1 サイン本購入作戦
うっかり連載はじめます♪
週に一回は更新できるように頑張ります!
梅雨が明けた。
途端に蝉は大合唱を始め、リア充どもは活気付く。
そんな昼休みの光景を傍目に、俺──志鶴川英知は読書に勤しんでいた。
今読んでいるのは、
【あなたのぱんつ、ください】
という、少々男の子向けの小説だ。
もちろん表紙は書店のカバーで隠してある。
えっちっちな挿絵はページを飛ばして家でじっくり鑑賞するのが、俺のルールでもある。
そんな崇高な読書を遮るのは、リア充たちのガヤである。
「夏だよ、夏」
「おお、夏だ」
「夏だぜウェーイ」
……何がそんなに嬉しいのだろうか。
夏なんて、頼まなくたって一年に一度はやってくる。
しかも暑いし、汗はかくし、本はじっとりするし。
良いことなんて一つもない。
唯一の救いは夏休み。
夏休みになれば、悠々自適な引きこもりライフを堪能できる。
しかし大学受験を考えると、ゆっくり出来るのは高二、今年の夏が最後だろう。
「夏休みどーするよ」
「花火いく? いっちゃう?」
「ウェーイ」
まだ夏休みまで一週間もあるってのに、なんとも気が早い話だ。
そもそも夏休みの本来の意味を知っているのか。
読みかけの本に目を戻して二ページほど読み進めると、午後の授業を報せるチャイムが鳴った。
はぁ、いいところなのに。
放課後。
優秀な帰宅部員の俺は、誰よりも早く教室を出る。
今日は心待ちにしていた【あなたのぱんつ、ください】、略してあなぱんの第2巻発売日。
そして、ここからが重要なのである。
その、あなぱんのサイン本が、数量限定で行きつけの書店に並ぶという情報を得たのだ。
これはもう、俺に買えと言っている様なものだ。
ということでいざ、行きつけの書店へGO!
と脳内でごちるうちに、書店に着いてしまった。
「ふぃー、涼しい」
通学路にある書店に入った途端、思わず声が出る。
汗を吸い込んだワイシャツの襟を浮かせながら、お目当のラノベコーナーへ。
「──あった」
平積みの棚に駆け寄る。
あなぱんのサイン本は、残り一冊だった。
きっと、俺が来るのを待っていてくれたんだな。
なんと健気なサイン本。もうお前しか見えないぜ。
思わずぱんつがチラリズムする表紙に手を合わせて拝む。
そして呼吸を整えて、いざ。
目の前のサイン本──
え。あれ?
──ない。
拝む前まで並んでいたサイン本は、棚から消えていた。
ふと気配を感じて横を見ると、サイン本を胸に抱いた地味な女の子がいた。
「え、鷹匠……さん?」
同じクラスの目立たないメガネ女子、鷹匠なんとかさんだ。
「し、志鶴川くん!?」
どうやら鷹匠さんも、サイン本に夢中で周りが見えていなかったらしい。
どうしよう。
いや、どうしようもない。
すでにサイン本は、鷹匠なんとかさんの手の中にあるのだ。
というか、鷹匠さんが俺を認識していたとは、少々驚いた。
いやその前に、鷹匠さんも【あなぱん】の読者だった!?
いや待て、今はそれはいい。
問題は、鷹匠さんの胸に抱かれたサイン本だ。
いや、すでに問題にもならない。手にしている時点で、購入権は鷹匠さんのモノ。
諦めるしかない。
「はあ……」
俺は次の書店へ行く決意を固めて、平積みの棚に背を向ける。
「あ、あの、志鶴川くん……」
弱いけれど、よく通る声。
振り返ると、サイン本を差し出す鷹匠さんの姿があった。
「こ、これ、どうぞ……」
「いや、それは鷹匠さんが先に手に取ったんだから、鷹匠さんに購入権はある」
「でも……」
デモもストライキも無い。
ただ俺は、競争に負けただけ。
自由経済とは、そういうものだ。違うか、違うな。
それに、少し嬉しかったという気持ちもある。
俺が好きな作品を好きな女の子がいた。
それだけで、少し心が躍る。
同じ作品を好きな者として、ここは気持ちよく先に手に取った鷹匠さんに買ってもらうべきなのだ。
「俺は他の書店に行くから、それは鷹匠さんが買って」
「す、すみません……」
深々とお辞儀をする鷹匠なんとかさんを残して、俺は書店を出た。
「さて、他にサイン本がある書店は……お、隣町にある」
ネットで調べると、電車で二駅先の大きな書店にあるようだ。
「よし、急ぐか」
「ま、待ってください……」
振り返ると、カバー付きの文庫本を胸に抱いた、鷹匠さんがいた。
走って来たのか、息を切らす鷹匠さんは、低身長を活かした破壊力抜群の上目遣いを俺に向ける。
やべぇ、一瞬かわいいとか思ってしまった。
「あの、志鶴川くんのおかげで、買えました……」
「いや俺、なんにもしてないし」
手をひらひらと振って、駅に向かって歩き出す。
と、なぜか鷹匠なんとかさんもついてくる。
鷹匠さんは、電車通学なのだろうか。
ごめんね、鷹匠さん。
たまたま向かう方向が一緒とはいえ、こんな陰キャと歩く羽目になって。
背中でお詫びをしつつ、駅に入って改札を通る。
鷹匠さんも少し離れて改札を通ってくる。
へー、こっちの方に住んでるんだ。
などとキモいコトを考えながら、タイミング良く来た電車に乗る。
車内は空いていて、楽に座れた。
が、なぜか鷹匠さんも俺の近くに座る。
チラッと見ると、ふいと視線を逸らされた。
目的の駅に着いて、電車を降りる。
鷹匠さんも少し離れて降りる。
暑いので、駅前のコンビニで飲み物を買う。
鷹匠さんも、コンビニに入ってくる。
これ、偶然か?
