47.レクシス視点(閑話)
現在、続編プロット練り中なためこの話は続編とつじつまが合わない場合没または少し内容がかわる可能性があります。それでもOKという方のみお付き合いいただけると幸いですー!何卒よろしくお願いいたします!
カタン。
フローラを寝かしつけて、自室に戻ったレクシスは眼鏡をはずし、そのまま自室の椅子に座り込んだ。手近にあったワインに手を伸ばすと、おもむろにグラスに注ぎ、一気に飲み干す。そのままもう一度ワインをグラスに注いだ。
フローラに告げたように、ロイを信用しているのは確かだ。ロイが信用しているフローラを信頼し、大事に思っている気持ちも嘘偽りはない。けれど――
ロイを心配していないなどやせ我慢だ。
だがもしあのロイがピンチになるような事態に陥っているとしたら、レクシスでは手もあしもでない事態に直面しているのは容易に想像がつく。
レクシスはセルクやエルティルのようにテレポートなど高度な古代秘術の魔法を使う事もできずロイのピンチにかけつける事はできない。
決して弱い方だとは思っていない。並みの兵士なら複数人相手にしても勝つ自信もあるし、魔法だってそれなりに優秀だ。
しかし、ロイ本人含め周りが規格外すぎるのだ。
武術もそれなりに優秀で魔術は人類最強レベルで優れたセルクがいても対処できない事態ならレクシスなどいても邪魔でしかないだろう。
結局レクシスには信じて、ロイに任された仕事をこなすという選択肢しか残っていないだけなのである。
フローラに話したことで昔の事が鮮明に思い出されて、再びレクシスはワインを飲み干した。
ロイがたまたま通りかかり、助けてくれたおかげで、公爵家の子息からの暴力からは解放された。だが、レクシスの家は公爵自身の嫌がらせであっけなく没落した。
借金苦に陥り――こともあろうに両親は長男を守るためにレクシスを売った。
当時のシューゼルク王国には人身売買が合法的に行われていた。
そして貴族の子は奴隷市場では高値で取引されていたのだ。
身分による絶対的差別。
能力も才能も貴族よりもあるのに、平民という生まれだけでどうしても逆らえない高い壁。その壁に不満をもつ商人や冒険者たち。貴族の血を引くものはそういった者たちに好まれて買われたのだ。もちろん慰め者として。
暴力をふるい優越感に浸るもの、奴隷として扱い優越感に浸るもの、生まれる子の魔力目当てで種馬のように扱われる者。売られた貴族の子は買われたものによって違いはあるものの、不幸な運命をたどるのがほとんどなのである。
奴隷市に出されたなど一族の恥になるため貴族が売られるという事が本当に稀で、それゆえ出品されるそれには高値がついた。特にレクシスくらいの、貴族として教養とプライドを身につけそれでいて成人していない服従させやすい年齢の子どもは好まれ高く売れる。
レクシスがその事実に気づいたのは、両親が奴隷市場と契約したあとで、逆らう事もできなかった。
王族のロイとて国に認めらた奴隷市との契約を覆せる立場ではなく、どれだけ絶望したことだろう。
生きることに希望がみいだせず崖から飛び降りた時、崖から一緒に飛び降りて助けてくれたのは自分より3歳も幼いロイだった。
落ちながらも魔法を展開してやすやすと自分を救ったのだ。
何故死なせてくれない、死にたかった、売られて慰め者にされるくらいなら死んだ方がましだと泣き喚く自分をロイは抱きしめてくれた。
自分より小さい体の感覚をいまでも覚えている。
『なんで、我慢するんだよ。一人でいつも抱え込むな!
助けてほしいときはいつだって俺を呼べ。俺はいつだってお前の味方だ!』
叫びながら彼は自分をぎゅっと抱きしめた。
そして面識のない商人の屋敷に乗り込み、その商人に交渉をもちかけ奴隷市からレクシスを買って保護してくれるように交渉し、その交渉を成立させた。
第一王妃に個人的恨みをもつ商人を言葉巧みに誑し込んだのだ。
ロイが城を抜け出して平民街に繰り出し何をしているのか不思議だったが、彼は子どもたちに小遣いをあげ幅広く情報を集めていた。何ももたない彼だからこそ、自由に行動できるその利点を利用した。ロイは親のいない子供たちを牛耳りグループをつくり情報網をつくりあげていた。そして手に入れた情報を最大限に利用し、商人の心を掴んだ。いまではその商人は平民でありながら爵位を与えられロイを支える、国の重鎮になっている。
そう昔から彼は何一つかわってない。
アレスを救おうと、自らも一緒に飛び込んでしまうところも、命が危ういと魔力暴走で死にそうなフローラの体と迷うことなく魂交換してしまい、そして何とかしてしまうところも。
ロイはいつだって計算高く無謀だ。
矛盾している言葉なのは理解している。だがそう表現するしかない。
わかっている。自分にはわからないだけで、ロイの中では確かな勝算があるのだろう。
だから――心配するだけ無駄なのだ。そう言い聞かせて、自分を納得させているだけだ。
自分にできる事はロイの夢をかなえること。
彼が不在の時に仕事を取り仕切り、彼が快適に戻ってこれる環境を維持すること。
武力で役にたたないならそれくらいしかできる事がない。
それでも心配する事しかできない自分の無力さに押しつぶされそうになる時がある。
レクシスは苛立ちにもう一度ワインを飲み干すのだった。
コロン。
カラになったワイン瓶が床に転がる。
酒を飲んだのは久しぶりで、酔いが思ったより酷い。
明日フローラを迎えに行く前に、酔い覚ましの薬を飲まないと。
ぼんやりとしながらそんなことを考える。
ぷーぷーと音がなり通信機が光り、通信の魔道具にロイが映し出された。
「おい!レクシス!またフローラとの通信機の魔力源を勝手に切っただろう!?」
叫びながらフローラの体にはったロイの姿が映し出される。
「……ロイ様……」
視線の隅にうつるロイの姿にうつろな瞳でレクシスは視線をうつした。
「……レクシス、お前飲んでるのか?」
ロイが床に転がったワインの瓶に視線を移し心配そうに尋ねてきた。
飲んでいる?ああ、そういえばワインを飲んだ気がする。
ロイとの緊急用の通信の魔道具の魔力源を切るのを忘れていた。
ロイが快適にすごせるようにせめて自分だけでも彼の事を心配しない良き理解者を演じなければいけなかったのに、このような姿を見せるわけにはいかない。
素直に不満をぶつけ、止める役目はセルクの役目で自分ではない。
何か言わなければいけないのに、何も言葉が浮かばない。
まるで景色を見ている感覚で通信機に映されるフローラの身体のロイを見つめる。
ロイは、頭をぽりぽりかいたあと、一度顔を下にむけ、力強く顔をあげ
「いつも心配かけて悪い。お前の事を頼りにしてる。好きにさせてくれてありがとうな」
そう言って微笑んだ。
きっと自分は単純なのだろう。
ロイのその言葉だけで……全て許せてしまうのだから。