羽音を響かせ、何かが外に飛び出していく。目で追えば、空に向かって羽ばたく一羽の小鳥。上空でもう一羽と合流し、ピチチと鳴き合い旋回して、飛び去っていった。
自然と、頬がゆるむ。
ここに1回目に来たときも、窮屈そうに城内を飛ぶ小鳥に気付き、渋い顔をする案内人を待たせて、引き戸から青空に解き放ったものだ。
それがなんの意味も持たない行動だと、私は知っている。けれどこれで千羽目、そろそろ願いを空に届けてくれてもいいのよ。
ちなみに今日は案内人に会っていない。なにせ正門を通らず、皇族しか知らない地下の隠し通路で城内に潜入したから。そして案内役には今ごろ近衛大臣から「今日の謁見はとりやめになった」と伝わっているはず。
再び迷いなく歩を進める。何度かの岐路と階段を経て、計算通り誰ともすれ違うことなく、目的の部屋の前に辿り着いた。
アマヒト皇子の執務室。両引き戸の左右に控える侍従の姿はない。これも、近衛大臣より急遽の交代が伝えられたから。
「──失礼いたします」
自身で左右に戸を開く。一歩踏み出し敷居を跨ぎ、後ろ手で閉じる。
書物棚の並んだ広い部屋の奥に見えたのは、中庭に面して大きく開いた窓から覗く青空を背景にして、窓枠に背をあずけ横向きに腰掛けた人影。
逆光のなか浮かぶ横顔の、鼻梁から頂までの優美な稜線に捉われる視線を引きはがし、お臍の前で清楚に両手を重ね、深々と礼をする。
「お初にお目にかかります。クスノ・ミカサギにございます」
国皇は「覡皇」とも呼ばれ、夢の中に現れる神の言葉を代弁して国政を執り行う。そして国皇の齢が五十を越え、皇子が二十五歳を迎えると、皇位継承の神託がある。
現皇はすでに六十歳手前、アマヒト皇子はつい先ごろ二十五歳になられたところ。
早ければ、今日明日にも神託は下される。
そして御后選びが急がれ、ほとんどの場合で私が選ばれる。
皇位継承が執り行われ、その後に予定されていた婚礼の前までには必ず、私は死ぬ。
「ああ……早かったね」
背にした青空自体が発したような爽やかで大らかな声が、耳をふわりと撫でる。
そこに混じるわずかな驚きの色。声だけで、彼の感情は手に取るようにわかる。だって──。
「アマヒト・スメラギだ」
窓枠から軽やかに降り立った彼が、そのままの足取りで歩み寄ってくる。
私はゆっくり視線を上げる。
聖王風の細袴が、すらりと長い脚を際立てる。
藍色の羽織の丈長な裾をなびかせ、逆光から抜け出したお顔立ちは、高貴な血筋を体現するように端正で。そのなかに、春の日差しのようにやわらかな微笑みが浮かんでいる。
「逢えてうれしいよ、クスノ」
こちらに穏やかな視線を向ける双眸は蒼く澄んで、背後の空が透けたと見紛うほど。
そんな彼の輪郭がきらめいて見えるのは、けっして幻覚ではなくて、長く真っすぐな白銀の髪が陽光をまとっているからだ。
──そうして私は、1000回目の初恋に墜ちる。




