4 はじめてのごれんらく
「あ、あの、メッセージ送っても……いいですか」
真っ赤に頬を染め、スマートフォンで口元を隠した鷹匠さんは、おずおずと尋ねてきた。
「そのための連絡先だろ?」
「そ、そうでふよね」
噛んだよ、この子。
「じゃ、じゃあ、送ります……ね」
おぅふ。
なんだ最後の、ちょっとだけ間を置いた「ね」は。
ほんの少しだけ、ドキっとしちゃいそうになったぞ。
──いかんいかん。
俺が他人に関わると、昔からロクなコトが無いのだ。
適度な距離を保たなければ。
ソーシャルディスタンス、大事。
と、突然スマートフォンがマリンバを奏で始めた。
画面をタップして、着信したメッセージを開く。
『例の件、駅前の喫茶店で、どうですか』
なるほど、そこでブツの受け渡しをするってことか。
俺はこくりと頷いて、スマートフォンをしまって席を立つ。
と、鷹匠さんは何か言いたげな表情で上目遣いをしてくる。
「……どうした?」
「あ、あの、返事……くださいよぉ」
思わず噴いてしまった。
「あいよ」
もう一度スマートフォンを取り出して、「了解」とだけ送信した。
鷹匠さんのスマートフォンから、さっき流れたのと同じマリンバが鳴った。
ポチポチと何度か指先を動かした鷹匠さんは、嬉しそうに微笑んだ。
さて、場所は決まった。
しかし、そこまで二人並んで歩くなんて目立つ行為は、俺には無理だ。
鷹匠さんも同様だっらしく、俺の5メートルほど先を、たまに振り向きながら歩いてくれた。
つか場所は分かってるのだから違うルートで別個に向かっても良かったと、後で気づくのだが。
しかしこれ、端から見たらストーカーだよな。
さっきから鷹匠さんが振り返る頻度が増してるし。
てか振り返った時の、はにかむような笑顔ね。
そういうのはね、卑怯ですよ。
5メートルの距離を隔てて案内された喫茶店は、良く言えば時代を感じさせる雰囲気だった。
まあ有り体にいえば、古いとも言える。
鷹匠さんが入ったのを確認し、周囲を見回しつつ、俺も喫茶店に入る。
警戒を怠らないあたり、なかなか俺のストーカーも様になってきている。
まったくもって要らないスキルだな。
「いらっしゃい」
カウンターの中から軽く目線だけ向けてくるのは、俺の親父よりも年上の、白髪混じりのナイスミドルだ。
無愛想だが、無干渉。
良い店かも知れない。
鷹匠さんは何度か来た事があるようで、トコトコと一番奥の、カウンターからも窓からも死角になる席へと座った。
なるほど、やはり鷹匠さんもぼっちか。
さて、あとはこのバッグの中の紙袋を渡すだけだ。
ドラマなんかだと、怪しい取引にはトイレ等が使われるんだっけ。
先にブツを置きにトイレに入って、その後で受け取る側がトイレからブツを持って出る。
しかし、ブツの中身がぱんつってのがマヌケだ。
さて、とっとと受け渡しを終えてしまお──っと。
「ご注文は」
目の前に氷水のグラスがトン、と置かれた。
まあそうですよね。喫茶店ですもんね。
「アイスコーヒーを」
「はいよ。で、みやびちゃんは、いつものでいいかな?」
「は、はい……お願いします」
二つ、新たな事実が判明した。
ひとつは、鷹匠さんはこの喫茶店の結構な常連であること。
そしてもうひとつ。
下の名前、みやびっていうのか。
それから俺たちは注文の品が来るまで、無言で過ごした。
時折、鷹匠さんがモゾモゾと何かをしていたけど、それを問う勇気なんて、俺には無かった。