44.閑話
本編完結までお付き合いいただきありました!
いつかちゃんとした5万文字くらいの番外編を書きたいという希望がありまして、この話はもしオチが思いついて番外編が書けた場合 没、もしくは別の形に書き直してこの話を消す場合もありますのでそれでもいいよという方のみお付き合いいただけると幸いです!
何卒よろしくお願いいたします!
「ロイ殿下。クゼルド地区の制圧が終わりました」
すでに制圧したドムテラムド王国の西部の領地の館で、後方に陣を置くロイの元にテレポートでやってきたアレスが報告した。
開戦されたドムテラムド王国とファルバード家の戦いは、ファルバード家がほぼ一方的に各地を制圧していった。もともと軍事面をファルバード家に丸投げし、自らの領地は利益追求にはしり、防衛のために残しておいた林を切り開き畑にしてしまったり複雑に入り組んだ要塞を住みやすさ優先で改築してしまっていたりと、ドムテラムド王国は戦争に対してあまりにも無防備だったのだ。兵士もろくに訓練しておらず、魔物盗伐時などはファルバード家の兵士たちが出向いていたため、ファルバード家の兵士たちは各地の地形を熟知しているのもある。
正直な話、ロイ率いるシューゼルク王国の出番などまったく不要なほどに、アレスは迅速にドムテラムド王国の主要個所を落とし、残すは王都周辺だけとなっていた。
今頃デナウやエミールたちは震えあがっていることだろう。
「流石氷の騎士!見ほれるほどの手際のよさ!
魔獣退治の陣頭指揮もさすがだったがやっぱりすごい!
さすが俺の義父! 愛する嫁フローラの父!
このままだとシューゼルク王国の後方支援すらいらなそうだ」
玉座に座ってロイが嬉しそうに言うと、跪いたままアレスは頭を下げる。
「殿下のお手は煩わせません。1ヶ月以内にはすべてを制圧できると思います。
王都制圧時、お力をお借りすることになると思いますがそれまではそちらでお待ちください」
「ああ、悪いな。一応シューゼルク王国も多少手を貸したことにしておかないと体裁がわるい」
「いえ、今こうして私があるのは殿下のお力あってこそです。
むしろわが娘を気遣ってファルバード家をたててくださった殿下のお心遣い感謝いたします」
アレスは騎士特有の挨拶をし立ち上がる。
「それでは。陣地に戻らねばいけませんので、これで失礼いたします」
「あー、ちょっと待った」
一礼して立ち去ろうとしたアレスをロイは呼び止めた。
ぴくりとアレスの体が揺れて立ち止まる。
「……はい。なんでしょうか殿下?」
アレスは何事もなかったかのようにロイに振り向くが、それでもロイが玉座から降りて近づくと、アレスの体がわずかにこわばるのがロイにはわかった。
「……まだ話は終わってない」
言葉とともに一歩一歩近づくと、アレスの顔色がみるみる青ざめていく。
ロイがアレスの正面に立つと、剣を持った手がかすかにふるえているのがわかって、ロイはにかっと微笑んだ。
「いつもありがとうな。愛してる」
その言葉にアレスの顔が明らかに安堵したのがわかって、ロイは複雑な気分になる。
アレスは戦場では毅然とし、武将らしい凛々しく自信に満ちた人物なのに、こうやって二人きりになるとまるで怯えた小動物のように弱弱しくなる。
アレスは一礼するとまるで逃げるかのように部屋を後にし、一人取り残されたロイはため息をついた。そしてカーテンのかかった背後に視線を向けると。
「な? おかしいだろ。二人きりになるといつもあれだ。いかに愛しているか伝えようとしても脱兎のごとく逃げられてしまって俺様の繊細なガラスのハートが割れてしまいそうなんだが」
と、カーテンに声をかけた。
「ロイ様なら大丈夫ですよ、ロイ様の心臓はミスリルより硬い未知の金属でできていらっしゃいますから」
と、言葉とともにカーテンをあけてニコニコ顔でエルティルが現れる。
「何を言っているんだ!俺ほど繊細で傷つきやすいハートの持ち主はそうそういないぞ」
