婚約破棄の受け皿になっていた公爵殿(デューク)は我慢の限界を迎えました。
新作の短編です
内容はざまぁ系です。
強引なところもありますが、ざまぁを優先の内容です。
ご感想などお待ちしております。
「もう無理だ!!」
ティエリ・ガルシアは屋敷の窓から大声で王都に向かって叫んだ。
その声はこの街の人々には届かないことはわかっていた。
だが、限界を迎えたティエリにとって叫ばないとやってられなかった。
ティエリ・ガルシアはツイていない男だった。
まず、女運がなかった。
彼は3度も婚約を破棄されたり解消されていた。
ガルシア公爵家の長男として生まれたティエリは16歳の頃に初めての婚約を迎える。
しかし、相手が残念ながら事故で亡くなってしまったために次に17歳の頃に改めて婚約をしたのだが、これがいけなかった。
2番目の令嬢には想いを寄せる相手がいたのだ。
彼女は地位や名誉を捨てて想い人と駆け落ちをした。
こうなると〈二度あることは三度ある〉ということわざ通り、ティエリはその2年後の19歳の時にも婚約が破棄された。
今度は3番目の令嬢が別の令嬢に対して色恋沙汰で暴行を加えるというとんでもないことを起こしたのだ。
3番目の相手はティエリを隠れ蓑にして、被害者の令嬢の恋人を密かに奪おうとした。
だが、その子息が彼女に靡かなかったため、恥をかかされた彼女が犯行に及んだのだ。
原因がどうであれ、ティエリの評判は落ちた。
彼自身もついていないと思っていた。
この事件以降、ティエリの立場は劇的に変化した。
ティエリは父と共に主であるマニュテク国王からある任務を与えられた。
それはティエリにとって苦痛としか言いようのないものであった。
「そなたには貴族間での婚約の際に生じる、婚約解消の受け皿になってもらいたい」
「受け皿ですか?」
まったく意味がわからなかった。
「うむ。トールゲートよ、ティエリに説明せよ」
「はい」
宰相であるトールゲートは今回の任務の説明をする。
「知っての通り、我が国の貴族階級では頻繁に婚約が結ばれている。だが、貴族間の権力争いはいつも絶えないでいる。そのため、力の弱い貴族の令嬢が婚約解消後に敵対勢力の圧力で嫁げない事例がある。また、有力貴族の令嬢も敵対勢力の策謀により同じく嫁げない事例も増えている」
「その辺りは理解しております」
「また、令嬢の命を奪われることも多い」
「はい」
ティエリもその辺りは知っている。
貴族間の権力争いはいつの世にも存在する。
場合によっては、家そのものが滅んでしまうことさえある。
それが当たり前の世界だ。
ただ、ガルシア公爵家は無数にある勢力圏内の中で王家に近いため、それほど影響はなかった。
唯一あるとすれば、ティエリの悪い噂、つまり結婚は無理だろうという内容であった。
「そのような令嬢の中で王家として救うべき人物が現れた場合、ティエリ殿にはその手助けとして婚約をしてもらいたい」
「婚約ですか?」
ティエリの父が尋ね返す。
「そうです。はっきりと言わせて頂くが、ティエリ殿はすでに3度の婚約解消を経験している。今後の婚約は厳しいものになるでしょう」
「確かにそうですが・・・さすがに我が息子に対してそのような言い方はないのではないでしょうか?」
ティエリの父はトールゲートに対して不快感を示す。
それも当然である。
唯一の子供であるティエリには幸せになってもらいたい。
しかし、トールゲートは親としての意見など求めていなかった。
「だが、事実でしょう」
トールゲートは自らの失言を肯定する。
宰相は政治的には優秀な人物であったが、他人の心情など気にしない、俗に言う〈空気の読めない男〉であった。
「ティエリよ」
マニュテク国王がティエリに声をかける。
「そちには貴族間の中和剤になってもらいたい。厳しい任務であるが、どうかこの話を受けて欲しい」
そのように話をしてくるが、実際は王からの強制としか思えなかった。
だが、ティエリはガルシア公爵家を護るためにはこの任務を引き受けるしかなかった。
ティエリとしては病弱な父の治療費の件もあるし、自分の置かれた環境に対してやけになっていた。
任務は極秘だと言うものの、回数を重ねてしまえば公になるのはわかりきっていた。
