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灰姫3

 私が会場を出たときには、まだ初社交界(デビュタント)組のダンスが始まってもいなかった。そんな段階で帰ろうとする令嬢の腕を掴んでまで引き留めるのだから、かなりの権力者だ。


「シンディ」


「お母様」


「ダリアナも一緒にサロンへ来なさい」


 家族用のサロンには軽食と普段着が用意されていた。お母様は私のことを本当に分かってくれている。一目散にドレスを脱いで焦げ茶色のドレスに着替える。


「とにかく話は聞いたわ。まずシンディは、それを食べなさい」


「はい」


「問題は誰が靴を拾ったのか。落とし主がシンディだと分かっていれば、あえて求婚してくるでしょうね」


 掴まれた手の感触が怖く何度も撫でてしまう。小さい頃、駄々を捏ねるといつもお父様は腕を掴んで家の中を引きずり回していた。歩き疲れて動けなくなると解放された。


「それで、お母様はシンディの相手を誰にしたの? その人と仮婚約するとでも言っておけばいいのでは?」


「無理よ。相手なんて用意してないもの」


「へっ?」


「シンディがダンスを踊る頃には一時間くらい経ってるわ。陛下の挨拶が終われば逃げ帰るのは目に見えてたもの」


 これはネルジェお姉様も知っていたはずだ。恐らくダンスが始まる直前に連れ出す予定だった。なのに、私が走り出したから予定が狂った。


「ただいまぁ」


「お帰り、ネルジェ」


「ネルジェお姉様?」


「あら、聞いたのね。びっくりしたわ。走り出すんだもの」


「ネルジェ、シンディの靴は拾ったの?」


「それがね、驚きなのよ。お母様もお姉様も驚くわ。拾ったのは、第三王子であるユージェオ殿下」


 私は詰んだ。よりにもよって王族に拾われるなんて。マナーを無視しても多少は許される立場の人だ。もちろん普段は誰よりも見本となることを求められるが、いくらでも美談にできる。


「第二側妃の息子。悪くもないけど良くもない相手ね」


「あまり噂は聞かないわ」


「どう出るかしらね? 少なくともラディアス殿下よりは良いかもしれないわ」


 娘が三人もいるカモスジェス家は王家から見れば格好の婿入り先だ。上の二人は聖女であるから普通の伯爵家に婿入りするより裕福な暮らしができる。

 ラディアス殿下は、陛下が地方公務で立ち寄った男爵家の娘を母に持つ。他の妃に比べて後ろ楯が弱く、今の王族が全員死んでも国王になることはない程度の継承権を辛うじて与えられている存在だ。


「どっちにしろ王族が相手なのね」


「聖女が三人もいるんだもの。諦めなさい」


「もうお姉様たちが家を継げば良いのよ」


 王族が婿入りすれば、絶対に普通の伯爵家よりも夜会に出る頻度は高い。そうなれば私が嫌いな原色のドレスを着なくてはならない。死んでしまう。


「お客様がお見えです」


「先触れもなく、ね。どなたかしら?」


「ユージェオ殿下です」


「普通なら王族の訪れは名誉だけど、今は迷惑ね。ダリアナ、シンディを連れて部屋に戻ってなさい。ネルジェは同席して」


 あんなに強引な人は苦手だわ。会わなくて良いというなら諸手を上げて賛同する。ダリアナお姉様についてサロンを出た。靴を忘れた私が悪いのだけど、もう嫌だ。


「ダリアナお姉様」


「どうしたの?」


「ユージェオ殿下ってどんな人なの?」


「前向きに・・・って訳じゃなさそうね。そうねぇ、あまり夜会にも参加されないから噂も無いのよ」


 聖女であるダリアナお姉様は、夜会に引っ張りだこだ。そんなお姉様が知らないのだからよっぽど知られていない王族ということになる。まだ掴まれた手首に感覚が残っている。


「本当にだめならお母様が断るわよ」


「そうね」


 疲れていた私はベッドに入って眠ってしまった。昼過ぎになって目を覚ます。サロンに行くと、みんな揃っていた。


「起きて来たわね」


「おはようございます」


「おはよう。消化に悪い話は食べてからにしましょ」


 食べている間は幸せだ。食後のお茶を飲んで一息吐いた。新しいお茶が配られると昨夜のことをお母様が話し出した。


「ユージェオ殿下は、シンディの靴を持って来たわ。靴を届けてくれたことにお礼は言っておいたけど」


「直接届ける必要は無いわね」


「あと、いきなり令嬢の手を掴むのは、紳士としてどうかと苦言を呈しておいたわ」


「あら? 靴を持って求婚の話とかは無かったの? お母様」


 いくら何でもそんな求婚は嫌だ。それで恋に落ちたシンデレラを私は尊敬する。初対面で惚れて結婚して、その先の未来が順風満帆だなんて保証はどこにもないのに。


「当人はするつもりだったみたいね。シンディの名前と境遇に(あやか)ろうとしたみたいよ」


「落とし物で求婚されてもときめかないわね」


「しかも手を掴むとか暴行よ」


 ユージェオ殿下は、お姉様たちのお眼鏡には叶わなかったようだ。私もお断りだわ。でも、王命を出されれば拒否できない。


「しばらくは次の婚約者を決めるまでの目眩ましにするつもりだから、そのつもりで」


「目眩まし?」


「ユージェオ殿下がどんな人であろうと、いきなり令嬢の手を掴むような人よ。それに王族だから思い通りにならなかった経験も無いでしょうし、伯爵家に婿入りするには教育が足りないわ」


 伯爵家は貴族として決して低い訳ではないが、公爵家や侯爵家に頭を下げなければならない。ユージェオ殿下のことは詳しく知らないが、できるような人には感じなかった。


「しばらくは夜会に参加しなくても良いわ」


「本当に? お母様」


「ええ。シンディが見知らぬ男性に突然、腕を掴まれて傷心ということにするから」


 ダリアナお姉様が楽しそうに笑っている。おそらくユージェオ殿下側から手を引かせるための策を考えているのだろう。


「そうと決まれば、ラディアスに会ってくるわ。ユージェオ殿下のことを調べないと」


「頼んだわ」


「任せて、お母様」


 ダリアナお姉様は、元気良く答えてサロンを出ていった。策略と謀略が三度の飯より好きなダリアナお姉様を止められる者はいない。また止めてしまったらお姉様じゃなくなってしまう。


「シンディの婿探しをしないといけないわね」


 聖女の肩書きを最大限に使ったお母様は、ユージェオ殿下からの求婚を退けて、私が茶色ドレスを着ていても何も言わない婿を他国から連れて来た。身分は、公爵家で四男だからそこそこに権力があって、そこまででもない絶妙な人だった。


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