帰宅
三題噺もどき―さんじゅうはち。
お題:紅葉・都会・砂丘
夏の暑さを残しつつ、秋の気配を感じ始めてきたころ。
僕は田舎の実家に向かっていた。
―都会での生活に少し疲れてしまって。
:
あそこにいると、自分の存在がないようなものに感じてしまう。
確かに、夢を持って都会に飛び込んだはずなのに。
確かな誇りを持って、呑まれぬようにと生きていたのに。
いつの間にか呑まれ、いつの間にか見失った。
なくしたことにすら気づかなくて。
亡くしたそれを、失ったそれを、探すことすら億劫になって。
まるで、だだっ広い砂丘の中で、ただ1人、ズブズブと、ドロドロと、飲み込まれ。
もがくことさえ許されず。
声をあげることさえ許されず。
ただ沈んでいくだけで。
いつの間にか、視界は真っ暗になって。
それでも、昔は、どうにか這い上がろうともがき苦しんだけれど。
しかし、とうとう限界が来てしまった。
何も出来ないことに気が付き、何かをすることを諦めた。
このままではいけないと。
気づくと、逃げるように田舎に向かっていた。
:
駅を出て、顔を上げて…。
―目の前の景色に息を呑む。
青い晴れた空の下に。
紅と黄色が彩る山々が目の前に広がっていた。
世界は、こんなに美しかっただろうか。
仕事をしていた時には、こんなもの目にもつかなかった。
空の青さだって、忘れていた。
無意識に涙が溢れた。
涙でぼやける遠くの視界に、母の姿が見えた。
その顔は、ただただ息子の帰省を喜び、
「おかえり」
と、暖かく迎えてくれた。
久しぶりの、温かさに、さらに涙があふれた。




