少女と魔術師
「お父さんは凄く強い魔術師だったんだ。だけど、ある日突然、殺されたの。誰が殺したのかも、どうやって殺されたのかも、どうして殺されたのかも。それも、なにもかもわからなかった……」
彼女は小さな声で語り出した。
その彼女の腕は僅かに震え、口は強く噛みしめている。
僕の様に悲しみに震えてるのではない。恐らく、怒りによって震えているのだろう。
「だから、私は誓ったの絶対にいつか犯人を見つけるって。それで必ず問いただしたいの。どうしてお父さんは殺されなきゃいけなかったのか……」
彼女は小さくとも、強く芯の通った声で尚も語り続けた。その様子から強く硬い意思を感じた。
「でも。今の私じゃあ、きっとお父さんを殺した奴には敵わない。だから、私はこの街に来たの。お父さんが現役の頃に使ってた杖を封印したこの街に……」
そう言って、彼女は僕へと視線を移し笑って見せた。
やはり、僕と彼女の住む世界が違うのだろう。その杖がどういった働きをするのかまったくわからない。
だから、僕には疑問の言葉を彼女に投げ掛けるしか出来なかった。
「現役の頃? 杖?」
その疑問の言葉に彼女は小さく頷いてみせた。
「うん。まだ、お父さんが世界中を旅して回ってた時に使ってた最強の杖。もし、お父さんがその杖を今でも使ってたら絶対に殺されなかったのに……」
彼女のその言葉に疑問の浮かぶ。
そんなものがあるなら、どうして……
「どうして、お父さんはその杖を封印したの?」
彼女は首を小さく横に振った。そして、眉を潜めてみせた。
「わからない。何か理由があったのかもしれない。でも、確かにここにあるってお父さんが言ってた。でも、隠し場所を書いた暗号があるんだけど、それが全然わからないんだ。私って、やっぱり駄目ね」
そう言って、彼女は寂しげな表情を浮かべ視線を落とした。
きっと、彼女には僕なんか想像も出来ない様な想いを抱えて、今、この街にいるのだろう。それに聞いた限りでは、その杖は彼女に取ってはお父さんの形見のような物なんだから。どうしても見つけ出したいはのは当たり前だ。
家族と言う物を僕は知らない。だけど、もし家族と言う物が僕にあって、家族も僕もお互いに家族として愛し合っていたなら。家族の形見とは何よりも大事な物なんじゃないかと、そう思う。
僕にもし家族がいたら、形見は絶対に自分の元に置きたい。大切な家族との思い出を繋ぐ鎖のような物なのだから。
そう思った瞬間。僕は見つけてあげたいと素直にそう思った。
でも、彼女にも解けなかった暗号が僕になんか解ける訳ないし。他人の僕がしゃしゃり出るような場面でも決してない。
僕はなんて無力なんだろうか。
再び、自分の情けなさに胸が苦しくなる。こんなに悲しいなら、こんなにも虚しいなら言ってしまおうか。そうだ、図々しいと言われようと言ってしまおう。どうせ、僕はこの街に出るのはこれが最後なんだ。
そして、今日を逃せば彼女とこうして話すことなんて、もう二度とないんだから。
ならば、言ってしまおう。
「その暗号ってどんな暗号だったんですか?」
僅かに震える唇で僕は彼女に言葉を投げかけた。
そんな僕の様子を見た彼女は不思議な物を見るような目してこちらを見ている。
「え?」
彼女から疑問の感情を現すように声が漏れでた。
当たり前だ、突然道端にうずくまってた薄汚い奴隷にそんなことを言われたらそんな顔にもなるさ。それも、今さっきまで泣いて。今も声は震えている情けない奴隷にだ。
それでも、思ったんだ。
見つけてあげたいと、彼女のお父さんの形見を。
「い、いや。も、もしかしたら、その暗号が解けるかもしれないなって思って……」
嘘だ、そんな自信なんてどこにもない。最近、やっと読み書きが出来るようになった程度の僕が解ける訳ない。失礼にも程がある。
きっと、野次馬か、馬鹿にしてるか、そう捉えられてるに違いない。
だけど、彼女はそんなようすは微塵も見せずに、なにやらひとり納得したように呟いた。
「たしかに魔術師の私達と違って貴方なら、違う目線から暗号をとくかもしれませんね」
そう言って、彼女は僕にある紙切れを手渡した。
「これが、その暗号です。それとお父さんはヒントに“その街に行ったら絶対に目に入る場所に杖を隠した”って生前に言ってました。ふふ、まるでナゾナゾですよね」
確かにナゾナゾみたいだ。
そんな事を思いながら、渡された紙切れに視線を移す。
そこには記号や数字が並べられたヘンテコな物が書かれていた。
◆△ ▽ ●□◇●▼ ○ ④⑤▼③◎☆
♡⑩② ◆△ ⑥ ▲▼◇◎③⑦☆
◆△ ⑧■ ⑪③□⑨▽■ ●□◇●▼ ② ○⑪■⑨☆
♡③⑫ ●□◇ ⑧■ ⑬⑯■⑮ ③■⑩⑭ ⑥ ●①△⑤☆
⑰⑱⑨▽■ ◆△ ○ ▲▼◇◎ ▽ ●⑧⑨☆
◆△ ▽ ◆△ ○ ▲▼◇◎ ⑥ ●◇⑦ ⑳○ ○ ⑳○ ● ①⑲☆
少なくとも、この紙切れに書かれた記号は僕にはこの様に見えた。
そして、僕はとても後悔した。この暗号の意図が全くもって意味がわからなかったからだ。