第三話 我が家と正体
「っと、着いたよ、ほら下りて」
「や、やっと空の旅から開放された……」
自宅であるマンションの前に着地し、俺は下ろしてもらいながらツユに問いかける、このまま自室へ招いていいものか不安だった。厳密には人間とは異なる存在であるとはいえ、見た目は年頃の女性だからだ。
「なあ、もしかしてそのままの姿で俺の部屋に入るつもりなのか?個人的には元の姿に戻ってもらった方が精神的にも落ち着くんだが……」
「どうして? 別に今の姿でも問題ないんじゃない?元々ずっと一緒に暮らしていたんだし!」
堂々と答えるツユに俺はどこから説明していいものか困ってしまった。彼女の言う通り元々同居?モノと一緒に暮らすのは同居というのかそもそもわからないが。
「と、とりあえず中に入ってくれ、深夜のマンションの廊下で男女が話してるだけで迷惑だから」
「え?う、うん……」
そう言いつつ鍵を開けてツユの背を押し部屋へ入れる、今の状況では外より落ち着ける場所に行きたかった。
「……で、お前は一体俺の所有物の中で何が元なんだ?」
「? 見てわからない?」
「見てわからないから質問してんだろ……頼むからしっかり質問に答えてくれ」
「じゃあヒント出すね、棚にならんでるモノだよ! 貴方がいつも掃除する時とかに傷つけないよう丁寧に掃除してくれたりしてるモノ!」
質問に対してヒントを出す、で答える奴がどこにいるだろうか? 人間ではないツユはどうやらどこか人間とは違う"価値観"をもっているようだった。考えるべき所がズレていたり、相手の気持ちを理解するという点が欠けている。
「だからしっかり答えてくれよ……ん? 棚? 丁寧に掃除か……」
「わかんないかなあ……? それはちょっと……悲しいかな」
「悲しませたくないなら尚更ちゃんと教えてくれないか?」
「相手を悲しませたくないとどうしてちゃんとしなければいけないの?」
「どうしてって……ああもう」
決定的だ、今を持って疑惑が確信へと変わった。こいつには"人"の気持ちを理解することができない!!
「私の所有者ならわかるでしょう? 私を創った人間ならわかるでしょう? どうしてダイゴはわかってくれないの? 悲しい……悲しいよ……」
「お前顔がっ……どうしたんだ!?」
急に表情が曇りはじめ、寂しげな顔を見せツユの顔の一部分にヒビが入り始める、俺は慌てて思い当たる部分を探し、棚を見渡す。棚、丁寧に掃除、ヒントを元に棚を探す、自分が棚の中で大事にしているモノは、数少ない趣味の一つの自作フィギュアとアニメグッズ集めだった。その中でツユが言っていた言葉、創った、創ったと言った。当てはまるのは、一つしかなかった。
「わかったぞ! お前は俺が作ったこのフィギュアか?」
「っ!!! 当たり!! よかったあ、わかってくれたね!!!」
先程の悲しい表情から一転、ぱあっとした明るい笑顔を見せる。
「そうか、こいつだったのか……たしかに大事にしてたしなあ」
機嫌を直したツユに安堵し、俺はしげしげと自分の作ったフィギュアを眺める。なるほど、こうして見るとどことなくツユに似ている。
「本人の前でそんなに見つめてたら恥ずかしいよ……」
「わ、悪い、ってなんで作った本人が謝らないといけないんだ」
「なんでいきなり俺の前にああやって出てきたんだ? 守ってくれたのは感謝しているが……」
「それは私にもよくわからないの。でも意識自体は元々あったんだよ? どんなモノでもみーんな少なからず心はあるもの!」
「たしかに日本には道具を大事にしたりすると神様が云々なんてものがあったりするが……」
「会社から帰ってくるのがいつも遅いけど、今日は異様に遅いな、って心配してたら急にダイゴの視界が見えて! それで危ないって思った時に気がついたらダイゴの近くに来れて助けることができたの!」
「ますますよくわからないんだが……心配してくれたのはありがたいよ、今は一人暮らしだし、両親だって母親は数年前に死んだし親父はどこかへ行っちまったっきり会えずじまいだけどな、定期的に俺の口座に振り込まれてるのは気になるけど」
「一人暮らしなのは知ってるよ?ここへ引っ越す前から意識はあったし」
「なんでそん……」
なんでそんなことまで、と言いかけたが、彼女が俺の一人暮らしを知っている理由があった。なぜならツユは大学時代の模型サークルで初めて作ったモノだからだ。
「まだまだ質問はある。何故あいつをひと目でガス缶の化け物だとわかったんだ?」
「それは深夜ダイゴが見てるテレビ番組でたまにやってたでしょ? 夜な夜な道具が忽然と姿を消し形を変え徘徊する……とか!! ダイゴを助けた時にもしかしたら私と同じような存在なのかもって!! あの子の生まれた経緯はだいぶちがったみたいだけど……」
「なんで生まれた原因がわかったんだ? モノ同士だと何か伝わるもんでもあったのか?」
「あの子の生まれた時の状況とかがこっちに伝わってきたの、とても悲しそうだった」
「使うだけ使ってそのへんにポイ、じゃあなあ……ああ、それと俺を瓦礫から守ってくれた時から気になっていたんだが、身体を変化させてた時に言ってた技名みたいのってなんなんだ?」
「私が何かを身体を使ってなんとかしたい時に勝手に出てきた言葉」
「ざっくりしてんな……」
「もしかしたら他の子にもあるのかも、わかんないけど!」
いちいちテキトーでふわふわしている事を言っているツユを尻目に、俺は寝る準備を始める。明日が休みとはいえ流石にこの時間まで起きているのはマズイ。
「ツユ、お前はどこで寝るんだ? ベッドは一つしかないし、ベッドで寝るつもりなら俺はソファで寝るけど」
「いつもどおりベッドで寝てていいよ? 元の姿に戻るから」
「結局戻れるのかよ……」
呆れつつ、肉体的に限界を迎えてる身体を休めるべくベッドへ横たわる。面倒なことは明日考えよう、なんせ休みなのだから。だが一応やるべきことは決めていた。今はとにかく寝る、それだけだ。
((明日は何をするつもり? また秋葉原散策?))
柔らかな光とともに消えたはずのツユの声が脳内に聞こえる。驚いて一瞬目が覚める。人がせっかく休もうとしてるのに話しかけるとはなんてフィギュアだ。
「……明日はお前みたいな奴が他にもいるのかを調べたり、さっき言った道具に神様がつくとかいうのが詳しくわかる本を借りに図書館に行こうと思ってるよ……頼むから寝かしてくれ……」
((そっか、おやすみなさい! ダイゴ。))
「おやすみ……」
なにはともあれ、疲れた、意識が薄れていき泥のように眠る、明日の自分に任せようと思った。なにせ衝撃的な体験の連続だったからだ、身体を休めるのを優先することにした。あわよくば、今日あったことが明日には全て夢でありますように。