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第2話 選択する

 大衆酒場を逃げるように後にして、僕が訪れたのは飲み屋街の外れにある人気のない小さな広場だった。


 もう辺りはすっかりと暗くなって、夜空にはポツンと三日月が浮かんでいた。

 力なくベンチに座り込んで三日月を眺めていると、自然と涙が溢れ出た。


「うぐっ……ひっく……」


 頭の中で考えるのはどうしてこんなことになってしまったのかと言うことばかり。


 僕が一体何をしたというのか?

 僕はパーティーの為にどんな汚れ仕事でも喜んで引き受けてきた。どんなにやりたくない雑用もこなしてきた。外で好き勝手やってる彼らの代わりに僕がどれだけ周りに謝罪をしてきたと思っているのか。


 全て彼らのためにこの身を捧げて頑張ってきたというのに、Aランクに昇格してある程度の地位と名声を手に入れたら「用無しだ」とゴミのようにパーティーをクビにされた。


「くそっ……こんなのあんまりだ……」


 自分が情けなくてしょうがない。

 この6年間、僕はなんのために頑張ったのか、なんの為にあんなクズ野郎たちにヘコヘコと従ってきたのか、これでは本当に分からないではないか。


「クソだ……クソ野郎だ……」


 思い出すのはこれまでの苦しい記憶ばかり。それが脳裏にフラッシュバックする度にジルベール達に対する怒りや憎しみが湧き上がってくる。


 けれどもそんなことよりも、自分の生き様が情けなくて、力のない自分が悔しくて仕方がなかった。

 こんな誰かに媚びることでしか彼女との夢を叶えられない自分に吐き気がして、辟易としていた。


 これではなんの為に家を飛び出して彼女の後を追いかてきたのか分からない。

 本当に自分はこんなことをしてまで彼女との約束を果たしたかったのか?自信を持って彼女に会うことが出来るのか?


 考えれば考えるほど分からなくなる。

 本当は自分の実力だけで探索者として名を上げたかった。けれども僕には最初から探索者の才能がなくて、選択肢が圧倒的に少なかった。形振りなど構っていられなかったのも事実だ。本当ならばこの迷宮都市で探索者になることすら無理だったかもしれないのだ。


 それを考えれば僕のこの行動は、この6年間は間違っていなかったと思いたい。

 けれども実際はパーティーを追放される始末だ。笑いたくても笑えない。


「はっ、はは……」


 誰かに寄生することでしか、誰かのお零れを意地汚く啜ることでしか探索者になることも無理だった。

 それが、そんな無様な自身の生き様が恥ずかしくてたまらなかった。


 今の僕を見たら彼女は───アリシアはなんて言うだろうか?


 ジルベール達と同じようにバカにするだろうか?それともこんなクズみたいな僕を軽蔑するだろうか?「よく頑張ったね」と慰めては、褒めてはくれないだろうな。


 随分と大きな差が開いてしまったものだ。

 いや、小さい時から僕と彼女には決定的に大きな差があった。

 あの子は優しいから僕にそれを感じさせなかっただけで、傍から見れば僕と彼女は釣り合っていなかったのだろう。


 土台無理な話だったのだ。

 片やパーティーを追放されて一文無しになった底辺探索者。片や小さい頃に圧倒的な才能を開花させて、今やこの迷宮都市では知らない人がいないほどの強さと地位を手に入れた彼女。


 一緒に夢を叶えるのは疎か、同じ夢を持つことすら許されていなかったのだ。


 それを痛感……いや、ようやく現実として直視することが出来た。

 今までずっと聞き分けのない子供のように、目を背けてきた事実をようやく理解することが出来た。


 けれども、


「───欲しい……」


 それでもまだ僕はこの約束を、夢を諦めることができないでいる。

 理解は出来ても到底納得なんてできるはずがない。それは憧れであり、絶対に叶えたい夢なのだ。


「───力が欲しい……」


 ただただ切望する。

 愚かにも、貪欲にも、無い物ねだりをする。


 思えばスキルが発現して、探索者になってからここ数年、僕は全てを達観して諦めてしまっていた。

 ……いや、達観した気になって、最初から自分には無理だと決めつけてしまっていた。


 果たして僕は本当に強くなろうと努力をしたか?

 血反吐を吐くまで剣を振り、死ぬ気でモンスターと戦おうとしたか?

 本気で彼女の隣に並びたとうとしていたか?全て勝手に早々に見切りを付けて諦めてしまっていなかったか?

 楽な方法を選んでしまっていなかった?


 そこで本当の意味で自覚をする。


「初めからそうだったじゃないか……」


 小さい頃から僕はそうだったじゃないか。いつも誰かの力に依存して、他力本願で、何とかしてくれるのを待っていたでは無いか。

 生まれてから一度も僕は本気で強くなろうと思ったことが無かったじゃないか。


「───強くなりたい」


 ただただ切望する。

 胸を張って彼女の隣に並び立つことが出来る強さが欲しかった。


 選択をする必要がある。


 ただ絶望するだけでは何も変わりはしない。覚悟を決めて、僕は夢を叶えるために選択をする必要がある。


 このまま腐って全てを諦めて故郷に帰るのか。それとも、死ぬ気で努力をして自分の力で強くなり彼女の隣に並び立つのか。


 選択は二つに一つだ。


 答えなんてのは分かりきっている。

 ここまでどん底に叩き落とされ、人としての尊厳を失っていてでもまだ、本心は諦め悪く足掻こうとしている。


「絶対に強くなって自分の力で彼女の隣に並び立ってやる」


 その過程で命を落とすことがあろうとも構わない。僕は今ここで本気で夢を叶えると覚悟を決めた。寧ろ、夢の中ばで死ねるのならば本望だ。


「やってやる」


 涙を拭ってベンチから立ち上がり、月明かりの下、強く覚悟をする。


 瞬間、脳内に無機質な声が響く。


『特定の条件を満たしました。スキル【捨てる】の進化条件を確認。スキル【捨てる】は【取捨選択】へと進化しました』


 それは世界の声、或いは神様の啓司。

 初めてスキルが発現した時に一度だけ聞いたことがある〈天啓〉だった。


「え?」


 突然聞こえてきたその声に気の抜けた声しか出てこない。


 スキル……【捨てる】が進化? え、いや、は? なんでこのタイミングでスキルが進化するんだよ? というかスキルって進化するの?


 初めて聞く単語と体験に状況の理解が追いつかない。

 夜中の人気のない広場で狼狽えていると、再び無機質な声が聞こえてきた。


『進化ボーナスとして新たなスキルの獲得権を確認。スキルの獲得を実行します。スキル【鑑定】を獲得に成功しました』


「…………」


 淡々ととんでもないことを言う無機質な声。

 今の言葉を最後に〈天啓〉は聴こえなくなる。

 数秒間、何が起きたのか理解出来ずに茫然としてしまう。


「……うん。僕は何も聞かなかった。そうしよう」


 そして今日はちょっとショックなことがあって精神的に疲れているということにして、僕は間借りしている宿屋へと帰ることした。


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