隠した王命など意味などないのもティエリには予想がついていた。
だが、病弱な父が少しでも長命であることを願うのなら、王家からもらえる金銭を受け取る方が良かったのだ。
「父上、体を労わって下さい。後は僕に任せて下さい」
こうして、ティエリはマニュテク国王の命を受けると、婚約という形で多くの令嬢を護ることになる。
その数は
20歳の時に、2回
21歳の時に、1回
22歳の時に、1回
そして、昨年23歳の時に、2回
合計6回という有様であった。
特に20歳と23歳の時は3か月間の婚約期間であったため、2回も経験することになった。
とにかく異常な数字である。
王都の皆がティエリ家との婚約は事情を知った王家の救済処置であると理解していた。
しかし、それを面白おかしく噂して、ティエリを馬鹿にする者たちももちろん存在する。
彼らにとってティエリの存在は娯楽であった。
その代表格はオドレイ伯爵家のフリアンとアルモドバル公爵家のトマスであった。
彼らはティエリと会うたびにこう言う。
「今度は何度目の婚約だい?」
だが、ティエリは言い返すことをしなかった。
王命という枷と父の存在が彼を我慢させていた。
枷が外れるきっかけは、ティエリの父の死であった。
ティエリの父は23歳の時に病死した。
6回目の婚約の時であった。
その葬儀でトールゲートはまた失言した。
「養子を取られてはどうだ?」
宰相の立場である彼にとって、ガルシア公爵家にティエリ以降の跡取りがいないのが気掛かりだった。
しかし、令嬢たちの受け皿を止めろと言わなかった。
それが当たり前になっていた。
トールゲート自身もそのことを気にもせずにいた。
ただ、ティエリが王命に従えばいいと勝手に思い込んでいた。
これがティエリにとってマニュテク国王やトールゲートに対する印象を大きく悪くした。
しかも、葬儀の後に行われた感謝の席でトールゲートの子息がティエリを馬鹿にした。
「もう結婚は諦めなよ」
彼は父の話を隣で聞いていたので、ティエリに対して失礼極まりない態度を取ったのだ。
これでティエリの我慢が限界を迎えた。
その夜、あの叫びはこの件がきっかけであった。
あの叫びから1か月が過ぎた。
ティエリが密かに武器を集めているとの情報がある人物に届いた。
マニュテク国王の長男で騎士団長であるアラトリステ王子である。
彼はその報告を聞くと、「いいんじゃない」とさらりと答えた。
「しかし、これは反乱の可能性があるということになりますよ」
「反乱というよりか復讐だろうね」
アラトリステ王子にはティエリが兵を挙げる動機がわかっていた。
「トールゲート宰相や自分を馬鹿にした奴らに対して報復するつもりだと思うよ」
「それは一大事になります!すぐに捕縛しましょう!」
部下の騎士がすぐに手を打つべきと話す。
「どうしてだい?」
「どうしてと言われましても・・・」
部下がアラトリステ王子に戸惑う。
「僕はね、ティエリに同情している。そもそも、貴族間のいざこざで傷ついた令嬢たちを救うために何度も婚約をするなんて頭がどうかしてるよ」
「ですが、それを提案したのは王子の御父上ですよ」
「だからさ。そんな任務を夢ある青年に与えるなんて恥ずかしいよ」
アラトリステ王子はティエリを自分の側近にしたかった。
王子はティエリをよく知っていた。
ティエリとは学友であり、学園生活の中で彼の才能を理解していたのだ。
卒業後も彼が領地経営で実績を上げるたびに、側近としたいとマニュテク国王に願い出たものの、結果はまったく受け入れてくれなかった。
理由は単純である。
今後も彼に貴族間の受け皿になることを望んだ。
それがマニュテク国王とトールゲートの考えであった。
・・・人が傷つくって本当にわからないんだよね、二人とも。
正直、アラトリステ王子はマニュテク国王とトールゲートを見限る予定だった。
そのきっかけが今、訪れたと王子は思った。
「まあ、一度彼と会ってくるよ」
翌日、ティエリの元にアラトリステ王子が訪れた。
王子の突然の訪問に驚きながらも、ティエリは彼を迎え入れた。
ティエリも学友であるアラトリステ王子と会うのは久々であった。
「今日はどうしたのですか?」
「いやね、久々に君と会って聞きたいことがあるんだよね」
