シャルロット・グレース
気づけば少年は姿を消していた。
まだ、お礼も何も言えてないのに。
名前すらも教えてもらってないのに。
彼が何者なのかも教えてもらっていないのに。
私はすぐに埠頭へと行った。
そこの商人なら彼が何者なのか知っていると思って。
そこで彼が奴隷であると知った。
ある種の衝撃を受けた。
彼程の奇才が奴隷であると言うことに……
奴隷と言う物がどう言うものなのか。正直、私にはわからない。
ただ彼が奴隷であるべき人間ではない。と言うことだけは私にもわかった。
彼程の傑物が奴隷であっていいはずがない……
だからだろうか、何故か無性に腹立たしかった。
なんで、彼よりも頭の悪そうな、この商人に彼の人生が握られているのか。それが腹立たしくて、許せなくて仕方がなかった。
彼のような人はもっと自由であるべきだ。
もっと、その才能を活かすべきなのだ。
自分のやりたいことを……
自分の行きたいところを……
好きに行って、好きなことをするべきなんだ。
彼のような人はきっと、どこに行っても何をやっても大成する。
魔術以外はてんで駄目な私と違って、彼ならなんにでもなれるし、なんでも出来る。それをこんな商人の手の内で終わらせて良い訳がない。
だから、私は彼を手放すようにと商人に言った。
彼を自由にしろと。
だけど、商人は鼻で笑うだけで決して耳を貸さなかった。
それも非常に腹立たしかった。
だから、私は彼を買った。
これはきっと彼と言う人間を侮辱する行為なのだろう。それでも彼に蔑まされようと、どう見られようと。私はこの商人にだけは彼と言う存在を渡したくはなかった。
だから、彼を買った。
金貨五枚、これが彼の値段だ。
失礼な話だ。彼はおろか、人と言う存在事態を馬鹿にしているとしか思えない。
お父さんの杖は魔術師達に言わせれば、金貨百枚出したって惜しくない程の一級品だ。それを見つけ出した彼が金貨五枚?
私なら金貨五百枚積んだって惜しくない。
きっと、彼はそんな程度の金、直ぐに帳消しにしてくれる。
それに、人の命とはそんな安いものではない。
だから、私は彼を買うことに決めた。こんな人の命の価値もわからない商人の手から救い出すために。
悔しいけど、頭の悪い私にはこんな方法しか思いつかなかった。
どうか、許して欲しい。
こんな馬鹿な私を……
その代わり、私は誓うよ。
彼はいつか凄い人になる。
その時、私も彼に相応しい立派な魔術師になるんだ。
「おい、速く来い! 新しいご主人様がお待ちだぞ!」
商人の頭の悪そうな声がする。
果たして。彼は私を見てどんな顔をするのだろうか。
侮蔑か。感謝か。できれば、彼の笑顔がみたいな……
商人に連れられて来た彼は私を発見すると目を丸くしてみせた。
初めの顔は驚愕の表情と言ったところだろうか。
侮蔑の表情ではないことに少しばかり安心する。
ふふ、それにしてもおかしな顔だ。
暗号を解いてる時にはあんなに格好よくて知的な顔をしていたのに、あの時とは大違い、目を見開きキョトンとしている。
思わず笑ってしまう。
いけない、いけない。
ただでさえ、現時点での私の印象は最悪なんだ、私も誠心誠意自己紹介しなければ。敵ではないとわかってもらわなければ。
それになんて言ったって、私はまだ彼に自己紹介してないんだから。
「私の名前はシャルロット・グレース。貴方のお名前は?」
そう言って彼に向かって、ひとつお辞儀をしてみせた。
顔を上げ彼の表情を見ると、彼はさらに目を丸くしてこちらを見ていた。
そして、ただ一言。
ドッグと名乗った。




