第62話 晴れない心
退院してから2日。
僕は特にこれといって何かをするでもなく、自室のベットの上で寝転がっていた。
「……」
オーダーメイドした装備が出来るまで大迷宮の探索は休みだが、だからと言って別にする事がない訳では無い。
寧ろ、考えることが沢山ある。
それこそ今後の探索のことや、またも発生した試練のことそれに付随して使えなくなったスキルのこと……などなど。
しかし僕の頭の中に駆け巡るのはそれらの重要な事ではなく、この前の雨がふりしきる夜の光景だった。
「っ……」
病院で入院していた間からずっと続く妙な違和感とフラッシュバック。
体を濡らす冷たい雨粒、体温とは裏腹に脳裏が熱くなる感覚、吐き出す白息は獣のように荒い。真っ暗な路地裏で異様に無機質に感じたナイフ。確かにそのナイフで僕は人を殺そうとした事実。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ……」
勝手に頭の中でそんな光景が再生されれば、最後は決まって呼吸が浅くなり正気を取り戻す。
もし仮にあそこで自分があの男を殺していたら……そう考えると妙な焦燥感が襲いかかる。
結果としては殺さなかった。
けれど僕はヴィオラさんに止められる寸前まであの男を殺そうとしていたのも事実だ。
その事実がどうしても僕の中にあった確かな何かを揺るがす。
今思えばあの時の僕は正気ではなかったし、かなり度が過ぎたことをしていたと思う。勝手に暴走して、勝手にこれまでの彼女が受けてきた理不尽の数々を精算しようとして、無責任に殺そうとしてしまった。
それは決して僕の役目ではなかった。
感情に流されて勢いのまま終わらせていいことではなかったのだ。
それが分かっていたからヴィオラさんは僕を止めて、泣いて謝ってくれた。
「ちゃんと自覚する必要があるんだ……」
以前と比べて僕は強くなった。それこそレベル5の鍛冶師を簡単に組み伏せられるくらいには。それは普通のことでは無いし、相当な力を持っているということ。
考えを更新しなければいけない。感情だけに流されて行動しているようではダメだ。
今一度再認識する必要がある。
命のやり取りをすることの異常性と手に入れた力の大きさに。
仮にもしあそこで僕自身に命の危険があったのならば僕は何も躊躇うことなくあの男を殺すだろう。この考えは間違いでは無い。寧ろ至極当然のことだ。自身の命を脅かそうとするのならばそれを跳ね除けるのは当たり前だ。
ジルベールの時がいい例だと思う。
けれどあの男の時は状況が全く違う。あそこに命の危険、やり取りなんてものが入り込む余地はなかった。あったのはただの一方的な蹂躙。
圧倒的な力の差が存在して、命の主導権は僕にあって、殺すも生かすも僕の裁量しだいだった。決して怒りや自己満足、勝手な復讐心で人の命を奪って良い場面では無い。
この力は何のために欲して、何のために使うものなのか。
「もう一度思い出せ───」
それは僕の道標であり、決して揺るがない確かなもの。
「───胸を張って彼女の隣に立てるように……だろ」
小さい頃の彼女との約束を叶えるために僕はこの力を求めた。
「……でも───」
けれど、だからといって僕のあの気持ちは間違ったものだったのだろうか?
確かに行動は度が過ぎていた。怒りに身を任せて人の命を勝手に奪うのはやはり僕は強要できない。
だけどあの時、僕は明らかな悪感情からあの行動に出た訳では無い。
『ヴィオラさんを助けたい』
ただそう思って、その感情が爆発して僕はあの行動に出た。
もし、今回の件を全て否定しまえば、この感情も否定してしまうことになる。
果たしてこの感情は間違いなのだろうか?
今回は力の使い方を間違っただけでこの感情を否定するのは違う気がする。
「……」
考えれば考えるほど思考は複雑になっていく。自分のことを考えているはずなのに考えはバラついて纏まらず分からなくなった。
煮詰まった思考に悶々としていると不意に扉がノックされる。
そこで思考は強制的に終了して、僕は「どうぞ」とノックした人を招く。
「はーい、掃除の時間ですよー!」
すると扉は勢いよく開け放たれてそこから可愛らしい制服に身を包んだ小柄な女の子が部屋に入ってきた。
その手にはほうきとちりとり、水の入ったバケツがあり、言葉の通り掃除をする気満々であった。
僕は慣れた様子で部屋に入ってきた女の子に挨拶をした。
「おはよう、リーシャちゃん」
「おはようございます、テイクさん。と言ってももうお昼ですけどね」
薄茶のおさげ髪が可愛らしい彼女は、この宿屋の店主であるネイトさんの娘のリーシャちゃん。ちなみに年齢はルミネと同い年だったりする。
挨拶も程々にリーシャちゃんは掃除道具を部屋の隅に置くと掃き掃除を始めた。
「え、もうそんな時間?」
「そーですよー」
リーシャちゃんの素っ気ない返事に時間を確認してみれば確かに時刻は12時をあと少しで回ろうかと言うところだった。
いつの間にか考え事に夢中になりすぎて時間を忘れてしまっていた。
そう言われてみれば確かにお腹が少し減ってきたような気もする。
「……あの、掃除の邪魔なんで出ていって貰ってもいいですか?」
「……はい、ごめんなさい」
ぼんやりと空腹を訴える腹を抑えて、せっせと部屋の掃除をしてくれるリーシャちゃんを眺めていると、冷たいジト目が飛んでくる。
確かにここにずっと居座って彼女の仕事である部屋の掃除を邪魔するのは本望では無い。さっさと部屋から退室するべきだろう。
そう判断して僕はベットから降りて部屋を出ようとする。
30分もすれば部屋の掃除も終わるだろう。ちょうど昼頃だと言うし下の酒場で適当にお昼ご飯でも食べながら待っていよう。
「あ、今日は下でご飯を食べれませんよ」
「え?」
僕の思考を呼んだかのようなリーシャちゃんの言葉に僕は内心驚きながらも首を傾げた。彼女は掃除の手は止めずに言葉を続ける。
「なんか今日はお父さん、用事があるらしくて外に出かけてるんです。なのでお昼の酒場はお休みです」
「なるほど……」
「ずっと部屋に引きこもってるんじゃなくて外で食べてきたらどうです?いい天気ですよ」
「……うん。そうだね、そうするよ」
「ついでに甲斐甲斐しくお部屋の掃除をしてあげてる私に何かお土産の一つや二つ買ってきてくれてもいいんですよ?」
「あはは、それじゃあこの前言ってたお菓子屋さんの焼き菓子でも買ってくるよ」
「楽しみにしてます」
軽く言葉を交わして無邪気な笑ったリーシャちゃんを見て、僕は部屋を後にする。
休みの日にずっと部屋に篭っているのも傍から見れば不健康に見られて、気でも滅入ってるのかと思われてしまうだろう。
最初は素っ気ない態度だったリーシャちゃんもそう思って僕に外に出るように言ってくれたのだろう。
彼女の気遣いに感謝して僕は慣れた足取りで〈セントラルストリート〉へと向かった。
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