アラトリステ王子はティエリには態度を砕いて話してくれる。
それだけでも、ティエリは心が和らいでいた。
それでいて、アラトリステ王子が何故、自分の元を訪れたのかすぐに理解した。
「あ、それは武器のことですか?」
ティエリは包み隠さずに答える。
「早い、早い。せっかく尋ねようとしたのにつまらないじゃないか」
「いや、王子には隠し事など通用しませんので」
「参ったな・・・そう言われると・・・」
答えに窮したアラトリステ王子は頭を掻く。
「あれが原因でいいんだよね?」
「はい」
「そうだよね・・・僕もそろそろケリをつけないとと考えていたんだ」
アラトリステ王子もティエリの処遇を改善したかった。
その気持ちはティエリも知っていた。
ただ、もはや限界であった。
「もうお判りでしょう。私は報復に出ようと思います」
「家が滅びてもかい?」
「はい」
「ああ・・・ここまで君を追い詰めているなんて・・・奴らは罪深いな」
アラトリステ王子はため息をつく。
マニュテク国王とトールゲートを見限る日が来たのだ。
「そもそもの原因は僕の父だしね」
アラトリステ王子は父であるマニュテク国王の無能さを呪う。
「兵を挙げる前に、僕が君の名誉を回復させたい」
「それはできないでしょう」
「そうかな。僕が協力すれば父や宰相を断罪できると思うけど?」
アラトリステ王子は笑みを浮かべる。
「僕も正直、父や宰相に呆れているし・・・二人を見限るよ」
「では、その前に一つお聞きしたいのですが?」
「何?遠慮しなくて良いよ」
「王子は王位を継がれた時、私の立場はどのようにされますか?」
「えっ?そんなの決まっているじゃないか。君の今の任務はさっさと解任するよ」
アラトリステ王子はおどけてみせる。
「あんな馬鹿げた任務なんて必要ないからね」
「それを聞いて安心しました」
ティエリがほっと一息つく。
「あれ?結構、大切なことだった?」
「王子も察していらっしゃるはずですよ」
「ばれてたか」
二人は声を出して笑う。
二人の脳裏に浮かんだのは別の報復方法であった。
その上で、アラトリステ王子はティエリに尋ねる。
「それで君の望みは何だい?」
アラトリステ王子に尋ねられたティエリは自らの決意を告げる。
その話を聞いたアラトリステ王子はニヤリと笑ってこう答えた。
「いいね。その話に乗るよ」
ティエリはこの話をもう一人の人物に告げている。
その人物はスマラガ子爵家の長女であるアンヘリカであった。
ティエリは個人的な感情でアンヘリカに同情していた。
スマラガ家は代々、有名な哲学者の一族であった。
しかし、役職的にも地位の低い家柄であるため経済的に苦しい状態が続いていた。
そこに目をつけたある辺境伯が彼女と婚約した。
ところがその男はアンへリカに対して暴行を加えようとして大怪我をさせたのだ。
偶然にも近くにアンへリカの父がいたため体を奪われることはなかったが、彼女は心に傷を負った。
その話を聞いたマニュテク国王は激怒した。
哲学が好きなマニュテク国王は哲学者一族であるスマラガ家を愛していた。
王は辺境伯の捕縛を命じた。
まさか自分が捕縛されるとは思わなかった辺境伯は王に救いを求めた。
だが、王の怒りは収まらず彼は極刑となった。
この話は王家を支持する貴族とそれ以外の有力貴族たちの対立を生むきっかけとなった。
辺境伯は有力貴族側であったのだ。
結果として、アンへリカの身に危険が生じようとしたのでマニュテク国王はティエリに彼女と婚約することでその身を護るようにした。
実際、ティエリとの婚約前まではアンへリカは対立貴族の刺客に襲われていた。
アンヘリカは大人しい女性であった。
ただ、多くの知識を持つ教養人であるティエリは彼女との会話が楽しみであった。
アンへリカもティエリに大きく心を許してゆき、二人は次第に愛し合うようになった。
だが、そこに来ての宰相の失言である。
それは二人に子供を作るなと暗に言っているようなものであった。
ティエリはアンへリカに自分の考えを伝える。
「もし、それで君に迷惑がかかるのならすぐに婚約を解消してほしい」
ティエリはアンへリカに婚約解消を願い出る。
だが、アンへリカは首を横に振る。
「いいえ。私はあなたとの婚約を解消しません」
アンへリカはティエリの手を握る。
