22. 人タラシ
(どうなっているの!?
聖王国の六聖者中でも一番『神力』が強く、次の教皇になるとも噂されている大神官エルティル様がなぜあの女と踊っているの!?)
エミールは歯ぎしりした。
王宮主催の舞踏会会場で、婚約者のフローラを差し置いて、エミールが皇子と踊り権威を見せつけてあげるはずだったのに。
蓋をあけてみれば、会場の主役になっていたのはフローラだった。
王宮主催の同伴者は各々一人連れてくることができる。
その同伴者にフローラはエルティルを指名していたのだ。
大神官エルティルでは小国の王子デナウでは足元にも及ばない、豊穣の聖女と呼ばれるエミールですら、彼の前では赤子当然の地位なのだ。
大神官エルティルは高い神力をもち、聖王国でも一目置かれている。
だが気まぐれで六聖者の一人であるにも関わらず、ふらふらとどこかに出かけてしまい連絡がとれない事で有名だ。その六聖者のエルティルとなぜフローラが知り合いなのか。
黒の塔の若き英雄七賢者のセルク。六聖者の神童エルティル。
この二人と知り合いというだけで、かなりのものがフローラにひれ伏すだろう。
優雅に踊る二人を会場の誰もが固唾をのんで見守っている。
(悔しい。悔しい。悔しい。
これじゃあ主役はフローラじゃない!!
なんでエルティル様と踊っているの!?
許さない。気弱でうじうじしていて、何も言えない泣き虫フローラが私の上にたつなんて。
こうなったらエルティル様の前で恥をかかせてやる)
エミールはぎゅっと強く手を握りしめるのだった。
★★★
「貴公なら来てくれると信じていた」
ダンスを踊りながら、エルティルの背に手をまわし、フローラの体のロイが囁いた。
その囁きにエルティルはとても嬉しそうな顔をすると、一度フローラの体を離し、曲にあわせて今度はエルティルが顔を近づけ、
「豊穣の聖女の不正をちらつかせて呼び出されてしまいましたからね。
さすがに断るわけにもいかないでしょう?
相変わらずこちらの弱みをついてくるのがお上手ですね」
と、愛をささやくように甘い声でロイに言う。
遠目から見ると、誰もが二人は愛をささやきあっているのではと錯覚するほどに、甘く小さなつぶやき。
そう――ロイは以前フローラが提出した龍脈と農作物のデータからある答えを導きだしていた。
エミールは聖女ではない、龍脈の魔力を不正に魔道具で吸い取って豊穣の聖女を装っているだけだと。
セルクと密偵を使って調べさせてみたところ、明らかに魔力を吸い取る呪術を使って不正に作物を豊穣にしていた痕跡を見つけた。
エミール個人の力ではとうてい無理な呪術が使われていた事から、ロイやセルクだけで解決するのは難しいと判断した。
結局聖王国側の人間でもっとも信頼のおけるエルティルにロイはちくったのである。
「証拠はばっちり押さえてある、あとはそちらの仕事だ。でももちろん情報はただってわけにはいかない」
ロイが言うと、エルティルは微笑んだ。
「はい、何なりと。人タラシの王子様?」
その言葉とともにダンスが終わり、エルティルはフローラの身体のロイの手の甲にキスを落とすのだった。