灰姫1
「自分だけ聖女で無いことを妬み姉に虐めをするような女とは結婚出来ない!」
正装に身を包みながら声高に宣言するのが、恥ずかしくも我が国の王族だ。大事なことだから二度言うが王族だ。
私ことシンディは、この国の伯爵家の三女で、王族のラディアス殿下の婚約者だ。殿下は私との婚姻で臣籍降下し、伯爵家を継ぐことになっていた。過去形なのは、結婚出来ないと言い出したからだ。
「シンディ・カモスジェスとは婚約破棄し、新たに聖女であるダリアナ・カモスジェス伯爵令嬢との婚約を発表する!」
私には、敬称無しで、ダリアナお姉様には敬称有りですか。構いませんけど、ダリアナお姉様には、カモスジェス伯爵家の継承権はありませんよ。私には関係ありませんけど。
「ごめんなさいね。シンディ」
「ダリアナ、君が謝る必要は無い」
「それでも妹から婚約者を奪うことになってしまって。わたくしの方が魅力的だから仕方の無いことだと思うのだけど」
「ダリアナ! 何て心優しいんだ。さすが聖女と呼ばれるだけある」
ダリアナお姉様、扇子で隠してるつもりかもしれませんが、悪いお顔が隠せてませんよ。まぁ、私には関係の無いことです。
「殿下、発言を許可していただきたく存じます」
「カモスジェス伯爵夫人か。許可しよう」
お母様が神妙な顔つきで発言の許可を求めました。お父様が亡くなってから伯爵家を切り盛りしてきた方ですから滅多なことにはならないでしょうが、少々不安です。
「有り難く存じます。長女のダリアナとの婚約をお望みとのことですが、書類上ではシンディが婚約者にございます」
「うむ、だから近々、父上に言って署名を貰うつもりだ」
「それには及びませんわ、殿下。変更になるのは娘のみ。それならば成人している殿下の署名とわたくしの署名があれば、成立いたします。殿下のご判断を臣下として謹んでお受けしたく存じます」
お母様は殿下をお諌めするどころか、賛同してしまった。これはダリアナお姉様と事前に打ち合わせをしていたと見て間違いない。傍にいるネルジェお姉様は、私の肩を掴んでいる。何か言い出して、場をややこしくしないか監視のため。
「そうか。では、このあと署名をするから残るように」
「かしこまりました。ネルジェ、シンディを連れて家に帰りなさい」
「はい、お母様。ほら、行くわよ。シンディ」
ここで何を言っても無駄だ。私の婚約破棄は覆らない。夜会に出てはいるが、まだ未成年であるから発言しても効力が無い。
「ほら、帰るわよ」
「お姉様は知っていたんですね」
「当たり前よ。全部話してあげるから馬車に乗って」
押し問答をしても仕方ないから乗るが、納得がいかない。事前に教えておいてくれても良いと思う。
「さてと、質問は最後にまとめて聞くわ」
「分かったわ」
「カモスジェス伯爵家の後継者は三女のシンディしかいないわ。私もお母様もお姉様も、伯爵領のことを考えて、貴女を大切にしてくれるなら文句は何一つ、何一つ無かった」
この家は、ややこしい。
カモスジェス伯爵家を継げるのは、三女の私だけだ。それは、私を産んだお母様がカモスジェス家の一人娘で、婿養子を取り家を継いだが、五歳のときに風邪を拗らせて亡くなった。
「なのによ。王家の血を引いてるだけの末端が勉強もせずに当主になろうとするなんて、烏滸がましいわ!」
婿養子のお父様は喪が明けると同時くらいに再婚した。それも他国の夫人で、さらに実の娘よりも年上の娘がいる方と。
「ただ、末端でも王族だし、それに婚約を決めたのは、亡き当主でしょ? お母様でも解消するのは難しかったのよ」
私にとって良かったのは、義母が私のことを実の娘と分け隔てなく育ててくれたことだ。姉二人も、末の妹が出来たと喜んでくれた。だから、本当は、お義母様、お義姉様と呼ぶべきなのだが、そう呼ぶと悲しそうな顔をするので、お母様とお姉様と呼んでいる。
「それでね。向こうから婚約を解消してもらおうと考えて今日に至るのよ。まさかパーティーで言うとは思わなかったけど、これは誤算だったわ」
「だとしても、教えておいてくれても良かったのに」
「それは駄目よ。敵を騙すのは、まず味方からと言うでしょ?」
私に黙っていようと決めたのは、きっとダリアナお姉様だ。絶対にそうに決まっている。
「黙っていようと言ったのはお姉様なのだけどね。ほら、三度の飯より策略と謀略が好きだから」
「王宮の陰謀とかダリアナお姉様が好きなのは心底、知ってるけど言って欲しかった」
「ごめんね。でも時間が無かったのよ。シンディが社交界デビューしてしまったら王家は、すぐにでも結婚させたでしょうから」
「結婚は私が学院を卒業してからでしょ?」
貴族の結婚は、卒業と同時に行われるのが通例だ。入学前に結婚することは、まず無い。私は入学もしていない。
「あら、知らなかったの? 今って成人王族が多いでしょ? いくら公務を振り分けても王家に入る税収が増えるわけじゃないから火の車なの」
それは知らなかった。いつもラディアス殿下は夜会では新しい服を着ていたし、それに合わせた宝飾品は最高級の宝石が使われていた。
「だから王族を臣籍降下させて減らしたいのよ。その証拠に伯爵家でも相手に選ばれてるでしょ? 王家直轄領を分けるにしても限度があるし」
王家直轄領の税収は、王族の私的財産として扱われるから基本的に決まっている。他の貴族領地と同じように、天候によって税収も増減する。分けてしまうと王家に残った自分たちが使える金が減るから分けたくない。それで意地でも婚約してたのね。
「殿下は気づいてないでしょうけど、同じ家の令嬢なら交換しても問題ないと思ったんでしょうね」
問題はあるでしょうけど、気づいていないなら、わざわざ教える必要は無い。私も夫となるなら伯爵家のことを考えてくれる人が良い。