「私はティエリ様に救われました。今度は私があなた様の恩に報いたいのです」
すでにアンへリカはティエリのことを考えており、両親に自らの廃嫡を願い出ていた。
彼女の両親もアンへリカの意思を尊重し、ことが起こればすぐに手続きをすると約束していた。
その話を聞いたティエリはアンへリカに感謝すると彼女を抱き締めた。
こうして、ティエリは怒りを胸にトールゲートに面会した。
ティエリの近くにはアラトリステ王子がいる。
アラトリステ王子にとってもマニュテク国王とトールゲートを見限る最初の一歩となる日であった。
宰相の執務室に通されたティエリは挨拶もそこそこにトールゲートに自分の意思を伝える。
「宰相殿、私は正式にアンへリカと結婚することにしました」
「な!?」
トールゲートは驚きのあまり腰を上げる。
それは彼にとって予想もしないものであった。
「アンへリカ嬢とはあくまで形式上の婚約のはずだ。それはこの国に対する任務放棄となるんだぞ!?」
トールゲートはいつものようにティエリに国の名前を出す。
こうすればティエリは手を引くと知っている。
だが、今回はそうはいかなかった。
「ああ、そうでした。宰相にもう一つお伝えすることがありました」
ティエリが笑みを浮かべる。
それがトールゲートを不安にさせる。
「な、なんだね?」
「私は自分の代で公爵家を潰します」
あまりのことにトールゲートは口をパクパクさせる。
彼の机から書類の束が散らばる。
「私は自分の代でこの任務を終わらせます。仮令、王命に背くことになっても」
「な、何を言い出すんだ!?」
トールゲートが声を荒らげる。
トールゲートにとってティエリの宣言は自分に対する裏切りでもあった。
「落ち着き給え。まさか、本気じゃないだろう?」
「いいえ、私は本気ですよ」
ティエリは書類を取り出す。
それはアラトリステ王子が密かに手を回してくれた廃家届であった。
これにはトールゲートも頭を抱えた。
それもそのはず。
この重要な書類を認めた人々がいるのだ。
それが普段からティエリに嫌がらせや悪評を流す者たちではないかと思った。
実際はアラトリステ王子の手で行われたのだが、トールゲートから見ればティエリの立場を見下し馬鹿にする者たちがいるのを知っているので、彼にとってはそれが後先など考えない嫌がらせの延長上にあるものだと思ってしまう。
何よりトールゲート自身がティエリを下に見ていたので彼がそのような書類を出すとは思わなかった。
もし少しでも彼にティエリを思う気持ちがあれば、嫌がらせを止めることはできたはずであった。
「そんな勝手なことを言うとは、王家に失礼だと思わないのか!?」
「その辺りは大丈夫だよ」
アラトリステ王子が横から口を出す。
「すでに僕の方で父に伝えている」
「なんですと!?」
トールゲートがアラトリステ王子に詰め寄る。
「王子、それは越権行為です!」
「いや、これは王家にとって重要な案件だよ。僕が王家の者として父に話した」
「ですが、受け皿はどうするのですか?」
そうだ、ティエリと言う受け皿がなくなるとまた婚約破棄や解消で傷つく子息令嬢たちを護ることができなくなる。
これはこの国にとって大切なことであるとトールゲートは自負していた。
しかし、アラトリステ王子はそんなことなど意に介さない。
「それは僕たちが終わらせるしかないね、宰相殿」
アラトリステ王子はその宰相殿の肩を叩く。
「でないと、ティエリはもっとヤバいことをする予定なんだよ」
「そ、それは何ですか?」
アラトリステ王子の手に力が入り、トールゲートの肩に痛みが走る。
「彼、兵を挙げるって」
「兵を!!」
トールゲートはすぐさまティエリに振り向く。
そこで彼は恐怖する。
ティエリは今まで見せたことのない冷たい目でトールゲートを睨んでいた。
その威圧にトールゲートは腰を抜かして椅子に腰から倒れた。
「宰相殿。彼らが僕に行ったことをお教えしましょうか?」
ティエリがトールゲートに顔を近づける。
「あ、ああ。彼らは何を君に話した?」
「僕が結婚をしても、跡を継ぐ子供に役目をさせればよい。それが男でも女でも構わない。結婚をしなくても養子を取れば良い。我々の捌け口になるのなら問題はまったくないと」
「・・・そんなことを奴らは言ったのか?」
