【1】
ピチ、ピチチ。
部屋の外で愛らしく囀る一羽の小鳥が、私を目覚めさせる。
──ああ、はじまった。1000回目の今日が。
「おはよう、マユカさん。今朝は食後に澱杏の実をいただくわ」
「はっ……? はいっ!?」
部屋の外に向けて声をかければ、戸惑いがちな返事が聞こえ、侍女のマユカが引き戸を開ける。
ほぼ同時に寝台から高々と跳ね起きた私は、空中で帯をほどいて寝間着から抜け出し、呆然と棒立ちの彼女の目の前に華麗な着地を決めた。
そして硬直した彼女の抱える衣装箱の中身をぜんぶ空中にぶちまけ、舞い降りるそれらが床に落ちる前に次々と身に着ける。
出来上がっていくのは我が国──アマナギ神皇国の伝統的衣装。純白の袴と振袖に、藤色の花柄がうっすら咲いている。儚くて、とてもきれい。
海向こうのエルセリア聖王国と文化交流が進んで、生活のいたるところに合理主義の聖王風が入り込み定着している。
でも、自然と調和して歩んできた、緑多く四季鮮やかな我が国の美感も、大切に守り継いでいきたいと思う。
この衣装、本来は補助なしでは着られない不便なもの。だけど私は、遠心力を利用して幅広の帯をくるくる自分の腰に巻きつけ、着付けを完了させていた。
やり直しの300回目ごろに私を暗殺した忍者のダンゾーに、その次の回で弟子入りして、そこから30回ほどかけて忍びの技を極めたゆえの芸当だ。
回数の数字は大体だけど、たぶん合ってる。記憶力はとても良いので。
この忍びの技のおかげで、そこいらの暗殺はさくっと防げるようになった。暗殺を防げたところで、結局は断罪されて首を刎ねられるのだけど。
──そうしてどんなに足掻いても、今日より十二の月が巡った翌年の今日までに、何らかの形で命を落とす。それが999回で一度も変えられなかった運命。
どうやら私は、とてつもない凶運の星の下に生まれてしまったらしい。
「えっ……あっあのっ、クスノお嬢様……これは、いったい……」
ようやく理解力が現実に追いついたマユカは、整った顔を戸惑い一色に染めながら問いかけてきた。いつも通りに。
「実はね、私ずっと本気を隠していたの。でも今日から全力で生きることにした。騙していてごめん。あと昨日までいろいろ我儘で困らせたことも謝ります。本当にごめんなさい」
私は腰まである黒髪を前に垂らして、深々と頭を下げた。
「ああそんなっ、おやめ下さいお嬢様っ! 私のほうこそ、ずっとおそばに居たのに気付くことができず申し訳なく……」
「──それじゃ、お互い様ってことにしましょ!」
マユカが謝罪をはじめたのを見計らって勢いよく顔を上げると、目を白黒させる彼女の花のような唇に人差し指を添え、話を無理やり終わらせる。
ごめんだけれど、もうやり尽くしたくだりだから、どんどん先へと進めさせてもらう。
「…………わかりました」
きっと疑問はまだまだあるだろう。けれど、これでマユカは飲み込んでくれる。999回、どんな境遇にあっても、三つ年上の彼女だけは絶対に私の味方だった。
ほんとうに最高の侍女──いいえ、姉妹以上のかけがえのない存在。感謝しかない。
「ところでお嬢様、本日はこれからアマヒト殿下に謁見する予定です。澱杏の実は、おやめになったほうが良いかと」
澱杏。一個食べれば一年寿命が伸びると言われるほど滋養に優れ、濃厚な甘みと、そして一日中つきまとう独特の匂いで知られる果物だ。
マユカは、その匂いを心配しているのだろう。
「いいの。とびっきり新鮮で匂いの強いやつをお願い」
有無を言わさぬ語調で断じた私は、藤色の組紐を使って髪を一房に結い終えたところ。これも今では自分一人で出来る。
マユカが大鏡をこちらに向けてくれた。
髪も一人じゃ結えないくせに、プライドばかり堆く積み上げた世間知らずの1回目と変わらない、華奢で色白な十八歳の小娘──
名門ミカサギ家の長女にして、アマヒト皇子の五人の御妃候補の一人──クスノ・ミカサギが、時には狡猾な女狐のしるしと疎まれる切れ長のツリ目で、鏡の向こうからまっすぐ見詰めてくる。
その瞳の琥珀色だけが、999回分の深みを湛えていた。
「よし」
私は静かに呟いて、鏡像とうなずき合う。はじめよう、1000回目の──そして今度こそ最後の人生を。