「繊細だ傷ついたと騒ぎ立てて偽物のハートを相手には見せて、こっそり本物のミスリルのハートをお持ちなのがロイ様ですから♡」
エルティルがウィンクをして言う。
「流石エルティル!俺の事よくわかっている!そういうところが好きだ♡」
「私も殿下のふてぶてしいところ大好きですよ」
「じゃあぜひうちに♡」
「それはお断わりいたします♡」
「まぁ、それはそうと、アレスのあれは魔法でどうにかしてやることはできないのか?」
と、ロイが腕を組んで言う。
セルクの調べではアレスは国王が謁見の間で人払いしたあと、二人きりになると必ず暴力を振るわれていたらしいと報告を受けている。
その時のトラウマなのか、ロイとも二人きりになるとああやって怯えられてしまう。
「フローラ様もそうでしたが、心の病ばかりは魔法でも癒しようがありません。
18年間受けた心の傷はデデルがいなくなったからといって簡単に割り切れるものではないのでしょう」
「……18年か……俺が生きている年数だもんなぁ」
ロイが悔しそうにぽりぽりと頭をかく。
その姿にエルティルが目を細めた。
「殿下。闘技場で戦わせるモンスターをどうやって調教しているか知っていますか?」
「ん? そりゃ弱いうちに叩きのめして言う事を聞かせるんだろ?」
「はいそうです、子供のうちから瀕死になるまで叩きのめし、調教師達には絶対逆らえないと植え付けるのです。そして叩きのめしながらも餌を与えながら育てます」
「……その話が今何か関係あるのか?」
「ええ、面白い事にそうやって育てられたモンスターは、脱走しても必ず調教師のところに戻ってきてしまうのです。心優しい飼い主に拾われて、大事に育てられても、調教師を見ると、心優しい飼い主を食い殺してでもその調教師のもとに戻ってしまう。なぜかわかりますか?」
「……どうしてだ?」
「暴力がないと落ち着かないからです。彼らは水を欲するがごとくその暴力そのものが生活の一部になってしまっている」
「……アレスもそうだと言いたいのか?」
「さぁ、どうでしょう。ですが彼のあれを治す必要がありますか?
デデルほどの暴力はもちろんいけませんが彼に軽く体罰を与え、いつ暴力を振るわれるのかわからない恐怖から解放してあげるのも一つの手です。
軽い暴力でこの人に従っていればいいという安心感を与えてあげるのですよ。
そしてあなたが飼い主だとわからせて、今度はシューゼルク王国の剣として彼を飼いならしてあげるのも、ある意味優しさではないでしょうか?」
甘くささやくようにエルティルが言うと、ロイはエルティルを見つめた。
その視線にエルティルはまるで挑発するかのようににっこり微笑む。
「セルクも素直じゃないが、エルティルも別の意味で素直じゃないよな。
やり方がいつも回りくどい」
「はい?」
「どうせ貴公の事だから、俺の事心配してくれているんだろ。
アレスの心の傷まで俺に抱え込むなと遠回しに忠告しようとしてわざと煽って怒らせようとしている」
その言葉にエルティルが笑みを崩さぬまま、
「私がそのような殊勝な人間に見えますか?」
尋ねる。
「俺が惚れた相手だからな。俺が惚れる相手に嫌な奴はいない」
ロイは悪びれずにかっと笑う。
「……」
その言葉にエルティルはやれやれとため息をついて、肩をすくめた。
「殿下にはかないませんね」
「心配してくれてありがとうな。ま、18年間受けた傷はそう簡単にいやせるもんじゃないのはわかった。貴公が止めるってことは大変なんだろうが、俺の嫁と俺でフォローしてみせる。なんたって天と地を捧げても愛してやまない俺の愛するフローラの父親だからな。
時間がかかったとしても、ちゃんとやり遂げてみせるさ」
そう言って微笑むロイにエルティルはらしくない苦笑いを浮かべた。
「私を手玉にとるのはロイ様くらいですよ」
「そりゃ、愛しているからな♡だからぜひうちに♡」
「私も愛していますよロイ様♡でも断ります♡」
お互いニコニコしながら見つめあい、「何そんなところで気持ち悪いことやっているんですか」と部屋に入ってきたセルクに突っ込まれるのだった。