「何を言うのです。あなたも父の葬儀で養子の話をしたではないですか」
「あっ!!」
そこでようやくトールゲートは自分が失言をしたことに気付いた。
そして、ティエリが本気だと知る。
「ええ。それだけではないのです」
「まだあるのか?」
「養子は平民からでも構わない。どうせお前に誰も同情しない。王も喜ぶだろうと」
「わ、私はそんなことは話していないぞ!」
すぐさま、トールゲートは否定する。
「そうであれば良いのですがね。その場には宰相殿の長子殿もいましたので」
「・・・息子が言ったのか?」
「ええ。とても楽しそうに笑っていましたよ。どうやら長子殿は選民思想をお持ちのようです」
「違う!!」
宰相は声を上げて否定する。
そのように育てた覚えはなかった。
だが、それは違っていた。
トールゲートは日頃から息子の前でティエリの話をしていた。
その内容は王家の命といえ、私なら耐えられない。
自死を選ぶだろう。
そんな話を続けると、当然のように息子にも影響は出るし、息子自身もティエリを馬鹿にする。
悪循環である。
そのことに気付かないトールゲート自身も息子同様ではあるが。
「私が結婚をしないというだけで喜ぶ奴らの言うことを素直に聞くと思っていますか?」
「だ、だが、これまではうまくやってきたではないか?」
「その結果が僕に対する非礼ですよ」
「まったくだよ」
アラトリステ王子も呆れる。
「では、私はこれで」
「待ってくれ!!」
トールゲートがティエリの服を掴む。
「本気で兵を挙げるつもりではないのだろう?」
「いえ。準備は進めていますよ」
「本当の・・・本当の反乱になるのだぞ?」
トールゲートは脳裏で、ティエリが兵を挙げることで他国にその理由を知られてしまうことを懸念していた。
その理由は婚約解消の受け皿と知ったら他国の人々はどう思うだろうか。
たかが貴族間の権力争いで若い貴族が犠牲になるとは、なんと醜いことをするのだろうか。
この国の事情を知られれば、この国の評判は確実に落ちる。
それだけはなんとかしなければならない。
いっそ、このままティエリを拘束すべきだろうか。
そのような考えを抱いている宰相殿に対して、アラトリステ王子は先に制する。
「あ、彼を拘束するのはダメだよ。父がそのようなことをしたら宰相殿を逆に拘束するって」
「そうですか・・・」
トールゲートががっくりと肩を落とした。
すでに王子自身が手を回している段階でどうにもできるものではなかったのだ。
王子はティエリの裾を掴んでいたトールゲートの手を外す。
「父も反省しているので、ティエリの意思を尊重して欲しいね」
アラトリステ王子は続ける。
「それでね、この後のことだけどお願いしたいことがあるんだ」
「それは何でしょうか?」
「そうだね」
アラトリステ王子はトールゲートにティエリの願いを話す。
その話を聞いたトールゲートはすべてを諦めてその考えに従うことにした。
トールゲートはオドレイ伯爵家のフリアンとアルモドバル公爵家のトマスたちを呼んだ。
彼らは何故、トールゲート宰相に呼ばれたのかわからなかった。
「宰相様、今日はどのようなお話でしょうか?」
「王よりそなたたちに任務を与えることになった」
「任務ですか?」
「そうだ」
トールゲートの家宰がトマスたちに書類を渡す。
それを読んだ彼らは驚愕する。
「こ、これは!?」
トマスたちは顔を上げる。
「そのままの内容だ。謹んでお受けしてもらいたい」
トールゲートは頷く。
「そうではないのです。この役目はあの男の、いや、ガルシア公爵家のティエリのものではありませんか?」
「これこれ、呼び捨てはいかんぞ。ティエリ殿だろうが」
「ティエリで十分ではないですか」
空気が読めないフリアンが口答えする。
「や、やめろ!」
すぐにトマスがフリアンに注意する。
どんな場所であっても、礼儀として名前の呼び捨てなど許されるものではない。
「どうも君たちはティエリ殿に対して態度が悪いようだね」
自分もそのような態度を取っているにも関わらず、トールゲートは彼らに注意をする。
「申し訳ございません」
トマスたちはさすがに頭を下げる。
「しかし、私たちは結婚をしています。今更、このような任務は・・・」
「離婚しなさい」
