時計塔
時計塔の中は目が回る程沢山の歯車があり。そのひとつひとつが正確な時を刻むために小気味良い音を立てながら回っていた。
僕と共に時計塔に登った彼女は自分の目の前にぶら下がる大きな鐘に視線を向けている。
僕はそんな彼女から視線を離し暗号の書かれた手帳に視線を写した。
つえ は とけいとう の ちようしん。
そこ② つえ ⑥ ふういん した。
つえ が ほしければ とけいとう ② のぼれ。
そし⑫ とけい が ⑬⑯゛⑮ じこく ⑥ となえよ。
⑰⑱れば つえ の ふういん は とかれ。
つえ は つえ の ふういん ⑥ といた もの の
もの と な⑲。
そして、残りの文字を頭の中に思い浮かべる。
あ、お、き、く、さ、す、せ、た、ち、て、に、ぬ、ね、ひ、へ、ま、み、む、め、も、や、ゆ、ら、り、ろ、る。
不意に鐘を眺めていた彼女が口を開いた。
「昔、お父さんに教えてもらったんです。この鐘、実は鳴らないんですって」
そう言えば、確かにこの鐘の音を聞いたことがない。だからだろうか、この街の時計塔はなんだか影が薄いと言うかなんと言うかそんな感じがする。
疑問に思ったことはなかったが、そう言えばどうしてなんだろうか?
僕の様子を見て彼女が答えを口にした。
「大きく作りすぎて、鳴らすとヒビが入っちゃうんだって。お父さんがこの街にいる時、一度だけ鳴ったのを聞いたらしいけど、それ以来一度も鳴ってないんだって」
ああ、なんだそう言うことか……
そう言った、彼女は再び自分よりも遥かに大きな鐘を眺める。
「お父さんはこの街でどんな冒険や研究をしてたのかな。この鐘は鳴らなくても、この鐘はお父さんのそんな思い出の日々を見守っていてくれたのかな?」
どうなんだろうか。でもきっと見守っていてくれたに違いない。
もしかしたら、奴隷である僕のことも、この鐘は静かに見守っていてくれたのかもしれない。
時計塔から見える外の景色に視線を移す。
もう真夜中に近いと言うのに街の灯りは今も温かく灯りを灯し続けている。僕には一生届かないであろう温かい灯り。
またもや、涙が溢れ出そうにる。
でも、それを拭い去り、彼女を見る。
もう、僕はそれでいい。
だから、だから。せめて、僕の解いた暗号が合っていますよに……
彼女の為に、彼女の大切な物の為に……
「僕の解いた暗号は仮説に仮説を重ねただけの当てずっぽうで出来た文章なんです。だから、この解いた暗号が合ってるとは決して限らないんです。それでも、最後の解読をしてもいいですか?」
彼女の強い眼差しが僕に向けられる。
先程まで大泣きしていたのが嘘の様だ。
そこには強い信念を持ったひとりの少女がいた。いや、魔術師と言うべきなんだろうか。僕にはどう言うべきかはわからないが、彼女の意思の強さだけは確かに感じ取れた。
そんな、彼女が一言短く答えた。
「ええ、お願いします」
そう言えば、泣いていたと言えば僕も同じだ。あれほど惨めで悔しかったのに、今ではそれが嘘のように晴れ晴れとしている。もう迷いも後ろめたさもない。
彼女の眼差しに答えるように僕も小さく頷いてみせる。
「正直。今更、推理だのなんだのと言うつもりはないですが、最後の暗号の鍵を握るのは、この〈⑬⑯゛⑮〉と言う記号です」
そう、前後の文章である〈時計が⑬⑯゛⑮時刻⑥唱えよ〉となることからして、この〈⑬⑯゛⑮〉がどの時刻を唱えれば良いかわかるはず。
そして、そうすれば杖の封印が解かれる。
そう、この解読した暗号が合っていればそうなるはず。
そして、この〈⑬⑯゛⑮〉はきっと時計に関することだ。
正直、ここまで来て全くもって〈濁点〉以外手掛かりがないが正直それは今に始まったことではない。
そう決め打ちするしかない。
ここに入る文字は〈きざむ〉だ、これ以外だった場合、もう一度、最初から暗号の解読をするしかない。
そして、最後に残った記号は何が入ったところで今更文章の意味事態は変わらない。
なので、てきとうに入れてもかまわない。
よって、暗号の最後の形は……
つえ は とけいとう の ちようしん。
そこに つえ を ふういん した。
つえ が ほしければ とけいとう に のぼれ。
そして とけい が きざむ じこく を となえよ。
さすれば つえ の ふういん は とかれ。
つえ は つえ の ふういん を といた もの の
もの と なる。
「杖は時計塔の長針。そこに杖を封印した。杖が欲しければ時計塔に登れ。そして時計が刻む時刻を唱えよ。さすれば杖の封印は解かれ。杖は杖の封印を解いた者も物になる。これが、恐らくこの暗号の答えです」
「すごいですね。本当に無理やり暗号を解いちゃったんですね」
少女が感心したような表情でこちらを見つめる。
でも、これは仮説だらけの上に成り立ってる文章だから間違えている可能性は十二分にある。
でも、それでも試す価値はある。
「試してみてくれませんか?」
きっと、それだけの価値がある答えにはなってるはずだ。
彼女もそう思ったのだろう。彼女もこちらを見て一度だけ頷いてみせた。
「はい」
彼女は時計塔の針に視線を移し、今が何時間か確かめる。
11時53分。
彼女がそう呟いた。
しかし、なにも起こらなかった……