そして目的の大型書店に入ったところで、素早く振り返ってみた。
鷹匠さんがいた。
「なにしてんの?」
「いえ、私がサイン本を買ってしまったお詫びに……」
「お詫びに?」
「志鶴川くんがサイン本を買えるまで……お付き合いします」
はい?
いや。
いやいやいや。
「え、なんで?」
「私……嬉しいんです。クラスに同じ小説を好きな方がいて、それが志鶴川くんで……とにかく嬉しいんです」
「はあ……」
「だ、だから、志鶴川くんがサイン本を買えるまで、私に見届けさせてくださいっ」
なんだ。
なんだこの熱量。
鷹匠さんの顔は真っ赤に染まって、ちょっとだけ鼻息も聞こえる。
「……わかった。しっかりと見届けてくれ」
俺は、ムダにカッコつけて、鷹匠なんとかさんにサムズアップを突きつけた。
「はわゎ……」
おお、リアル女子がこんな声出すの、初めて見た。
なんかごちそうさまです。
ラノベコーナーの新刊の棚を見る。
何度も見る。
が、目的のサイン本は無かった。
諦めた俺は、平積みされていたサイン無しの文庫本を買った。
まあ、残念だけど、書いてある内容は一緒だ。
一方で鷹匠なんとかさんは、泣いてた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
書店を出てからも、何度も俺の背中に謝罪を繰り返していた。
何度か、鷹匠さんのせいじゃない、と言ってみたけれど、泣き止んではくれなかった。
駅に近づくにつれ、道行く人が増える。
そして、俺たちに集まる視線も増えてきた。
構図だけ見れば、泣きながら歩く女の子を無視する男、なのだろう。
仕方ない。
「鷹匠さん、ちょっとそこの広場のベンチで休もう」
「あい……ごめんなさい……」
ああもう、謝らなくていいから。
鷹匠さんをベンチに座らせて、自販機に走る。
「ほれ、これ飲んで落ち着いて」
鷹匠さんに差し出したのは、冷たいミルクティーだ。
なんとなく女子はミルクティーが好きという固定観念が、俺にこれを選ばせた。
ちなみに俺はお茶。
こくこくと喉を鳴らしてミルクティーを飲む、その鷹匠さんの首筋に汗が光る。
思わず凝視してしまい、慌てて周囲に視線を逃した。
見回せば、もう夕闇である。
あと一時間もしない内に夜が来る。
それまでに鷹匠さん、泣き止めばいいな。
空がオレンジから紫へと変わる頃、ようやく鷹匠さんは泣き止んだ。
自分だけサイン本を買えた事が申し訳無さ過ぎて、涙が止まらなかったという。
で、現在は、
「やはりこのサイン本は、志鶴川くんが持つに相応しいと思います」
「いやいや、買ったのは鷹匠さんなんだから、鷹匠さんが所有者だよ」
絶賛、押し問答の真っ最中である。
あれだけ欲しかったサイン本を押し付け合うという、奇妙なやり取りに疲れてきた俺は、折衷案を提示することにした。
「わかった。サイン本はありがたくいただく」
「わかってくださいましたか」
「ああ。でも、こっちの普通のヤツとただ交換したら、それはそれで俺も申し訳ない。だから」
「だから……?」
「何かひとつ頼み事を聞こう。今すぐじゃなくてもいい。何か困った事や相談があったら、遠慮なく言ってくれ」
きっと俺は、同じ小説を好きなこの少女に、少しだけ惹かれている。
けれどコミュ障の俺は、友達になる方法を知らない。
つまりこの提案は、打算だ。
我ながら情けなくなるが、同じ小説を好きな仲間を繫ぎ止める為の、俺の中での最良の提案だ。
鷹匠さんは目を丸くして、俺の話を聞いていた。
それから俯いて、すでに五分ほど沈黙を守っている。
「まあ、何かあったらでいい」
「いえ、あるにはあるのですけど、少々言いにくいと言いますか……」
まさか、金か。
いや、違うな。
もしそうなら、サイン本を高値で俺に売りつければいい。
なら何だ。
「とりあえず、言ってみてくれ」
「いい、のですか?」
「まあ、出来る範囲なら」
「本当にいいのですか?」
問い掛ける度に、上目遣いの鷹匠さんは距離を縮めてくる。
やべぇ、ちょっと甘い匂いとかしてるし。
「わ、わかった。なんでも聞くから」
「約束ですよ?」
仰け反り気味に距離を取ろうとする俺に、さらに鷹匠さんの顔が近づく。
これって、もしかして。
「ぱ」
ぱ?
「ぱんつ、ください!」
──は?
お読みいただき、ありがとうございます。
ご意見やご感想などありましたら、ひと言でも良いので何かくださいませ。
では、また続きでお会いしましょう☆