「はい?」
「離婚すれば済む話です」
「待って下さい!そんな勝手なことを言われるとは思いませんでした」
トマスたちはトールゲートの言葉を信じられないでいた。
妻と離婚しろとは。
それは人として失礼極まりないものであると思った。
しかし、実際は自分たちがやってきたティエリへの嫌がらせと変わらないことに彼らは気付かない。
「これは王命である。ティエリ殿も同じようにその任務を受けたのだ」
「そんな・・・」
「もし断れば、お前たちは王家へ逆らった罪で家を取り潰すことになるのだ」
トマスたちは抵抗を止めた。
これは何を言っても変わらないと気付いた。
では、ティエリはどうなるのか。
ティエリと同じ任務など嫌だとトマスたちは思っていた。
「・・・ティエリ殿はどうなるのですか?」
「任務を解任となった」
「そうですか・・・」
・・・ティエリが解任。
トマスたちはティエリを逆恨みした。
どうして自分だけ犠牲になって彼は救われるのかと。
「不満か?」
「い、いえ」
トマスはすぐに否定する。
そこにアラトリステ王子が入室する。
そこにいる誰もが王子に礼を執る。
「終わった?」
「はい」
「では、僕からも一言いいかな?」
「・・はい」
トールゲートの声が小さくなる。
この後の話があまり良いものではないと知っているからだ。
「では、話すね」
アラトリステ王子はトマスたちの前に立つ。
「僕はね、君たちが任務を引き受けないと思っていたんだ」
「それは・・・」
トマスたちは正直、この人身御供を引き受けるつもりはなかった。
ただ、王命という言葉に抵抗することはできなかった。
それは過去のティエリと同じ姿であった。
「その場合、大変なことになっていたんだよ」
「大変なこと?」
そう言うとトマスたちはお互いに顔を見合わせる。
「ティエリはまず君の家、伯爵家を潰すつもりだった」
「何ですかそれ?それが何の意味があるんですか?」
フリアンは相変わらず空気が読めない。
アラトリステ王子の話が現実味がない上、そもそもティエリが何をするのか予想もつかなかった。
「わからない?」
「は、はい」
トマスたちは戸惑いを覚える。
そこにアラトリステ王子が恐ろしい発言をした。
「ティエリは君たちに兵を向ける予定だった」
「なっ!!」
トマスたちの背中に悪寒が走った。
・・・あの男が兵を挙げる。
トマスたちは誰もティエリの動きを知らなかった。
もし気付いてなかったら、彼らは自分たちが殺されるところだったと知ると同時に、ティエリの恨みがとんでもないものだと初めて知った。
「君たちは下手をすれば殺されていた。いや、殺されなくても君たちの家族は殺されていたかもね」
「・・・ひぃ」
フリアンが腰を抜かした。
トマスたちも同様である。
「良かったね。殺されなくて」
アラトリステ王子はトマスの肩を強く叩いた。
王子はこの話をしても、彼らを許すつもりはない。
今後もティエリの苦しみを少しでも味わわせるつもりだ。
そして、隣でほっとしている宰相殿もその息子も同様である。
もちろん、父もだ。
すでに王位に向けてアラトリステ王子は動いていた。
その時には、貴族間の受け皿などなくすつもりだ。
そして、権力争いに弱い者たちが巻き込まれないようにしようと決意した。
こうして、トマス達はティエリの任務の後を継いだ。
トマスたちはすぐに受け皿として活動をしていた。
しかも、離婚を強要されるという罰が彼らに与えた影響は大きく、彼らの家の権威は失墜したようなものであった。
その後、ティエリはアンへリカと結婚した。
二人は初めて幸せを手にした。
そして、ティエリはアラトリステ王子の側近として活躍することになる。
彼はアンへリカとの間に2男1女の子を授かった。
その彼らも幸せな結婚を迎えたのだった。
後の世、この話は「公爵殿の暴走」と呼ばれたのは言うまでもない。
補足として、貴族間での婚約の破棄や解消などで犠牲になる令嬢たちを一度、ガルシア公爵家で匿うことために婚約をしたと世間に伝えます。ガルシア公爵家は王家と宰相に近い立場であるために、貴族たちが簡単に手を出せなくなり、その間に新しい嫁ぎ先を探してそこに嫁がせるのが任務の内容になります。足らない部分がありましたら追記したいと思います。