奴隷の証 後編
船長室を出た後。僕は直ぐにブラウンさんの客室へと向かった。同じことを彼らに確認する為に……
「おや。これはグレース家の小さい執事さん」
部屋の中を探索している様子の彼は、僕を見るなり一言そう言うと会釈を一度だけし、再び探索作業に戻った。
見ると、部屋の中は商品だろうか。酒の瓶や軟膏の入ったビンが沢山並んでいる。それに、なにか作り途中なのか乾燥させた葉っぱが一枚一枚丁寧に並んでもいる。
なるほど、彼は旅の商人と言うより。旅の薬師と言った方がいいのかもしれないな。どおりで酔い止めの薬なんて持っていた訳だ。
さて、それは良いとして。僕は僕のやるべき事をやろう。
「二人共、よろしいですか? 少し気になった事があるんですが、この縄を見てもらってもいいですか?」
そう言って、僕が手を前に突きだした時に一つの真実が垣間見えた……
ヴィルさんの視線が、僕の手首を一瞬だけ射抜いたのだ。
そして、その一瞬ですかさずその目を反らし縄へと視線を移した。僕が意図的に、この瞬間を観察してなければ見逃してしまう程の速さで、彼は僕の手首にある痣から目を反らしたのだ。
これは一つの側面において、彼が黒であることを表している。
僕のこの手首の痣は別名“奴隷の証”等と言われている。
奴隷が自分の縛る縄をほどこうとする為にあがいた結果、肉が鬱血し、捲れ上がった痕だ。多くの奴隷にはこの後が刻まれている。
そして、船長室にあった縄。妙に錆びれた様な跡。これは錆びは錆びでも“血錆”だ。
これは間違いない。元奴隷の目は誤魔化しはしない。なにせ、僕も縄から逃れる為にこの痣を作ったんだ。そして、その時の縄がまさにこの縄の様に錆色に変色していた。
そして、今しがた理解した。
あの反応の速さ。
ヴィルさんは奴隷の売買に何らかの形で関与している。
しかも、この縄は船長室にあった。
と言うことは……
「ねぇ、ヴィルさん。この縄って、なんでこんな錆色になってるの?」
僕の質問にヴィルさんの顔がほんの一瞬強張るのがわかる。そして、技とらしい笑顔を浮かべると「さあ、なんでだろう」とだけ答えて見せた。
その後ろにいる船員は何の話をしているのか、わからないらしく怪訝な表情を浮かべている。
なるほど、なるほど。少しだけ、この船の内情がわかって来たぞ。
なら、後は手段だ。一度、皆の所に戻って情報を整理しよう。
「余計な事なのに態々すいませんでした。ヴィルさん。それじゃあ、僕はこれで!」
そう言うと、僕は急いで部屋を後にした。
そして、僕は直ぐに皆の元へと戻った。
「どうでしたか、ドッグ」
僕の帰還を見て。執事長が成果を聞いて来た。
僕は取り敢えず、落ち着く為に一呼吸すると答えて見せた。
「ええ、それらしい動機は何となくわかりました。この船で人が行方不明になる理由も…… あとはどうやって船長を消したかですね…… それが確定すれば、彼が犯人でしょう。まあ、少し状況を整理する必要があるでしょうね……」
僕の答えに執事長が感心した様子で目を丸くした。
「ほう! 聞かせて貰ってもよろしいですかな?」
「ええ、先ず。この縄と僕の手首を見て下さい」
そう言うと、僕は先程までまでやっていた様に自分の腕を突きだしながら縄を見せた。
その様子を見て、一同が首を傾げる。
お嬢様は思い当たる節が無いのか、首を傾げている。サーラさんも同様と言った感じた。
そして、執事長は何かを察したのか眉を潜めて見せた。
「この縄。船長室にあった物ですよね。それと、その手首の痣…… となると、これは……」
「はい、恐らく。この船から人が消えると言う噂は、この船の何者かが奴隷売買に加担しており。船員を時折、奴隷として売買していたからでしょう。僕の見立てでは船長とヴィルさんだと思われます。そして、その二人の間に何かの問題が生じて、船長をどうにかしてしまったと……」
その時、何処からかパチパチの手を叩く音が響いた。
見ると、下の階からヴィルさんと船員さんが登って来ている所だったらしく。先程の手を叩く音は彼の拍手の音だった。
そして、その手は今もパチパチと拍手を奏でている。
「面白い話でありますが困りますよ。風評被害も甚だしい。只でさえ、船員が居なくなる何て言う噂でこちらとしては困っているのに、それをまさか、私達が奴隷売買をしているなんて。しかも、家族とも呼ぶべき船員を売るなんて。あり得ない、考えられませんね……」
不味い、まだ最後の詰めが済んでいない。
この状態で最終局面を向かえるのはかなりの賭けになる。せめて、船長の死体を見付けることが出来さえすれば……
どうする……
場に張り詰めた雰囲気が流れる。
そして、その空気を取り払う様に船長室の扉が勢い良く開かれた。
無論、その場にいた全員が一斉に船長室に視線を向けた。
「俺は少年の考えも一理あるとは思うぜ! なんせ、その縄があったのは船長室だ。それに船から人が消えるなんてのは、幾らなんでも怪し過ぎる。もし、少年の言った話がこの“魔境海域”の真相だとするなら。俺らはとんだ茶番に踊らされてた訳だ」
ありがたい、ブラウンさんの介入は渡りに船だ。この機会を逃すてはない。
僕は空かさず、助言をする。
「加えるなら。その“魔境海域”を躊躇なく航海する事が出来ると言うことは、少なからず、その真相を知ってると暗示しているとも言えますよね。違いますか? 船員が消える真相を知る、貴方に取ってはこの“海域”はただの嵐の多い海域に過ぎませんからね」
どうやって船長を誰にもバレずに消したのか。その真相を見付けることは出来なかったが、それは仕方がない。ここで決めるしかない。
ここで、この船に潜む悪魔を炙り出す。




